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平家物語 巻第三

燈籠の事

重盛は罪を滅ぼし善を生じる志が深く、東山の麓に四十八間の精舎を建てて、阿弥陀仏の四十八願になぞらえ、一間に一つずつ燈籠を掛けた。毎月十四・十五日には美しい若い女房を集めて大念仏を行い、自らも行道に加わって衆生の済度を祈ったので、人々は重盛を燈籠の大臣と呼んだ。

  1. 1凡すべ凡すべすべてててこのこのこの大おと大おとおと臣ど臣どどははは滅めつ滅めつめつ罪ざい罪ざいざい生しやう生しやうしょう善ぜん善ぜんぜんののの志こころざし志こころざしこころざし深ふか深ふかふこうううおはしおはしおわしけれけれければばば、、、當たう當たうとう來らい來らいらいののの浮ふ浮ふふ沉ちん沉ちんちんををを歎なげ歎なげなげききき、、、六ろく六ろくろく八はち八はちはち弘ぐ弘ぐぐ誓ぜい誓ぜいぜいののの願ぐわん願ぐわんがんににになぞらへなぞらへなぞらえててて、、、東ひがし東ひがしひがし山やま山やまやまののの麓ふもと麓ふもとふもとににに四し四しし十じふ十じふじゅう八はち八はちはち間けん間けんけんののの精しやう精しやうしょう舎じや舎じやじゃををを建た建たたてててててて、、、一いつ一いついっ間けん間けんけんににに一ひと一ひとひとつつつづゝづゝずつ、、、四し四しし十じふ十じふじゅう八はち八はちはちののの燈とう燈とうとう籠ろう籠ろうろうををを掛か掛かかけけけられられられたりたりたりけれけれければばば、、、九く九くく品ほん品ほんほんののの臺うてな臺うてなうてな目め目めめののの前まへ前まへまえににに輝かゞや輝かゞやかがやききき、、、光くわう光くわうこう耀えう耀えうよう鸞らん鸞らんらん鏡けい鏡けいけいをををみがいみがいみがいててて、、、淨じやう淨じやうじょう土ど土どどのののみぎりみぎりみぎりににに臨のぞ臨のぞのぞみみみぬるぬるぬるががが如ごと如ごとごとししし。。。
  2. 2毎まい毎まいまい月ぐわつ月ぐわつがつ十じふ十じふじゅう四し四しし日にち日にちにち、、、十じふ十じふじゅう五ご五ごご日にち日にちにちををを點てん點てんてんじじじててて大だい大だいだい念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつありありありしかしかしかばばば、、、當たう當たうとう家け家けけ、、、他た他たた家け家けけののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとのののもともともとよりよりより、、、みめみめみめよくよくよく、、、若わか若わかわこううう盛さか盛さかさかりりりなりなりなりししし女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうををを請しやう請しやうしょうじじじててて、、、一いつ一いついっ間けん間けんけんににに六ろく六ろくろく人にん人にんにんづゝづゝずつ、、、二に二にに百ひやく百ひやくひゃく八はち八はちはち十じふ十じふじゅう八はち八はちはち人にん人にんにんののの尼に尼にに衆しゆ衆しゆしゅととと定さだ定さださだめめめててて、、、かのかのかの兩りやう兩りやうりょう日にち日にちにちががが間あひだ間あひだあいだははは一いつ一いついっ心しん心しんしん不ふ不ふふ亂らん亂らんらんののの稱しよう稱しようしょう名みやう名みやうみょうののの聲こゑ聲こゑこえ怠おこた怠おこたおこたらららずずず。。。まことまことまことににに來らい來らいらい迎がう迎がうごう、、、引いん引いんいん接ぜふ接ぜふじょうののの悲ひ悲ひひ願ぐわん願ぐわんがんももも、、、このこのこの所ところ所ところところににに影やう影やうよう向がう向がうごうををを垂た垂たたれれれ、、、攝せつ攝せつせつ取しゆ取しゆしゅ不ふ不ふふ捨しや捨しやしゃののの光ひかり光ひかりひかりももも、、、このこのこの大おと大おとおと臣ど臣どどををを照てら照てらてらししし給たま給たまたまふふうかかかとととぞぞぞ覺おぼ覺おぼおぼえええたるたるたる。。。
  3. 3十じふ十じふじゅう五ご五ごご日にち日にちにちののの日ひ日ひひ中なか中なかなかををを結けち結けちけち願ぐわん願ぐわんがんとととしてしてして大だい大だいだい念ねん念ねんねん佛ぶつ佛ぶつぶつありありありけりけりけり。。。大おと大おとおと臣ど臣どど行ぎやう行ぎやうぎょう道だう道だうどうののの中なか中なかなかににに交まじ交まじまじはつはつわっててて、、、西さい西さいさい方はう方はうほうににに向むか向むかむかひひい手て手ててををを合あ合ああははわせせせ、、、「「「南な南なな無む無むむ安あん安あんあん養やう養やうよう世せ世せせ界かい界かいかいののの教けう教けうきょう主しゆ主しゆしゅ彌み彌みみ陀だ陀だだ善ぜん善ぜんぜん逝ぜい逝ぜいぜい、、、三さん三さんさん界がい界がいがい六ろく六ろくろく道だう道だうどうののの衆しゆ衆しゆしゅ生じやう生じやうじょうををを普あまね普あまねあまねくくく濟さい濟さいさい度ど度どどししし給たま給たまたまへへえ。。。」」」ととと廻ゑ廻ゑえ向かう向かうこう發ほつ發ほつほっ願ぐわん願ぐわんがんししし給たま給たまたまへへえばばば、、、見み見みみるるる人ひと人ひとひと慈じ慈じじ悲ひ悲ひひ心しん心しんしんををを起おこ起おこおこししし、、、聞き聞ききくくく者もの者ものもの感かん感かんかん涙るい涙るいるいをををぞぞぞ催もよほ催もよほもよおしししけるけるける。。。それそれそれよりよりよりしてしてしてこそこそこそこのこのこの大おと大おとおと臣ど臣どどををを、、、燈とう燈とうとう籠ろう籠ろうろうののの大おと大おとおと臣ど臣どどとととははは申まう申まうもうしししけれけれけれ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

そもそもこの大臣は、罪を滅ぼし善を生じようとする志が深くおありだったので、来世の浮き沈みを嘆いて、阿弥陀仏の四十八の誓願になぞらえて、東山の麓に四十八間の精舎を建て、一間に一つずつ、四十八の燈籠を掛けられたので、極楽の九品の蓮台が目の前に輝き、その光は鸞鏡を磨いたように美しく、浄土の庭に臨んだかのようであった。

毎月十四日・十五日を定めて大念仏を行ったので、平家一門や他家の人々のもとから、容姿がよく若く盛りの女房を招いて、一間に六人ずつ、二百八十八人の尼衆と定め、その両日の間は一心不乱に念仏を唱える声が絶えなかった。まことに、阿弥陀仏が来迎して浄土に導いてくださる悲願も、この所に姿を現され、すべての衆生を救い取って捨てない光も、この大臣を照らしておられるのかと思われた。

十五日の正午を結願として大念仏が行われた。大臣は行道の中に加わって、西方に向かって手を合わせ、「南無安養世界の教主阿弥陀如来、三界六道の衆生をあまねくお救いください」と回向・発願されると、見る人は慈悲の心を起こし、聞く者は感涙を催した。それからこの大臣を燈籠の大臣と申したのである。

意訳

重盛の篤い信仰を語る短い章段である。阿弥陀仏の四十八願にちなんで四十八間の堂に四十八の燈籠を掛け、大勢の尼に念仏させたという話は、重盛の仏道への志と、平家一門の財力の大きさとをともに伝えている。重盛の死の直後にこの話を置くことで、物語は重盛を、悪行の父とは対照的な仏心の人として印象づけている。

語釈・文法注

文法

「滅罪生善」
罪を滅ぼし、善を生じること。
「六八弘誓の願」
六×八で四十八。阿弥陀仏が法蔵菩薩のときに立てた四十八の誓願。
「光耀鸞鏡をみがいて」
光の輝きが、鸞の模様のある鏡を磨いたようである、の意。
「攝取不捨」
阿弥陀仏が、念仏する衆生をすべて救い取って捨てないこと。
「安養世界」
極楽浄土。

解説

重盛が建てたという四十八間の精舎は、東山の小松谷(現在の京都市東山区)にあったとされ、重盛が「小松殿」と呼ばれたのはその邸の地名による。燈籠堂の話は延慶本など諸本にも見え、重盛を「燈籠大臣」と呼ぶ由来として語られる。

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出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、394頁(コマ226)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日