古典ライブラリー

平家物語 巻第二

山門滅亡の事

後白河法皇が三井寺で灌頂を受けようとすると延暦寺の衆徒が反対し、法皇は天王寺で灌頂を遂げる。その延暦寺では堂衆と学匠が争い、清盛は院宣を受けて官軍を学匠方につけるが、悪党を集めた堂衆に敗れる。比叡山は荒れ果て、天竺・震旦・日本の仏法の衰えと重ねて、伝教大師以来の天台の仏法の滅亡が嘆かれる。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうははは、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらののの公こう公こうこう顯けん顯けんけん僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうををを御ご御ごご師し師しし範はん範はんはんとととしてしてして、、、眞しん眞しんしん言ごん言ごんごんののの祕ひ祕ひひ法ほふ法ほふほうををを傳でん傳でんでん受じゆ受じゆじゅせせせさせさせさせおはしますおはしますおわします。。。大だい大だいだい日にち日にちにち經きやう經きやうきょう、、、金こん金こんこん剛がう剛がうごう頂ちやう頂ちやうちょう經きやう經きやうきょう、、、蘇そ蘇そそ悉しつ悉しつしつ地ち地ちち經きやう經きやうきょう、、、このこのこの三さん三さんさん部ぶ部ぶぶののの祕ひ祕ひひ經きやう經きやうきょうををを受う受ううけけけさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて、、、九く九くく月ぐわつ月ぐわつがつ四よつ四よつよつ日か日かかののの日ひ日ひひ、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらにににててて御ご御ごご灌くわん灌くわんかんあるあるあるべきべきべき由よし由よしよし聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。山さん山さんさん門もん門もんもんののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ憤いきどほ憤いきどほいきどおりりり申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「昔むかし昔むかしむかしよりよりより御ご御ごご灌くわん灌くわんかん頂ちやう頂ちやうちょう、、、御ご御ごご受じゆ受じゆじゅ戒かい戒かいかい、、、みなみなみな當たう當たうとう山ざん山ざんざんにににしてしてして遂と遂ととげげげさせさせさせたまふたまふたまうことことこと先せん先せんせん規き規ききなりなりなり。。。なかんづくなかんづくなかんずく山さん山さんさん王わう王わうおうののの化け化けけ導だう導だうどうははは、、、受じゆ受じゆじゅ戒かい戒かいかい、、、灌くわん灌くわんかん頂ちやう頂ちやうちょうのののためためためなりなりなり。。。しかるしかるしかるををを今いま今いまいま三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらにににててて遂と遂ととげげげさせさせさせおはしまさおはしまさおわしまさばばば、、、寺てら寺てらてらををを一いつ一いついっ向かう向かうこう燒や燒ややききき拂はら拂はらはらふふうべしべしべし。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。
  2. 2法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうははは、、、「「「これこれこれ無む無むむ益やく益やくやくなりなりなり。。。」」」とてとてとて、、、御おん御おんおん加け加けけ行ぎやう行ぎやうぎょうばかりばかりばかり御ご御ごご結けち結けちけち願ぐわん願ぐわんがんありありありててて、、、御ご御ごご灌くわん灌くわんかん頂ちやう頂ちやうちょうをををばばばおぼしめしおぼしめしおぼしめし止とゞま止とゞまとどまらららせせせ給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。されどもされどもされども御ご御ごご本ほ本ほほ意い意いいなれなれなればばばとてとてとて、、、公こう公こうこう顯けん顯けんけん僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうををを召め召めめししし具ぐ具ぐぐしししつゝつゝつつ、、、天てん天てんてん王わう王わうおう寺じ寺じじへへへ御ご御ごご幸かう幸かうこうなつなつなっててて、、、五ご五ごご智ち智ちち光くわう光くわうこう院ゐん院ゐんいんををを立た立たたててて、、、龜かめ龜かめかめ井ゐ井ゐいののの水みづ水みづみずををを五ご五ごご瓶びやう瓶びやうびょうののの智ち智ちち水すゐ水すゐすいととと定さだ定さださだめめめ、、、佛ぶつ佛ぶつぶつ法ぽふ法ぽふぽう最さい最さいさい初しよ初しよしょののの靈れい靈れいれい地ち地ちちにににてててぞぞぞ傳でん傳でんでん法ぽふ法ぽふぽう灌くわん灌くわんかん頂ちやう頂ちやうちょうをををばばば遂と遂ととげげげさせさせさせおはしますおはしますおわします。。。
  3. 3山さん山さんさん門もん門もんもんののの騒さう騒さうそう動どう動どうどうををを鎭しづ鎭しづしずめめめられられられんんんががが爲ため爲ためためににに、、、三み三みみ井ゐ井ゐい寺でら寺でらでらにににててて御ご御ごご灌くわん灌くわんかん頂ちやう頂ちやうちょうはははなかりなかりなかりしかしかしかどもどもども、、、山さん山さんさん門もん門もんもんにににははは堂だう堂だうどう衆しゆ衆しゆしゅ、、、學がく學がくがく匠しやう匠しやうしょう、、、不ふ不ふふ快くわい快くわいかいのののことことこと出い出いいででで來き來ききててて、、、合かつ合かつかっ戰せん戰せんせん度ど度どど々ど々どどににに及およ及およおよぶぶぶ。。。毎まい毎まいまい度ど度どどににに學がく學がくがく侶りよ侶りよりょうちうちうち落おと落おとおとさささるるる。。。山さん山さんさん門もん門もんもんののの滅めつ滅めつめつ亡ばう亡ばうぼう、、、朝てう朝てうちょう家か家かかののの御おん御おんおん大だい大だいだい事じ事じじとととぞぞぞ見み見みみえええししし。。。
  4. 4堂だう堂だうどうととといふいふいうははは、、、學がく學がくがく匠しやう匠しやうしょうののの所しよ所しよしょ從じゆう從じゆうじゅうなりなりなりけるけるける童わらんべ童わらんべわらんべののの法ほふ法ほふほっ師し師ししににになりなりなりたるたるたるややや、、、もしはもしはもしは中ちゆう中ちゆうちゅう間げん間げんげん法ほふ法ほふほっ師し師ししばらばらばらにににてててもももやややありありありけんけんけん。。。一ひと一ひとひと年とせ年とせとせ金こん金こんこん剛がう剛がうごう壽じゆ壽じゆじゅ院ゐん院ゐんいんののの座ざ座ざざ主す主すす覺かく覺かくかく尋じん尋じんじん權ごん權ごんごん僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょう治ち治ちち山さん山さんさんののの時とき時ときとき、、、三さん三さんさん塔たふ塔たふとうににに結けつ結けつけっ番ばん番ばんばんしししててて、、、夏げ夏げげ衆しゆ衆しゆしゅととと號がう號がうごうしししててて佛ほとけ佛ほとけほとけににに花はな花はなはなまゐらせまゐらせまいらせししし者もの者ものものどもどもどもなりなりなり。。。しかるしかるしかるををを近きん近きんきん年ねん年ねんねん行ぎやう行ぎやうぎょう人にん人にんにんとてとてとて、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅをををももも事こと事ことことととともももせせせずずず、、、かくかくかく度ど度どど々ど々どどののの軍いくさ軍いくさいくさにににうちうちうち勝か勝かかちちちぬぬぬ。。。
  5. 5堂だう堂だうどう衆しゆ衆しゆしゅ等ら等らら師し師しし主す主すすののの命めい命めいめいをををそむいそむいそむいててて、、、既すで既すですでににに謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんををを企くはだ企くはだくわだつつつ。。。すみやかすみやかすみやかににに誅ちう誅ちうちゅう罰ばつ罰ばつばつせせせらるらるらるべきべきべき由よし由よしよし、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ公く公くく家げ家げげへへへ奏そう奏そうそう聞もん聞もんもんししし、、、武ぶ武ぶぶ家け家けけににに觸ふ觸ふふれれれ訴うつた訴うつたうつたふふう。。。これこれこれににに依よ依よよつつっててて入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜんををを承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、紀き紀きき伊い伊いいののの國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん湯ゆ湯ゆゆ淺あさ淺あさあさののの權ごん權ごんごんののの守かみ守かみかみ宗むね宗むねむね重しげ重しげしげ以い以いい下げ下げげ、、、畿き畿きき内ない内ないないののの兵へい兵へいへい二に二にに千せん千せんせん餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅにににさしさしさし添そ添そそへへえててて堂だう堂だうどう衆しゆ衆しゆしゅををを攻せ攻せせめめめらるらるらる。。。
  6. 6堂だう堂だうどう衆しゆ衆しゆしゅ日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろははは東とう東とうとう陽やう陽やうよう坊ばう坊ばうぼうにににありありありけるけるけるががが、、、これこれこれををを聞き聞ききいいいててて、、、近あふ近あふおう江み江みみののの國くに國くにくに三さん三さんさん箇が箇ががののの莊しやう莊しやうしょうににに下げ下げげ向かう向かうこうしししててて、、、あまたあまたあまたののの勢せい勢せいせいををを率そつ率そつそつしししてててまたまたまた登とう登とうとう山ざん山ざんざんししし、、、早さう早さうそう尾ゐ尾ゐい坂ざか坂ざかざかににに城じやう城じやうじょう郭くわく郭くわくかくををを構かま構かまかまへへえてててたてたてたてこもるこもるこもる。。。同おな同おなおなじきじきじき九く九くく月ぐわつ月ぐわつがつ二は二はは十つ十つつ日か日かかののの日ひ日ひひののの辰たつ辰たつたつののの一いつ一いついっ點てん點てんてんににに、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ三さん三さんさん千ぜん千ぜんぜん人にん人にんにん、、、官くわん官くわんかん軍ぐん軍ぐんぐん二に二にに千せん千せんせん餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、都つ都つつ合がふ合がふごうそのそのその勢せい勢せいせい五ご五ごご千せん千せんせん餘よ餘よよ人にん人にんにん、、、早さう早さうそう尾ゐ尾ゐい坂ざか坂ざかざかにににおしおしおしよせよせよせててて、、、関とき関ときときをををどつとどつとどっとぞぞぞつくりつくりつくりけるけるける。。。城じやう城じやうじょうののの中うち中うちうちよりよりより石いし石いしいし弓ゆみ弓ゆみゆみはづしはづしはずしかけかけかけたりたりたりけれけれければばば、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ、、、官くわん官くわんかん軍ぐん軍ぐんぐん、、、數かず數かずかずをををつくしつくしつくしててて討う討ううたたたれれれにににけりけりけり。。。
  7. 7大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅははは官くわん官くわんかん軍ぐん軍ぐんぐんををを先さき先さきさき立だ立だだてててんんんとととすすす、、、官くわん官くわんかん軍ぐん軍ぐんぐんはははまたまたまた大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅををを先さき先さきさき立だ立だだてててんんんととと爭あらそ爭あらそあらそふふうほどほどほどににに、、、心こころ心こころこころ々ごゝろ々ごゝろごころににになつなつなっててて、、、はか〴〵しくはか〴〵しくはかばかしくももも戰たゝか戰たゝかたたかははわずずず。。。堂だう堂だうどう衆しゆ衆しゆしゅにににかたらふかたらふかたらう惡あく惡あくあく黨たう黨たうとうととといふいふいうははは、、、諸しよ諸しよしょ國こく國こくこくののの竊せつ竊せつせつ盜たう盜たうとう、、、強がう強がうごう盜たう盜たうとう、、、山さん山さんさん賊ぞく賊ぞくぞく、、、海かい海かいかい賊ぞく賊ぞくぞく等ら等ららなりなりなり。。。慾よく慾よくよく心しん心しんしん熾し熾しし盛じやう盛じやうじょうにににしてしてして、、、死し死しし生しやう生しやうしょう知し知ししらららずずずののの奴やつ奴やつやつばらばらばらなりなりなりけれけれければばば、、、われわれわれ一ひと一ひとひと人り人りりととと思おも思おもおもひひい切き切ききつつっててて戰たゝか戰たゝかたたかふふうほどほどほどににに、、、今こん今こんこん度ど度どどもももまたまたまた學がく學がくがく匠しやう匠しやうしょう、、、軍いくさ軍いくさいくさににに負ま負ままけけけにににけりけりけり。。。
  8. 8そのそのその後のち後のちのちははは山さん山さんさん門もん門もんもんいよ〳〵いよ〳〵いよいよ荒あ荒ああれれれはてはてはてててて、、、十じふ十じふじゅう二に二にに禪ぜん禪ぜんぜん衆しゆ衆しゆしゅののの外ほか外ほかほかははは、、、止し止しし住ぢゆう住ぢゆうじゅうののの僧そう僧そうそう侶りよ侶りよりょまれまれまれなりなりなり。。。谷たに谷たにたに々だに々だにだにののの講かう講かうこう演えん演えんえん磨ま磨まま滅めつ滅めつめつしししててて、、、堂だう堂だうどう塔たふ塔たふとうののの行ぎやう行ぎやうぎょう法ほふ法ほふほうももも退たい退たいたい轉てん轉てんてんすすす。。。修しゆ修しゆしゅ學がく學がくがくののの窗まど窗まどまどををを閉と閉ととぢぢじ、、、坐ざ坐ざざ禪ぜん禪ぜんぜんののの床ゆか床ゆかゆかををを空むな空むなむなしうしうしゅうせせせりりり。。。四し四しし教けう教けうきょう五ご五ごごののの春はる春はるはるののの花はな花はなはなもももにほはにほはにおわずずず、、、三さん三さんさん諦たい諦たいたい即そく即そくそく是ぜ是ぜぜののの秋あき秋あきあきののの月つき月つきつきももも曇くも曇くもくもれれれりりり。。。三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ歳さい歳さいさいののの法ほつ法ほつほっ燈とう燈とうとうをををかゝぐるかゝぐるかかぐる人ひと人ひとひともももなくなくなく、、、六ろく六ろくろく時じ時じじ不ふ不ふふ斷だん斷だんだんののの香かう香かうこうののの煙けぶり煙けぶりけぶりももも絶た絶たたえええやややしししにににけんけんけん。。。
  9. 9堂だう堂だうどう舎しや舎しやしゃ高たか高たかたかくくく聳そび聳そびそびえええててて、、、三さん三さんさん重ぢゆう重ぢゆうじゅうののの構かま構かまかまへへえををを靑せい靑せいせい漢かん漢かんかんののの内うち内うちうちににに插さしはさ插さしはささしわさみみみ、、、棟たる棟たるたる梁き梁きき遙はる遙はるはるかかかににに秀ひい秀ひいひいでででててて四し四しし面めん面めんめんののの椽たるき椽たるきたるきををを白はく白はくはく霧ぶ霧ぶぶののの間あひだ間あひだあいだにににかけかけかけたりたりたりききき。。。されどもされどもされども今いま今いまいまははは供ぐ供ぐぐ佛ぶつ佛ぶつぶつををを峯みね峯みねみねののの嵐あらし嵐あらしあらしにににまかせまかせまかせ、、、金きん金きんきん容よう容ようようををを紅こう紅こうこう瀝れき瀝れきれきににに濕うるほ濕うるほうるおししし、、、夜よる夜よるよるののの月つき月つきつき燈ともしび燈ともしびともしびをををかゝげかゝげかかげててて、、、軒のき軒のきのきののの隙ひま隙ひまひまよりよりより漏も漏ももりりり、、、曉あかつき曉あかつきあかつきののの露つゆ露つゆつゆ珠たま珠たまたまををを垂た垂たたれれれててて、、、蓮れん蓮れんれん座ざ座ざざのののよそほひよそほひよそおいををを添そ添そそふふうとととかやかやかや。。。
  10. 10それそれそれ末まつ末まつまつ代だい代だいだいののの俗ぞく俗ぞくぞくににに至いた至いたいたつつってててははは、、、三さん三さんさん國ごく國ごくごくののの佛ぶつ佛ぶつぶつ法ぽふ法ぽふぽうももも次し次しし第だい第だいだいににに衰すゐ衰すゐすい微び微びびせせせりりり。。。遠とほ遠とほとおくくく天てん天てんてん竺ぢく竺ぢくじくににに佛ぶつ佛ぶつぶつ跡せき跡せきせきををを訪とぶら訪とぶらとぶらふふうににに、、、むかしむかしむかし佛ほとけ佛ほとけほとけののの法のり法のりのりををを説と説とときききたまひたまひたまいししし竹ちく竹ちくちく林りん林りんりん精しやう精しやうしょう舍じや舍じやじゃ、、、給ぎつ給ぎつぎっ孤こ孤ここ獨どく獨どくどく園をん園をんおんもももこのこのこの頃ごろ頃ごろごろははは、、、虎こ虎ここ狼らう狼らうろう野や野やや干かん干かんかんのののすみかすみかすみかとととなつなつなっててて、、、礎いしずゑ礎いしずゑいしずえのののみみみややや殘のこ殘のこのこるるるらんらんらん。。。白はく白はくはく鷺ろ鷺ろろ池ち池ちちにににははは水みづ水みづみず絶た絶たたえええててて、、、草くさ草くさくさのみのみのみ深ふか深ふかふかくくくしげれしげれしげれりりり。。。退たい退たいたい凡ぼん凡ぼんぼん、、、下げ下げげ乘じよう乘じようじょうののの卒そ卒そそ堵と堵とと婆ば婆ばばももも苔こけ苔こけこけのみのみのみむしむしむしててて傾かたぶ傾かたぶかたぶきききぬぬぬ。。。
  11. 11震しん震しんしん旦たん旦たんたんにににももも天てん天てんてん台だい台だいだい山さん山さんさん、、、五ご五ごご台たい台たいたい山さん山さんさん、、、白はく白はくはく馬ば馬ばば寺じ寺じじ、、、玉ぎよく玉ぎよくぎょく泉せん泉せんせん寺じ寺じじももも、、、今いま今いまいまははは住ぢゆう住ぢゆうじゅう侶りよ侶りよりょなきなきなき樣さま樣さまさまににに荒あ荒ああれれれはてはてはてててて、、、大だい大だいだい小せう小せうしょう乘じよう乘じようじょうののの法ほふ法ほふほう文もん文もんもんももも箱はこ箱はこはこののの底そこ底そこそこにににややや朽く朽くくちちちぬぬぬらんらんらん。。。わがわがわが朝てう朝てうちょうにににももも南なん南なんなん都と都ととののの七しち七しちしち大だい大だいだい寺じ寺じじ荒あ荒ああれれれはてはてはてててて、、、八はつ八はつはっ宗しう宗しうしゅうももも、、、九く九くく宗しう宗しうしゅうももも跡あと跡あとあとたえたえたえ、、、愛あた愛あたあた宕ご宕ごご、、、高たか高たかたか尾を尾をおももも昔むかし昔むかしむかしははは堂だう堂だうどう塔たふ塔たふとう、、、軒のき軒のきのきををを竝なら竝ならならべべべたりたりたりしかしかしかどもどもども、、、一いち一いちいち夜や夜ややののの中うち中うちうちににに荒あ荒ああれれれはてはてはてててて、、、天てん天てんてん狗ぐ狗ぐぐのののすみかすみかすみかとととなりなりなり果は果ははてててぬぬぬ。。。
  12. 12さればにやさればにやさればにや、、、さしもさしもさしもやんごとなかりやんごとなかりやんごとなかりつるつるつる天てん天てんてん台だい台だいだいののの佛ぶつ佛ぶつぶつ法ぽふ法ぽふぽうももも、、、治ぢ治ぢじ承しよう承しようしょうののの今いま今いまいまににに及およ及およおよんんんででで亡ほろ亡ほろほろびびびはてはてはてぬるぬるぬるにににややや。。。心こころ心こころこころあるあるある人ひと人ひとひとののの歎なげ歎なげなげききき悲かな悲かなかなしましましまぬぬぬはははなかりなかりなかりけりけりけり。。。何なに何なになに者もの者ものもののののしわざしわざしわざにににてててやややありありありけんけんけん、、、離り離りり山さん山さんさんしししけるけるける僧そう僧そうそうののの坊ばう坊ばうぼうののの柱はしら柱はしらはしらににに、、、一いつ一いついっ首しゆ首しゆしゅののの歌うた歌うたうたをををぞぞぞ書か書かかきききつけつけつけたるたるたる。。。
  13. 13祈いの祈いのいのりりりこしこしこしわがわがわがたつたつたつのののひきひきひきかへかへかえててて人ひと人ひとひとなきなきなき峯みね峯みねみねととと荒あ荒ああれれれやややはてはてはてなななむむん
  14. 14これこれこれははは昔むかし昔むかしむかし傳でん傳でんでん教げう教げうぎょう大だい大だいだい師し師しし當たう當たうとう山ざん山ざんざん草さう草さうそう創さう創さうそうのののはじめはじめはじめ、、、阿あ阿ああ耨のく耨のくのく多た多たた羅ら羅らら三さん三さんさん藐みやく藐みやくみやく三さん三さんさん菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいののの佛ほとけ佛ほとけほとけたちたちたちににに祈いの祈いのいのりりり申まう申まうもうさささせせせ給たま給たまたまひひいししし事こと事ことことををを、、、今いま今いまいま思おも思おもおもひひい出い出いいでででててて詠よ詠よよみみみたりたりたりけるけるけるにににややや。。。いといといとやさしうやさしうやさしゅうぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええししし。。。八やう八やうよう日か日かかははは藥やく藥やくやく師し師ししののの日ひ日ひひなれなれなれどどど、、、南な南なな無む無むむととと唱とな唱となとなふるふるうる聲こゑ聲こゑこえもももせせせずずず。。。卯う卯うう月づき月づきづきははは垂すゐ垂すゐすい跡じやく跡じやくじゃくののの月つき月つきつきなれなれなれどもどもども、、、幣へい幣へいへい帛はく帛はくはくををを捧さゝ捧さゝささぐるぐるぐる人ひと人ひとひともももなくなくなく、、、あけあけあけののの玉たま玉たまたま垣がき垣がきがき神かみ神かみかみさびさびさびててて、、、しめしめしめ繩なは繩なはなわのののみみみややや殘のこ殘のこのこるるるならならならんんん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

そうしているうちに法皇は、三井寺の公顕僧正を師として、真言の秘法を伝授されておられた。大日経・金剛頂経・蘇悉地経の三部の秘経をお受けになって、九月四日に三井寺で灌頂をお受けになるということであった。延暦寺の衆徒が憤って申すには、「昔から御灌頂や御受戒は、みなこの山でお遂げになるのが先例である。とりわけ山王が衆生を導かれるのは、受戒と灌頂のためである。それなのに今三井寺でお遂げになるなら、寺をすっかり焼き払ってしまおう」と申した。

法皇は「これは無益だ」といって、前行の修法だけで結願なさって、灌頂は思いとどまられた。けれどもかねてからのお望みであったので、公顕僧正を連れて天王寺へお出ましになり、五智光院を建て、亀井の水を五瓶の智水と定めて、仏法最初の霊地で伝法灌頂をお遂げになった。

延暦寺の騒動を鎮めるために、三井寺での灌頂はなかったけれども、延暦寺では堂衆と学匠との間に不和が生じて、合戦がたびたびに及んだ。そのたびに学侶が打ち負かされた。延暦寺の滅亡、朝廷の大事と思われた。

堂衆というのは、学匠の従者であった童が法師になった者や、あるいは中間法師たちであったのだろう。先年、金剛寿院の座主覚尋権僧正が比叡山を治めていたときに、三塔に当番を組んで夏衆と称して仏に花を供えていた者たちである。それが近年は行人と称して、衆徒をも何とも思わず、このようにたびたびの戦いに勝ったのである。

堂衆たちは師主の命にそむいて、すでに謀反を企てた。すみやかに討伐されるべきであると、衆徒は朝廷に奏上し、武家に訴えた。そこで入道相国は院宣を受けて、紀伊国の住人湯浅権守宗重以下、畿内の兵二千余人を衆徒に加えて、堂衆を攻めさせた。

堂衆はふだんは東陽坊にいたが、これを聞いて近江国の三箇の荘に下り、大勢の兵を率いてまた登山し、早尾坂に城郭を構えて立てこもった。同じ月の九月二十日の辰の一点(午前七時ごろ)に、衆徒三千人、官軍二千余人、合わせて五千余人が早尾坂に押し寄せて、鬨の声をどっとあげた。城の中から石弓を外して落としかけたので、衆徒も官軍も数えきれないほど討たれた。

衆徒は官軍を先に立てようとし、官軍はまた衆徒を先に立てようと争ううちに、てんでばらばらになって、まともに戦わない。堂衆に味方した悪党というのは、諸国の窃盗・強盗・山賊・海賊たちである。欲心が盛んで、死ぬも生きるもかまわない者どもであったので、自分一人でもと思い切って戦ったので、今度もまた学匠が戦に負けてしまった。

その後は延暦寺はいよいよ荒れ果てて、十二禅衆のほかは、住む僧侶はまれである。谷々の講義は絶え、堂塔の行法も廃れた。修学の窓は閉じられ、坐禅の床は空になった。四教五時の教えの春の花もにおわず、三諦即是の真理の秋の月も曇ってしまった。三百余年の法灯をかかげる人もなく、昼夜六時に絶えなかった香の煙も絶えてしまったのだろうか。

かつては堂舎が高くそびえて、三重の構えを青空の中に差しはさみ、棟木ははるかに抜きん出て、四方の垂木を白い霧の中にかけていた。けれども今は、仏への供えを峰の嵐にまかせ、金色の仏像を雨漏りに濡らし、夜の月が灯火をかかげて軒の隙間から漏れ入り、明け方の露が玉を垂れて、蓮台の飾りを添えているという。

そもそも末代の世になってからは、三国の仏法もしだいに衰えた。遠く天竺に仏の跡を訪ねると、昔、仏が法を説かれた竹林精舎や給孤独園も、このごろは虎や狼や狐のすみかとなって、礎石だけが残っているのだろう。白鷺池には水が絶えて、草ばかりが深く茂っている。退凡・下乗の卒塔婆も苔むして傾いてしまった。

中国でも、天台山・五台山・白馬寺・玉泉寺も、今は住む僧もいないように荒れ果てて、大乗・小乗の経典も箱の底で朽ちてしまっているのだろう。わが国でも、南都の七大寺は荒れ果てて、八宗も九宗も跡が絶え、愛宕や高雄も昔は堂塔が軒を並べていたけれども、一夜のうちに荒れ果てて天狗のすみかとなってしまった。

だからであろうか、あれほど尊かった天台の仏法も、治承の今に及んで滅び果ててしまったのだろうか。心ある人で嘆き悲しまない者はなかった。だれのしわざであったのだろうか、山を去る僧の坊の柱に、一首の歌が書きつけてあった。

伝教大師が祈ってこられたわが立つ杣(比叡山)は、昔とはうって変わって、人のいない峰と荒れ果ててしまうのだろうか。

これは昔、伝教大師がこの山を開いた初めに、「阿耨多羅三藐三菩提の仏たち、わが立つ杣に冥加あらせたまへ」と祈られたことを、今思い出して詠んだのであろうか。たいそう優雅に聞こえた。八日は薬師の縁日であるが、南無と唱える声もしない。四月は日吉の神が垂迹された月であるが、幣帛を捧げる人もなく、朱塗りの玉垣は古びて、しめ縄だけが残っているのだろう。

意訳

延暦寺の内紛を描く章段である。後白河法皇が三井寺で灌頂を受けようとして延暦寺の反対にあう一件に続いて、延暦寺の中で、学問を担う学匠(学侶)と、雑役を担う堂衆との争いが起こる。清盛は院宣を受けて学匠方に兵を送るが、諸国の悪党を集めた堂衆に敗れ、比叡山は荒廃する。

後半は、比叡山の荒廃を、天竺・震旦の仏跡の衰えと重ねて、対句を連ねた美文で嘆く。「四教五時の春の花もにほはず、三諦即是の秋の月も曇れり」といった表現は、天台の教えを自然の景物にたとえて、その衰えを哀切に描いている。結びの「祈りこしわがたつ杣の」の歌は、最澄が比叡山を開いたときの「阿耨多羅三藐三菩提の仏たち、わが立つ杣に冥加あらせたまへ」の歌を踏まえたもので、王法とともに仏法も衰えていく末世の嘆きが、巻第二の後半の基調となっている。

語釈・文法注

灌頂
密教で、仏の位を継ぐ者として頭頂に水を灌ぐ儀式。秘法を受け継ぐしるしとされた。
堂衆
寺院で雑役や堂の管理にあたった下級の僧。学問をつかさどる学侶(学匠)と対立した。
四教五時
天台宗の教えの分類。釈迦の説法を説かれた時期によって五つ(五時)に、内容によって四つ(四教)に分ける。
わがたつ杣
最澄が比叡山を開いたときに詠んだ「阿耨多羅三藐三菩提の仏たち我が立つ杣に冥加あらせたまへ」による言葉で、比叡山をさす。

文法

「寺を一向燒き拂ふべし」
「一向」は、すっかり、ことごとく、の意。三井寺をすっかり焼き払ってしまおう、と衆徒が威嚇する言葉。
「心々になつて」
それぞれ勝手な心になって、まとまりを欠いて、の意。
「金容を紅瀝に濕し」
「金容」は金色の仏像、「紅瀝」は雨漏り。仏像が雨に濡れているさまをいう。
「卯月は垂跡の月なれども」
日吉の神が垂迹した(この地に現れた)のが四月であるとされ、四月に日吉祭が行われた。

和歌

祈りこしわがたつ杣のひきかへて人なき峯と荒れやはてなむ

詠者
詠み人知らず
状況
堂衆と学匠の争いで荒れ果てた比叡山を去る僧の坊の柱に、何者かが書きつけた歌。

修辞

本歌取り
最澄の「阿耨多羅三藐三菩提の仏たち我が立つ杣に冥加あらせたまへ」を本歌とし、最澄が加護を祈った比叡山が荒れ果ててしまうことを嘆く。

解説

延暦寺の学侶と堂衆の対立は、治承二年(1178)から翌年にかけて激化し、朝廷は平家に命じて堂衆を攻めさせたが、官軍は敗れた。こうした寺院内部の争いは、寺院が武装し、荘園をめぐって争うようになった院政期の寺院社会の姿をよく示している。

物語はこの章段で比叡山の荒廃を嘆き、次の「善光寺炎上の事」でも「王法尽きんとては、仏法まづ亡ず」と述べて、仏法の衰えを王法の衰え、さらには平家の滅亡の前兆として位置づけている。

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出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、346–349頁(コマ202–203)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日