古典ライブラリー

平家物語 巻第二

烽火の事

重盛は、院を守れば父への不孝、父に従えば君への不忠になると、進退きわまった苦しみを訴え、自分の首をはねよと泣いて迫る。清盛は気勢をそがれ、重盛は自邸に侍を召集して一万余騎を集める。兵がみな小松殿に向かったため清盛は院への出兵を断念し、重盛は周の幽王の烽火の故事を語って兵を帰す。

  1. 1「「「これこれこれははは尤もつと尤もつともっとももも君きみ君きみきみののの御おん御おんおん理ことわり理ことわりことわりにににててて候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、叶かな叶かなかなははわざらざらざらんんんまでまでまでももも、、、院ゐん院ゐんいん中ぢゆう中ぢゆうじゅうををを守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごしししまゐらせまゐらせまいらせ候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえははは、、、重しげ重しげしげ盛もり盛もりもりはじめはじめはじめ敍じよ敍じよじょ爵しやく爵しやくしゃくよりよりより、、、今いま今いまいま大おと大おとおと臣ど臣どどののの大たい大たいたい將しやう將しやうしょうににに至いた至いたいたるるるまでまでまで、、、しかしながらしかしながらしかしながら君きみ君きみきみののの御ご御ごご恩おん恩おんおんならならならずずずととといふいふいう事こと事ことことなしなしなし。。。そのそのその恩おん恩おんおんののの重おも重おもおもききき事こと事ことことををを思おも思おもおもへへえばばば、、、千せん千せんせん顆くわ顆くわか萬ばん萬ばんばん顆くわ顆くわかののの玉たま玉たまたまにににももも越こ越ここえええ、、、そのそのその恩おん恩おんおんののの深ふか深ふかふかききき色いろ色いろいろををを按あん按あんあんずるずるずるににに、、、一いち一いちいち入じゆ入じゆじゅ再さい再さいさいののの紅くれなゐ紅くれなゐくれないにににもももなほなほなお過す過すすぎぎぎたらたらたらんんん。。。
  2. 2しからしからしからばばば院ゐん院ゐんいん中ぢゆう中ぢゆうじゅうへへへまゐりまゐりまいり籠こも籠こもこもりりり候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。そのそのその儀ぎ儀ぎぎにににててて候さふら候さふらそうらははわばばば、、、重しげ重しげしげ盛もり盛もりもりががが身み身みみににに代かは代かはかわりりり、、、命いのち命いのちいのちににに代かは代かはかわらららんんんととと契ちぎ契ちぎちぎりりりたるたるたる侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども、、、少せう少せうしょう々せう々せうしょう候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。これらこれらこれらををを召めし召めしめし具ぐ具ぐぐしししててて、、、院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょ法ほふ法ほふほう住ぢゆう住ぢゆうじゅう寺じ寺じじ殿どの殿どのどのををを守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごしししまゐらせまゐらせまいらせ候さふら候さふらそうらははわばばば、、、さすがさすがさすが以もつ以もつもってててののの外ほか外ほかほかののの御おん御おんおん大だい大だいだい事じ事じじにににてててこそこそこそ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらめらめらめ。。。
  3. 3悲かな悲かなかなしきしきしきかなかなかな、、、君きみ君きみきみののの御おん御おんおん爲ため爲ためためににに奉ほう奉ほうほう公こう公こうこうののの忠ちゆう忠ちゆうちゅうををを致いた致いたいたさささんんんとととすれすれすればばば、、、迷めい迷めいめい盧ろ盧ろろ八はち八はちはちののの巓いたゞき巓いたゞきいただきよりよりよりもももなほなほなお高たか高たかたかききき父ちち父ちちちちののの恩おん恩おんおん、、、忽たちま忽たちまたちまちちちににに忘わす忘わすわすれれれんんんとととすすす。。。痛いた痛いたいたましきましきましきかなかなかな、、、不ふ不ふふ孝けう孝けうきょうののの罪つみ罪つみつみををを遁のが遁のがのがれれれんんんとととすれすれすればばば、、、君きみ君きみきみののの御おん御おんおん爲ため爲ためためにににははは既すで既すですでににに不ふ不ふふ忠ちゆう忠ちゆうちゅうののの逆ぎやく逆ぎやくぎやく臣しん臣しんしんととともももなりなりなりぬぬぬべしべしべし。。。進しん進しんしん退たい退たいたいこれこれこれきはまれきはまれきわまれりりり。。。是ぜ是ぜぜ非ひ非ひひいかにいかにいかにももも辨わきま辨わきまわきまへへえ難がた難がたがたししし。。。申まう申まうもうししし受う受ううくるくるくる所しよ所しよしょ詮せん詮せんせんははは、、、たゞたゞただ重しげ重しげしげ盛もり盛もりもりががが首くび首くびくびををを召め召めめささされれれ候さふら候さふらそうらへへえ。。。そのそのその故ゆゑ故ゆゑゆえははは、、、院ゐん院ゐんいん參さん參さんさんののの御おん御おんおん供とも供ともともをををももも仕つかまつ仕つかまつつかまつるるるべからべからべからずずず、、、またまたまた院ゐん院ゐんいん中ぢゆう中ぢゆうじゅうをををももも守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごししし參まゐ參まゐまいらすらすらすべからべからべからずずず。。。
  4. 4さればさればさればかのかのかの蕭せう蕭せうしょう何か何かかははは、、、大たい大たいたい功こう功こうこうかたへかたへかたえににに越こ越ここえええたるたるたるににによつよつよっててて、、、官くわん官くわんかん大たい大たいたい相しやう相しやうしょう國こく國こくこくににに至いた至いたいたりりり、、、劒けん劒けんけんををを帶たい帶たいたいししし履くつ履くつくつをををはきはきはきながらながらながら、、、殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょうへへへ上のぼ上のぼのぼるるる事こと事ことことををを許ゆる許ゆるゆるささされれれしかしかしかどもどもども、、、叡えい叡えいえい慮りよ慮りよりょににに背そむ背そむそむくくく事こと事ことことありありありしかしかしかばばば、、、高かう高かうこう祖そ祖そそ、、、重おも重おもおもううういましめいましめいましめててて、、、深ふか深ふかふこううう罪つみ罪つみつみせせせられられられにににききき。。。かやうかやうかようののの先せん先せんせん蹤じよう蹤じようしょうををを思おも思おもおもへへえばばば、、、富ふう富ふうふう貴き貴ききととといひいひいい、、、榮えい榮えいえい華ぐわ華ぐわがととといひいひいい、、、朝てう朝てうちょう恩おん恩おんおんととと申まう申まうもうししし、、、重ぢゆう重ぢゆうじゅう職しよく職しよくしょくととといひいひいい、、、かた〴〵かた〴〵かたがた極きは極きはきわめめめさせさせさせ給たま給たまたまひひいぬれぬれぬればばば、、、御ご御ごご運うん運うんうんののの盡つ盡つつきききんんんことことこと難かた難かたかたかるかるかるべきべきべきにににあらあらあらずずず。。。富ふう富ふうふう貴き貴ききののの家いへ家いへいえにににははは祿ろく祿ろくろく位ゐ位ゐい重ちよう重ちようちょう疊でふ疊でふじょうせせせりりり、、、復ふた復ふたふたびびび實み實みみなるなるなる木き木ききははは、、、そのそのその根ね根ねね必かなら必かならかならずずずいたむいたむいたむととと見み見みみえええててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。
  5. 5心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそくくくこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。いついついつまでまでまでかかか命いのち命いのちいのち生い生いいきききててて、、、亂みだ亂みだみだれれれんんん世よ世よよをををももも見み見みみ候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。たゞたゞただ末まつ末まつまつ代だい代だいだいににに生しやう生しやうしょうををを受う受ううけけけててて、、、斯か斯かかかるかるかる憂う憂ううききき目め目めめにににあひあひあい候さふらふ候さふらふそうろう重しげ重しげしげ盛もり盛もりもりががが果くわ果くわか報ほう報ほうほうのののほどほどほどこそこそこそつたなうつたなうつたのう候さふら候さふらそうらへへえ。。。たゞたゞただ今いま今いまいまももも侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい一ひと一ひとひと人り人りりににに仰おほ仰おほおおせせせつけつけつけられられられ、、、御おん御おんおん坪つぼ坪つぼつぼののの内うち内うちうちへへへ引ひき引ひきひき出いだ出いだいだささされれれててて、、、重しげ重しげしげ盛もり盛もりもりががが頭かうべ頭かうべこうべののの刎は刎ははねねねられられられんんんずるずるずる事こと事ことことははは、、、いといといと易やす易やすやすいいいほどほどほどののの御おん御おんおんことことことでででこそこそこそ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらめらめらめ、、、これこれこれををを各おのおの各おのおのおのおの聞き聞ききききき給たま給たまたまへへえ。。。」」」とてとてとて直なほ直なほなお衣し衣ししののの袖そで袖そでそでもももしぼるしぼるしぼるばかりばかりばかりにににかきかきかきくどきくどきくどき、、、さめ〴〵さめ〴〵さめざめととと泣な泣ななききき給たま給たまたまへへえばばば、、、そのそのその座ざ座ざざににになみなみなみゐゐい給たま給たまたまへへえるるる平へい平へいへい家け家けけ一いち一いちいち門もん門もんもんののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、みなみなみな袖そで袖そでそでをををぞぞぞ濡ぬ濡ぬぬらさらさらされれれけるけるける。。。
  6. 6入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、賴たの賴たのたのみみみきつきつきったるたるたる内だい内だいだい府ふ府ふふははは、、、かやうかやうかようにににのたまふのたまふのたまう、、、世よ世よよにににももも力ちから力ちからちからなげなげなげにににててて、、、「「「いや〳〵いや〳〵いやいやそれそれそれまでまでまでののの事こと事ことことははは思おも思おもおもひひいももも寄よ寄よよりりりさうずさうずそうず。。。惡あく惡あくあく黨たう黨たうとうどもどもどもののの申まう申まうもうすすす事こと事ことことににに、、、君きみ君きみきみのののつかつかつかせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、いかなるいかなるいかなるひがことひがことひがことなどなどなどもももややや、、、出い出いいででで來こ來ここんんんずずずらんらんらんととと思おも思おもおもふふうばかりばかりばかりでででこそこそこそ候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」大おと大おとおと臣ど臣どど、、、「「「たとひたとひたといいかなるいかなるいかなるひがことひがことひがこと出い出いいででで來き來きき候さふら候さふらそうらへへえばばばとてとてとて、、、君きみ君きみきみをををばばば何なに何なになにとととかかかししし參まゐ參まゐまいらせらせらせたまふたまふたまうべきべきべき。。。」」」とてとてとて、、、
  7. 7ついついつい立た立たたつつっててて中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんににに出い出いいででで、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもどもににに宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるけるははは、、、「「「たゞたゞただ今いま今いまいまこれこれこれにににててて申まう申まうもうしししつるつるつる事こと事ことことどもどもどもをををばばば、、、汝なんぢ汝なんぢなんじ等ら等ららはははよくよくよく承うけたまは承うけたまはうけたまわらららずずずややや、、、今け今けけ朝さ朝ささよりよりよりこれこれこれににに候さふら候さふらそうらひひいててて、、、かやうかやうかようののの事こと事ことことどもどもどもををを、、、申まう申まうもうししししづめしづめしずめんんんとととははは存ぞん存ぞんぞんじじじつれつれつれどもどもども、、、あまりあまりあまりにににひたひたひたさわぎさわぎさわぎににに見み見みみえええつるつるつる間あひだ間あひだあいだ、、、まづまづまず歸かへ歸かへかえりりりつるつるつるなりなりなり。。。院ゐん院ゐんいん參さん參さんさんののの御おん御おんおん供とも供ともともにににおいおいおいてててははは、、、重しげ重しげしげ盛もり盛もりもりががが頭かうべ頭かうべこうべののの刎は刎ははねねねられられられたらたらたらんんんををを見み見みみててて仕つかまつ仕つかまつつかまつれれれ。。。さればさればされば人ひと人ひとひと參まゐ參まゐまいれれれ。。。」」」とてとてとて小こ小ここ松まつ松まつまつ殿どの殿どのどのへへへぞぞぞ歸かへ歸かへかえららられれれけるけるける。。。
  8. 8そのそのその後のち後のちのち大おと大おとおと臣ど臣どど、、、主しゆ主しゆしゅ馬め馬めめののの判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん盛もり盛もりもり國くに國くにくにををを召め召めめしししててて、、、「「「重しげ重しげしげ盛もり盛もりもりこそこそこそ今け今けけ朝さ朝ささよりよりより別べつ別べつべっしししててて、、、天てん天てんてん下か下かかののの大だい大だいだい事じ事じじををを聞き聞ききききき出いだ出いだいだしししたんたんたんなれなれなれ。。。われわれわれをををわれわれわれととと思おも思おもおもははわんんんずるずるずる者もの者ものものどもどもどもははは、、、物もの物ものもの具ぐ具ぐぐしししててて急いそ急いそいそぎぎぎまゐれまゐれまいれととと催もよほ催もよほもよおせせせ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、馳は馳ははせせせまはつまはつまわっててて披ひ披ひひ露ろう露ろうろうすすす。。。おぼろげおぼろげおぼろげにににてててははは騒さわ騒さわさわぎぎぎ給たま給たまたまははわぬぬぬ人ひと人ひとひとののの、、、かやうかやうかようののの披ひ披ひひ露ろう露ろうろうのののあるあるあるははは、、、まことまことまことににに別べつ別べつべつののの仔し仔しし細さい細さいさいのののあるあるあるにににこそこそこそとてとてとて、、、われわれわれも〳〵も〳〵もわれもととと馳は馳ははせせせまゐるまゐるまいる。。。
  9. 9淀よど淀よどよど、、、羽は羽はは束つか束つかつか師し師しし、、、宇う宇うう治ぢ治ぢじ、、、岡をか岡をかをかののの屋や屋やや、、、日ひ日ひひ野の野のの、、、勸くわん勸くわんかん修じゆ修じゆじゅ寺じ寺じじ、、、醍だい醍だいだい醐ご醐ごご、、、小を小をお栗ぐる栗ぐるぐる栖す栖すす、、、梅うめ梅うめうめ津づ津づず、、、桂かつら桂かつらかつら、、、大おほ大おほおお原はら原はらはら、、、志し志しし津づ津づづ原はら原はらはら、、、芹せり芹せりせり生ふ生ふふののの里さと里さとさとにににあふれあふれあうれゐゐいたるたるたる兵つはもの兵つはものつわものどもどもどもももも、、、或あるい或あるいあるいははは鎧よろひ鎧よろひよろい著き著ききててて、、、未いま未いまいまだだだ兜かぶと兜かぶとかぶとををを著き著ききぬぬぬもももありありあり、、、或あるい或あるいあるいははは矢や矢やや負お負おおうううててて、、、未いま未いまいまだだだ弓ゆみ弓ゆみゆみををを持も持ももたたたぬぬぬもももありありあり。。。片かた片かたかた鐙あぶみ鐙あぶみあぶみ蹈ふ蹈ふふむむむややや蹈ふ蹈ふふまままずずずにににててて、、、あわてあわてあわて騒さわ騒さわさわいいいででで馳は馳ははせせせ參まゐ參まゐまいるるる。。。
  10. 10小こ小ここ松まつ松まつまつ殿どの殿どのどのににに騒さわ騒さわさわぐぐぐ事こと事ことことありありありととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょうににに數す數すす千せん千せんせん騎ぎ騎ぎぎありありありけるけるける兵つはもの兵つはものつわものどもどもども、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどうにににはははかうかうこうとととももも申まう申まうもうしししももも入い入いいれれれずずず、、、さやめきさやめきさやめきつれつれつれててて、、、みなみなみな小こ小ここ松まつ松まつまつ殿どの殿どのどのへへへぞぞぞ馳は馳ははせせせたりたりたりけるけるける。。。弓きう弓きうきゅう箭せん箭せんせんにににたづさはるたづさはるたずさわる程ほど程ほどほどののの者もの者ものものははは、、、一ひと一ひとひと人り人りりももも殘のこ殘のこのこらららずずず。。。
  11. 11筑ちく筑ちくちく後ご後ごごののの守かみ守かみかみ貞さだ貞さださだ能よし能よしよしがががたゞたゞただ一ひと一ひとひと人り人りり候さぶら候さぶらさぶらひひいけるけるけるををを、、、御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんへへへ召め召めめしししててて、、、「「「内だい内だいだい府ふ府ふふははは何なに何なになにととと思おも思おもおもひひいててて、、、これらこれらこれらをををばばばみなみなみな、、、かやうかやうかようににに呼よ呼よよびびび取と取ととるるるやらやらやらんんん。。。今け今けけ朝さ朝ささこれこれこれにににててていひいひいいつるつるつるやうやうようににに、、、淨じやう淨じやうじょう海かい海かいかいがががもともともとへへへ討うつ討うつうつ手て手ててなどなどなどももも向む向むむけけけんんんずずずらんらんらん。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、貞さだ貞さださだ能よし能よしよし涙なみだ涙なみだなみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流なが流ながながいいいててて、、、「「「人ひと人ひとひとももも人ひと人ひとひとにににこそこそこそよらよらよらせせせたまひたまひたまい候さふら候さふらそうらへへえ。。。いかでいかでいかでかかか只たゞ只たゞただ今いま今いまいまさるさるさる御おん御おんおん事こと事ことこと候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。今け今けけ朝さ朝ささこれこれこれにににててて申まう申まうもうさささせせせたまひたまひたまいつるつるつる御おん御おんおん事こと事ことことどもどもどもをををばばば、、、はやはやはやみなみなみな御ご御ごご後こう後こうこう悔くわい悔くわいかいぞぞぞ候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどういや〳〵いや〳〵いやいや、、、内だい内だいだい府ふ府ふふににに中なか中なかなかたがうたがうたごうてててははは、、、あしかりあしかりあしかりなななんんんとととややや思おも思おもおもははわれれれけんけんけん、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう迎むか迎むかむかへへえ參まゐ參まゐまいらせらせらせんんんとととおもはおもはおもわれれれけるけるける心こころ心こころこころもももやはらぎやはらぎやわらぎ、、、急いそ急いそいそぎぎぎ腹はら腹はらはら巻まき巻まきまきぬぎぬぎぬぎ置お置おおききき、、、素そ素そそ絹けん絹けんけんののの衣ころも衣ころもころもににに袈け袈けけ裟さ裟ささうちうちうちかけかけかけててて、、、いといといと心こころ心こころこころにににももも起おこ起おこおこらららぬぬぬ念ねん念ねんねん誦じゆ誦じゆじゅしししてててこそこそこそおはしおはしおわしけれけれけれ。。。
  12. 12そのそのその後のち後のちのち小こ小ここ松まつ松まつまつ殿どの殿どのどのにににははは、、、盛もり盛もりもり國くに國くにくに承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、著ちやく著ちやくちゃくつけつけつけたりたりたりけりけりけり。。。馳は馳ははせせせ參さん參さんさんじじじたるたるたる侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども、、、一いち一いちいち萬まん萬まんまん餘よ餘よよ騎き騎ききとととぞぞぞしるししるししるしけるけるける。。。著ちやく著ちやくちゃく到たう到たうとう披ひ披ひひ見けん見けんけんののの後のち後のちのち、、、大おと大おとおと臣ど臣どど中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんににに出い出いいでででててて、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもどもににに宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるけるははは、、、「「「日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろののの契けい契けいけい約やく約やくやくををを違たが違たがたがへへえずずずしてしてして、、、みなみなみなかやうかやうかようににに參まゐ參まゐまいりりりたるたるたるこそこそこそ神しん神しんしん妙べう妙べうびょうなれなれなれ。。。異い異いい國こく國こくこくにににさるさるさる例ためし例ためしためしありありあり。。。
  13. 13周しう周しうしゅうののの幽いう幽いうゆう王わう王わうおう、、、褒はう褒はうほう似じ似じじととといへいへいえるるる最さい最さいさい愛あい愛あいあいののの后きさき后きさききさきををを持も持ももちちち給たま給たまたまへへえりりり。。。天てん天てんてん下か下かか第だい第だいだい一いち一いちいちののの美び美びび人じん人じんじんなりなりなり。。。されどもされどもされども幽いう幽いうゆう王わう王わうおうののの御み御みみ心こころ心こころこころにににかなはかなはかなわざりざりざりけるけるける事こと事ことことにににははは、、、褒はう褒はうほう似じ似じじ笑ゑ笑ゑえみみみををを含ふく含ふくふくまままずずずとてとてとて、、、すべてすべてすべて笑わら笑わらわらふふうことことことししし給たま給たまたまははわずずず、、、異い異いい國こく國こくこくのののならひならひならいににに、、、天てん天てんてん下か下かかににに兵ひやう兵ひやうひょう亂らん亂らんらんののの起おこ起おこおこるるる時とき時ときときははは、、、所しよ所しよしょ々しよ々しよしょににに火ひ火ひひををを擧あ擧ああげげげ、、、大たい大たいたい鼓こ鼓ここをををうつうつうっててて、、、兵つはもの兵つはものつわものををを召め召めめすすす謀はかりごと謀はかりごとはかりごとありありあり。。。これこれこれををを烽ほう烽ほうほう火くわ火くわかととと名な名ななづくづくづく。。。
  14. 14あるあるある時とき時ときとき天てん天てんてん下か下かかににに兵ひやう兵ひやうひょう革かく革かくかく起おこ起おこおこつつっててて、、、所しよ所しよしょ々しよ々しよしょににに烽ほう烽ほうほう火くわ火くわかををを擧あ擧ああげげげたりたりたりけれけれければばば、、、后きさき后きさききさきこれこれこれををを御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじててて、、、『『『あなあなあなおびたゞしおびたゞしおびただし、、、火ひ火ひひもももあれあれあれ程ほど程ほどほどまでまでまで多おほ多おほおおかりかりかりけりけりけりななな。。。』』』とてとてとて、、、そのそのその時とき時ときとき始はじ始はじはじめめめててて笑わら笑わらわらひひい給たま給たまたまへへえりりり。。。一ひと一ひとひと度たび度たびたび笑ゑ笑ゑえめめめばばば百もゝ百もゝももののの媚こび媚こびこびありありありけりけりけり。。。幽いう幽いうゆう王わう王わうおうこれこれこれをををうれしきうれしきうれしき事こと事ことことにににししし給たま給たまたまひひいててて、、、そのそのその事こと事ことこととととなくなくなく、、、常つね常つねつねははは烽ほう烽ほうほう火くわ火くわかををを擧あ擧ああげげげ給たま給たまたまふふう、、、諸しよ諸しよしょ侯こう侯こうこう來きた來きたきたるるるににに寇あた寇あたあたなしなしなし、、、寇あた寇あたあたなけれなけれなければばば則すなは則すなはすなわちちち歸かへ歸かへかえりりり去さ去ささりりりぬぬぬ。。。かやうかやうかようにににするするすることことこと度たび度たびたび々たび々たびたびににに及およ及およおよべべべばばば、、、兵つはもの兵つはものつわものももも參まゐ參まゐまいらららずずず。。。
  15. 15あるあるある時とき時ときとき鄰りん鄰りんりん國ごく國ごくごくよりよりより兇きよう兇きようきょう賊ぞく賊ぞくぞく起おこ起おこおこつつっててて、、、幽いう幽いうゆう王わう王わうおうののの都みやこ都みやこみやこををを攻せ攻せせめめめけるけるけるににに、、、烽ほう烽ほうほう火くわ火くわかををを擧あ擧ああぐれぐれぐれどもどもども、、、例れい例れいれいののの后きさき后きさききさきののの火ひ火ひひににに慣な慣ななれれれててて兵つはもの兵つはものつわものももも參まゐ參まゐまいらららずずず。。。そのそのその時とき時ときとき都みやこ都みやこみやこ傾かたぶ傾かたぶかたぶいいいててて、、、幽いう幽いうゆう王わう王わうおう遂つひ遂つひついににに亡ほろ亡ほろほろびびびにににけりけりけり。。。さてさてさてかのかのかの后きさき后きさききさき、、、野や野ややとととなつなつなっててて走はし走はしはしりりり失う失ううせせせけるけるけるぞぞぞ恐おそ恐おそおそろしきろしきろしき。。。かやうかやうかようののの事こと事ことことのののあるあるある時とき時ときときははは、、、自じ自じじ今こん今こんこん以い以いい後ご後ごごこれこれこれよりよりより召め召めめさささんんんにににははは、、、みなみなみなかくかくかくののの如ごと如ごとごとくくく參まゐ參まゐまいるるるべしべしべし。。。重しげ重しげしげ盛もり盛もりもり今け今けけ朝さ朝ささ、、、別べつ別べつべっしししててて天てん天てんてん下か下かかののの大だい大だいだい事じ事じじををを聞き聞ききききき出い出いいでででててて召め召めめしししつるつるつるなりなりなり。。。されどもされどもされどもこのこのこの事こと事ことこと聞き聞きききききなほしなほしなおしつゝつゝつつ、、、ひがことひがことひがことにににてててありありありけりけりけり。。。さらばさらばさらばとうとうとう歸かへ歸かへかえれれれ。。。」」」とてとてとて、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい共ども共どもどもみなみなみな歸かへ歸かへかえささされれれけりけりけり。。。
  16. 16誠まこと誠まことまことにににさせるさせるさせる事こと事ことことをををももも聞き聞ききききき出いだ出いだいだささされれれざりざりざりけれけれけれどもどもども、、、今け今けけ朝さ朝ささ父ちち父ちちちちををを諫いさ諫いさいさめめめ申まう申まうもうささされれれけるけるける言こと言ことこと葉ば葉ばばににに從したが從したがしたがつつっててて、、、わがわがわが身み身みみににに勢せい勢せいせいのののつくつくつくかかか、、、つかつかつかぬぬぬかかかののの程ほど程ほどほどをををももも知し知ししりりり、、、またまたまた父ふ父ふふ子し子しし、、、軍いくさ軍いくさいくさをををせせせんんんとととにににはははあらあらあらねねねどもどもども、、、かうかうこうしししててて入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんののの心こころ心こころこころももも、、、やはらぎやはらぎやわらぎ給たま給たまたまふふうかかかとととののの謀はかりごと謀はかりごとはかりごととととぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええししし。。。
  17. 17君きみ君きみきみ君きみ君きみきみたらたらたらずずずととといへいへいえどもどもども、、、臣しん臣しんしん以もつ以もつもっててて臣しん臣しんしんたらたらたらずずずんんんばばばあるあるあるべからべからべからずずず。。。父ちち父ちちちち父ちち父ちちちちたらたらたらずずずととといふいふいうともともとも、、、子こ子ここ以もつ以もつもっててて子こ子ここたらたらたらずずずんんんばばばあるあるあるべからべからべからずずず。。。君きみ君きみきみののの爲ため爲ためためにににははは忠ちゆう忠ちゆうちゅうあつあつあっててて、、、父ちち父ちちちちののの爲ため爲ためためにににははは孝かう孝かうこうあれあれあれととと、、、文ぶん文ぶんぶん宣せん宣せんせんののののたまひのたまひのたまいけるけるけるにににたがはたがはたがわずずず。。。君きみ君きみきみもももこのこのこの由よし由よしよし聞きこし聞きこしきこし召め召めめしししててて、、、「「「今いま今いまいまににに始はじ始はじはじめめめぬぬぬ事こと事ことことなれなれなれどもどもども、、、内だい内だいだい府ふ府ふふががが心こころ心こころこころののの中うち中うちうちこそこそこそ恥はづ恥はづはずかしけれかしけれかしけれ。。。仇あた仇あたあたをををばばば恩おん恩おんおんををを以もつ以もつもっててて報ほう報ほうほうぜぜぜられられられたりたりたり。。。」」」とととぞぞぞ仰おほ仰おほおおせせせけるけるける。。。「「「果くわ果くわか報ほう報ほうほうこそこそこそめでたうめでたうめでとうててて、、、今いま今いまいま大おと大おとおと臣ど臣どどののの大たい大たいたい將しやう將しやうしょうににに至いた至いたいたらららめめめ、、、容よう容ようよう儀ぎ儀ぎぎ帶たい帶たいたい佩はい佩はいはい人ひと人ひとひとにににすぐれすぐれすぐれ、、、才さい才さいさい智ち智ちち才さい才さいさい覺かく覺かくかくさへさへさへ世よ世よよににに越こ越ここえええたるたるたるべきべきべきやはやはやは。。。」」」とととぞぞぞ、、、時とき時ときときののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと感かん感かんかんじじじあはあはあわれれれけるけるける。。。國くに國くにくにににに諫いさ諫いさいさむるむるむる臣しん臣しんしんあれあれあればばば、、、そのそのその國くに國くにくに必かなら必かならかならずずず安やす安やすやすくくく、、、家いへ家いへいえににに諫いさ諫いさいさむるむるむる子こ子ここあれあれあればばば、、、そのそのその家いへ家いへいえ必かなら必かならかならずずず正たゞ正たゞただしししととといへいへいえりりり。。。上じやう上じやうじょう代だい代だいだいにににももも末まつ末まつまつ代だい代だいだいにににもももありありあり難がた難がたがたかりかりかりししし大おと大おとおと臣ど臣どどなりなりなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

「これはまことに君のごもっともなところですから、かなわないまでも、院の御所をお守り申しましょう。その理由は、重盛が初めて叙爵されたときから今の大臣大将に至るまで、すべて君のご恩でないものはないからです。その恩の重さを思えば、千万の宝玉にも越え、その恩の深い色を考えれば、何度も染めた紅よりもなお深いでしょう。

それならば院の御所に参ってこもりましょう。そうなれば、重盛の身代わりとなり、命に代わろうと誓った侍どもが少々はおりましょう。これらを連れて院の御所の法住寺殿をお守り申したなら、さすがにもってのほかの大事になってしまうでしょう。

悲しいことよ、君のために奉公の忠を尽くそうとすれば、須弥山の頂よりもなお高い父の恩をたちまち忘れることになる。痛ましいことよ、不孝の罪を逃れようとすれば、君のためにはすでに不忠の逆臣ともなってしまう。進退きわまった。是非はどうしても判断しがたい。お願いするところは、ただ重盛の首をお取りください。そうすれば、院への御供もできず、また院の御所をお守りすることもできないでしょう。

あの蕭何は、大きな功績がほかの者に勝っていたので、官は相国に至り、剣を帯び履をはいたまま殿上に上ることを許されたけれども、帝のお心に背くことがあったので、高祖は厳しく戒めて深く罰せられた。このような先例を思えば、富貴といい、栄華といい、朝恩といい、重職といい、あれこれと極められたのですから、ご運が尽きることもないとは言えません。富貴の家には禄位が重なっている。二度実をつける木は、その根が必ず傷むと見えております。

心細いことでございます。いつまで命を長らえて、乱れる世を見なければならないのでしょう。ただ末世に生まれて、このようなつらい目にあう重盛の果報のつたなさよ。今すぐ侍一人にお命じになって、御庭に引き出されて重盛の首がはねられることは、ごくたやすいことでございましょう。これを皆々お聞きください」といって、直衣の袖も絞るほどに泣いて訴え、さめざめと泣かれたので、その座に居並んでおられた平家一門の人々も、みな袖を濡らされた。

入道は、頼みきっていた内府がこのようにおっしゃるので、まことに力なげに、「いやいや、そこまでのことは思いも寄らない。悪党どもの申すことに君がお乗りになって、どのような間違いが起こるだろうかと思うばかりなのだ」。大臣は「たとえどのような間違いが起ころうとも、君をどうにかし申し上げてよいものでしょうか」といって、

すっと立って中門に出て、侍どもにおっしゃるには、「今ここで申したことを、おまえたちはよく聞かなかったか。今朝からここに控えて、このようなことを申し鎮めようとは思っていたが、あまりにひどく騒がしく見えたので、まず帰ったのだ。院へのお供については、重盛の首がはねられたのを見てからにせよ。さあ、皆ついて参れ」といって、小松殿へお帰りになった。

その後大臣は主馬判官盛国を呼んで、「重盛は今朝からとりわけ天下の大事を聞き出したのだ。われを主と思う者どもは、武具を整えて急いで参れと触れ回れ」とおっしゃると、盛国は駆け回って触れ回った。めったなことでは騒がない人が、このような触れを出したのは、本当に特別な事情があるのだろうと、われもわれもと駆けつけた。

淀・羽束師・宇治・岡屋・日野・勧修寺・醍醐・小栗栖・梅津・桂・大原・志津原・芹生の里にあふれていた兵どもも、あるいは鎧を着てまだ兜をかぶらない者もあり、あるいは矢を負ってまだ弓を持たない者もある。片方の鐙に足をかけたかかけないかのうちに、あわて騒いで駆けつけた。

小松殿に騒ぎがあると聞こえたので、西八条に数千騎いた兵どもも、入道にはこうとも申し上げず、ざわざわと連れ立って、みな小松殿へ駆けつけた。弓矢にたずさわるほどの者は一人も残らない。

筑後守貞能がただ一人残っていたのを御前に呼んで、「内府は何と思って、これらをみなこのように呼び寄せるのだろう。今朝ここで言ったように、浄海のところへ討手でも向けるつもりだろうか」とおっしゃると、貞能は涙をはらはらと流して、「人にもよりけりでございます。どうして今そのようなことがございましょう。今朝ここで申されたことを、もうすっかり後悔しておられるでしょう」と申したので、入道は、いやいや内府と仲たがいしてはまずいと思われたのだろうか、法皇をお迎えしようと思われた心も和らいで、急いで腹巻を脱ぎ置き、素絹の衣に袈裟をかけて、まったく心にもない念誦をしておられた。

その後小松殿では、盛国が承って到着者の名簿をつけた。駆けつけた侍どもは一万余騎と記された。名簿をご覧になった後、大臣は中門に出て侍どもにおっしゃるには、「日ごろの約束を違えずに、みなこのように参ったのは殊勝である。外国にこのような例がある。

周の幽王は褒姒という最愛の后をお持ちになっていた。天下第一の美人である。けれども幽王のお心にかなわなかったことには、褒姒は笑みを浮かべないといって、まったく笑うことをなさらない。外国の習わしで、天下に兵乱が起こるときは、あちこちに火を挙げ、太鼓を打って兵を召し集めるしくみがある。これを烽火と名づける。

あるとき天下に兵乱が起こって、あちこちに烽火を挙げたところ、后はこれをご覧になって、「まあおびただしい、火もあれほどたくさんあるものなのね」といって、そのとき初めてお笑いになった。一度笑えば百の媚がある。幽王はこれを喜ばれて、何事もないのにいつも烽火を挙げられた。諸侯が来ても敵はいない。敵がいないのでそのまま帰ってしまう。このようなことがたびたびに及ぶと、兵も来なくなった。

あるとき隣国から凶賊が起こって幽王の都を攻めたので、烽火を挙げたけれども、いつもの后の火に慣れて兵も来ない。そのとき都は傾いて、幽王はついに滅んでしまった。そしてその后は狐となって走り去ったというのは恐ろしいことである。このようなことがあるときは、今後もこちらから召したなら、みなこのように参れ。重盛は今朝、特別に天下の大事を聞き出して召したのだ。けれどもこのことはよく聞き直してみると、間違いであった。それでは早く帰れ」といって、侍どもをみな帰された。

実際にはたいした事を聞き出されたわけではなかったが、今朝父を諫め申された言葉に従って、自分に勢いがつくかつかないかのほどをも知り、また父子で戦をしようというのではないけれども、こうして入道相国の謀反の心も和らがれるかという計略であったということである。

「君が君らしくなくても、臣は臣らしくなければならない。父が父らしくなくても、子は子らしくなければならない。君のためには忠、父のためには孝あれ」と孔子がおっしゃったのにたがわない。君(法皇)もこのことをお聞きになって、「今に始まったことではないが、内府の心のうちこそ恥ずかしくなるほど立派だ。仇を恩で報いられた」とおっしゃった。「果報がめでたくて今大臣の大将に至ったのだろうが、容姿や身だしなみが人にすぐれ、才知までも世に越えているとは」と、当時の人々は感心し合われた。「国に諫める臣があればその国は必ず安らかで、家に諫める子があればその家は必ず正しい」という。上代にも末代にもめったにない大臣である。

意訳

前章段の重盛の諫言の結びにあたる。重盛は、院を守れば父への不孝、父に従えば君への不忠と、「進退これきはまれり」と苦しみを吐露し、いっそ自分の首をはねてくれと泣いて訴える。この「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」の板ばさみは、後世、頼山陽の『日本外史』などで重盛の言葉として広く知られるようになった。

その後の重盛の行動は、言葉だけでなく実際の力を示すものであった。自邸に兵を召集すると、清盛のもとにいた兵まで残らず小松殿に駆けつけ、清盛は院への出兵を断念せざるをえなくなる。重盛は兵たちに周の幽王の烽火の故事を語って、たびたび偽りの召集をしても信を失わないようにと戒めて帰す。物語は、これを父の謀反の心を和らげるための計略と説明し、重盛を知恵と徳を備えた理想の臣として描いている。

語釈・文法注

一入再入
布を染料に一度浸すのを一入、二度浸すのを再入という。何度も染めて色が深いこと。
迷盧八萬
「迷盧」は須弥山の別名(蘇迷盧)。高さ八万由旬という須弥山の頂。きわめて高いことのたとえ。
著到
召集に応じて到着した者の名を記録すること。また、その名簿。
野干
狐の異名。褒姒は狐の化身であったという伝説による。
文宣王
孔子の諡号。唐の玄宗が贈った。

文法

「思ひも寄りさうず」
「思ひも寄り候はず」のつづまった形。思いも寄りません、の意。
「されば人參れ」
さあ、皆ついて来い、の意。重盛が侍たちを促して小松殿へ引き上げる言葉。
「片鐙蹈むや蹈まずにて」
片方の鐙に足をかけたかかけないかのうちに、の意で、大急ぎで駆けつけるさま。
「人も人にこそよらせたまひ候へ」
人にもよりけりでございます、の意。重盛にかぎって父に刃向かうはずがない、と貞能が言う。

解説

「烽火」の故事は『史記』周本紀に見える話で、周の幽王が褒姒を笑わせるために偽りの烽火を挙げ続け、本当に敵が攻めてきたときに諸侯が集まらず、西周が滅んだとされる。重盛はこれを引いて、いざというときに兵が集まらなくなることを戒めた。

「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」という言葉は、『平家物語』の本文には直接は見えず、この章段の「悲しきかな、君の御爲に奉公の忠を致さんとすれば…」という部分を要約したものとして、江戸時代以降に重盛の名言として広まった。

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出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、329–333頁(コマ193–195)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日