古典ライブラリー

平家物語 巻第二

少将請ひ受けの事

成親の子丹波少将成経は、後白河法皇に涙の別れを告げ、舅の門脇宰相教盛とともに西八条へ向かう。教盛は清盛に成経の身柄を預かりたいと願うが許されず、出家を口にしてようやく聞き入れられる。成経は自分の命よりも父の身を案じ、教盛は子を持つことのつらさをかみしめる。

  1. 1丹たん丹たんたん波ば波ばばののの少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう成なり成なりなり經つね經つねつねははは、、、そのそのその夜よ夜よよしもしもしも、、、院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょ法ほふ法ほふほう住ぢゆう住ぢゆうじゅう寺じ寺じじ殿どの殿どのどのににに上うへ上うへうえ臥ぶし臥ぶしぶししししててて、、、未いま未いまいまだだだ出い出いいでででられられられざりざりざりけるけるけるににに、、、大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんののの侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども、、、急いそ急いそいそぎぎぎ院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょににに馳は馳ははせせせ參まゐ參まゐまいりりり、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう殿どの殿どのどのををを呼よ呼よよびびび出いだ出いだいだししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、このこのこの由よし由よしよしかくかくかくととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう、、、「「「これこれこれ程ほど程ほどほどののの事こと事ことこと、、、などなどなどややや宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうのののもともともとよりよりより、、、今いま今いまいままでまでまで告つ告つつげげげ知し知ししらららせせせざるざるざるらんらんらん。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまひひいもももはてはてはてぬぬぬににに、、、宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのよりよりよりとてとてとて御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいありありあり、、、
  2. 2このこのこの宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうととと申まう申まうもうすすすははは入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの御おん御おんおん弟おとうと弟おとうとおとうと、、、宿しゆく宿しゆくしゅく所しよ所しよしょははは六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららののの總そう總そうそう門もん門もんもんののの脇わき脇わきわきにににおはしおはしおわしけれけれければばば、、、門かど門かどかど脇わき脇わきわきののの宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうとととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。丹たん丹たんたん波ば波ばばののの少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうにににははは舅しうと舅しうとしゅうとなりなりなり。。。「「「何なに何なになに事ごと事ごとごとにににててて候さふらふ候さふらふそうろうやらやらやらんんん、、、今け今けけ朝さ朝ささ西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょうののの邸てい邸ていていよりよりより、、、きつときつときっと具ぐ具ぐぐししし奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれととと候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと、、、のたまひのたまひのたまい遣つか遣つかつかはさはさわされれれたりたりたりけれけれければばば、、、
  3. 3少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうこのこのこの事こと事ことこと心こころ心こころこころ得え得ええててて、、、近きん近きんきん習じゆ習じゆじゅののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうたちたちたちををを呼よ呼よよびびび出いだ出いだいだししし參まゐ參まゐまいらららせせせててて、、、「「「ゆうべゆうべゆうべ何なに何なになにとととなうなうのう物もの物ものものさわがしうさわがしうさわがしゅう候さふら候さふらそうらひひいしししををを、、、例れい例れいれいののの山やま山やまやま法ほふ法ほふほう師し師ししののの下くだ下くだくだるるるかかかなんどなんどなんど、、、よそよそよそににに思おも思おもおもひひいててて候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、はやはやはや成なり成なりなり經つね經つねつねががが身み身みみののの上うへ上うへうえにににまかりまかりまかりなつなつなっててて候さふら候さふらそうらひひいけるけるけるぞぞぞややや。。。夕ゆふ夕ゆふゆうさりさりさり大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん斬き斬ききらららるるるべうべうびょう候さふらふ候さふらふそうろうなれなれなればばば、、、成なり成なりなり經つね經つねつねとてとてとてももも同どう同どうどう罪ざい罪ざいざいにににてててぞぞぞ候さふら候さふらそうらははわんんんずずずらんらんらん。。。今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたび御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんへへへ參さん參さんさんじじじててて、、、君きみ君きみきみををを見み見みみまゐらせまゐらせまいらせたくたくたく候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、斯か斯かかかるかるかる身み身みみにににまかりまかりまかりなりなりなりててて候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、憚はゞか憚はゞかはばかりりり存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれたりたりたりけれけれければばば、、、
  4. 4女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうたちたちたち急いそ急いそいそぎぎぎ御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんへへへ參まゐ參まゐまいつつっててて、、、このこのこの由よし由よしよし奏そう奏そうそう聞もん聞もんもんせせせられられられたりたりたりけれけれければばば、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう今け今けけ朝さ朝ささののの禪ぜん禪ぜんぜん門もん門もんもんののの使つかひ使つかひつかいににに、、、はやはやはや御おん御おんおん心こころ心こころこころ得え得ええあつあつあっててて、、、「「「これらこれらこれらががが内ない内ないない々ない々ないない謀はか謀はかはかりりりししし事こと事ことことののの洩も洩ももれれれ聞きこ聞きこきこえええけるけるけるにににこそこそこそ。。。さるさるさるにににてててももも今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたびこれこれこれへへへ。。。」」」ととと御ご御ごご氣き氣きき色しよく色しよくしょくありありありけれけれければばば、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんへへへ參まゐ參まゐまいららられれれたりたりたり。。。法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながさささせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、仰おほ仰おほおおせせせ下くだ下くだくださささるゝるゝるる旨むね旨むねむねもももなくなくなく、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうもももまたまたまた涙なみだ涙なみだなみだにににむせびむせびむせびててて、、、申まう申まうもうししし上あ上ああげげげらるゝらるゝらるる事こと事ことこともももなしなしなし。。。やゝやゝややあつあつあっててて少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんをををまかりまかりまかり出い出いいでででられられられけるけるけるににに、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう後うしろ後うしろうしろををを遙はる遙はるはるかかかににに御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじ送おく送おくおくつつっててて、、、「「「たゞたゞただ末まつ末まつまつ代だい代だいだいこそこそこそ心こころ心こころこころ憂う憂ううけれけれけれ。。。これこれこれががが限かぎ限かぎかぎりりりにににててて、、、またまたまたももも御ご御ごご覽らん覽らんらんぜぜぜぬぬぬ事こと事ことこともももやややあらあらあらんんんずずずらんらんらん。。。」」」とてとてとて、、、御おん御おんおん涙なみだ涙なみだなみだせきせきせきあへあへあえさせさせさせ給たま給たまたまははわずずず。。。少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんをををまかりまかりまかり出い出いいでででられられられけるけるけるににに、、、院ゐん院ゐんいん中ぢゆう中ぢゆうじゅうののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、局つぼね局つぼねつぼねののの女によう女にようにょう房ばう房ばうぼうたちたちたちににに至いた至いたいたるるるまでまでまで、、、名な名なな殘ごり殘ごりごりををを惜を惜をおしみしみしみ、、、袂たもと袂たもとたもとににに縋すが縋すがすがりりり、、、涙なみだ涙なみだなみだををを流なが流ながながししし、、、袖そで袖そでそでををを濡ぬ濡ぬぬらさらさらさぬぬぬはははなかりなかりなかりけりけりけり。。。
  5. 5舅しうと舅しうとしゅうとののの宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうのののもともともとへへへ出い出いいでででられられられたれたれたればばば、、、北きた北きたきたののの方かた方かたかたははは、、、近ちか近ちかちこううう產さん產さんさんすすすべきべきべき人ひと人ひとひとにににててておはしおはしおわしけるけるけるががが、、、今け今けけ朝さ朝ささよりよりよりこのこのこの歎なげ歎なげなげきききををを打うち打うちうち添そ添そそへへえててて、、、既すで既すですでににに命いのち命いのちいのちももも消き消ききえええ入い入いいるるる心ここ心ここここちちちぞぞぞせせせられられられけるけるける。。。少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう御ご御ごご所しよ所しよしょをををまかりまかりまかり出い出いいでででられられられけるけるけるよりよりより、、、流なが流ながながるゝるゝるる涙なみだ涙なみだなみだつきつきつきせせせぬぬぬににに、、、今いま今いまいま北きた北きたきたののの方かた方かたかたののの有あり有ありあり樣さま樣さまさまををを見み見みみ給たま給たまたまひひいててて、、、いとゞいとゞいとどせんせんせん方かた方かたかたなげなげなげにににぞぞぞ見み見みみえええられられられけるけるける。。。
  6. 6少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうののの乳めの乳めのめの母と母ととににに六ろく六ろくろく條でう條でうじょうととといふいふいう女をんな女をんなおんなありありあり。。。「「「われわれわれ御おん御おんおん乳ち乳ちちににに參まゐ參まゐまいりりりはじめはじめはじめ候さふら候さふらそうらひひいててて、、、君きみ君きみきみををを乳ち乳ちちののの中なか中なかなかよりよりより抱いだ抱いだいだききき上あ上ああげげげ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、おほしおほしおおしたてたてたて參まゐ參まゐまいらららせせせしししよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、月つき月つきつき日ひ日ひひののの重かさ重かさかさなるなるなるににに從したが從したがしたがひひいててて、、、わがわがわが身み身みみののの年とし年としとしののの行ゆ行ゆゆくくくをををばばば歎なげ歎なげなげかかかずずずしてしてして、、、ひとへひとへひとえににに君きみ君きみきみののの大おと大おとおと人な人ななしうしうしゅうならせならせならせ給たま給たまたまふふう事こと事ことことをををのみのみのみ喜よろこ喜よろこよろこびびび、、、あからさまあからさまあからさまとととははは思おも思おもおもへへえどもどもども、、、今こ今ここ年とし年としとしははは二に二にに十じふ十じふじゅう一いち一いちいち年ねん年ねんねん、、、片かた片かたかた時とき時ときときもももはなれはなれはなれ參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふら候さふらそうらははわずずず。。。院ゐん院ゐんいん、、、内うち内うちうちへへへまゐらまゐらまいらせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、遲おそ遲おそおそううう出い出いいでででさせさせさせ給たま給たまたまふふうだにだにだに、、、心こころ心こころこころ苦ぐる苦ぐるぐるしうしうしゅうおもひおもひおもい參まゐ參まゐまいらららせせせ候さふら候さふらそうらひひいつるつるつるににに、、、遂つひ遂つひついにににいかなるいかなるいかなる憂う憂ううききき目め目めめにににかかか合あ合ああははわせせせ給たま給たまたまふふうべきべきべきやらやらやらんんん。。。」」」とてとてとて泣な泣ななくくく。。。
  7. 7少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう、、、「「「いたういたういとうななな歎なげ歎なげなげきききそそそ。。。さてさてさて宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうおはすれおはすれおわすればばば、、、さりともさりともさりとも命いのち命いのちいのちばかりばかりばかりをををばばば、、、請こ請ここひひい受う受ううけけけ給たま給たまたまははわんんんずるずるずるものものものををを。。。」」」ととと、、、やう〳〵やう〳〵ようようににに慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめのたまへのたまへのたまえどもどもども、、、六ろく六ろくろく條でう條でうじょう人ひと人ひとひと目め目めめももも恥は恥ははぢぢじずずず、、、泣な泣ななきききもだえもだえもだえけりけりけり。。。
  8. 8さるさるさる程ほど程ほどほどににに西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょう殿どの殿どのどのよりよりより使つかひ使つかひつかいしきなみしきなみしきなみにににありありありしかしかしかばばば、、、宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう、、、「「「今いま今いまいまはははたゞたゞただ出い出いいででで向むか向むかむかつつってててこそこそこそ、、、ともかうともかうともこうもももならならならめめめ。。。」」」とてとてとて出い出いいでででられられられけれけれければばば、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうももも宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうののの車くるま車くるまくるまののの尻しり尻しりしりににに乘の乘ののつつってててぞぞぞ出い出いいでででられられられけるけるける。。。保ほう保ほうほう元げん元げんげん平へい平へいへい治ぢ治ぢじよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、平へい平へいへい家け家けけののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは樂たの樂たのたのしみしみしみ、、、榮さか榮さかさかえええのみのみのみありありありててて、、、憂うれ憂うれうれへへえ、、、歎なげ歎なげなげきききはははなかりなかりなかりしししににに、、、このこのこの宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうばかりばかりばかりこそこそこそ、、、よしなきよしなきよしなき壻むこ壻むこむこ故ゆゑ故ゆゑゆえににに、、、斯か斯かかかるかるかる歎なげ歎なげなげきききをををばばばせせせられられられけれけれけれ。。。
  9. 9西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょう近ちか近ちかちこうううなりなりなりててて、、、まづまづまず案あん案あんあん内ない内ないないををを申まう申まうもうささされれれたりたりたりけれけれければばば、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうをををばばば門もん門もんもんののの内うち内うちうちへへへははは入い入いいれれれらるらるらるべからべからべからずずずとととのたまふのたまふのたまう間あひだ間あひだあいだ、、、そのそのその邊へん邊へんへんなるなるなる侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいのののもともともとににに下おろ下おろおろしししおきおきおき、、、宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうばかりばかりばかりぞぞぞ、、、門もん門もんもんののの内うち内うちうちへへへははは參まゐ參まゐまいららられれれけるけるける。。。いつしかいつしかいつしか少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうをををばばば、、、武ぶ武ぶぶ士し士ししどもどもども四し四しし方はう方はうほうをををうちうちうち圍かこ圍かこかこんんんででで、、、きびしうきびしうきびしゅう守しゆ守しゆしゅ護ご護ごごししし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうさしもさしもさしもたのもしうたのもしうたのもしゅう思おも思おもおもははわれれれつるつるつる宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのにににははは離はな離はなはなれれれ給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうののの心こころ心こころこころののの中うち中うちうち、、、さこそさこそさこそははは便たよ便たよたよりりりなかりなかりなかりけめけめけめ。。。
  10. 10宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんにににゐゐい給たま給たまたまひひいたれたれたれどもどもども、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう出い出いいでででもももあはあはあわれれれずずず。。。やゝやゝややあつあつあっててて宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう、、、源げん源げんげん大たい大たいたい夫ふ夫ふふののの判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん季すゑ季すゑすえ貞さだ貞さださだををを以もつ以もつもっててて申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「教のり教のりのり盛もり盛もりもりこそこそこそよしなきよしなきよしなき者もの者ものものににに親した親したしたしうしうしゅうなつなつなっててて、、、かへす〴〵かへす〴〵かえすがえす悔くや悔くやくやしみしみしみ候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、甲か甲かか斐ひ斐ひひももも候さふら候さふらそうらははわずずず。。。相あひ相あひあい具ぐ具ぐぐせせせさせさせさせててて候さふらふ候さふらふそうろう者もの者ものものののの、、、このこのこの程ほど程ほどほど、、、なやむなやむなやむことことことののの候さふらふ候さふらふそうろうなるなるなるががが、、、今け今けけ朝さ朝ささよりよりよりこのこのこの歎なげ歎なげなげきききをををうちうちうち添そ添そそへへえててて、、、すでにすでにすでに命いのち命いのちいのちももも絶た絶たたえええ候さふら候さふらそうらひひいなななんんんずずず。。。教のり教のりのり盛もり盛もりもりかうかうこうててて候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、なじかはなじかはなじかわ僻ひが僻ひがひが事ごと事ごとごとせせせさせさせさせ候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうをををばばば、、、しばらくしばらくしばらく教のり教のりのり盛もり盛もりもりににに預あづ預あづあずけけけさせさせさせおはしませおはしませおわしませ。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、季すゑ季すゑすえ貞さだ貞さださだ參まゐ參まゐまいつつってててこのこのこの由よし由よしよしををを申まう申まうもうすすす。。。
  11. 11入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、「「「あはれあはれあわれ例れい例れいれいののの宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうがががものものものににに心こころ心こころこころ得え得ええぬぬぬよよよ。。。」」」とてとてとて、、、とみとみとみににに返へん返へんへん事じ事じじもももししし給たま給たまたまははわずずず。。。やゝやゝややあつあつあっててて入にふ入にふにゅう道だう道だうどう宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるけるははは、、、「「「新しん新しんしん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん成なり成なりなり親ちか親ちかちかののの卿きやう卿きやうきょう以い以いい下げ下げげ近きん近きんきん習じゆ習じゆじゅののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、このこのこの一いち一いちいち門もん門もんもん亡ほろ亡ほろほろぼしぼしぼしててて、、、天てん天てんてん下か下かか亂みだ亂みだみだらららんんんとととするするする企くはだ企くはだくわだてててありありあり。。。既すで既すですでにににこのこのこの少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうはははかのかのかの大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんががが嫡ちやく嫡ちやくちゃく子し子ししなりなりなり、、、疎うと疎うとうとうううもももあれあれあれ、、、親した親したしたしうしうしゅうもももあれあれあれ、、、えええこそこそこそ申まう申まうもうししし許ゆる許ゆるゆるすすすまじけれまじけれまじけれ。。。もしもしもしこのこのこの謀む謀むむ叛ほん叛ほんほん遂と遂ととげげげなななましかましかましかばばば、、、御ご御ごご邊へん邊へんへんとてとてとてもももおだしうおだしうおだしゅうてててやはやはやはおはすおはすおわすべきべきべきととといふいふいうべしべしべし。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、季すゑ季すゑすえ貞さだ貞さださだ歸かへ歸かへかえりりりまゐりまゐりまいりててて、、、宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのにににこのこのこの由よし由よしよしををを申まう申まうもうすすす。。。
  12. 12宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう世よ世よよにににももも本ほ本ほほ意い意いいなげなげなげにににててて、、、重かさ重かさかさねねねててて申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、「「「保ほう保ほうほう元げん元げんげん、、、平へい平へいへい治ぢ治ぢじよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、度ど度どど々ど々どどののの合かつ合かつかっ戰せん戰せんせんにににももも、、、御おん御おんおん命いのち命いのちいのちににに代かは代かはかわりりり參まゐ參まゐまいらららせせせむむんとととこそこそこそ存ぞん存ぞんぞんじじじ候さふら候さふらそうらひひいしかしかしか。。。このこのこの後のち後のちのちももも荒あら荒あらあらききき風かぜ風かぜかぜをををばばば、、、まづまづまず防ふせ防ふせふせぎぎぎまゐらせまゐらせまいらせ候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。たとひたとひたとい教のり教のりのり盛もり盛もりもりこそこそこそ年とし年としとし老お老おおいいいててて候さふらふ候さふらふそうろうともともとも、、、若わか若わかわかききき子こ子ここどもどもども數あま數あまあま多た多たた候さふら候さふらそうらへへえばばば、、、一いつ一いついっ方ぱう方ぱうぽうののの御おん御おんおん固かた固かたかためめめにににももも、、、などなどなどかかかならならならでででははは候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべき。。。それそれそれににに暫しばら暫しばらしばらくくく少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうををを預あづか預あづかあずからららうううととと申まう申まうもうすすすににに、、、御おん御おんおん許ゆる許ゆるゆるささされれれなきなきなきははは、、、一いつ一いついっ向かう向かうこう教のり教のりのり盛もり盛もりもりををを二ふた二ふたふた心ごゝろ心ごゝろごころあるあるあるものものものととと思おぼし思おぼしおぼし召め召めめささされれれ候さふらふ候さふらふそうろうにににこそこそこそ。。。
  13. 13それそれそれ程ほど程ほどほどまでまでまでうしろめたううしろめたううしろめとう思おも思おもおもははわれれれまゐらせまゐらせまいらせてててははは、、、世よ世よよにににあつあつあってててももも何なに何なになににににかかかはははししし候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべきなれなれなればばば、、、身み身みみののの暇いとま暇いとまいとまををを賜たま賜たまたまはつはつわっててて、、、出しゆつ出しゆつしゅっ家け家けけ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうつかまつりつかまつりつかまつり、、、高かう高かうこう野や野やや、、、粉こ粉ここ川かは川かはかわにもにもにも籠こも籠こもこもりりりゐゐいててて、、、ひとひとひとすぢすぢすじににに後ご後ごご世せ世せせ菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいををを營いとな營いとないとなみみみ候さふら候さふらそうらははわんんん。。。よしなきよしなきよしなきうきうきうき世よ世よよののの交まじ交まじまじはりはりわりなりなりなり。。。世よ世よよにににあれあれあればばばこそこそこそ望のぞ望のぞのぞみみみもももあれあれあれ、、、望のぞ望のぞのぞみみみのののかなはかなはかなわねねねばばばこそこそこそ恨うら恨うらうらみみみもももあれあれあれ。。。如し如ししかかかじじじ憂う憂ううききき世よ世よよをををいとひいとひいとい、、、まことまことまことののの道みち道みちみちににに入い入いいりりりなななんんんにににははは。。。」」」とととぞぞぞ宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるける。。。
  14. 14季すゑ季すゑすえ貞さだ貞さださだ參まゐ參まゐまいりりりててて、、、「「「宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう殿どの殿どのどのははははやはやはや思おぼし思おぼしおぼし召め召めめししし切き切ききつつっててて候さふらふ候さふらふそうろうぞぞぞ。。。ともかくともかくともかくよきよきよきやうやうようににに御おん御おんおんはからひはからひはからい候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、「「「いや〳〵いや〳〵いやいや出しゆつ出しゆつしゅっ家け家けけ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうまでまでまでははは、、、あまりあまりあまりににに怪け怪けけしからしからしからずずず。。。そのそのその儀ぎ儀ぎぎならならならばばば、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうをををばばばしばらくしばらくしばらく教のり教のりのり盛もり盛もりもりににに預あづ預あづあずくるくるくるととといふいふいうべしべしべし。。。」」」とととぞぞぞ宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるける。。。季すゑ季すゑすえ貞さだ貞さださだ歸かへ歸かへかえりりり參まゐ參まゐまいつつっててて、、、宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうにににこのこのこの由よし由よしよしををを申まう申まうもうすすす。。。宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう、、、「「「あはれあはれあわれ人ひと人ひとひとののの子こ子ここをををばばば持も持ももつつつまじかりまじかりまじかりけるけるけるものものものかなかなかな、、、わがわがわが子こ子ここののの緣えん緣えんえんにににむすぼほれむすぼほれむすぼおれざらざらざらんんんにににははは、、、これこれこれ程ほど程ほどほどまでまでまで心こころ心こころこころをををばばば碎くだ碎くだくだかかかじじじものものものををを。。。」」」とてとてとて出い出いいでででられられられけりけりけり。。。
  15. 15少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう待ま待ままちちち受う受ううけけけ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて、、、「「「さてさてさていかゞいかゞいかが候さふら候さふらそうらひひいつるつるつるやらやらやらんんん。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、「「「入にふ入にふにゅう道だう道だうどうあまりあまりあまりににに怒いか怒いかいかつつっててて、、、教のり教のりのり盛もり盛もりもりにににははは遂つひ遂つひついににに對たい對たいたい面めん面めんめんもももししし給たま給たまたまははわずずず、、、いかにいかにいかにもももかなふかなふかなうまじきまじきまじき由よし由よしよしををを、、、しきりしきりしきりにににのたまふのたまふのたまう間あひだ間あひだあいだ、、、出しゆつ出しゆつしゅっ家け家けけ入にふ入にふにゅう道だう道だうどうまでまでまで申まう申まうもうしししたれたれたればばばにににやややらんらんらん、、、そのそのその儀ぎ儀ぎぎならならならばばば、、、御ご御ごご邊へん邊へんへんをををばばばしばらくしばらくしばらく教のり教のりのり盛もり盛もりもりににに預あづ預あづあずくるくるくるとととのたまひのたまひのたまいつれつれつれどもどもども、、、それそれそれももも始し始しし終じゆう終じゆうじゅうはははよかるよかるよかるべしべしべしとととももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、
  16. 16少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう、、、「「「さてさてさてははは成なり成なりなり經つね經つねつねははは御ご御ごご恩おん恩おんおんををを以もつ以もつもっててて、、、しばししばししばしののの命いのち命いのちいのちののの延の延ののびびび候さふら候さふらそうらははわんんんずるずるずるにににこそこそこそ。。。それそれそれにににつきつきつき候さふらう候さふらうそうろうてててははは、、、父ちち父ちちちちででで候さふらふ候さふらふそうろう大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんががが事こと事ことことをををばばば、、、何なに何なになにとととかかか聞きこし聞きこしきこし召め召めめささされれれててて候さふらふ候さふらふそうろうやらやらやらんんん。。。」」」宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう、、、「「「いさいさいさとととよよよ、、、御ご御ごご邊へん邊へんへんののの事こと事ことことをををこそこそこそやう〳〵やう〳〵ようようににに申まう申まうもうしししたれたれたれ、、、それそれそれまでまでまでのののことことことははは、、、思おも思おもおもひひいもももよらよらよらざりざりざりつるつるつる。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、そのそのその時とき時ときとき少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう涙なみだ涙なみだなみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流なが流ながながいいいててて、、、「「「命いのち命いのちいのちののの惜を惜をおしうしうしゅう候さふらふ候さふらふそうろうももも、、、父ちち父ちちちちををを今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたび見み見みみばやばやばやととと思おも思おもおもふふう爲ため爲ためためなりなりなり。。。夕ゆふ夕ゆふゆうさりさりさり大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん斬き斬ききららられれれ候さふら候さふらそうらははわんんんにににおいおいおいてててははは、、、成なり成なりなり經つね經つねつね命いのち命いのちいのち生い生いいきききてててももも何なに何なになににににかかかはははししし候さふらふ候さふらふそうろうべきべきべきなれなれなればばば、、、たゞたゞただ一ひと一ひとひと所ところ所ところところででで、、、いかにいかにいかにもももなるなるなるやうやうようににに申まう申まうもうしししてててたばたばたばせせせ給たま給たまたまふふうべうべうびょうもももややや候さふらふ候さふらふそうろうらんらんらん。。。」」」ととと申まう申まうもうささされれれけれけれければばば、、、
  17. 17宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう世よ世よよにににももも苦くる苦くるくるしげしげしげにににててて、、、「「「いさいさいさとととよよよ、、、御ご御ごご邊へん邊へんへんののの事こと事ことことをををこそこそこそやう〳〵やう〳〵ようようににに申まう申まうもうしししたれたれたれ、、、それそれそれまでまでまでののの事こと事ことことははは思おも思おもおもひひいももも寄よ寄よよらららざりざりざりつれつれつれどもどもども、、、今け今けけ朝さ朝ささ内うち内うちうちののの大おと大おとおと臣ど臣どどののの事こと事ことことをををこそこそこそやう〳〵やう〳〵ようようににに申まう申まうもうさささせせせ給たま給たまたまひひいつれつれつればばば、、、それそれそれもももしばししばししばしはははよきよきよきやうやうようにににこそこそこそ聞き聞ききけけけ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく、、、手て手ててををを合あ合ああははわせせせてててぞぞぞ喜よろこ喜よろこよろこばばばれれれけるけるける。。。子こ子ここならならならざらざらざらんんん者もの者ものものががが、、、誰たれ誰たれたれかかかたゞたゞただ今いま今いまいま、、、わがわがわが身み身みみののの上うへ上うへうえをををさしさしさしおいおいおいててて、、、これこれこれ程ほど程ほどほどまでまでまでははは喜よろこ喜よろこよろこぶぶぶべきべきべき。。。まことまことまことののの契ちぎ契ちぎちぎりりりははは親おや親おやおや子こ子ここののの中なか中なかなかにににぞぞぞありありありけるけるける。。。子こ子ここをををばばば人ひと人ひとひとののの持も持ももつつつべかりべかりべかりけるけるけるものものものかなかなかなととと、、、軈やが軈やがやがててて思おも思おもおもひひいぞぞぞ返かへ返かへかえささされれれけるけるける。。。さてさてさて今け今けけ朝さ朝ささののの如ごと如ごとごとくくく、、、同どう同どうどう車しや車しやしゃしししててて歸かへ歸かへかえららられれれけれけれければばば、、、宿しゆく宿しゆくしゅく所しよ所しよしょにににははは女によう女にようにょう房ばう房ばうぼう、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいさしさしさしつどひつどひつどいててて、、、死し死ししにににたるたるたる人ひと人ひとひとののの生い生いいきききかへりかへりかえりたるたるたる心ここ心ここここちちちしししててて、、、みなみなみな喜よろこ喜よろこよろこびびび泣な泣ななきききをををぞぞぞせせせられられられけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

丹波少将成経は、ちょうどその夜、院の御所の法住寺殿に宿直して、まだ退出していなかったところ、大納言の侍どもが急いで院の御所に駆けつけ、少将殿を呼び出し申して、このことを申し上げると、少将は「これほどのことを、どうして宰相のところから今まで知らせてこないのだろう」とおっしゃり終わらないうちに、宰相殿からといって使いが来た。

この宰相と申すのは入道相国の弟で、宿所は六波羅の総門の脇にあったので、門脇の宰相と申した。丹波少将には舅である。「何事でございましょうか、今朝西八条の邸から、すぐに連れて参れとのことです」と言い送られたので、

少将はこのことを悟って、親しい女房たちを呼び出し申して、「ゆうべ何となく騒がしかったのを、いつもの山法師が下ってくるのかなどと、よそごとに思っておりましたが、もう成経の身の上のことになっていたのですね。夕方には大納言が斬られるそうですから、成経も同罪でしょう。もう一度御前に参って君にお会いしたいのですが、このような身になりましたので、はばかられます」と申されたので、

女房たちが急いで御前に参ってこのことを奏上すると、法皇は今朝の禅門の使いで、すでに事情を察しておられて、「これらが内々にたくらんでいたことが漏れたのだな。それにしても、もう一度ここへ」とのご意向であったので、少将は御前に参った。法皇は涙を流されて、おっしゃることもなく、少将もまた涙にむせんで申し上げることもない。しばらくして少将が御前を退出すると、法皇は後ろ姿をはるかに見送られて、「ただ末世こそ情けない。これが最後で、二度と会えないこともあるのだろうか」といって、涙をおさえきれずにおられた。少将が御前を退出すると、院の御所の人々から、局の女房たちに至るまで、名残を惜しみ、袂にすがり、涙を流し、袖を濡らさない者はいなかった。

舅の宰相のところへ出かけられると、北の方は出産が近い人でいらっしゃったが、今朝からこの嘆きが加わって、もう命も消え入りそうな心地でおられた。少将は御所を退出されてから、流れる涙が止まらないのに、今、北の方の様子をご覧になって、いっそうどうしようもない様子に見えた。

少将の乳母に六条という女がいた。「私がお乳を差し上げ始めて、君を乳房の中から抱き上げ、お育て申し上げてからこのかた、月日が重なるにつれて、わが身が年をとるのは嘆かずに、ひたすら君がご成人なさることばかりを喜び、ほんのわずかと思っておりましたが、今年で二十一年、片時もお離れしたことはございません。院や内裏にお参りになって、遅くお出になるだけでも心苦しく思っておりましたのに、とうとうどんなつらい目にお遭いになるのでしょうか」といって泣く。

少将は「そんなに嘆くな。宰相がいらっしゃるのだから、いくら何でも命だけはもらい受けてくださるだろう」と、いろいろに慰めておっしゃるけれども、六条は人目も恥じずに泣きもだえた。

そのうちに西八条殿から使いが次々にやって来たので、宰相は「今はただ出かけて行って、どうなるかはその上でのことだ」といって出かけられたので、少将も宰相の車の後ろに乗って出かけられた。保元・平治からこのかた、平家の人々は楽しみと栄えばかりで、憂えや嘆きはなかったのに、この宰相だけは、つまらない婿のために、このような嘆きをされたのである。

西八条の近くまで来て、まず取り次ぎを頼まれると、少将を門の中に入れてはならないとおっしゃるので、そのあたりの侍のもとに少将を降ろしておき、宰相だけが門の中へ入られた。いつのまにか少将を武士どもが四方から取り囲んで、厳しく見張り申した。少将はあれほど頼もしく思っておられた宰相殿とも離れてしまわれた。少将の心のうちは、さぞ心細かったことであろう。

宰相は中門に控えておられたが、入道は出ても来られない。しばらくして宰相は、源大夫判官季貞を通じて申されるには、「教盛はつまらない者と縁を結んで、かえすがえすも悔やんでおりますが、どうしようもございません。妻にしております者が、このごろ具合の悪いことがございますが、今朝からこの嘆きが加わって、もう命も絶えてしまいそうです。教盛がこうしておりますから、どうして間違いを起こさせましょうか。少将をしばらく教盛にお預けください」と申されたので、季貞が参ってこのことを申し上げた。

入道は「ああ、いつもの宰相のわからず屋め」といって、すぐには返事もなさらない。しばらくして入道がおっしゃるには、「新大納言成親卿以下の近臣たちが、この一門を滅ぼして天下を乱そうとする企てがある。この少将はその大納言の嫡子だ。疎遠であれ親しくであれ、とうてい許すわけにはいかない。もしこの謀反が成功していたら、あなたとて無事でいられただろうか、と言え」とおっしゃるので、季貞は帰ってきて、宰相殿にこのことを申した。

宰相はまことに不本意な様子で、重ねて申されるには、「保元・平治からこのかた、たびたびの合戦にも、兄上のお命に代わり申そうと存じておりました。これからも荒い風は、まず私が防ぎ申し上げましょう。たとえ教盛が年老いていても、若い子どもが大勢おりますから、一方の守りにも、どうしてならないことがありましょう。それなのに、しばらく少将を預かりたいと申すのをお許しにならないのは、まったく教盛を二心ある者とお思いなのでしょう。

それほどまで疑われては、世にあっても何になりましょう。お暇をいただいて出家入道し、高野や粉川にでもこもって、ひたすら後世菩提を営みましょう。つまらないこの世の交わりです。世にあればこそ望みもあり、望みがかなわないからこそ恨みもある。いっそこのつらい世を捨てて、まことの仏道に入るにこしたことはない」とおっしゃった。

季貞が参って「宰相殿はもう思い切っておられます。とにかくよいようにおはからいください」と申すと、入道は「いやいや、出家入道までとは、あまりにとんでもない。それならば、少将はしばらく教盛に預けると言え」とおっしゃった。季貞は帰って宰相にこのことを申した。宰相は「ああ、人の子など持つものではない。わが子の縁に結ばれていなければ、これほどまで心を砕かなくてもよかったのに」といって出て来られた。

少将が待ち受け申して「さて、いかがでございましたか」と申されると、宰相は「入道はひどく怒って、教盛にはとうとう会いもなさらず、どうしても許さないとしきりにおっしゃるので、出家入道までと申したからであろうか、それならあなたをしばらく教盛に預けるとおっしゃったが、それも最後までよいとは思われない」とおっしゃるので、

少将は「それでは成経はご恩によって、しばらく命が延びるのですね。それにつけましても、父の大納言のことは、どうお聞きになりましたか」。宰相は「さあ、あなたのことはいろいろと申し上げたが、それ以上のことは思いも寄らなかった」とおっしゃると、そのとき少将は涙をはらはらと流して、「命が惜しいのも、父にもう一度会いたいと思うからです。夕方大納言が斬られるのなら、成経が生きていても何になりましょう。ただ同じ所で、どうにでもなるようにお願いしてくださいませんか」と申されたので、

宰相はまことに苦しげに、「さあ、あなたのことはいろいろと申し上げたが、それ以上のことは思いも寄らなかったけれども、今朝、内大臣(重盛)が大納言のことをいろいろとお願い申されたので、それもしばらくは大丈夫だと聞いている」とおっしゃると、少将は泣く泣く手を合わせて喜ばれた。子でない者が、だれが今わが身の上をさしおいて、これほどまで喜ぶだろうか。まことの絆は親子の間にあるものだ。やはり子は持つべきものだったと、宰相はすぐに思い返された。そして今朝のように同じ車でお帰りになると、宿所には女房や侍が集まって、死んだ人が生き返ったような心地がして、みな喜び泣きをされた。

意訳

鹿ケ谷事件で捕らえられた成親の子、成経の助命をめぐる章段である。成経は後白河法皇に最後の別れを告げに参り、法皇は言葉もなく涙を流して見送る。法皇自身が謀議の当事者でありながら、成経を救う力を持たないという立場の苦しさが、「たゞ末代こそ心憂けれ」の一言ににじんでいる。

中心となるのは、成経の舅である門脇宰相教盛の奮闘である。清盛の弟でありながら、娘婿のために兄に頭を下げ、許されないと見るや出家してしまうと言い出して、ようやく成経を預かる許しを得る。「あはれ人の子をば持つまじかりけるものかな」と嘆いた教盛が、成経が自分の命よりも父の身を案じて喜ぶ姿を見て、「子をば人の持つべかりけるものかな」と思い返す結びは、親子の情の深さを語る印象的な場面である。

語釈・文法注

文法

「上臥して」
宮中に泊まって宿直すること。
「いたうな歎きそ」
「な…そ」は禁止を表し、そんなにひどく嘆くな、の意。
「使しきなみにありしかば」
使いが次々と絶え間なく来たので、の意。
「もしこの謀叛遂げなましかば、御邊とてもおだしうてやはおはすべき」
「ましかば」は反実仮想。もし謀反が成功していたら、あなたも無事でいられたであろうか(いや、いられなかった)、の意。
「如かじ憂き世をいとひ、まことの道に入りなんには」
「…には如かじ」の倒置。つらい世を捨てて仏道に入ることにこしたことはない、の意。

解説

平教盛(1128〜1185)は清盛の異母弟で、六波羅の総門の脇に邸があったので「門脇宰相」と呼ばれた。娘が藤原成経に嫁いでいたため、鹿ケ谷事件では成経の身柄を預かることになった。成経はその後、俊寛・康頼とともに鬼界が島へ流されるが、教盛は肥前の所領から島へ食料を送り続けたと物語は伝える(巻第二・巻第三)。

物語はこの章段で、清盛・重盛・教盛という平家の三人の人物を、それぞれの立場から描き分けている。怒りにまかせる清盛、道理を説く重盛、情に訴える教盛の対比が、鹿ケ谷事件の処理を通して浮かび上がる。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、319–324頁(コマ188–191)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日