古典ライブラリー

平家物語 巻第二

西光が切られの事

西光の讒言で法皇は延暦寺攻めを計画し、鹿ケ谷の謀議は滞る。勝ち目がないと見た多田行綱は清盛に謀反を密告し、清盛は一門と兵を集めて、成親をはじめ謀議の人々を捕らえる。捕らえられた西光は清盛の出自をあざけって屈せず、口を裂かれて斬られ、子の師高・師経も殺された。

  1. 1さるさるさる程ほど程ほどほどににに山さん山さんさん門もん門もんもんののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ、、、先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すす取とり取とりとり止と止ととめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつったるたるたることことこと、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうきこしめしきこしめしきこしめしててて、、、いとゞいとゞいとどやすからやすからやすからずずずおぼしめしおぼしめしおぼしめしけるけるける所ところ所ところところににに、、、西さい西さいさい光くわう光くわうこう法ほふ法ほふほっ師し師しし申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「昔むかし昔むかしむかしよりよりより山さん山さんさん門もん門もんもんののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅははは、、、發はつ發はつはっ向かう向かうこうのののみだりがはしきみだりがはしきみだりがわしき訴うつた訴うつたうつたへへえ仕つかまつ仕つかまつつかまつるるることことこと、、、今いま今いまいまににに始はじ始はじはじめめめずずずとととははは申まう申まうもうしししながらながらながら、、、今こん今こんこん度ど度どどははは以もつ以もつもってててののの外ほか外ほかほかににに過くわ過くわか分ぶん分ぶんぶんににに候さふらふ候さふらふそうろう。。。よく〳〵よく〳〵よくよく御おん御おんおん計はか計はかはからひらひらい候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。これらこれらこれらををを御おん御おんおん誡いまし誡いましいましめめめ候さふら候さふらそうらははわずずずばばば、、、このこのこの後のち後のちのちははは世よ世よよががが世よ世よよでででももも候さふらふ候さふらふそうろうまじまじまじ。。。」」」とととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。
  2. 2たゞたゞただ今いま今いまいまわがわがわが身み身みみののの亡ほろ亡ほろほろびびび失う失ううせせせんんんずるずるずる事こと事ことことをををももも顧かへり顧かへりかえりみみみずずず、、、山さん山さんさん王わう王わうおう大だい大だいだい師し師ししののの神しん神しんしん慮りよ慮りよりょにににももも憚はゞか憚はゞかはばからららずずず、、、かやうかやうかようににに申まう申まうもうしししててて、、、宸しん宸しんしん襟きん襟きんきんををを惱なや惱なやなやましましまし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。讒ざん讒ざんざん臣しん臣しんしんははは國くに國くにくにををを亂みだ亂みだみだるるるととといへいへいえりりり。。。まことまことまことなるなるなるかなかなかな叢さう叢さうそう蘭らん蘭らんらん茂しげ茂しげしげらららんんんとととすれすれすれどもどもども、、、秋あき秋あきあきののの風かぜ風かぜかぜこれこれこれをををやぶりやぶりやぶり、、、王わう王わうおう者じや者じやじゃ明あきら明あきらあきらかかかならならならんんんとととすれすれすれどもどもども、、、讒ざん讒ざんざん臣しん臣しんしんこれこれこれをををくらうくらうくろうすすすともともとも、、、かやうかやうかようののの事こと事ことことをををややや申まう申まうもうすすすべきべきべき。。。
  3. 3新しん新しんしん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん成なり成なりなり親ちか親ちかちかののの卿きやう卿きやうきょう以い以いい下げ下げげ、、、近きん近きんきん習じゆ習じゆじゅののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとににに仰おほ仰おほおおせせせててて、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう山やま山やまやま攻せ攻せせめめめらるらるらるべしべしべしととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、山さん山さんさん門もん門もんもんののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ、、、さささのみのみのみ王わう王わうおう地ぢ地ぢじにににはらまはらまはらまれれれててて、、、詔せう詔せうしょう命めい命めいめいををを對たい對たいたい捍かん捍かんかんせせせんんんももも畏おそ畏おそおそれれれなりなりなりとてとてとて、、、内ない内ないない々ない々ないない院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜんににに從したが從したがしたがひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒とともももありありありなどなどなど聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、
  4. 4先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すすははは東とう東とうとう塔たふ塔たふとうののの南みなみ南みなみみなみ谷だに谷だにだに、、、妙めう妙めうみょう光くわう光くわうこう坊ばう坊ばうぼうにににおはしおはしおわしけるけるけるががが、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ二ふた二ふたふた心ごゝろ心ごゝろごころありありありととと聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、またまたまたいかなるいかなるいかなる憂う憂ううききき目め目めめにににかかかあふあふあうべきべきべきやらやらやらんんんととと、、、心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそげげげにににぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。されどもされどもされども流る流るる罪ざい罪ざいざいののの沙さ沙ささ汰た汰たたはははなかりなかりなかりけりけりけり。。。
  5. 5さるさるさる程ほど程ほどほどににに新しん新しんしん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんははは、、、山さん山さんさん門もん門もんもんののの騒さう騒さうそう動どう動どうどうににによつよつよっててて、、、私わたくし私わたくしわたくしののの宿しゆく宿しゆくしゅく意い意いいをををばばば暫しばら暫しばらしばらくくくおさへおさへおさえられられられけりけりけり。。。そもそもそも内ない内ないない議ぎ議ぎぎ支し支しし度たく度たくたくはははさま〴〵さま〴〵さまざまなりなりなりしかしかしかどもどもども、、、擬ぎ擬ぎぎ勢せい勢せいせい許ばか許ばかばかりりりででで、、、このこのこの謀む謀むむ叛ほん叛ほんほん叶かな叶かなかなふふうべしべしべしとととももも見み見みみえええざりざりざりけれけれければばば、、、さしもさしもさしも賴たの賴たのたのまままれれれたりたりたりつるつるつる、、、多た多たた田だ田だだののの藏くら藏くらくら人うど人うどうど行ゆき行ゆきゆき綱つな綱つなつな、、、このこのこの事こと事ことこと無む無むむ益やく益やくやくなりなりなりととと思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころやややつきつきつきにににけんけんけん、、、
  6. 6弓ゆ弓ゆゆ袋ぶくろ袋ぶくろぶくろののの料れう料れうりょうにににとてとてとて送おく送おくおくららられれれたりたりたりけるけるける布ぬの布ぬのぬのどもどもどもをををばばば、、、直ひた直ひたひた垂たれ垂たれたれ、、、かたびらかたびらかたびらににに裁た裁たたちちち縫ぬ縫ぬぬははわせせせ、、、家いへ家いへいえののの子こ子ここ、、、郎らう郎らうろう黨どう黨どうどうどもどもどもににに著き著ききせせせつゝつゝつつ、、、目め目めめうちうちうちしばたゝいしばたゝいしばたたいてててゐゐいたりたりたりけるけるけるががが、、、つら〳〵つら〳〵つらつら平へい平へいへい家け家けけののの繁はん繁はんはん昌じやう昌じやうじょうするするする有あり有ありあり樣さま樣さまさまををを見み見みみるるるににに、、、當たう當たうとう時じ時じじたやすうたやすうたやすう傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけがたしがたしがたし。。。もしもしもしこのこのこの事こと事ことこと洩も洩ももれれれぬるぬるぬる程ほど程ほどほどならならならばばば、、、行ゆき行ゆきゆき綱つな綱つなつなまづまづまず失うしな失うしなうしなははわれれれなななんんんずずず。。。他た他たた人にん人にんにんののの口くち口くちくちよりよりより洩も洩ももれれれぬぬぬさきさきさきににに、、、かへりかへりかえり忠ちゆう忠ちゆうちゅうしししててて命いのち命いのちいのち生い生いいかかかうううととと思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころぞぞぞつきつきつきにににけるけるける。。。
  7. 7同おな同おなおなじきじきじき二に二にに十じふ十じふじゅう九く九くく日にち日にちにちののの小さ小ささ夜よ夜よよふけふけふけがたがたがたににに、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょうののの邸てい邸ていていににに参まゐ参まゐまいつつっててて、、、「「「行ゆき行ゆきゆき綱つな綱つなつなこそこそこそ申まう申まうもうすすすべきべきべき事こと事ことことありありありててて、、、これこれこれまでまでまで参まゐ参まゐまいつつっててて候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと、、、案あん案あんあん内ない内ないないをををいひいひいい入い入いいれれれたりたりたりけれけれければばば、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、「「「常つね常つねつねにににももも参まゐ参まゐまいらららぬぬぬ者もの者ものものののの参さん参さんさんじじじたるたるたるははは何なに何なになに事ごと事ごとごとぞぞぞ、、、あれあれあれ聞き聞ききけけけ。。。」」」とてとてとて、、、主しゆ主しゆしゅ馬め馬めめののの判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん盛もり盛もりもり國くに國くにくにををを出いだ出いだいだささされれれたりたりたり。。。
  8. 8「「「全まつた全まつたまったくくく人ひと人ひとひと傳づて傳づてづてにににははは申まう申まうもうすすすまじきまじきまじき事こと事ことことなりなりなり。。。」」」ととといふいふいう間あひだ間あひだあいだ、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、さらばさらばさらばとてとてとて、、、みづからみづからみずから中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんののの廊らう廊らうろうにににぞぞぞ出い出いいでででられられられたるたるたる。。。「「「夜よ夜よよははは遙はる遙はるはるかかかににに更ふ更ふふけけけぬぬぬらんらんらんににに、、、いかにいかにいかにたゞたゞただ今いま今いまいま、、、何なに何なになに事ごと事ごとごとぞぞぞ。。。」」」ととと宣のたま宣のたまのたまへへえばばば、、、「「「晝ひる晝ひるひるははは人ひと人ひとひと目め目めめのののしげうしげうしぎょう候さふらふ候さふらふそうろう間あひだ間あひだあいだ、、、夜よ夜よよににに紛まぎ紛まぎまぎれれれててて参まゐ参まゐまいつつっててて候さふらふ候さふらふそうろう。。。このこのこのほどほどほど院ゐん院ゐんいん中ぢゆう中ぢゆうじゅうののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとののの兵ひやう兵ひやうひょう具ぐ具ぐぐををを整とゝの整とゝのととのへへえ、、、軍ぐん軍ぐんぐん兵びやう兵びやうびょうををを催もよほ催もよほもよおささされれれししし事こと事ことことをををばばば、、、何なに何なになにととと聞きこ聞きこきこしめさしめさしめされれれててて候さふらふ候さふらふそうろうやらやらやらんんん。。。」」」
  9. 9入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、「「「いさいさいさとととよよよ、、、それそれそれははは法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうののの山やま山やまやま攻せ攻せせめめめらるらるらるべきべきべき御ご御ごご結けつ結けつけっ構こう構こうこうとととこそこそこそ聞き聞ききけけけ。。。」」」ととと、、、いといといと事こと事ことこともももなげなげなげにににぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。行ゆき行ゆきゆき綱つな綱つなつな近ちか近ちかちこううう寄よ寄よよりりり、、、小こ小ここ聲ごゑ聲ごゑごえににになつなつなっててて、、、「「「そのそのその儀ぎ儀ぎぎでででははは候さふら候さふらそうらははわずずず、、、一いつ一いついっ向かう向かうこう當たう當たうとう家け家けけののの御おん御おんおん上うへ上うへうえとととこそこそこそ承うけたまは承うけたまはうけたまわりりり候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、「「「さてさてさてそれそれそれをををばばば、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうもももしろしめさしろしめさしろしめされれれたるたるたるかかか。。。」」」「「「仔し仔しし細さい細さいさいにににややや及およ及およおよびびび候さふらふ候さふらふそうろう。。。執しつ執しつしっ事じ事じじののの別べつ別べつべっ當たう當たうとう成なり成なりなり親ちか親ちかちかののの卿きやう卿きやうきょうののの軍ぐん軍ぐんぐん兵びやう兵びやうびょう催もよほ催もよほもよおささされれれ候さふら候さふらそうらひひいしししにににももも、、、院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜんとてとてとてこそこそこそ召め召めめささされれれしかしかしか。。。康やす康やすやす賴より賴よりよりがががととと申まう申まうもうしししててて、、、俊しゆん俊しゆんしゅん寛くわん寛くわんかんがががかくかくかく申まう申まうもうしししててて、、、西さい西さいさい光くわう光くわうこうがががとととふるまうふるまうふるもうててて。。。」」」などなどなど、、、ありのまゝありのまゝありのままにににはははさしさしさし過す過すすぎぎぎててていひいひいい散ち散ちちらしらしらし、、、わがわがわが身み身みみははは暇いとま暇いとまいとま申まう申まうもうすすすとてとてとて出い出いいでででけれけれければばば、、、
  10. 10そのそのその時とき時ときとき入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、大おほ大おほおお聲ごゑ聲ごゑごえををを以もつ以もつもっててて侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども呼よ呼よよびびびのゝしりのゝしりののしり給たま給たまたまふふう事こと事ことこと夥おびたゞ夥おびたゞおびただししし。。。行ゆき行ゆきゆき綱つな綱つなつななまじひなまじひなまじいなるなるなる事こと事ことこと申まう申まうもうししし出い出いいでででててて、、、證しよう證しようしょう人にん人にんにんにににややや引ひ引ひひかかかれれれんんんずずずらんらんらんととと、、、恐おそ恐おそおそろしさろしさろしさににに人ひと人ひとひとももも追お追おおははわぬぬぬににに、、、取とり取とりとり袴ばかま袴ばかまばかまししし、、、大おほ大おほおお野の野ののににに火ひ火ひひををを放はな放はなはなちちちたるたるたる心ここ心ここここちちちしししててて、、、急いそ急いそいそぎぎぎ門もん門もんもん外ぐわい外ぐわいがいへへへぞぞぞ逃に逃ににげげげ出い出いいでででけるけるける。。。
  11. 11そのそのその後のち後のちのち入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、筑ちく筑ちくちく後ご後ごごののの守かみ守かみかみ貞さだ貞さださだ能よし能よしよしををを召め召めめしししててて、、、「「「當たう當たうとう家け家けけ傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけうううとととするするする謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんののの輩ともがら輩ともがらともがらこそこそこそ、、、京きやう京きやうきょう中ぢゆう中ぢゆうじゅうににに充み充みみちちち滿み滿みみちちちたんたんたんなれなれなれ。。。急いそ急いそいそぎぎぎ一いち一いちいち門もん門もんもんののの人ひと人ひとひと々びと々びとびとにににももも觸ふ觸ふふれれれ申まう申まうもうせせせ、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども催もよほ催もよほもよおせせせ。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、馳は馳ははせせせまはつまはつまわっててて披ひ披ひひ露ろう露ろうろうすすす。。。右う右うう大だい大だいだい將しやう將しやうしょう宗むね宗むねむね盛もり盛もりもり、、、三さん三さんさん位み位みみ中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう知とも知ともとも盛もり盛もりもり、、、頭とう頭とうとうののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう重しげ重しげしげ衡ひら衡ひらひら、、、左さ左ささ馬ま馬ままののの頭かみ頭かみかみ行ゆき行ゆきゆき盛もり盛もりもり以い以いい下げ下げげののの一いち一いちいち門もん門もんもんののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、甲かつ甲かつかっ冑ちう冑ちうちゅう弓きう弓きうきゅう箭せん箭せんせんををを帶たい帶たいたいしししてててさしさしさしつどふつどふつどう。。。そのそのその外ほか外ほかほか侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども、、、雲うん雲うんうん霞か霞かかののの如ごと如ごとごとくくくににに馳は馳ははせせせ集あつま集あつまあつまつつっててて、、、そのそのその夜よ夜よよののの中うち中うちうちににに入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくののの西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょうののの邸てい邸ていていにににははは、、、兵つはもの兵つはものつわもの六ろく六ろくろく七しち七しちしち千せん千せんせん騎ぎ騎ぎぎもももあらあらあらんんんとととぞぞぞ見み見みみえええししし。。。
  12. 12あくれあくれあくればばば六ろく六ろくろく月ぐわつ月ぐわつがつ一ひと一ひとひと日ひ日ひひののの日ひ日ひひなりなりなり。。。未いま未いまいまだだだ暗くら暗くらくらかりかりかりけるけるけるににに、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく安あ安ああ倍べ倍べべののの資すけ資すけすけ成なり成なりなりををを召め召めめしししててて、、、「「「院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょへへへ参まゐ参まゐまいりりり、、、大だい大だいだい膳ぜん膳ぜんぜんののの大たい大たいたい夫ふ夫ふふ信のぶ信のぶのぶ成なり成なりなりををを呼よ呼よよびびび出い出いいでででててて、、、きつときつときっと申まう申まうもうさささんんんずるずるずる事こと事ことことはははよなよなよな、、、新しん新しんしん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん成なり成なりなり親ちか親ちかちかののの卿きやう卿きやうきょう以い以いい下げ下げげ、、、近きん近きんきん習じゆ習じゆじゅののの人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、このこのこの一いち一いちいち門もん門もんもんををを亡ほろ亡ほろほろぼしぼしぼしててて、、、天てん天てんてん下か下かかみだらみだらみだらんんんとととするするする謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんののの企くはだ企くはだくわだてててありありあり。。。一いち一いちいち々いち々いちいちににに搦から搦からからめめめ取と取ととつつっててて、、、尋たづ尋たづたずねねね沙さ沙ささ汰た汰たた仕つかまつ仕つかまつつかまつりりり候さふらふ候さふらふそうろうべしべしべし。。。それそれそれをををばばば君きみ君きみきみもももしろしめさしろしめさしろしめさるるるまじうまじうまじゅう候さふらふ候さふらふそうろうととと申まう申まうもうすすすべしべしべし。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。
  13. 13資すけ資すけすけ成なり成なりなり急いそ急いそいそぎぎぎ院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょへへへ馳は馳ははせせせ参まゐ参まゐまいりりり、、、信のぶ信のぶのぶ成なり成なりなりををを招まね招まねまねいいいててて、、、このこのこの事こと事ことこと申まう申まうもうすすすににに、、、色いろ色いろいろををを失うしな失うしなうしなふふう。。。やがてやがてやがて御おん御おんおん前まへ前まへまえへへへ参まゐ参まゐまいつつっててて、、、このこのこの由よし由よしよしかくかくかくととと奏そう奏そうそう聞もん聞もんもん申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう、、、「「「あゝあゝああはやはやはや、、、これらこれらこれらががが内ない内ないない々ない々ないない謀はか謀はかはかりりりししし事こと事ことことののの、、、洩も洩ももれれれ聞きこ聞きこきこえええけるけるけるにににこそこそこそ。。。さるさるさるにににてててもももこここははは何なに何なになに事ごと事ごとごとぞぞぞ。。。」」」とととばかりばかりばかり仰おほ仰おほおおせせせられられられててて、、、分ぶん分ぶんぶん明みやう明みやうみょうののの御おん御おんおん返へん返へんへん事じ事じじもももなかりなかりなかりけりけりけり。。。
  14. 14資すけ資すけすけ成なり成なりなり急いそ急いそいそぎぎぎ走はし走はしはしりりり歸かへ歸かへかえつつっててて、、、このこのこの由よし由よしよしかくかくかくととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう、、、「「「さればさればさればこそこそこそ行ゆき行ゆきゆき綱つな綱つなつなはははまことまことまことををを申まう申まうもうしししたれたれたれ。。。行ゆき行ゆきゆき綱つな綱つなつなこのこのこの事こと事ことこと告つ告つつげげげ知し知ししらららせせせずずずばばば、、、淨じやう淨じやうじょう海かい海かいかい安あん安あんあん穩をん穩をんおんにににてててやはやはやはあるあるあるべきべきべき。。。」」」とてとてとて、、、筑ちく筑ちくちく後ご後ごごののの守かみ守かみかみ貞さだ貞さださだ能よし能よしよし、、、飛ひ飛ひひ驒だ驒だだののの守かみ守かみかみ景かげ景かげかげ家いへ家いへいえををを召め召めめしししててて、、、當たう當たうとう家け家けけ傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけうううとととするするする謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんののの輩ともがら輩ともがらともがら、、、一いち一いちいち々いち々いちいちににに搦から搦からからめめめ捕と捕ととるるるべきべきべきよしよしよし下げ下げげ知ぢ知ぢじせせせらるらるらる。。。依よ依よよつつっててて二に二にに百ひやく百ひやくひゃく餘よ餘よよ騎き騎きき、、、三さん三さんさん百びやく百びやくびゃく餘よ餘よよ騎き騎きき、、、あそこゝあそこゝあそここににに押おし押おしおし寄よ寄よよせ〳〵せ〳〵せよせ、、、搦から搦からからめめめ捕と捕ととるるる。。。
  15. 15入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくまづまづまず雜ざふ雜ざふぞう色しき色しきしきををを以もつ以もつもっててて、、、中なか中なかなかののの御み御みみ門かど門かどかど烏からす烏からすからす丸まる丸まるまるののの新しん新しんしん大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんののの宿しゆく宿しゆくしゅく所しよ所しよしょへへへ、、、「「「きつときつときっと立たち立たちたち寄よ寄よよりりり給たま給たまたまへへえ、、、申まう申まうもうしししあはすあはすあわすべきべきべき事こと事ことことののの候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと、、、のたまひのたまひのたまい遣つか遣つかつかはさはさわされれれけれけれければばば、、、大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんわがわがわが身み身みみののの上うへ上うへうえとととはははつゆつゆつゆ知し知ししらららずずず、、、あはれあはれあわれこれこれこれははは、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうののの山やま山やまやま攻せ攻せせめめめらるらるらるべきべきべき御ご御ごご結けつ結けつけっ構こう構こうこうのののあるあるあるををを、、、申まう申まうもうししし宥なだ宥なだなだめめめられられられんんんずるずるずるにににこそこそこそ。。。御おん御おんおん憤いきどほ憤いきどほいきどおりりり深ふか深ふかふかげげげなりなりなり、、、如い如いい何か何かかにににももも叶かな叶かなかなふふうまじきまじきまじきものものものをををとてとてとて、、、ないきよげないきよげないきよげなるなるなる布ほう布ほうほう衣い衣いい、、、たをやかたをやかたおやかににに著き著ききなしなしなし、、、あざやかあざやかあざやかなるなるなる車くるま車くるまくるまににに乘の乘ののりりり、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらい三さん三さんさん四し四しし人にん人にんにん召めし召めしめし具ぐ具ぐぐしししててて、、、雜ざふ雜ざふぞう色しき色しきしき、、、牛うし牛うしうし飼かひ飼かひかいににに至いた至いたいたるるるまでまでまで、、、常つね常つねつねよりよりよりもももなほなほなお引ひ引ひひきききつくろはつくろはつくろわれれれたりたりたり。。。そもそもそも最さい最さいさい後ご後ごごとととははは、、、後のち後のちのちにににこそこそこそ思おも思おもおもひひい知し知ししららられれれけれけれけれ。。。
  16. 16西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょう近ちか近ちかちこうううなりなりなりててて見み見みみ給たま給たまたまへへえばばば、、、四し四しし五ご五ごご町ちやう町ちやうちょうににに軍ぐん軍ぐんぐん兵びやう兵びやうびょうどもどもども充み充みみちちち滿み滿みみちちちたりたりたり。。。あなあなあなおびたゞしおびたゞしおびただし、、、こここははは何なに何なになに事ごと事ごとごとなるなるなるらんらんらんととと、、、胸むね胸むねむねうちうちうち騒さわ騒さわさわがががれれれけれけれけれどもどもども、、、門もん門もんもん前ぜん前ぜんぜんにににててて車くるま車くるまくるまよりよりより下お下おおりりり、、、門もん門もんもんののの内うち内うちうちへへへさしさしさし入い入いいつつっててて見み見みみ給たま給たまたまへへえばばば、、、内うち内うちうちにににももも兵つはもの兵つはものつわものどもどもども、、、隙ひま隙ひまひまはざまはざまはざまもももなうなうのうぞぞぞ竝な竝ななみみみゐゐいたるたるたる。。。
  17. 17中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんののの口くち口くちくちにににははは恐おそ恐おそおそろしげろしげろしげなるなるなる者もの者ものものどもどもども、、、數あま數あまあま多た多たた待ま待ままちちち受う受ううけけけ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんををを取と取ととつつってててひつぱりひつぱりひっぱり、、、「「「いましむいましむいましむべうべうびょう候さふらふ候さふらふそうろうやらやらやらんんん。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、入にふ入にふにゅう道だう道だうどう簾れん簾れんれん中ちゆう中ちゆうちゅうよりよりより見み見みみ出いだ出いだいだしししたまひたまひたまいててて、、、「「「あるあるあるべうべうびょうもももなしなしなし。。。」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども十じふ十じふじゅう四し四しし五ご五ごご人にん人にんにん、、、前ぜん前ぜんぜん後ご後ごご左さ左ささ右いう右いうゆうににに立たち立たちたち圍かこ圍かこかこみみみ、、、大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんののの手て手ててををを取と取ととつつっててて、、、緣えん緣えんえんののの上うへ上うへうえへへへ引ひき引ひきひき上あ上ああげげげ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、一ひと一ひとひと間ま間ままなるなるなる所ところ所ところところににに押おし押おしおし籠こ籠ここめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつってててけりけりけり。。。大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんははは夢ゆめ夢ゆめゆめののの心ここ心ここここちちちしししててて、、、つや〳〵つや〳〵つやつやものものものももも覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまははわずずず。。。供とも供ともともにににありありありつるつるつる侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいどもどもども、、、大おほ大おほおお勢ぜい勢ぜいぜいにににおしおしおし隔へだ隔へだへだてててられられられててて、、、ちり〴〵ちり〴〵ちりじりににになりなりなりぬぬぬ。。。雜ざふ雜ざふぞう色しき色しきしき、、、牛うし牛うしうし飼かひ飼かひかい色いろ色いろいろををを失うしな失うしなうしなひひい、、、牛うし牛うしうし、、、車くるま車くるまくるまををを捨す捨すすてててててて、、、みなみなみな逃に逃ににげげげ去さ去ささりりりぬぬぬ。。。
  18. 18さるさるさる程ほど程ほどほどににに、、、近あふ近あふおう江み江みみののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう入にふ入にふにゅう道だう道だうどう蓮れん蓮れんれん淨じやう淨じやうじょう、、、法ほつ法ほつほっ勝しよう勝しようしょう寺じ寺じじののの執しゆ執しゆしゅ行ぎやう行ぎやうぎょう俊しゆん俊しゆんしゅん寛くわん寛くわんかん僧そう僧そうそう都づ都づず、、、山やま山やまやま城しろ城しろしろののの守かみ守かみかみ基もと基もともと兼かね兼かねかね、、、式しき式しきしき部ぶ部ぶぶののの大たい大たいたい輔ふ輔ふふ正まさ正まさまさ綱つな綱つなつな、、、平へい平へいへい判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん康やす康やすやす賴より賴よりより、、、宗そう宗そうそう判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん信のぶ信のぶのぶ房ふさ房ふさふさ、、、新しん新しんしん平へい平へいへい判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん資すけ資すけすけ行ゆき行ゆきゆきももも捕とら捕とらとらははわれれれてててこそこそこそ出い出いいででで來き來ききたれたれたれ。。。
  19. 19西さい西さいさい光くわう光くわうこう法ほふ法ほふほっ師し師ししこのこのこの由よし由よしよしををを聞き聞きききききててて、、、わがわがわが身み身みみののの上うへ上うへうえとととややや思おも思おもおもひひいけんけんけん、、、鞭むち鞭むちむちををを打う打ううつつっててて、、、急いそ急いそいそぎぎぎ院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょへへへ参まゐ参まゐまいるるる。。。六ろく六ろくろく波は波はは羅ら羅ららののの兵つはもの兵つはものつわものどもどもども、、、道みち道みちみちにににててて行ゆ行ゆゆきききあひあひあい、、、「「「西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょう殿どの殿どのどのよりよりより召め召めめさささるゝるゝるるぞぞぞ、、、きつときつときっと参まゐ参まゐまいれれれ。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、「「「これこれこれははは奏そう奏そうそうすすすべきべきべき事こと事ことことあつあつあっててて、、、院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご所しよ所しよしょへへへ参まゐ参まゐまいるるる。。。やがてやがてやがてこそこそこそ歸かへ歸かへかえりりり参まゐ参まゐまいらららめめめ。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、「「「につくいにつくいにっくい入にふ入にふにゅう道だう道だうどうめめめががが、、、何なに何なになに事ごと事ごとごとをををかかか奏そう奏そうそうすすすべかべかべかんんんなるなるなるぞぞぞ。。。」」」とてとてとて、、、しやしやしや馬むま馬むまうまよりよりより取と取ととつつっててて引ひき引ひきひき落おと落おとおとししし、、、中ちゆう中ちゆうちゅうににに縛しば縛しばしばつつっててて、、、西にし西にしにし八はち八はちはち條でう條でうじょう殿どの殿どのどのへへへさげさげさげてててまゐるまゐるまいる。。。
  20. 20日ひ日ひひののの始はじ始はじはじめめめよりよりより根こん根こんこん元げん元げんげん與よ與よよ力りき力りきりきののの者もの者ものものなりなりなりけれけれければばば、、、殊こと殊ことことににに強つよ強つよつよううういましめいましめいましめててて、、、御おん御おんおん坪つぼ坪つぼつぼののの内うち内うちうちにににぞぞぞ引ひ引ひひきききすゑすゑすえたるたるたる。。。入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこく大おほ大おほおお床ゆか床ゆかゆかににに立た立たたちちちててて、、、しばししばししばしにらまへにらまへにらまえ、、、「「「あなあなあなにくにくにくややや、、、當たう當たうとう家け家けけ傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけうううとととするするする、、、謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんのののやつやつやつがががなれなれなれるるる姿すがた姿すがたすがたよよよ。。。しやつしやつしやつこゝこゝここへへへ引ひき引ひきひき寄よ寄よよせせせよよよ。。。」」」とてとてとて、、、緣えん緣えんえんののの際きは際きはきわへへへ引ひき引ひきひき寄よ寄よよせせせさせさせさせ、、、物もの物ものもの履は履ははきききながらながらながら、、、しやつらしやつらしやつらをををむず〳〵むず〳〵むずむずとととぞぞぞ蹈ふ蹈ふふまままれれれけるけるける。。。
  21. 21「「「もとよりもとよりもとよりおのれおのれおのれらららがががやうやうようなるなるなる下げ下げげ臈らふ臈らふろうのののはてはてはてををを、、、君きみ君きみきみののの召めし召めしめし使つか使つかつかははわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、なさるなさるなさるまじきまじきまじき官くわん官くわんかん職しよく職しよくしょくをををなしなしなしたびたびたび、、、父ふ父ふふ子し子しし共とも共ともともににに過くわ過くわか分ぶん分ぶんぶんのののふるまひふるまひふるまいをををするするするととと見み見みみしししにににあはせあはせあわせててて、、、過あやま過あやまあやまたたたぬぬぬ天てん天てんてん台だい台だいだい座ざ座ざざ主す主すす流る流るる罪ざい罪ざいざいににに申まう申まうもうししし行おこな行おこなおこなひひい、、、あまつさへあまつさへあまつさえ當たう當たうとう家け家けけ傾かたぶ傾かたぶかたぶけけけうううとととするするする謀む謀むむ叛ほん叛ほんほんののの輩ともがら輩ともがらともがらににに與くみ與くみくみしししてててけるけるけるなりなりなり。。。ありのまゝありのまゝありのままににに申まう申まうもうせせせ。。。」」」とととこそこそこそのたまひのたまひのたまいけれけれけれ。。。
  22. 22西さい西さいさい光くわう光くわうこうもとよりもとよりもとより勝すぐ勝すぐすぐれれれたるたるたる大たい大たいたい剛がう剛がうごうののの者もの者ものものなりなりなりけれけれければばば、、、ちとちとちとももも色いろ色いろいろももも變へん變へんへんぜぜぜずずず、、、わろびれわろびれわろびれたるたるたる氣け氣けけ色しき色しきしきもももなくなくなく、、、居ゐ居ゐいなほりなほりなおり、、、あざあざあざ笑わら笑わらわらつつっててて申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「院ゐん院ゐんいん中ぢゆう中ぢゆうじゅうににに近ちか近ちかちこううう召めし召めしめし使つか使つかつかははわるゝるゝるる身み身みみなれなれなればばば、、、執しつ執しつしっ事じ事じじののの別べつ別べつべっ當たう當たうとう成なり成なりなり親ちか親ちかちかののの卿きやう卿きやうきょうののの軍ぐん軍ぐんぐん兵びやう兵びやうびょう催もよほ催もよほもよおささされれれ候さふらふ候さふらふそうろう事こと事ことことにににももも、、、與くみ與くみくみせせせずずずとととははは申まう申まうもうすすすべきべきべきやうやうようなしなしなし。。。それそれそれははは與くみ與くみくみしししたりたりたり。。。たゞしたゞしただし耳みみ耳みみみみにににあたるあたるあたる事こと事ことことをををももものたまふのたまふのたまうものものものかなかなかな。。。他た他たた人にん人にんにんののの前まへ前まへまえははは知し知ししらららずずず、、、西さい西さいさい光くわう光くわうこうががが聞き聞ききかかかんんんずるずるずる所ところ所ところところにににてててははは、、、さやうさやうさようののの事こと事ことことをををばばば、、、えええこそこそこそのたまふのたまふのたまうまじけれまじけれまじけれ。。。
  23. 23抑そもそも抑そもそもそもそも御ご御ごご邊へん邊へんへんははは、、、故こ故ここ刑ぎやう刑ぎやうぎょう部ぶ部ぶぶ卿きやう卿きやうきょう忠ただ忠ただただ盛もり盛もりもりののの嫡ちやく嫡ちやくちゃく子し子ししにににててておはせおはせおわせしししががが、、、十じふ十じふじゅう四し四しし五ご五ごごまでまでまでははは出しゆつ出しゆつしゅっ仕し仕ししもももししし給たま給たまたまははわずずず、、、故こ故ここ中なか中なかなかののの御み御みみ門かど門かどかどののの藤とう藤とうとう中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん家か家かか成ぜい成ぜいぜいののの卿きやう卿きやうきょうののの邊へん邊へんへんににに立たち立たちたち入い入いいりりりたまひたまひたまいしししをををばばば、、、京きやう京きやうきょう童わらんべ童わらんべわらんべははは例れい例れいれいののの高たか高たかたか平へい平へいへいとととこそこそこそいひいひいいしかしかしか。。。しかるしかるしかるををを保ほう保ほうほう延えん延えんえんののの頃ころ頃ころころ、、、海かい海かいかい賊ぞく賊ぞくぞくののの張ちやう張ちやうちょう本ほん本ほんほん三さん三さんさん十じふ十じふじゅう餘よ餘よよ人にん人にんにん搦から搦からからめめめ進しん進しんしんぜぜぜられられられたりたりたりししし勸けん勸けんけん賞じやう賞じやうじょうににに、、、四し四しし品ほん品ほんほんしししててて、、、四し四しし位ゐ位ゐいののの兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけととと申まう申まうもうししししししをををだにだにだに、、、人ひと人ひとひとみなみなみな過くわ過くわか分ぶん分ぶんぶんとととこそこそこそ申まう申まうもうししし合あ合ああははわれれれしかしかしか。。。殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょうののの交まじ交まじまじはりはりわりをををだにだにだに嫌きら嫌きらきらははわれれれししし人ひと人ひとひとののの子し子しし孫そん孫そんそんにににててて、、、今いま今いまいま太だい太だいだい政じやう政じやうじょう大だい大だいだい臣じん臣じんじんまでまでまでなりなりなり上あが上あがあがつつったるたるたるややや過くわ過くわか分ぶん分ぶんぶんなるなるなるらんらんらん。。。もとよりもとよりもとより侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいほどほどほどののの者もの者ものものののの、、、受じゆ受じゆじゅ領りやう領りやうりょう、、、檢けん檢けんけん非び非びび違ゐ違ゐい使し使ししににに至いた至いたいたるるることことこと、、、先せん先せんせん例れい例れいれい、、、法ほふ法ほふほう例れい例れいれいなきなきなきにににしもしもしもあらあらあらずずず、、、なじかはなじかはなじかわ過くわ過くわか分ぶん分ぶんぶんなるなるなるべきべきべき。。。」」」ととと、、、憚はゞか憚はゞかはばかるるる所ところ所ところところもももなうなうのういひいひいい散ち散ちちらしらしらしたりたりたりけれけれければばば、、、
  24. 24入にふ入にふにゅう道だう道だうどう相しやう相しやうしょう國こく國こくこくあまりあまりあまりににに腹はら腹はらはらをををすゑすゑすえかねかねかねててて、、、しばししばししばしはははものものものをををももも宣のたま宣のたまのたまははわずずず。。。やゝやゝややあつあつあっててて入にふ入にふにゅう道だう道だうどうのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「しやつしやつしやつががが首くび首くびくびさうなうさうなうそうのう斬き斬ききるるるななな、、、よく〳〵よく〳〵よくよく糺きう糺きうきゅう問もん問もんもんしししててて、、、ことことことののの仔し仔しし細さい細さいさいををを尋たづ尋たづたずねねね問と問ととひひい、、、其そ其そそののの後のち後のちのち河かは河かはかわ原ら原ららへへへ引ひき引ひきひき出いだ出いだいだいいいててて、、、頭かうべ頭かうべこうべををを刎は刎ははねねねよよよ。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。松まつ松まつまつ浦ら浦ららののの太た太たた郎らう郎らうろう重しげ重しげしげ俊とし俊としとし承うけたまは承うけたまはうけたまわつつっててて、、、手て手てて足あし足あしあしをををはさみはさみはさみ、、、さま〴〵さま〴〵さまざまにににしてしてして痛いた痛いたいためめめ問と問ととふふう。。。西さい西さいさい光くわう光くわうこうもとよりもとよりもとより爭あらそ爭あらそあらそははわざりざりざりけるけるける上うへ上うへうえ、、、拷がう拷がうごう問もん問もんもんはははきびしかりきびしかりきびしかりけりけりけり、、、白はく白はくはく狀じやう狀じやうじょう四し四しし五ご五ごご枚まい枚まいまいにににしるさしるさしるされれれててて、、、そのそのその後のち後のちのち口くち口くちくちををを裂さ裂ささけけけとてとてとて、、、口くち口くちくちををを裂さ裂ささかかかれれれ、、、五ご五ごご條でう條でうじょう西にし西にしにしののの朱しゆ朱しゆしゅ雀じやか雀じやかじゃかにににしてしてして、、、遂つひ遂つひついににに斬き斬ききららられれれにににけりけりけり。。。
  25. 25嫡ちやく嫡ちやくちゃく子し子しし加か加かか賀が賀ががののの守かみ守かみかみ師もろ師もろもろ高たか高たかたかははは闕けつ闕けつけっ官くわん官くわんかんせせせられられられててて、、、尾を尾をお張はり張はりはりののの井ゐ井ゐい戸ど戸どど田だ田だだへへへ流なが流ながながささされれれたりたりたりしししををを、、、同おな同おなおなじきじきじき國くに國くにくにののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう人にん人にんにん小を小をお胡ぐ胡ぐぐ麻ま麻ままののの郡ぐん郡ぐんぐん司じ司じじ維これ維これこれ季すゑ季すゑすえににに仰おほ仰おほおおせせせててて、、、討う討ううたたたせせせらるらるらる。。。次じ次じじ男なん男なんなん近こん近こんこん藤どう藤どうどう判はう判はうほう官ぐわん官ぐわんがん師もろ師もろもろ經つね經つねつねをををばばば、、、獄ごく獄ごくごくよりよりより引ひき引ひきひき出いだ出いだいだいいいててて誅ちう誅ちうちゅうせせせらるらるらる。。。そのそのその弟おとうと弟おとうとおとうと左さ左ささ衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもんののの尉じよう尉じようじょう師もろ師もろもろ平ひら平ひらひら、、、郎らう郎らうろう黨どう黨どうどう三さん三さんさん人にん人にんにんをををももも、、、同おな同おなおなじうじうじゅう頭かうべ頭かうべこうべををを刎は刎ははねねねられられられけりけりけり。。。これらこれらこれらはははみなみなみな、、、いひがひいひがひいいがいなきなきなき者もの者ものものののの秀ひい秀ひいひいでででててて、、、いろふいろふいろうまじきまじきまじき事こと事ことことをををのみのみのみいろひいろひいろい、、、過あやま過あやまあやまたたたぬぬぬ天てん天てんてん台だい台だいだい座ざ座ざざ主す主すす、、、流る流るる罪ざい罪ざいざいににに申まう申まうもうししし行おこな行おこなおこなひひい、、、果くわ果くわか報ほう報ほうほうやややつきつきつきにににけんけんけん、、、山さん山さんさん王わう王わうおう大だい大だいだい師し師ししののの神しん神しんしん罰ばつ罰ばつばつ、、、冥みやう冥みやうみょう罰ばつ罰ばつばつをををたちどころたちどころたちどころににに蒙かうぶ蒙かうぶこうぶつつっててて、、、斯か斯かかかるかるかる憂う憂ううききき目め目めめにににあへあへあえりりりけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

そうしているうちに、延暦寺の衆徒が前座主を奪い返し申したことを法皇がお聞きになって、ますます穏やかでなくお思いになっていたところに、西光法師が申すには、「昔から延暦寺の衆徒は、押しかけて乱暴な訴えをすることは今に始まったことではないとはいいながら、今度はもってのほかに分を越えております。よくよくご処置ください。これらをお咎めにならなければ、今後は世の中が世の中として立ち行きますまい」と申した。

たった今わが身が滅びることも顧みず、山王大師の神慮も恐れず、このように申して法皇のお心を悩まし申し上げた。「讒臣は国を乱す」という。本当に、「蘭の群れが茂ろうとしても秋風がこれを破り、王者が明らかであろうとしても讒臣がこれを暗くする」とは、このようなことを言うのであろう。

新大納言成親卿以下の近臣たちに命じて、法皇が比叡山をお攻めになるらしいと聞こえたので、延暦寺の衆徒の中にも、王の土地に生まれて勅命に逆らうのも恐れ多いということで、内々に院宣に従い申す衆徒もいるなどと聞こえたので、

前座主は東塔の南谷の妙光坊においでになったが、衆徒に二心があるとお聞きになって、またどのようなつらい目にあうのだろうかと、心細そうにおっしゃった。けれども流罪の処置はなかった。

そうしているうちに新大納言は、延暦寺の騒動のために、平家への個人的な恨みはしばらく抑えておられた。そもそも内々の相談や準備はいろいろしていたけれども、見せかけの勢いばかりで、この謀反が成功しそうにも見えなかったので、あれほど頼りにされていた多田蔵人行綱は、この事は無益だと思う心がついたのであろうか、

弓袋の材料にといって送られた布を、直垂やかたびらに裁ち縫わせて、家の子や郎等に着せながら、目をしばたたいて考えていたが、よくよく平家の繁栄する有様を見ると、今はたやすく倒せそうにない。もしこの事が漏れたなら、行綱がまっ先に殺されるだろう。他人の口から漏れないうちに寝返って、命を助かろうと思う心がついてしまった。

同じ月の二十九日の夜更けに、入道相国の西八条の邸に参って、「行綱が申し上げたいことがあって、ここまで参りました」と取り次ぎを頼んだので、入道は「いつもは来ない者が来たのは何事だ。行って聞いてこい」といって、主馬判官盛国を出された。

行綱が「決して人づてには申し上げられないことです」と言うので、入道は「それなら」といって、自ら中門の廊にお出になった。「夜もずいぶん更けたであろうに、どうして今ごろ、何事だ」とおっしゃると、「昼は人目が多うございますので、夜に紛れて参りました。このごろ院の近臣の人々が武具を整え、兵を集めておられることを、どのようにお聞きになっておられますか」。

入道は「さてね。それは法皇が比叡山をお攻めになるご計画と聞いている」と、いかにも事もなげにおっしゃった。行綱は近く寄って小声になり、「そうではございません。もっぱら平家の御身の上のことと承っております」。入道「それで、それを法皇もご存じなのか」。「言うまでもございません。執事の別当成親卿が兵を集められたときも、院宣といって召されたのです。康頼がこう申して、俊寛がこう申して、西光がこうふるまって」などと、ありのままよりも大げさに言い散らして、自分はおいとまするといって出たので、

そのとき入道は大声で侍どもを呼び立てられることがおびただしかった。行綱はなまじっかなことを申し出て、証人として引き出されるのではないかと恐ろしさに、人も追ってこないのに袴の裾を取って、広野に火を放ったような気持ちで、急いで門外へ逃げ出した。

その後入道は筑後守貞能を呼んで、「平家を倒そうとする謀反の者どもが、京中に満ちているそうだ。急いで一門の人々にも知らせ、侍どもを集めよ」とおっしゃると、貞能は駆け回って触れ回った。右大将宗盛、三位中将知盛、頭中将重衡、左馬頭行盛以下の一門の人々が、甲冑を着け弓矢を持って集まった。そのほかの侍どもも雲霞のように駆け集まって、その夜のうちに入道相国の西八条の邸には、兵が六、七千騎もいるかと見えた。

夜が明けると六月一日であった。まだ暗いうちに、入道相国は安倍資成を呼んで、「院の御所へ参り、大膳大夫信成を呼び出して、きっぱりと申し上げることはだな、『新大納言成親卿以下の近臣たちが、この一門を滅ぼして天下を乱そうとする謀反の企てがある。一人一人捕らえて取り調べいたします。それについては君もご関知なさいませぬように』と申せ」とおっしゃった。

資成は急いで院の御所に駆けつけ、信成を招いてこのことを申すと、信成は顔色を失った。すぐに御前に参ってこのことを奏上すると、法皇は「ああ、もう、これらが内々にたくらんでいたことが漏れたのだな。それにしてもこれはどうしたことだ」とだけおっしゃって、はっきりしたお返事もなかった。

資成が急いで走り帰ってこのことを申すと、入道は「やはり行綱は本当のことを申したのだ。行綱がこのことを知らせなかったら、浄海は無事でいられただろうか」といって、筑後守貞能・飛騨守景家を呼んで、平家を倒そうとする謀反の者どもを一人一人捕らえるよう命じられた。そこで二百余騎、三百余騎が、あちらこちらに押し寄せては捕らえた。

入道相国はまず雑色を使いとして、中御門烏丸の新大納言の宿所へ、「すぐにお立ち寄りください。ご相談したいことがございます」と言い送られたので、大納言は自分の身の上のこととは少しも知らず、「ああこれは、法皇が比叡山をお攻めになるご計画があるのを、おなだめ申そうというのだろう。お怒りは深いようだ。どうしても無理だろうに」と思って、柔らかに着ならした布衣をしなやかに着こなし、鮮やかな車に乗り、侍を三、四人連れて、雑色・牛飼に至るまで、いつもよりいっそう身なりを整えておられた。それが最後の姿とは、後になって思い知られたのであった。

西八条の近くまで来てご覧になると、四、五町にわたって兵が満ちあふれている。ああおびただしい、これは何事だろうと胸騒ぎがされたけれども、門前で車から降りて門の中へ入ってご覧になると、中にも兵どもがすき間もないほど並んでいた。

中門の入口には恐ろしげな者どもが大勢待ち受け申していて、大納言を捕らえて引っ張り、「縛りましょうか」と申したので、入道が簾の中からご覧になって「それには及ばない」とおっしゃると、侍ども十四、五人が前後左右を取り囲み、大納言の手を取って縁の上へ引き上げ申し、一間の部屋に押し込め申してしまった。大納言は夢のような気持ちで、まったく何もわからなくなっておられた。お供の侍どもは大勢に押し隔てられて、散り散りになってしまった。雑色や牛飼は顔色を失い、牛も車も捨てて、みな逃げ去った。

そうしているうちに、近江中将入道蓮浄、法勝寺の執行俊寛僧都、山城守基兼、式部大輔正綱、平判官康頼、宗判官信房、新平判官資行も捕らえられて連れて来られた。

西光法師はこのことを聞いて、わが身の上のことと思ったのであろう、馬に鞭を打って急いで院の御所へ参ろうとした。六波羅の兵どもが道で行き合って、「西八条殿からお召しだぞ。すぐに参れ」と言ったので、「これは奏上すべきことがあって院の御所へ参るところだ。すぐに帰って参ろう」と言うと、「憎らしい入道め、何を奏上しようというのか」といって、馬から引きずり下ろし、宙づりに縛って西八条殿へ下げて参った。

事の初めからの張本人であったので、特に厳しく縛って、御庭の内に引き据えた。入道相国は大床に立って、しばらくにらみつけ、「ああ憎い、平家を倒そうとする謀反人の成れの果ての姿よ。そやつをここへ引き寄せよ」といって、縁の際へ引き寄せさせ、履物をはいたまま、その顔をむずむずと踏みつけられた。

「もともとおまえらのような下賤の者の果てを、君がお召し使いになって、つけてはならない官職につけてやり、父子ともに分に過ぎたふるまいをすると見ていたら、案の定、罪もない天台座主を流罪にさせ、そのうえ平家を倒そうとする謀反の者どもに加わったのだ。ありのままに申せ」とおっしゃった。

西光はもともと並外れた豪胆な者であったので、少しも顔色を変えず、悪びれた様子もなく、座り直してあざ笑って申すには、「院の近くに召し使われる身ですから、執事の別当成親卿が兵を集められたことにも、加わらなかったとは申せません。それは加わりました。ただし、耳に障ることをおっしゃるものですな。他人の前ではどうか知らないが、この西光の聞くところでは、そのようなことはおっしゃれますまい。

そもそもあなたは、故刑部卿忠盛の嫡子でいらっしゃったが、十四、五までは出仕もなさらず、故中御門藤中納言家成卿のあたりに出入りしておられたのを、京の若者たちは例の『高平太』と呼んでいたではありませんか。それを保延のころ、海賊の首領三十余人を捕らえて差し出された褒美に四位に叙せられて、四位の兵衛佐と申したのでさえ、人はみな分に過ぎたことだと言い合っていた。殿上の交わりさえ嫌われた人の子孫で、今太政大臣にまで成り上がったことこそ分に過ぎたことでしょう。もともと侍程度の者が受領や検非違使になることは、先例も法例もないわけではない。どうして分に過ぎたことがあろうか」と、遠慮もなく言い散らしたので、

入道相国はあまりの怒りに腹が据えかねて、しばらくは何もおっしゃらない。しばらくして入道がおっしゃるには、「そやつの首を簡単に斬るな。よくよく問いただして事の次第を尋ね、その後河原へ引き出して首をはねよ」とおっしゃった。松浦太郎重俊が承って、手足を挟み、さまざまにして拷問した。西光はもともと言い争うこともなかったうえに、拷問は厳しかったので、白状は四、五枚に記されて、その後「口を裂け」といって口を裂かれ、五条西の朱雀でついに斬られてしまった。

嫡子の加賀守師高は解官されて尾張の井戸田へ流されていたのを、同じ国の住人の小胡麻郡司維季に命じて討たせられた。次男の近藤判官師経は、獄から引き出して殺された。その弟の左衛門尉師平と郎等三人も、同じく首をはねられた。これらはみな、取るに足らない者が出世して、口出しすべきでないことにばかり口出しし、罪もない天台座主を流罪にさせて、果報も尽きたのであろう、山王大師の神罰・冥罰をたちどころに受けて、このようなつらい目にあったのである。

意訳

鹿ケ谷の陰謀が露見する章段である。延暦寺攻めをめぐる騒ぎで謀議が滞るなか、一方の大将として頼みにされていた多田行綱は、平家の勢いを見て勝ち目がないと考え、自分が先に殺されることを恐れて清盛に密告する。もらった布を直垂に仕立てて郎等に着せながら「目うちしばたたいて」考えこむ姿や、密告の後に「大野に火を放ちたる心地して」逃げ出す姿は、裏切りに踏み切った小心な人物を生き生きと描いている。

清盛はただちに一門と兵を集め、院に通告したうえで、成親を西八条に呼び寄せて捕らえる。何も知らずにいつもより身なりを整えて出かけた成親の姿は、「そも最後とは、後にこそ思ひ知られけれ」と哀れを誘う。一方、捕らえられた西光は、清盛に顔を踏みつけられても屈せず、若いころの清盛が「高平太」とあざけられていたことまで持ち出して、平家の出世こそ過分だと言い返す。物語は、その剛胆さを描きつつ、天台座主を陥れた報いとして、西光父子がそろって殺されたことを山王の神罰と結んでいる。

語釈・文法注

高平太
若いころの清盛のあだ名。高い足駄をはいていたからとも、背が高かったからともいう。

文法

「叢蘭茂らんとすれども、秋の風これをやぶり」
『貞観政要』などに見える句で、讒臣が賢王の明を曇らせることのたとえ。
「かへり忠して命生かう」
「かへり忠」は、味方を裏切って敵に忠義を尽くすこと。寝返り。「生かう」は「生かむ」のウ音便。
「いさとよ」
「いさ」は、さあ(どうだか)、と答えをはぐらかす語。
「しや馬より取つて引落し」
「しや」は、ののしって言う接頭語。
「しやつらをむず〳〵とぞ蹈まれける」
「しやつら」は「しや面」で、顔をののしっていう。「むずむず」は、力をこめて踏みつけるさま。

解説

鹿ケ谷事件は、治承元年(1177)六月一日に発覚した。多田行綱の密告によって清盛は西光を捕らえて拷問し、白状を得たうえで斬った。成親は備前に流され、俊寛・康頼・成経は鬼界が島に流された。後白河法皇の関与は明らかであったが、清盛は法皇の処罰には踏み切らなかった。

西光(藤原師光)は、もとは信西に仕えた阿波の在庁官人の出身で、信西の死後に出家し、後白河院の側近として権勢をふるった。清盛に向かって「高平太」と言い放つ場面は、出自の低い者どうしが互いの成り上がりをなじり合う場面としても読まれている。

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出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、306–313頁(コマ182–185)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日