古典ライブラリー

平家物語 巻第二

座主流しの事

治承元年五月、神輿入洛の張本とされた天台座主明雲は、西光父子の讒言によって座主を解かれ、伊豆への流罪と決まる。延暦寺の衆徒は十禅師権現の託宣を得て粟津に押し寄せ、護送の役人を追い散らして明雲を奪い返す。ためらう明雲を、悪僧祐慶がにらみつけて輿に乗せ、山へ担ぎ上げた。

  1. 1治ぢ治ぢじ承しよう承しようしょう元ぐわん元ぐわんがん年ねん年ねんねん五ご五ごご月ぐわつ月ぐわつがつ五いつ五いついつ日か日かかののの日ひ日ひひ、、、天てん天てんてん台だい台だいだい座ざ座ざざ主す主すす明めい明めいめい雲うん雲うんうん大だい大だいだい僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょう、、、公く公くくををを停ちやう停ちやうちょう止じ止じじせせせらるゝらるゝらるるうへうへうえ、、、藏くら藏くらくら人うど人うどうどををを御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいにににててて、、、如によ如によにょ意い意いい輪りん輪りんりんののの御ご御ごご本ほん本ほんほん尊ぞん尊ぞんぞんををを召めし召めしめし返かへ返かへかえいいいててて、、、御ご御ごご持ぢ持ぢじ僧そう僧そうそうををを改かい改かいかい易えき易えきえきせせせらるらるらる。。。すなはちすなはちすなわち使し使しし廳ちやう廳ちやうちょうののの使つかひ使つかひつかいをををつけつけつけててて、、、今こん今こんこん度ど度どど神しん神しんしん輿よ輿よよ内だい内だいだい裏り裏りりへへへ振ふ振ふふりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりししし、、、衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととののの張ちやう張ちやうちょう本ほん本ほんほんををを召め召めめささされれれけりけりけり。。。
  2. 2加か加かか賀が賀ががののの國くに國くにくにににに座ざ座ざざ主す主すすののの御ご御ごご坊ばう坊ばうぼう領りやう領りやうりょうありありあり。。。國こく國こくこく司し司しし師もろ師もろもろ高たか高たかたかこれこれこれををを停ちやう停ちやうちょう廢はい廢はいはいののの間あひだ間あひだあいだ、、、そのそのその宿しゆく宿しゆくしゅく意い意いいににに依よ依よよつつっててて、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅををを語かた語かたかたらひらひらい、、、訴そ訴そそ訟しよう訟しようしょうををを致いた致いたいたさささるるる。。。既すで既すですでににに朝てう朝てうちょう家か家かかののの御おん御おんおん大だい大だいだい事じ事じじににに及およ及およおよぶぶぶべきべきべき由よし由よしよし、、、西さい西さいさい光くわう光くわうこう法ほふ法ほふほっ師し師しし父ふ父ふふ子し子ししががが讒ざん讒ざんざん奏そう奏そうそうににに依よ依よよつつっててて、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう大おほ大おほおおきききににに逆げき逆げきげき鱗りん鱗りんりんありありありけりけりけり。。。ことことことににに重ぢゆう重ぢゆうじゅう科くわ科くわかににに行おこな行おこなおこなははわるるるべしべしべしととと聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。明めい明めいめい雲うん雲うんうんははは院ゐん院ゐんいんののの御ご御ごご氣き氣きき色しよく色しよくしょくあしかりあしかりあしかりけれけれければばば、、、印いん印いんいん鑰やく鑰やくやくををを返かへ返かへかへししし奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて、、、座ざ座ざざ主す主すすををを辭じ辭じじししし申まう申まうもうささされれれけりけりけり。。。
  3. 3同おな同おなおなじきじきじき十じふ十じふじゅう一いち一いちいち日にち日にちにち、、、鳥と鳥とと羽ば羽ばばののの院ゐん院ゐんいんののの七しち七しちしちののの宮みや宮みやみや覺かく覺かくかく快くわい快くわいかい法ほふ法ほふほっ親しん親しんしん主しゆ主しゆしゅ、、、天てん天てんてん台だい台だいだい座ざ座ざざ主す主すすにににならならならせせせ給たま給たまたまふふう。。。これこれこれははは靑しやう靑しやうしょう蓮れん蓮れんれん院ゐん院ゐんいんののの大だい大だいだい僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょう行ぎやう行ぎやうぎょう玄げん玄げんげんののの御おん御おんおん弟で弟でで子し子ししなりなりなり。。。あくるあくるあくる十じふ十じふじゅう二に二にに日にち日にちにち、、、先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すす所しよ所しよしょ職しよく職しよくしょくををを沒もつ沒もつもっ收しゆ收しゆしゅせせせらるゝらるゝらるる上うへ上うへうえ、、、檢けん檢けんけん非び非びび違ゐ違ゐい使し使しし二ふた二ふたふた人り人りりをををつけつけつけててて、、、井ゐ井ゐいににに蓋ふた蓋ふたふたをををししし、、、火ひ火ひひににに水みづ水みづみずをををかけかけかけててて、、、火くわ火くわか水すゐ水すゐすいののの責せめ責せめせめににに行おこな行おこなおこなははわるるるべきべきべきよしよしよし聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。これこれこれににに依よ依よよつつっててて、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅなほなほなお参さん参さんさん洛らく洛らくらくすすすととと聞きこ聞きこきこえええしかしかしかばばば、、、京きやう京きやうきょう中ぢゆう中ぢゆうじゅうまたまたまた騒さわ騒さわさわぎぎぎあへあへあえりりり。。。
  4. 4同おな同おなおなじきじきじき十じふ十じふじゅう八はち八はちはち日にち日にちにち、、、太だい太だいだい政じやう政じやうじょう大だい大だいだい臣じん臣じんじん以い以いい下げ下げげののの公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう十じふ十じふじゅう三さん三さんさん人にん人にんにん参さん参さんさん内だい内だいだいしししててて、、、陣ぢん陣ぢんじんののの座ざ座ざざにににつきつきつき、、、前さき前さきさきののの座ざ座ざざ主す主すす罪ざい罪ざいざい科くわ科くわかのののことことこと議ぎ議ぎぎ定ぢやう定ぢやうじょうありありあり。。。八はち八はちはち條でう條でうじょうののの中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん長なが長ながなが方かた方かたかたののの卿きやう卿きやうきょう、、、そのそのその時とき時ときときははは未いま未いまいまだだだ左さ左ささ大だい大だいだい辨べん辨べんべんののの宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうにににててて、、、末まつ末まつまつ座ざ座ざざににに候さぶら候さぶらさぶらははわれれれけるけるけるががが、、、進すゝ進すゝすすみみみ出い出いいでででててて申まう申まうもうささされれれけるけるけるははは、、、
  5. 5「「「法ほつ法ほつほっ家け家けけののの勘かん勘かんかん狀じやう狀じやうじょうにににまかせまかせまかせててて、、、死し死しし罪ざい罪ざいざい一いつ一いついっ等とう等とうとうををを減げん減げんげんじじじててて、、、遠をん遠をんおん流る流るるせせせらるらるらるべしべしべしとととははは見み見みみえええててて候さふら候さふらそうらへへえどもどもども、、、先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すす明めい明めいめい雲うん雲うんうん大だい大だいだい僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうははは顯けん顯けんけん密みつ密みつみつ兼けん兼けんけん學がく學がくがくしししててて、、、淨じやう淨じやうじょう行ぎやう行ぎやうぎょう持ぢ持ぢじ律りつ律りつりつののの上うへ上うへうえ、、、大だい大だいだい乘じよう乘じようじょう妙めう妙めうみょう經きやう經きやうきょうををを公く公くく家げ家げげににに授さづ授さづさずけけけ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、菩ぼ菩ぼぼ薩さつ薩さつさつ正しやう正しやうしょう戒かい戒かいかいををを法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおうににに保たも保たもたもたたたせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。御おん御おんおん經きやう經きやうきょうののの師し師しし、、、御おん御おんおん戒かい戒かいかいののの師し師しし、、、重ぢゆう重ぢゆうじゅう科くわ科くわかににに行おこな行おこなおこなははわれれれんんん事こと事ことことははは、、、冥みやう冥みやうみょうののの照せう照せうしょう覽らん覽らんらんはかりはかりはかり難がた難がたがたししし。。。還げん還げんげん俗ぞく俗ぞくぞく、、、遠をん遠をんおん流る流るるををを宥なだ宥なだなだめめめらるらるらるべきべきべきかかか。。。」」」ととと、、、憚はゞか憚はゞかはばかるるる所ところ所ところところもももなうなうのう申まう申まうもうささされれれたりたりたりけれけれければばば、、、
  6. 6當たう當たうとう座ざ座ざざののの公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょう、、、みなみなみな長なが長ながなが方かた方かたかたののの議ぎ議ぎぎににに同どう同どうどうずずずととと申まう申まうもうししし合あ合ああははわれれれけれけれけれどもどもども、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう御おん御おんおん憤いきどほ憤いきどほいきどおりりり深ふか深ふかふかかりかりかりけれけれければばば、、、なほなほなお遠をん遠をんおん流る流るるににに定さだ定さださだめめめらるらるらる。。。太だい太だいだい政じやう政じやうじょうののの入にふ入にふにゅう道だう道だうどうもももこのこのこの事こと事ことこと申まう申まうもうさささんんんとてとてとて、、、院ゐん院ゐんいん参さん参さんさんせせせられられられたりたりたりけれけれけれどもどもども、、、法ほふ法ほふほう皇わう皇わうおう御おん御おんおん風かぜ風かぜかぜののの氣け氣けけとてとてとて、、、御ご御ごご前ぜん前ぜんぜんへへへももも召め召めめささされれれ給たま給たまたまははわねねねばばば、、、本ほ本ほほ意い意いいなげなげなげにににててて退たい退たいたい出しゆつ出しゆつしゅつせせせらるらるらる。。。僧そう僧そうそうををを罪つみ罪つみつみするするするならひならひならいとてとてとて度ど度どどををを召め召めめししし返かへ返かへかへししし、、、還げん還げんげん俗ぞく俗ぞくぞくせせせさせさせさせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごんののの大たい大たいたい夫ふ夫ふふ藤ふぢ藤ふぢふじ井ゐ井ゐいののの松まつ松まつまつ枝え枝ええととといふいふいう俗ぞく俗ぞくぞく名みやう名みやうみょうをををこそこそこそつけつけつけられられられけれけれけれ。。。
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  8. 8されどもされどもされども陰おん陰おんおん陽やう陽やうようののの頭かみ頭かみかみ安あ安ああ倍べ倍べべののの泰やす泰やすやす親ちか親ちかちかががが申まう申まうもうしししけるけるけるははは、、、「「「さばかりさばかりさばかりののの智ち智ちち者しや者しやしゃののの、、、明めい明めいめい雲うん雲うんうんととと名な名なな乘の乘ののりりり給たま給たまたまふふうこそこそこそ心こころ心こころこころ得え得ええねねね。。。上うへ上うへうえにににははは日じつ日じつじつ月げつ月げつげつののの光ひかり光ひかりひかりををを雙なら雙ならならべべべ、、、下した下したしたににに雲くも雲くもくもありありあり。。。」」」とととぞぞぞ難なん難なんなんじじじけるけるける。。。
  9. 9仁にん仁にんにん安あん安あんあん元ぐわん元ぐわんがん年ねん年ねんねん二に二にに月ぐわつ月ぐわつがつ二は二はは十つ十つつ日か日かかののの日ひ日ひひ、、、天てん天てんてん台だい台だいだい座ざ座ざざ主す主すすにににならならならせせせ給たま給たまたまふふう。。。同おな同おなおなじきじきじき三さん三さんさん月ぐわつ月ぐわつがつ十じふ十じふじゅう五ご五ごご日にち日にちにち御ご御ごご拜はい拜はいはい堂だう堂だうどうありありあり。。。中ちゆう中ちゆうちゅう堂だう堂だうどうののの寶はう寶はうほう藏ざう藏ざうぞうををを開ひら開ひらひらかかかれれれけるけるけるににに、、、種しゆ種しゆしゅ々じゆ々じゆじゅののの重ちよう重ちようちょう寶はう寶はうほうどもどもどもののの中なか中なかなかににに、、、方はう方はうほう一いつ一いついっ尺しやく尺しやくしゃくののの箱はこ箱はこはこありありあり。。。白しろ白しろしろいいい布ぬの布ぬのぬのにににててて包つゝ包つゝつつまままれれれたりたりたり。。。一いつ一いついっ生しやう生しやうしょう不ふ不ふふ犯ぼん犯ぼんぼんののの座ざ座ざざ主す主すす、、、かのかのかの箱はこ箱はこはこをををあけあけあけててて見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、黃わう黃わうおう紙し紙ししににに書か書かかけけけるるる文ふみ文ふみふみ一ひと一ひとひと巻まき巻まきまきありありあり。。。傳でん傳でんでん教けう教けうきょう大だい大だいだい師し師しし、、、未み未みみ來らい來らいらいののの座ざ座ざざ主す主すすののの名みやう名みやうみょう字じ字じじををを、、、かねてかねてかねて記しる記しるしるししし置お置おおかかかれれれたりたりたり。。。
  10. 10わがわがわが名な名ななのののあるあるあるところところところまでまでまでははは見み見みみててて、、、それそれそれよりよりより奧おく奧おくおくをををばばば見み見みみ給たま給たまたまははわずずず、、、もともともとののの如ごと如ごとごとくくくににに巻ま巻ままききき返かへ返かへかへしししててて置お置おおかかかるゝるゝるるならひならひならいなりなりなり。。。さればさればさればこのこのこの僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうももも、、、さこそさこそさこそはははおはしましおはしましおわしましけめけめけめ。。。斯か斯かかかるかるかる尊たふと尊たふととうとききき人ひと人ひとひとなれなれなれどもどもども、、、前ぜん前ぜんぜん世ぜ世ぜぜののの宿しゆく宿しゆくしゅく業ごふ業ごふごうをををばばば免まぬか免まぬかまぬかれれれ給たま給たまたまははわずずず、、、あはれあはれあわれなりなりなりししし事こと事ことことどもどもどもなりなりなり。。。
  11. 11同おな同おなおなじきじきじき二に二にに十じふ十じふじゅう一いち一いちいち日にち日にちにち、、、配はい配はいはい所しよ所しよしょ伊い伊いい豆づ豆づずののの國くに國くにくにととと定さだ定さださだめめめらるらるらる。。。人ひと人ひとひと々びと々びとびとやう〳〵やう〳〵ようようににに申まう申まうもうささされれれけれけれけれどもどもども、、、西さい西さいさい光くわう光くわうこう法ほふ法ほふほっ師し師しし父ふ父ふふ子し子ししががが讒ざん讒ざんざん奏そう奏そうそうににに依よ依よよつつっててて、、、斯か斯かか樣やう樣やうようにににははは行おこな行おこなおこなははわれれれけるけるけるなりなりなり。。。今日けふ今日けふきょう軈やが軈やがやがててて都みやこ都みやこみやこののの内うち内うちうちををを追お追おおひひい出いだ出いだいださささるるるべしべしべしとてとてとて、、、追おつ追おつおっ立たて立たてたてののの官くわん官くわんかん人にん人にんにん、、、白しら白しらしら河かは河かはかわののの御ご御ごご坊ばう坊ばうぼうににに行ゆ行ゆゆききき向むか向むかむかつつっててて追お追おおひひい奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょう泣な泣ななく〳〵く〳〵くなく御ご御ごご坊ばう坊ばうぼうををを出い出いいでででつゝつゝつつ、、、粟あは粟あはあわ田た田たた口ぐち口ぐちぐちののの邊ほとり邊ほとりほとり、、、一いつ一いついっ切さい切さいさい經きやう經きやうきょうののの別べつ別べつべっ所しよ所しよしょににに入い入いいらららせせせおはしますおはしますおわします。。。
  12. 12山さん山さんさん門もん門もんもんにににははは、、、詮せん詮せんせんずるずるずる所ところ所ところところははは、、、われらわれらわれらががが敵かたき敵かたきかたきははは西さい西さいさい光くわう光くわうこう法ほふ法ほふほっ師し師しし父ふ父ふふ子し子ししににに過す過すすぎぎぎたるたるたる者もの者ものものなしなしなしとてとてとて、、、かれらかれらかれら父ふ父ふふ子し子ししががが名みやう名みやうみょう字じ字じじををを書か書かかいいいててて、、、根こん根こんこん本ぽん本ぽんぽん中ちゆう中ちゆうちゅう堂だう堂だうどうにににおはしますおはしますおわします十じふ十じふじゅう二に二にに神じん神じんじん將じやう將じやうじょうののの中うち中うちうち、、、金こん金こんこん比ぴ比ぴぴ羅ら羅らら大たい大たいたい將しやう將しやうしょうののの左ひだり左ひだりひだりののの御おん御おんおん足あし足あしあしののの下した下したしたににに蹈ふ蹈ふふままませせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、「「「十じふ十じふじゅう二に二にに神じん神じんじん將じやう將じやうじょう、、、七しち七しちしち千せん千せんせん夜や夜やや叉しや叉しやしゃ、、、時じ時じじ刻こく刻こくこくををを廻めぐ廻めぐめぐらさらさらさずずず、、、西さい西さいさい光くわう光くわうこう法ほふ法ほふほっ師し師しし父ふ父ふふ子し子ししががが命いのち命いのちいのちををを召めし召めしめし取と取ととりりり給たま給たまたまへへえややや。。。」」」ととと、、、をめきをめきおめき叫さけ叫さけさけんんんででで呪じゆ呪じゆじゅ詛そ詛そそしししけるけるけるこそこそこそ、、、聞き聞ききくくくももも恐おそ恐おそおそろしけれろしけれろしけれ。。。
  13. 13同おな同おなおなじきじきじき二に二にに十じふ十じふじゅう三さん三さんさん日にち日にちにち、、、一いつ一いついっ切さい切さいさい經きやう經きやうきょうののの別べつ別べつべっ所しよ所しよしょよりよりより配はい配はいはい所しよ所しよしょへへへ赴おもむ赴おもむおもむききき給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。さばかりさばかりさばかりののの法ほふ法ほふほう務む務むむののの大だい大だいだい僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょうほどほどほどののの人ひと人ひとひとののの、、、追おつ追おつおっ立たて立たてたてののの鬱うつ鬱うつうつががが先さき先さきさきににに蹴け蹴けけ立た立たたてててられられられててて、、、今日けふ今日けふきょうをををかぎりかぎりかぎりににに都みやこ都みやこみやこををを出い出いいでででててて、、、關せき關せきせきののの東ひがし東ひがしひがしへへへ赴おもむ赴おもむおもむかかかれれれけんけんけん心こころ心こころこころののの中うち中うちうち、、、推お推おおししし量はか量はかはかららられれれてててあはれあはれあわれなりなりなり。。。大おほ大おほおお津つ津つつののの打うち打うちうち出で出ででののの濱はま濱はまはまにににもももなりなりなりぬれぬれぬればばば、、、文もん文もんもん珠じゆ珠じゆじゅ樓ろう樓ろうろうののの軒のき軒のきのき端ば端ばばのののしろじろしろじろしろじろとととしてしてして見み見みみえええけるけるけるををを、、、二ふた二ふたふた目め目めめともともとも見み見みみ給たま給たまたまははわずずず、、、袖そで袖そでそでををを顏かほ顏かほかおにににおしおしおし當あ當ああてててててて涙なみだ涙なみだなみだにににむせびむせびむせび給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。
  14. 14山さん山さんさん門もん門もんもんにににははは宿しゆく宿しゆくしゅく老らう老らうろう、、、碩せき碩せきせき德とく德とくとく多おほ多おほおおしししととといへいへいえどもどもども、、、澄ちよう澄ちようちょう憲けん憲けんけん法ほふ法ほふほう印いん印いんいん、、、そのそのその時とき時ときときははは未いま未いまいまだだだ僧そう僧そうそう都づ都づずにににててておはしおはしおわしけるけるけるががが、、、あまりあまりあまりににに名な名なな殘ごり殘ごりごりををを惜を惜をおしみしみしみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、粟あは粟あはあわ津づ津づずまでまでまで送おく送おくおくりりり参まゐ参まゐまいらららせせせててて、、、それそれそれよりよりより暇いとま暇いとまいとま乞こ乞ここうううててて歸かへ歸かへかえららられれれけるけるけるににに、、、僧そう僧そうそう正じやう正じやうじょう志こころざし志こころざしこころざしののの切せつ切せつせつなるなるなることことことををを感かん感かんかんじじじててて、、、年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろ御ご御ごご心しん心しんしん中ちゆう中ちゆうちゅうににに祕ひ祕ひひせせせられられられたりたりたりししし、、、一いつ一いついっ心しん心しんしん三さん三さんさんののの血けち血けちけち脈みやく脈みやくみやく相さう相さうそう承じよう承じようじょうををを授さづ授さづさずけけけらるらるらる。。。
  15. 15このこのこの法ほふ法ほふほうははは釋しやく釋しやくしゃく尊そん尊そんそんののの附ふ附ふふ囑ぞく囑ぞくぞく、、、波は波はは羅ら羅らら奈ない奈ないない國こく國こくこくののの馬め馬めめ鳴みやう鳴みやうみょう比び比びび丘く丘くく、、、南なん南なんなん天てん天てんてん竺ぢく竺ぢくじくののの龍りう龍りうりゅう樹じゆ樹じゆじゅ菩ぼ菩ぼぼ薩さつ薩さつさつよりよりより次し次しし第だい第だいだいににに相さう相さうそう傳でん傳でんでんししし來きた來きたきたれれれるるるををを今日けふ今日けふきょうのののなさけなさけなさけににに授さづ授さづさずけけけらるらるらる。。。さすがさすがさすがわがわがわが朝てう朝てうちょうははは粟ぞく粟ぞくぞく散さん散さんさん邊へん邊へんへん地ぢ地ぢじののの境さかひ境さかひさかい、、、濁ぢよく濁ぢよくじょく世せ世せせ末まつ末まつまつ代だい代だいだいとととはははいひいひいいながらながらながら、、、澄ちよう澄ちようちょう憲けん憲けんけんこれこれこれををを附ふ附ふふ囑ぞく囑ぞくぞくしししててて、、、法ほふ法ほふほう衣え衣ええののの袂たもと袂たもとたもとをををしぼりしぼりしぼりつゝつゝつつ、、、都みやこ都みやこみやこへへへ歸かへ歸かへかえりりり上のぼ上のぼのぼららられれれけんけんけん、、、心こころ心こころこころののの中うち中うちうちこそこそこそ尊たふと尊たふととうとけれけれけれ。。。
  16. 16さるさるさる程ほど程ほどほどににに山さん山さんさん門もん門もんもんにににははは、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ起おこ起おこおこつつっててて、、、僉せん僉せんせん議ぎ議ぎぎすすす。。。「「「抑そもそも抑そもそもそもそも義ぎ義ぎぎ眞しん眞しんしん和くわ和くわか尙しやう尙しやうしょうよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、天てん天てんてん台だい台だいだい座ざ座ざざ主す主すすはじまつはじまつはじまっててて、、、五ご五ごご十じふ十じふじゅう五ご五ごご代だい代だいだいににに至いた至いたいたるるるまでまでまで、、、未いま未いまいまだだだ流る流るる罪ざい罪ざいざいののの例れい例れいれいををを聞き聞ききかかかずずず。。。つら〳〵つら〳〵つらつら事こと事ことことののの意こころ意こころこころををを按あん按あんあんずるずるずるににに、、、延えん延えんえん曆りやく曆りやくりやくのののころほひころほひころおい、、、皇くわう皇くわうこう帝てい帝ていていははは帝てい帝ていてい都と都ととををを立た立たたててて、、、大だい大だいだい師し師ししははは當たう當たうとう山ざん山ざんざんににに攀よ攀よよぢぢじ上のぼ上のぼのぼりりりててて、、、四し四しし明めい明めいめいののの教けう教けうきょう法ぼふ法ぼふぼうをををこゝこゝここににに廣ひろ廣ひろひろめめめたまひたまひたまいしししよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、五ご五ごご障しやう障しやうしょうののの女によ女によにょ人にん人にんにん跡あと跡あとあとたえたえたえててて、、、三さん三さんさん千ぜん千ぜんぜんののの淨じやう淨じやうじょう侶りよ侶りよりょ居きよ居きよきょををを占し占ししめめめたりたりたり。。。
  17. 17峯みね峯みねみねにににははは一いち一いちいち乘じよう乘じようじょう讀どく讀どくどく誦じゆ誦じゆじゅ年とし年としとしふりふりふりててて、、、麓ふもと麓ふもとふもとにににははは七しち七しちしち社しや社しやしゃののの靈れい靈れいれい驗げん驗げんげん日ひ日ひひ新あらた新あらたあらたなりなりなり。。。かのかのかの月ぐわつ月ぐわつがっ氏し氏ししののの靈りやう靈りやうりょう山ぜん山ぜんぜんははは、、、王わう王わうおう城じやう城じやうじょうののの東とう東とうとう北ほく北ほくほく、、、大だい大だいだい聖しやう聖しやうしょうののの幽いう幽いうゆう窟くつ窟くつくつなりなりなり。。。このこのこの日じち日じちじち域ゐき域ゐきいきののの叡えい叡えいえい岳がく岳がくがくももも、、、帝てい帝ていてい都と都ととののの鬼き鬼きき門もん門もんもんににに峙そばだ峙そばだそばだちちちててて護ご護ごご國こく國こくこくののの靈れい靈れいれい地ち地ちちなりなりなり。。。代だい代だいだい々だい々だいだいののの賢けん賢けんけん王わう王わうおう、、、智ち智ちち臣しん臣しんしん、、、こゝこゝここににに壇だん壇だんだん場ぢやう場ぢやうじょうををを占し占ししむむむ。。。末まつ末まつまつ代だい代だいだいならならならんんんからからからんんんににに、、、いかでいかでいかでかかか當たう當たうとう山ざん山ざんざんににに傷きず傷きずきずをををばばばつくつくつくべきべきべき。。。こここははは心こころ心こころこころ憂う憂ううししし。。。」」」とてとてとて、、、をめきをめきおめき叫さけ叫さけさけぶぶぶととといふいふいう程ほど程ほどほどこそこそこそありありありけれけれけれ。。。滿まん滿まんまん山ざん山ざんざんののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ、、、殘のこ殘のこのこりりり止とゞ止とゞとどまるまるまる者もの者ものものもももなくなくなく、、、みなみなみな東ひがし東ひがしひがし坂さか坂さかさか本もと本もともとへへへ下お下おおりりりくだるくだるくだる。。。
  18. 18十じふ十じふじゅう禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじ權ごん權ごんごん現げん現げんげんののの御おん御おんおん前まへ前まへまえにににててて、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅまたまたまた僉せん僉せんせん議ぎ議ぎぎすすす。。。「「「抑そもそも抑そもそもそもそもわれらわれらわれら粟あは粟あはあわ津づ津づずへへへ行ゆ行ゆゆききき向むか向むかむかつつっててて、、、貫くわん貫くわんかん首じゆ首じゆじゅをををばばば奪うば奪うばうばひひい止とゞ止とゞとどめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべしべしべし。。。但ただ但ただただししし追おつ追おつおっ立たて立たてたてののの鬱うつ鬱うつうつ使し使しし、、、兩りやう兩りやうりょう送そう送そうそう使し使ししあるあるあるなれなれなればばば、、、さうなうさうなうそうのう取と取ととりりり得え得ええ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららんんん事こと事ことことありがたしありがたしありがたし。。。今いま今いまいまははは山さん山さんさん王わう王わうおう大だい大だいだい師し師ししののの御おん御おんおん力ちから力ちからちからののの外ほか外ほかほか、、、またまたまた賴たの賴たのたのみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる方かた方かたかたなしなしなし。。。まことまことまことににに別べつ別べつべつののの仔し仔しし細さい細さいさいなくなくなく、、、取と取ととりりり得え得ええ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべくべくべくばばば、、、こゝこゝここにににてててまづまづまず一ひと一ひとひとつつつののの瑞ずゐ瑞ずゐずい相さう相さうそうををを見み見みみせせせしめしめしめ給たま給たまたまへへえ。。。」」」ととと、、、老らう老らうろう僧そう僧そうそうどもどもども肝かん肝かんかん膽たん膽たんたんををを碎くだ碎くだくだいいいててて祈き祈きき念ねん念ねんねんしししけりけりけり。。。
  19. 19こゝこゝここににに無む無むむ動どう動どうどう寺じ寺じじ法ほふ法ほふほっ師し師しし乘じよう乘じようじょう圓ゑん圓ゑんえん律りつ律りつりつ師し師ししががが召め召めめしししつかひつかひつかいけるけるける、、、鶴つる鶴つるつる丸まる丸まるまるととといふいふいう童わらは童わらはわらわありありあり。。。生しやう生しやうしょう年ねん年ねんねん十じふ十じふじゅう八はつ八はつはっ歳さい歳さいさいににになりなりなりけるけるけるががが、、、心しん心しんしん身じん身じんじんををを苦くる苦くるくるしめしめしめ、、、五ご五ごご體たい體たいたいににに汗あせ汗あせあせををを流なが流ながながいいいててて、、、俄にはか俄にはかにはかににに狂くる狂くるくるひひい出い出いいでででたりたりたり。。。「「「わがわがわが十じふ十じふじゅう禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじ權ごん權ごんごん現げん現げんげん乘の乘ののりりりゐゐいさせさせさせ給たま給たまたまへへえりりり。。。末まつ末まつまつ代だい代だいだいととといふいふいうともともとも、、、爭いか爭いかいかでででかかかわがわがわが山やま山やまやまののの貫くわん貫くわんかん首じゆ首じゆじゅをををばばば他た他たた國こく國こくこくへへへははは遷うつ遷うつうつさささるるるべきべきべき。。。生しやう生しやうしょう々じやう々じやうじょう世せ世せせ々せ々せせににに心こころ心こころこころ憂う憂ううししし。。。さらさらさらんんんににに取と取ととつつってててははは、、、われわれわれこのこのこの麓ふもと麓ふもとふもとににに跡あと跡あとあとををを止とゞ止とゞとどめめめてててももも何なに何なになににににかかかはははせせせんんん。。。」」」とてとてとて、、、左さ左さそ右う右ううののの袖そで袖そでそでををを顏かほ顏かほかおにににおしおしおし當あ當ああてててててて、、、さめ〴〵さめ〴〵さめざめととと泣な泣ななきききけれけれければばば、、、
  20. 20大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅこれこれこれををを怪あや怪あやあやしみしみしみててて、、、「「「まことまことまことににに十じふ十じふじゅう禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじ權ごん權ごんごん現げん現げんげんののの御ご御ごご託たく託たくたく宣せん宣せんせんにににててておはしまさおはしまさおわしまさばばば、、、われらわれらわれらしるししるししるしををを参まゐ参まゐまいらららせせせんんん。。。一いち一いちいち々いち々いちいちにににもともともとののの主ぬし主ぬしぬしににに返かへ返かへかへししし給たま給たまたまへへえ。。。」」」とてとてとて、、、老らう老らうろう僧そう僧そうそうどもどもども四し四しし五ご五ごご百ひやく百ひやくひゃく人にん人にんにん、、、手て手ててんんん手で手ででににに持も持ももつつったるたるたる數じゆ數じゆじゅ珠ず珠ずずどもどもども、、、十じふ十じふじゅう禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじ權ごん權ごんごん現げん現げんげんののの大おほ大おほおお床ゆか床ゆかゆかののの上うへ上うへうえへへへぞぞぞ投な投ななげげげ上あ上ああげげげたるたるたる。。。かのかのかの物もの物ものもの狂ぐるひ狂ぐるひぐるい走はし走はしはしりりりまはりまはりまわり、、、拾ひろ拾ひろひろひひい集あつ集あつあつめめめててて、、、少すこ少すこすこしししももも違たが違たがたがへへえずずず、、、一いち一いちいち々いち々いちいちにににみなみなみな、、、もともともとののの主ぬし主ぬしぬしにににぞぞぞ配くば配くばくばりりりけるけるける。。。大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ神しん神しんしん明めい明めいめいののの靈れい靈れいれい驗げん驗げんげんあらたあらたあらたなるなるなる事こと事ことことののの尊たふと尊たふととうとさささににに、、、みなみなみな掌たなごゝろ掌たなごゝろたなごころををを合あ合ああははわせせせててて、、、隨ずゐ隨ずゐずい喜き喜ききののの感かん感かんかん涙るい涙るいるいをををぞぞぞ催もよほ催もよほもよおしししけるけるける。。。
  21. 21「「「そのそのその儀ぎ儀ぎぎならならならばばば、、、行ゆ行ゆゆききき向むか向むかむかつつっててて、、、奪うば奪うばうばひひい止とゞ止とゞとどめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれややや。。。」」」ととといふいふいう程ほど程ほどほどこそこそこそありありありけれけれけれ、、、雲うん雲うんうん霞か霞かかののの如ごと如ごとごとくくくににに發はつ發はつはっ向かう向かうこうすすす。。。或あるい或あるいあるいははは滋し滋しし賀が賀がが、、、唐から唐からから崎さき崎さきさきののの濱はま濱はまはま路ぢ路ぢじににに歩あゆ歩あゆあゆみみみつゞけるつゞけるつづける大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅもももありありあり。。。或あるい或あるいあるいははは山やま山やまやま田だ田だだ、、、矢や矢ややばせばせばせののの湖こ湖ここ上しやう上しやうしょうににに舟ふね舟ふねふねおしおしおし出いだ出いだいだすすす衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒とともももありありあり。。。これこれこれををを見み見みみててて、、、さしもさしもさしもきびしげきびしげきびしげなりなりなりつるつるつる追おつ追おつおっ立たて立たてたてののの鬱うつ鬱うつうつ使し使しし、、、兩りやう兩りやうりょう送そう送そうそう使し使しし、、、ちり〴〵ちり〴〵ちりじりにににみなみなみな逃に逃ににげげげ去さ去ささりりりぬぬぬ。。。
  22. 22大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ國こく國こくこく分ぶん分ぶんぶん寺じ寺じじへへへ参まゐ参まゐまいりりり向むか向むかむかふふう。。。先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すす大おほ大おほおおきききににに驚おどろ驚おどろおどろかかかせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「およそおよそおよそ敕ちよく敕ちよくちょっ勘かん勘かんかんののの者もの者ものものははは、、、月つき月つきつき日ひ日ひひののの光ひか光ひかひかりりりにににだにだにだに當あた當あたあたらららずずずとととこそこそこそ承うけたまは承うけたまはうけたまわれれれ。。。いかにいかにいかに況いは況いはいわんんんややや、、、時じ時じじ刻こく刻こくこくををを廻めぐ廻めぐめぐらさらさらさずずず。。。急いそ急いそいそぎぎぎ追お追おおひひい下くだ下くだくださささるるるべしべしべしととと、、、院ゐん院ゐんいん宣ぜん宣ぜんぜん、、、宣せん宣せんせん旨じ旨じじのののなりなりなりたるたるたるににに、、、少すこ少すこすこしししもももやすらふやすらふやすらうべからべからべからずずず。。。衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒とと疾と疾ととう〳〵う〳〵うとう歸かへ歸かへかえりりり上のぼ上のぼのぼりりり給たま給たまたまふふうべしべしべし。。。」」」ととと端はし端はしはし近ちか近ちかちかくくく出い出いいでででててて宣のたま宣のたまのたまひひいけるけるけるははは、、、
  23. 23「「「三さん三さんさん台たい台たいたい槐くわい槐くわいかい門もん門もんもんののの家いへ家いへいえををを出い出いいでででててて、、、四し四しし明めい明めいめい幽いう幽いうゆう溪けい溪けいけいののの窓まど窓まどまどににに入い入いいりりりしししよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、廣ひろ廣ひろひろくくく圓ゑん圓ゑんえん宗しう宗しうしゅうののの教けう教けうきょう法ぼふ法ぼふぼうををを學がく學がくがくしししててて、、、顯けん顯けんけん密みつ密みつみつ兩りやう兩りやうりょう宗しう宗しうしゅうををを學まな學まなまなびびび、、、たゞたゞただわがわがわが山やま山やまやまののの興こう興こうこう隆りう隆りうりゅうをををのみのみのみ思おも思おもおもへへえりりり。。。またまたまた國こく國こくこく家か家かかををを祈いの祈いのいのりりり奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる事こと事ことこともももおろそかおろそかおろそかならならならずずず。。。衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととをををはぐゝむはぐゝむはぐくむ志こころざし志こころざしこころざしももも深ふか深ふかふかかりかりかりききき。。。兩りやう兩りやうりょう所しよ所しよしょ三さん三さんさん聖じやう聖じやうじょう定さだ定さださだめめめててて照せう照せうしょう覽らん覽らんらんししし給たま給たまたまふふうらんらんらん、、、身み身みみににに過あやま過あやまあやまつつつ事こと事ことことなしなしなし。。。無む無むむ實じつ實じつじつののの罪つみ罪つみつみににに依よ依よよつつっててて、、、遠をん遠をんおん流る流るるののの重ぢゆう重ぢゆうじゅう科くわ科くわかををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶれれればばば、、、世よ世よよをををももも人ひと人ひとひとをををももも、、、神かみ神かみかみをををももも佛ほとけ佛ほとけほとけをををももも、、、恨うら恨うらうらみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるかたかたかたなしなしなし。。。まことまことまことにににはる〴〵はる〴〵はるばるととと、、、これこれこれまでまでまで訪とぶら訪とぶらとぶらひひい來きた來きたきたりりり給たま給たまたまふふう衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととののの芳はう芳はうほう志し志ししこそこそこそ、、、生しやう生しやうしょう々じやう々じやうじょう世せ世せせ々せ々せせにににももも報ほう報ほうほうじじじ盡つく盡つくつくしししがたけれがたけれがたけれ。。。」」」とてとてとて香かう香かうこう染ぞめ染ぞめぞめののの御おん御おんおん衣ころも衣ころもころもののの袖そで袖そでそでをををしぼりしぼりしぼりもももあへあへあえさせさせさせ給たま給たまたまははわねねねばばば、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅもももみなみなみな鎧よろひ鎧よろひよろいののの袖そで袖そでそでをををぞぞぞぬらしぬらしぬらしけるけるける。。。
  24. 24既すで既すですでににに御み御みみ輿こし輿こしこしさしさしさし寄よ寄よよせせせててて、、、「「「とう〳〵とう〳〵とうとう召め召めめさささるるるべうべうびょう候さふら候さふらそうらへへえ。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すすのたまひのたまひのたまいけるけるけるははは、、、「「「昔むかし昔むかしむかしこそこそこそ三さん三さんさん千ぜん千ぜんぜんののの衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととののの貫くわん貫くわんかん首じゆ首じゆじゅたりたりたりしかしかしか、、、今いま今いまいまははは斯か斯かかかるかるかる流る流るる人にん人にんにんののの身み身みみとととなつなつなっててて、、、いかでいかでいかでかかかやんごとなきやんごとなきやんごとなき修しゆ修しゆしゅ覺がく覺がくがく者しや者しやしゃ、、、智ち智ちち慧ゑ慧ゑえ深ふか深ふかふかききき大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅたちたちたちににに舁か舁かかききき捧さゝ捧さゝささげげげられられられてててははは上のぼ上のぼのぼるるるべきべきべき。。。たとひたとひたとい上のぼ上のぼのぼるるるべきべきべきなりなりなりともともとも、、、藁わら藁わらわら沓んづ沓んづんずなどなどなどいふいふいうものものものををを縛しば縛しばしばりりりはいはいはいててて、、、同おな同おなおなじじじやうやうようににに歩あゆ歩あゆあゆみみみつゞいつゞいつづいてててこそこそこそ上のぼ上のぼのぼらららめめめ。。。」」」とてとてとて、、、乘の乘ののりりり給たま給たまたまははわずずず。。。
  25. 25こゝこゝここににに西さい西さいさい塔たふ塔たふとうののの住ぢゆう住ぢゆうじゅう侶りよ侶りよりょ、、、戒かい戒かいかい淨じやう淨じやうじょう坊ばう坊ばうぼうののの阿あ阿ああ闍じや闍じやじゃ梨り梨りり祐いう祐いうゆう慶けい慶けいけいととといふいふいう惡あく惡あくあく僧そう僧そうそうありありあり。。。丈たけ丈たけたけ七しち七しちしち尺しやく尺しやくしゃくばかりばかりばかりありありありけるけるけるががが、、、黑くろ黑くろくろ革かは革かはかわ緘をどし緘をどしおどしののの鎧よろひ鎧よろひよろいののの、、、大おほ大おほおお荒あら荒あらあら目め目めめににに金こがね金こがねこがねまぜまぜまぜたるたるたるををを、、、草くさ草くさくさ摺ずり摺ずりずり長なが長ながながににに著き著ききなしなしなし、、、兜かぶと兜かぶとかぶとをををばばばぬいぬいぬいででで、、、法ほふ法ほふほっ師し師ししばらばらばらににに持も持ももたたたせせせつゝつゝつつ、、、白しら白しらしら柄え柄ええののの薙なぎ薙なぎなぎ刀なた刀なたなた杖つゑ杖つゑつえにににつきつきつき、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅののの中なか中なかなかをををおしおしおしわけ〳〵わけ〳〵わけわけ、、、先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すすののの御おん御おんおん前まへ前まへまえにににまゐりまゐりまいり、、、大だい大だいだいののの眼まなこ眼まなこまなこををを見み見みみいからしいからしいからし、、、先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すすをををしばししばししばしにらまへにらまへにらまえ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて、、、「「「そのそのその御み御みみ心こころ心こころこころでででこそこそこそ、、、斯か斯かかかるかるかる御おん御おんおん目め目めめにににももも合あ合ああははわせせせ給たま給たまたまひひい候さふら候さふらそうらへへえ。。。とう〳〵とう〳〵とうとう召め召めめさささるるるべうべうびょう候さふらふ候さふらふそうろう。。。」」」ととと申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、先せん先せんせん座ざ座ざざ主す主すすおそろしさおそろしさおそろしさににに、、、急いそ急いそいそぎぎぎ乘の乘ののりりりたまふたまふたまう。。。
  26. 26大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅ取と取ととりりり得え得ええ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる事こと事ことことのののうれしさうれしさうれしさににに、、、いやしきいやしきいやしき法ほふ法ほふほっ師し師ししばらばらばらにににはははあらあらあらずずず、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき修しゆ修しゆしゅ覺がく覺がくがく者しや者しやしゃどもどもども舁か舁かかききき捧さゝ捧さゝささげげげ奉たてまつ奉たてまつたてまつつつっててて上のぼ上のぼのぼるるるほどほどほどににに、、、人ひと人ひとひとはははかはれかはれかわれどもどもども祐いう祐いうゆう慶けい慶けいけいははは代かは代かはかわらららずずず、、、先さき先さきさき輿ごし輿ごしごし舁か舁かかいいいててて、、、輿こし輿こしこしののの轅ながえ轅ながえながえももも、、、薙なぎ薙なぎなぎ刀なた刀なたなたののの柄え柄ええももも碎くだ碎くだくだけけけよよよととと取と取ととるるるまゝまゝままににに、、、さしもさしもさしもさかしきさかしきさかしき東ひがし東ひがしひがし坂さか坂さかさか、、、平へい平へいへい地ち地ちちををを行ゆ行ゆゆくくくががが如ごと如ごとごとくくくなりなりなり。。。
  27. 27大だい大だいだい講かう講かうこう堂だう堂だうどうののの庭には庭にはにはににに御み御みみ輿こし輿こしこし舁か舁かかきききすゑすゑすえててて、、、大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅまたまたまた僉せん僉せんせん議ぎ議ぎぎすすす。。。「「「抑そもそも抑そもそもそもそもわれらわれらわれら粟あは粟あはあわ津づ津づずににに行ゆ行ゆゆききき向むか向むかむかつつっててて、、、貫くわん貫くわんかん首じゆ首じゆじゅをををばばば奪うば奪うばうばひひい止とゞ止とゞとどめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりぬぬぬ。。。但ただ但ただただししし敕ちよく敕ちよくちょっ勘かん勘かんかんををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶりりりててて、、、遠をん遠をんおん流る流るるせせせられられられ給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとををを、、、貫くわん貫くわんかん首じゆ首じゆじゅににに用もち用もちもちゐゐい申まう申まうもうさささんんんことことこと、、、いかゞいかゞいかがあるあるあるべからべからべからんんん。。。」」」ととと評ひやう評ひやうひょう定ぢやう定ぢやうじょうすすす。。。戒かい戒かいかい淨じやう淨じやうじょう坊ばう坊ばうぼうののの阿あ阿ああ闍じや闍じやじゃ梨り梨りり祐いう祐いうゆう慶けい慶けいけい、、、またまたまた前さき前さきさきののの如ごと如ごとごとくくく進すゝ進すゝすすみみみ出い出いいでででててて僉せん僉せんせん議ぎ議ぎぎしししけるけるけるははは、、、
  28. 28「「「それそれそれわがわがわが山やま山やまやまははは日につ日につにっ本ぽん本ぽんぽん無ぶ無ぶぶ雙さう雙さうそうののの靈れい靈れいれい地ち地ちち、、、鎭ちん鎭ちんちん護ご護ごご國こつ國こつこっ家か家かかののの道だう道だうどう場ぢやう場ぢやうじょう、、、山さん山さんさん王わう王わうおうののの御ご御ごご威ゐ威ゐい光くわう光くわうこう盛さか盛さかさかんんんにににしてしてして、、、佛ぶつ佛ぶつぶっ法ぽふ法ぽふぽう、、、王わう王わうおう法ぼふ法ぼふぼう互ご互ごご角かく角かくかくなりなりなり。。。さればさればされば衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととののの意い意いい趣しゆ趣しゆしゅににに至いた至いたいたるるるまでまでまで、、、雙なら雙ならならびびびなくなくなく賤いや賤いやいやしきしきしき法ほふ法ほふほっ師し師ししばらばらばらまでまでまでももも、、、世よ世よよ以もつ以もつもっててて輕かろ輕かろかろしめしめしめずずず。。。況いは況いはいわんんんややや智ち智ちち慧ゑ慧ゑえ高かう高かうこう貴き貴ききにににしてしてして三さん三さんさん千ぜん千ぜんぜんののの衆しゆ衆しゆしゅ徒と徒ととののの貫くわん貫くわんかん首じゆ首じゆじゅたりたりたり。。。德とく德とくとく行ぎやう行ぎやうぎょう重おも重おもおもうううしてしてして一いつ一いついっ山さん山さんさんののの和くわ和くわか尙しやう尙しやうしょうたりたりたり。。。罪つみ罪つみつみなくなくなくしてしてして罪つみ罪つみつみををを蒙かうぶ蒙かうぶこうぶりりり給たま給たまたまふふうことことこと、、、山さん山さんさん上じやう上じやうじょう、、、洛らく洛らくらく中ちゆう中ちゆうちゅうののの憤いきどほ憤いきどほいきどおりりり、、、興こう興こうこう福ぶく福ぶくぶく、、、園をん園をんおん城じやう城じやうじょうののの嘲あざけ嘲あざけあざけりりりにににあらあらあらずずずややや。。。
  29. 29このこのこの時とき時ときときわれらわれらわれら顯けん顯けんけん密みつ密みつみつののの主あるじ主あるじあるじををを失うしな失うしなうしなつつっててて、、、數す數すす輩はい輩はいはいののの學がく學がくがく侶りよ侶りよりょ、、、長なが長ながながくくく螢けい螢けいけい雪せつ雪せつせつののの勤つと勤つとつとめめめををを怠おこた怠おこたおこたらららんんんことことこと、、、心こころ心こころこころ憂う憂ううかるかるかるべしべしべし、、、詮せん詮せんせんずるずるずる所ところ所ところところ、、、祐いう祐いうゆう慶けい慶けいけい張ちやう張ちやうちょう本ぼん本ぼんぼんににに召め召めめぜぜぜられられられ、、、禁きん禁きんきん獄ごく獄ごくごく、、、流る流るる罪ざい罪ざいざいにににももも及およ及およおよびびび、、、頭かうべ頭かうべこうべののの刎は刎ははねねねられられられんんんことことこと、、、今こん今こんこん生じやう生じやうじょうののの面めん面めんめん目ぼく目ぼくぼく、、、冥めい冥めいめい途ど途どどののの思おも思おもおもひひいでででなるなるなるべしべしべし。。。」」」とてとてとて、、、雙さう雙さうそう眼がん眼がんがんよりよりより涙なみだ涙なみだなみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流なが流ながながしししけれけれければばば、、、數す數すす千せん千せんせん人にん人にんにんののの大だい大だいだい衆しゆ衆しゆしゅもももみなみなみな、、、尤もつと尤もつともっとも〳〵も〳〵ももっともとととぞぞぞ同どう同どうどうじじじけるけるける。。。それそれそれよりよりよりしてしてしてこそこそこそ祐いう祐いうゆう慶けい慶けいけいをををばばば、、、いかめいかめいかめ坊ばう坊ばうぼうとととはははいはいはいわれれれけれけれけれ。。。そのそのその弟で弟でで子し子しし慧ゑ慧ゑえ慶けい慶けいけい律りつ律りつりつ師し師ししをををばばば時とき時ときときののの人ひと人ひとひと、、、小こ小ここいかめいかめいかめ坊ばう坊ばうぼうとととぞぞぞ申まう申まうもうしししけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

治承元年(1177)五月五日、天台座主明雲大僧正は、朝廷の法会に招かれることを停止されたうえ、蔵人を使いとして如意輪観音の御本尊を召し返され、天皇の護持僧の役も解かれた。そして検非違使庁の使いをつけて、このたび神輿を内裏に振り込んだ衆徒の首謀者を召し出された。

加賀国に座主の御坊領があった。国司の師高がこれを廃止させたので、その恨みによって、座主が衆徒をそそのかして訴えを起こさせたのである。すでに朝廷の大事に及ぼうとしているということで、西光法師父子の讒言によって、法皇はたいへんお怒りになった。とりわけ重い罪に処せられるだろうということであった。明雲は院のご機嫌が悪かったので、印と鍵をお返しして、座主を辞された。

同じ月の十一日、鳥羽院の第七皇子の覚快法親王が天台座主におなりになった。これは青蓮院の大僧正行玄の御弟子である。翌十二日には、前座主の所領や職を没収されたうえ、検非違使二人をつけて、井戸にふたをし、火に水をかけるという、火も水も使わせない責めにかけられると聞こえた。そこで衆徒がなお京へ下ってくると聞こえたので、京中はまた騒ぎ合った。

同じ月の十八日、太政大臣以下の公卿十三人が参内して陣の座につき、前座主の罪科について評議があった。八条中納言長方卿は、そのときはまだ左大弁の宰相で末席に控えておられたが、進み出て申されるには、

「明法家の勘文のとおりに、死罪を一等減じて遠流にすべきであるとは見えておりますが、前座主明雲大僧正は顕教と密教をともに学び、清らかに戒律を守るうえ、法華経を天皇にお授けし、菩薩戒を法皇にお保たせ申しました。お経の師、お戒の師を重い罪に処することは、神仏のご覧になるところ、はかりがたいことです。還俗と遠流を軽くなさるべきではありませんか」と、遠慮もなく申し上げられたので、

その場の公卿はみな長方の意見に賛成すると申し合わされたけれども、法皇のお怒りが深かったので、やはり遠流と決められた。太政入道(清盛)もこのことを申し上げようと院に参られたが、法皇はお風邪だということで御前にもお召しにならなかったので、不本意な様子で退出された。僧を罪にする習わしとして、度縁を取り上げて還俗させ申し、大納言大夫藤井松枝という俗名をつけられた。

この明雲と申す方は、口にするのも恐れ多いことだが、村上天皇の第七皇子具平親王から六代目の御子孫で、久我大納言顕通卿の御子である。まことに並ぶ者のない高徳の僧で、天下第一の高僧でいらっしゃったので、君も臣も尊ばれて、天王寺や六勝寺の別当も兼ねておられた。

けれども陰陽頭の安倍泰親が申したことには、「あれほどの知恵者が、明雲と名のっておられるのは納得がいかない。上には日と月の光を並べながら、下に雲がある」と非難した。

仁安元年(1166)二月二十日に天台座主におなりになった。同じ年の三月十五日に御拝堂があった。根本中堂の宝蔵を開かれると、さまざまな宝物の中に、一尺四方の箱があった。白い布で包まれている。一生戒律を犯さない座主がその箱を開けてご覧になると、黄色い紙に書いた文が一巻あった。伝教大師が、未来の座主の名をかねて書き置かれていたのである。

自分の名のあるところまでは見て、そこから先は見ずに、もとのように巻き戻して置くのが習わしである。だからこの僧正も、きっとそうなさったのだろう。このように尊い人であっても、前世の宿業は免れられなかったのは、あわれなことであった。

同じ月の二十一日、配所は伊豆国と決められた。人々がいろいろと申し上げたけれども、西光法師父子の讒言によって、このように処置されたのである。今日すぐに都の内から追い出すべしということで、追い立ての役人が白河の御坊に向かってお追い立て申した。僧正は泣く泣く御坊を出て、粟田口のあたりの一切経の別所にお入りになった。

延暦寺では、結局のところ、われらの敵は西光法師父子にまさる者はないということで、その父子の名を書いて、根本中堂においでになる十二神将の中の金比羅大将の左の御足の下に踏ませ申し、「十二神将、七千夜叉よ、時を移さず西光法師父子の命を召し取りたまえ」と、わめき叫んで呪詛したのは、聞くだけでも恐ろしいことであった。

同じ月の二十三日、一切経の別所から配所へ向かわれた。あれほどの法務の大僧正ほどの人が、追い立ての使いに先へ蹴立てられて、今日を限りに都を出て、逢坂の関の東へ向かわれた心のうちは、推し量られてあわれである。大津の打出の浜にもなると、比叡山の文殊楼の軒端が白々と見えたのを、二度とはご覧にならず、袖を顔に押し当てて涙にむせばれた。

延暦寺には長老や高徳の僧が多かったけれども、澄憲法印は、そのときはまだ僧都でいらっしゃったが、あまりに名残を惜しみ申して粟津までお送りし、そこでお別れして帰られるときに、僧正はその志の深さに感じて、長年心の中に秘めておられた一心三観の血脈相承をお授けになった。

この法は、釈尊が付嘱し、波羅奈国の馬鳴比丘、南天竺の龍樹菩薩から次々に伝えられてきたものを、今日の情けにお授けになったのである。わが国は粟粒を散らしたような辺地の小国で、濁った末の世とはいいながら、澄憲はこれを授けられて、法衣の袂を涙でしぼりながら都へ帰り上られたであろう、その心のうちこそ尊いことである。

そうしているうちに延暦寺では衆徒が立ち上がって評議した。「そもそも義真和尚からこのかた、天台座主が始まって五十五代に至るまで、まだ流罪の例を聞かない。よくよく事の意味を考えてみると、延暦のころ、桓武天皇は都を建て、伝教大師はこの山に登って天台の教えをここに広められてからこのかた、五障の女人の足跡は絶えて、三千の清らかな僧がここに住んでいる。

峰では法華経の読誦が年を重ね、麓では日吉七社の霊験が日々新たである。あのインドの霊鷲山は王舎城の東北にある釈迦の住まいであった。この日本の比叡山も、都の鬼門にそびえ立つ護国の霊地である。代々の賢王や智臣がここに戒壇を設けてきた。末の世だからといって、どうしてこの山に傷をつけてよいものか。これは情けない」と、わめき叫ぶや否や、山じゅうの衆徒は一人残らず東坂本へ下っていった。

十禅師権現の御前で衆徒はまた評議した。「そもそもわれらは粟津へ向かって、座主をお奪い返し申すべきだ。ただし追い立ての使いや両送使がいるので、たやすくは取り返せまい。今は山王と大師のお力のほかに頼み申すものはない。本当に何の支障もなく取り返せるのなら、ここでまず一つのしるしをお見せください」と、老僧たちは肝を砕いて祈念した。

ここに無動寺の法師乗円律師が召し使っていた鶴丸という童がいた。十八歳になる者であったが、身も心も苦しめ、全身に汗を流して、にわかに狂い出した。「わが十禅師権現が乗り移っておられる。末の世といっても、どうしてわが山の座主をほかの国へ移してよいものか。生々世々に情けない。そうなるのなら、私がこの麓に跡をとどめても何になろう」といって、左右の袖を顔に押し当てて、さめざめと泣いたので、

衆徒はこれを怪しんで、「本当に十禅師権現のお告げでいらっしゃるなら、われらはしるしを差し上げよう。一つ一つもとの持ち主にお返しください」といって、老僧ども四、五百人が、手に手に持っていた数珠を、十禅師権現の大床の上へ投げ上げた。その物狂いは走り回って拾い集め、少しも違えず、一つ一つみなもとの持ち主に配った。衆徒は神の霊験のあらたかなことの尊さに、みな手を合わせて、ありがたさの涙を流した。

「それならば、向かって行ってお奪い返し申せ」と言うや否や、雲や霞のように出発した。あるいは滋賀・唐崎の浜辺の道を歩き続ける衆徒もあり、あるいは山田・矢橋の湖上に舟をこぎ出す衆徒もあった。これを見て、あれほど厳しそうだった追い立ての使いや両送使は、散り散りにみな逃げ去ってしまった。

衆徒は国分寺へ向かった。前座主はたいへん驚かれて、「そもそも勅勘を受けた者は、月日の光にさえ当たらないものと聞いている。まして時を移さず急いで追い下せという院宣や宣旨が下っているのに、少しもぐずぐずしてはならない。衆徒は早く山へお帰りなさい」と、縁先近くに出ておっしゃるには、

「私は大臣の家を出て比叡山の谷の窓に入ってからこのかた、広く天台の教えを学び、顕密の両宗を学んで、ただわが山の興隆だけを思ってきた。また国家をお祈り申し上げることもおろそかにしなかった。衆徒を育てる志も深かった。山王の両所三聖もきっとご覧になっているだろう、私の身に過ちはない。無実の罪によって遠流の重罪を受けるのだから、世をも人をも、神をも仏をも、お恨み申し上げるところはない。はるばるとここまで訪ねて来てくださった衆徒の志こそ、生々世々にも報い尽くしがたい」といって、香染の御衣の袖を涙でしぼりきれないほどであったので、衆徒もみな鎧の袖をぬらした。

すでに御輿を寄せて「早くお乗りください」と申したところ、前座主がおっしゃるには、「昔こそ三千の衆徒の座主であったが、今はこのような流人の身となって、どうして尊い修学者や智慧深い衆徒たちに担がれて山へ上れようか。たとえ上るべきであるとしても、わらぐつなどというものをはいて、同じように歩き続けて上りたい」といってお乗りにならない。

ここに西塔の住侶で戒浄坊の阿闍梨祐慶という悪僧がいた。身の丈七尺ほどもある者であったが、黒革縅の鎧の大荒目に金をまぜたものを草摺を長く着こなし、兜を脱いで法師たちに持たせ、白柄の長刀を杖について、衆徒の中を押し分け押し分け前座主の御前に参り、大きな目をいからせて、前座主をしばらくにらみつけ申し、「そのようなお心だからこそ、このような目にもお遭いになるのです。早くお乗りください」と申したので、前座主は恐ろしさに急いでお乗りになった。

衆徒は取り返し申したことのうれしさに、身分の低い法師たちではなく、尊い修学者たちが担ぎ申して上っていくと、担ぎ手は代わっても祐慶は代わらず、前の担ぎ棒を担いで、輿の轅も長刀の柄も砕けよとばかりに握ったまま、あれほど険しい東坂を、平地を行くように上っていった。

大講堂の庭に御輿を据えて、衆徒はまた評議した。「そもそもわれらは粟津に向かって、座主をお奪い返し申した。ただし勅勘を受けて遠流になられた人を座主に用いることは、いかがなものか」と評定した。戒浄坊の阿闍梨祐慶が、また前のように進み出て評議するには、

「そもそもわが山は日本に並ぶもののない霊地、国家を鎮め護る道場で、山王のご威光は盛んであり、仏法と王法は互角である。だから衆徒の意向に至るまで、比べるもののない卑しい法師たちまでも、世間は軽んじない。まして(明雲は)智慧も高く尊く三千の衆徒の座主であり、徳行も重くて一山の和尚である。罪もないのに罪を受けられることは、山上・洛中の憤り、興福寺・園城寺のあざけりではないか。

今、われらが顕密の主を失って、多くの学僧が長く学問の勤めを怠ることになれば、情けないことである。結局のところ、この祐慶が首謀者として召し出され、投獄や流罪にもなり、首をはねられることは、この世の名誉、あの世への思い出となろう」と言って、両目から涙をはらはらと流したので、数千人の衆徒もみな「もっともだ、もっともだ」と同意した。それからこそ祐慶は「いかめ坊」と呼ばれるようになった。その弟子の慧慶律師を、当時の人は「小いかめ坊」と申した。

意訳

神輿入洛の責任を問われた天台座主明雲の配流を語る章段である。罪を問うことに慎重な藤原長方の意見も、清盛のとりなしも退けられ、明雲は還俗させられて伊豆へ流されることになる。物語はこれを、西光父子の讒言と後白河法皇の怒りによるものとし、天台座主が流罪になるという前代未聞の事態に、延暦寺の衆徒が激しく反発するさまを描く。

後半は、衆徒が明雲を奪い返す場面である。十禅師権現が童に乗り移って託宣し、投げ上げられた数珠をもとの持ち主に配り分けるという奇瑞によって、衆徒は奪還を決める。明雲は勅勘の身であることを理由に山へ戻ることを拒むが、悪僧祐慶がにらみつけて輿に乗せ、自ら担ぎ棒を握って山へ上る。荒々しい僧兵の姿の中に、座主への深い敬愛が表れている。こうした延暦寺と院の対立が、次の西光の処刑と鹿ケ谷事件の露見へとつながっていく。

語釈・文法注

公請
朝廷から法会や講義に招かれること。僧にとって名誉なことであった。
度緣
出家して僧となったことを認める、朝廷からの証明書。
鬱使
「領送使」の当て字か。流人を配所まで護送する役人。
一心三觀
天台宗の根本の観法。一つの心に空・仮・中の三つの真理を同時に観ずること。その奥義の伝授を血脈相承という。

文法

「明雲と名乘り給ふこそ心得ね」
「明」の字が「日」と「月」からなり、その下に「雲」があるのは、日月の光が雲に隠れることを示していて不吉だ、という意味の言葉遊び。
「さこそはおはしましけめ」
「けめ」は過去推量の助動詞「けむ」の已然形で、係助詞「こそ」の結び。そうなさったのであろう、の意。
「藁沓」
底本は「藁沓」に「わらんづ」とふりがなを付ける。わらで作ったくつ。
「その御心でこそ、斯かる御目にも合はせ給ひ候へ」
そのような弱気なお心だから、このような目にもお遭いになるのだ、と祐慶が明雲を叱りつける言葉。

解説

天台座主明雲(1115〜1184)は、村上源氏の久我顕通の子で、後白河院や清盛の帰依を受け、清盛の出家の際の戒師も務めた。安元三年(治承元年、1177)、延暦寺の強訴の責任を問われて伊豆への配流が決まったが、護送の途中で衆徒に奪還された。のちに許されて座主に復帰したが、寿永二年(1183)の法住寺合戦で木曾義仲の軍に殺された(巻第八)。

明雲の配流と衆徒による奪還は、後白河院と延暦寺の対立を決定的にした。院は延暦寺を攻めるよう清盛に命じたが、清盛は延暦寺との戦いをためらった。その直後に鹿ケ谷の陰謀が多田行綱の密告で露見し、院の近臣たちが捕らえられることになる。

関連

出典

底本
『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、299–306頁(コマ178–182)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日