平家物語 巻第一
妓王が事
清盛に寵愛された白拍子の妓王は、推参した若い白拍子の仏御前を取りなしたために、かえって清盛の心を仏に移され、屋敷を追われる。翌春には仏を慰めよと呼び出されて辱めを受け、母・妹とともに嵯峨の山里で出家する。やがて栄華のむなしさを悟った仏御前も尼となって庵を訪れ、四人はともに念仏して往生を遂げる。
- 1太太だい政政じょう入入にゅう道道どうはははかやうかやうかようににに、、、天天てん下下かををを掌掌たなごころののの中中うちににに握握にぎりりりたまひたまひたまいししし上上うえははは、、、世世よののの譏譏そしりりりをををももも憚憚はばからららずずず、、、人人ひとののの嘲嘲あざけりりりをををももも顧顧かえりみみみずずず、、、不不ふ思思し議議ぎののの事事ことをををのみのみのみしししたまへたまへたまえりりり。。。
- 2たとへばたとへばたとえばそのそのその頃頃ころ、、、京京きょう中中じゅうににに聞聞きこえええたるたるたる白白しら拍拍びょうののの上上じょう手手ず、、、妓妓ぎ王王おう、、、妓妓ぎ女女にょとてとてとて、、、ありありあり。。。刀刀と自自じととといふいふいう白白しら拍拍びょう子子しががが女女むすめなりなりなり。。。
- 3しかるにしかるにしかるに姉姉あねののの妓妓ぎ王王おうををを、、、入入にゅう道道どう相相しょう國國こく寵寵ちょう愛愛あいししし給給たまひひいししし上上うえははは、、、妹妹いもうとののの妓妓ぎ女女にょをををももも、、、世世よののの人人ひともてなすもてなすもてなす事事ことならならならずずず。。。母母はは刀刀と自自じにににもももよきよきよき屋屋や造造つくつつっててて取取とらららせせせ、、、毎毎まい月月つきににに百百ひゃっ石石こく百百ひゃっ貫貫かんををを送送おくららられれれたりたりたりけれけれければばば、、、家家か内内ない富富ふう貴貴きしししててて、、、樂樂たのしいしいしい事事ことなのめなのめなのめならならならずずず。。。
- 4抑抑そもそも、、、わがわがわが朝朝ちょうににに白白しら拍拍びょう子子しののの始始はじまりまりまりけるけるける事事ことははは、、、むかしむかしむかし鳥鳥と羽羽ばののの院院いんののの御御ぎょ宇宇うににに、、、島島しまののの千千せん歳歳ざい、、、和和わ歌歌かののの前前まえ、、、かれらかれらかれら二二ふた人人り舞舞まひひい出出いだしししたりたりたりけるけるけるなりなりなり。。。始始はじめめめははは水水すいににに立立たて烏烏え帽帽ぼ子子し、、、白白しろ鞘鞘さや巻巻まきをををさいさいさいててて舞舞まひひいけれけれければばば男男おとこ舞舞まいとととぞぞぞ申申もうしししけるけるける。。。
- 5しかるしかるしかるををを中中なか頃頃ごろよりよりより烏烏え帽帽ぼ子子し、、、刀刀かたなをををのけのけのけられられられててて、、、水水すい干干かんばかりばかりばかり用用もちゐゐいたりたりたり。。。さてさてさてこそこそこそ白白しら拍拍びょう子子しとととははは名名なづけづけづけけれけれけれ。。。
- 6京京きょう中中じゅうののの白白しら拍拍びょう子子しどもどもども、、、妓妓ぎ王王おうががが幸幸さいわひひいのののめでたきめでたきめでたき樣樣ようををを聞聞ききききててて、、、羨羨うらやむむむ者者ものもももありありあり、、、猜猜そねむむむ者者ものもももありありあり。。。
- 7羨羨うらやむむむ者者ものははは、、、「「「あなあなあなめでためでためでたののの妓妓ぎ王王おう御御ご前前ぜんののの幸幸さいわひひいややや、、、同同おなじじじ遊遊あそび女女めとととならならならばばば、、、誰誰たれももも皆皆みなあのあのあのやうやうようでででこそこそこそありありありたけれたけれたけれ。。。いかさまいかさまいかさまにににももも妓妓ぎととといふいふいう文文も字字じををを名名なにににつきつきつきててて、、、かくかくかくはははめでたきめでたきめでたきやらやらやらんんん。。。いざいざいざやややわれらわれらわれらもももついついついててて見見みんんん。。。」」」とてとてとて、、、或或あるいははは妓妓ぎ一一いち、、、妓妓ぎ二二にとととつきつきつき、、、或或あるいははは妓妓ぎ福福ふく、、、妓妓ぎ德德とくなどなどなどつくつくつく者者ものもももありありありけりけりけり。。。
- 8猜猜そねむむむ者者ものどもどもどもははは、、、「「「なんでふなんでふなんじょう名名なににによりよりより、、、文文も字字じにににはははよるよるよるべきべきべき。。。幸幸さいわひひいはははたゞたゞただ前前ぜん世世ぜののの生生うまれれれつきつきつきでででこそこそこそあんなれあんなれあんなれ。。。」」」とてとてとて、、、つかつかつかぬぬぬ者者ものももも多多おおかりかりかりけりけりけり。。。
- 9かくてかくてかくて三三さん年年ねんととといふいふいうににに、、、又又また白白しら拍拍びょう子子しののの上上じょう手手ず一一ひと人人り出出いででで來來きたりたりたり。。。加加か賀賀がののの國國くにののの者者ものなりなりなり。。。名名なをををばばば佛佛ほとけとととぞぞぞ申申もうしししけるけるける。。。年年とし十十じゅう六六ろくとととぞぞぞ聞聞きこえええししし。。。京京きょう中中じゅうののの上上じょう下下げこれこれこれををを見見みててて、、、昔昔むかしよりよりより多多おおくくくののの白白しら拍拍びょう子子しははは見見みしししかかかどもどもども、、、斯斯かかるかるかる舞舞まいののの上上じょう手手ずははは未未いまだだだ見見みずずずとてとてとて、、、世世よののの人人ひともてなすもてなすもてなす事事ことなのめなのめなのめならならならずずず。。。
- 10あるあるある時時とき、、、佛佛ほとけ御御ご前前ぜん申申もうしししけるけるけるははは、、、「「「われわれわれ天天てん下下かにににもてもてもてあそばあそばあそばるゝるゝるるととといへいへいえどもどもども、、、當當とう時時じめでたうめでたうめでとう榮榮さかえええさせさせさせ給給たまふふう、、、平平へい家家け太太だい政政じょうののの入入にゅう道道どう殿殿どのへへへ召召めささされれれぬぬぬ事事ことこそこそこそ本本ほ意意いなけれなけれなけれ。。。遊遊あそびびび者者もののののならひならひならい、、、何何なにかかか苦苦くるしかるしかるしかるべきべきべき、、、推推すいしししててて見見みんんん。。。」」」とてとてとて、、、あるあるある時時とき、、、西西にし八八はち條條じょうへへへぞぞぞ参参さんじじじたるたるたる。。。
- 11人人ひと御御ご前前ぜんににに参参まいつつっててて、、、「「「當當とう時時じ都都みやこににに聞聞きこえええ候候そうろう佛佛ほとけ御御ご前前ぜんががが参参まいりりりててて候候そうろう。。。」」」ととと申申もうしししけれけれければばば、、、入入にゅう道道どう相相しょう國國こく大大おおきききににに怒怒いかつつっててて、、、「「「なんでふなんでふなんじょうさやうさやうさようののの遊遊あそびびびものものものははは、、、人人ひとののの召召めしししにににてててこそこそこそ参参まいるるるものものものなれなれなれ。。。さうなうさうなうそうのう推推すい参参さんするするするやうやうようやややあるあるある。。。そのそのその上上うえ。。。神神かみととともももいへいへいえ、、、佛佛ほとけととともももいへいへいえ、、、妓妓ぎ王王おうがががあらあらあらんんんずるずるずる所所ところへへへははは叶叶かなふふうまじきまじきまじきぞぞぞ。。。とう〳〵とう〳〵とうとうまかりまかりまかり出出いでででよよよ。。。」」」とととぞぞぞ宣宣のたまひひいけるけるける。。。
- 12佛佛ほとけ御御ご前前ぜんはははすげなうすげなうすげのういはいはいわれれれ奉奉たてまつりりりててて、、、既既すでににに出出いでででんんんとととしししけるけるけるををを、、、妓妓ぎ王王おう入入にゅう道道どう殿殿どのににに申申もうしししけるけるけるははは、、、「「「遊遊あそびびび者者ものののの推推すい参参さんははは、、、常常つねののの習習ならひひいでででこそこそこそ候候そうらへへえ。。。そのそのその上上うえ、、、年年としももも未未いまだだだをさなうをさなうおさのう候候そうろうなるなるなるががが、、、たま〳〵たま〳〵たまたま思思おもひひい立立たちちちててて参参まいつつっててて候候そうろうををを、、、すげなうすげなうすげのう仰仰おおせせせられられられててて返返かえさささせせせ給給たまははわんんんこそこそこそ不不ふ便便びんなれなれなれ。。。いかばかりいかばかりいかばかり恥恥はずかしうかしうかしゅう、、、かたはらかたはらかたわらいたくいたくいたくももも候候そうろうらんらんらん。。。わがわがわが立立たてててししし道道みちなれなれなればばば、、、人人ひとののの上上うえとととももも覺覺おぼえええずずず。。。たとひたとひたとい舞舞まいををを御御ご覽覽らんじじじ、、、歌歌うたをををこそこそこそきこしめさきこしめさきこしめさずずずともともとも、、、たゞたゞただ理理りををを枉枉まげげげててて、、、召召めししし返返かへしししててて、、、御御ご對對たい面面めん許許ばかりりり候候そうらひひいててて、、、返返かえさささせせせ給給たまははわばばば、、、ありがたきありがたきありがたき御御おん情情なさけでででこそこそこそ候候そうらははわんんんずれずれずれ。。。」」」ととと申申もうしししけれけれければばば、、、
- 13入入にゅう道道どう相相しょう國國こく、、、「「「いでいでいでいでいでいでさらばさらばさらば、、、ががが餘餘あまりりりにににいふいふいう事事ことなるなるなるににに、、、對對たい面面めんしししててて返返かえさささんんん。。。」」」とてとてとて、、、御御おん使使つかいををを立立たてててててて、、、召召めささされれれけりけりけり。。。佛佛ほとけ御御ご前前ぜんはははすげなうすげなうすげのういはいはいわれれれ奉奉たてまつつつっててて、、、車車くるまににに乘乘のつつっててて既既すでににに出出いでででんんんとととしししけるけるけるががが、、、召召めささされれれててて歸歸かえりりり参参まいりりりたりたりたり。。。
- 14入入にゅう道道どうやがてやがてやがて出出いででであひあひあい、、、對對たい面面めんししし給給たまひひいててて、、、「「「いかにいかにいかに佛佛ほとけ、、、今日今日きょうののの見見げん参参ざんはははあるあるあるまじかりまじかりまじかりつれつれつれどもどもども、、、妓妓ぎ王王おうががが何何なにととと思思おもふふうやらやらやらんんん、、、あまりあまりあまりににに申申もうしししすゝむるすゝむるすすむる間間あいだ、、、かやうかやうかようににに見見げん参参ざんはははしししつつつ。。。見見げん参参ざんするするする上上うえでででははは、、、いかでいかでいかでかかか聲聲こえをををももも聞聞きかかかででであるあるあるべきべきべき。。。まづまづまず今今いま一一ひとつつつ歌歌うたふふうべしべしべし。。。」」」ととと宣宣のたまへへえばばば、、、佛佛ほとけ御御ご前前ぜん、、、「「「承承うけたまわりりり候候そうろう。。。」」」とてとてとて、、、今今いま樣樣よう一一ひとつつつぞぞぞ歌歌うとうううたるたるたる。。。
- 15君君きみをををはじめはじめはじめててて見見みるるる時時ときははは千千ち代代よももも經經へぬぬぬべしべしべし姫姫ひめ小小こ松松まつ
- 16御御お前前まえののの池池いけののの龜龜かめ岡岡おかににに鶴鶴つるこそこそこそ羣羣むれれれゐゐいててて遊遊あそぶぶぶめれめれめれ
- 17ととと、、、押押おしししかへし〳〵かへし〳〵かえしおしかえし、、、三三さん返返べん歌歌うたひひいすましすましすましたりたりたりけれけれければばば、、、見見けん聞聞もんののの人人ひと々々びと、、、皆皆みな耳耳じ目目ぼくををを驚驚おどろかかかすすす。。。入入にゅう道道どうもももおもしろきおもしろきおもしろき事事ことににに思思おもひひい給給たまひひいててて、、、「「「さてさてさてわごぜわごぜわごぜははは、、、今今いま樣樣ようははは上上じょう手手ずにににてててありありありけるけるけるややや。。。このこのこの定定じょうでででははは舞舞まひひいももも定定さだめめめてててよからよからよからんんん。。。一一いち番番ばん見見みばやばやばや、、、鼓鼓つづみ打打うち召召めせせせ。。。」」」とてとてとて、、、召召めささされれれけりけりけり。。。打打うたたたせせせててて一一いち番番ばん舞舞もうううたりたりたりけりけりけり。。。
- 18佛佛ほとけ御御ご前前ぜんははは髪髪かみ姿姿すがたよりよりよりはじめはじめはじめててて、、、みめみめみめかたちかたちかたち世世よにににすぐれすぐれすぐれ、、、聲聲こえよくよくよく、、、節節ふしももも上上じょう手手ずなりなりなりけれけれければばば、、、なじかなじかなじかははは舞舞まひひいははは損損そんずずずべきべきべき、、、心心こころももも及及およばばばずずず舞舞まひひいすましすましすましたりたりたりけれけれければばば、、、入入にゅう道道どう相相しょう國國こく舞舞まいにににめでめでめで給給たまひひいててて、、、佛佛ほとけににに心心こころををを移移うつささされれれけりけりけり。。。
- 19佛佛ほとけ御御ご前前ぜん、、、「「「こここははは何何なに事事ごとにににててて候候そうろうぞぞぞややや。。。もとよりもとよりもとより妾妾わらわははは推推すい参参さんののの者者ものにににててて、、、既既すでににに出出いだささされれれ参参まいらららせせせしししををを、、、妓妓ぎ王王おう御御ご前前ぜんののの申申もうししし狀狀じょうににによつよつよってててこそこそこそ、、、召召めししし返返かえささされれれてててももも候候そうろうなれなれなれ。。。はや〳〵はや〳〵はやはや暇暇いとま賜賜たまはつはつわっててて、、、出出いださささせせせおはしませおはしませおわしませ。。。」」」ととと申申もうしししけれけれければばば、、、入入にゅう道道どう相相しょう國國こく、、、「「「すべてすべてすべてそのそのその儀儀ぎ叶叶かなふふうまじまじまじ。。。但但ただししし妓妓ぎ王王おうがががあるあるあるににによつよつよっててて、、、さやうさやうさようににに憚憚はばかるるるかかか。。。そのそのその儀儀ぎならならならばばば妓妓ぎ王王おうをををこそこそこそ出出いださささめめめ。。。」」」ととと宣宣のたまへへえばばば、、、
- 20佛佛ほとけ御御ご前前ぜん、、、「「「こここははは又又また、、、いかでいかでいかでさるさるさる御御おん事事こと候候そうろうべきべきべき。。。ともともともににに召召めししし置置おかかかれれれんんんだにだにだに、、、恥恥はずかしうかしうかしゅう候候そうろうべきべきべきににに、、、妓妓ぎ王王おう御御ご前前ぜんををを出出いださささせせせ給給たまひひいててて、、、妾妾わらわををを一一ひと人人り召召めししし置置おかかかれれれなななばばば、、、妓妓ぎ王王おう御御ご前前ぜんののの思思おもひひい給給たまははわんんん心心こころののの中中うち、、、いかばかりいかばかりいかばかり恥恥はずかしうかしうかしゅう、、、かたはらかたはらかたわらいたくいたくいたくももも候候そうろうべきべきべき。。。おのづからおのづからおのずから後後のちまでまでまでももも忘忘わすれれれ給給たまははわぬぬぬ御御おん事事ことならならならばばば、、、召召めささされれれててて又又またははは参参まいるるるともともとも、、、今日今日きょうははは暇暇いとまををを賜賜たまはらはらわらんんん。。。」」」とととぞぞぞ申申もうしししけるけるける。。。入入にゅう道道どう、、、「「「そのそのその儀儀ぎならならならばばば、、、妓妓ぎ王王おうとう〳〵とう〳〵とうとうまかりまかりまかり出出いでででよよよ。。。」」」ととと、、、御御おん使使つかい、、、重重かさねねねててて三三さん度度どまでまでまでこそこそこそ立立たてててられられられけれけれけれ。。。
- 21妓妓ぎ王王おうはははもとよりもとよりもとより思思おもひひい設設もうけけけたるたるたる道道みちなれなれなれどもどもども、、、さすがさすがさすが昨日昨日きのう今日今日きょうとととははは思思おもひひいもももよらよらよらずずず。。。入入にゅう道道どう相相しょう國國こくいかにいかにいかにももも叶叶かなふふうまじきまじきまじき由由よし、、、頻頻しきりりりにににのたまふのたまふのたまう間間あいだ、、、掃掃はききき拭拭のごひひい、、、塵塵ちりひろはひろはひろわせせせ、、、出出いづづずべきべきべきにににこそこそこそ定定さだめめめけれけれけれ。。。
- 22一一いち樹樹じゅののの陰陰かげににに宿宿やどりりりあひあひあい、、、同同おなじじじ流流ながれれれををを掬掬むすぶぶぶ、、、わかれわかれわかれははは悲悲かなしきしきしきならひならひならいぞぞぞかしかしかし。。。いはんやいはんやいわんやこれこれこれははは、、、三三み年年とせががが間間あいだ住住すみみみ馴馴なれれれししし所所ところなれなれなればばば、、、名名な殘殘ごりももも惜惜おしくしくしく、、、悲悲かなしくしくしくててて、、、かひかひかいなきなきなき涙涙なみだぞぞぞすゝみすゝみすすみけるけるける。。。
- 23さてさてさてしもしもしもあるあるあるべきべきべき事事ことならならならねねねばばば、、、妓妓ぎ王王おう、、、今今いまはははかうかうこうとてとてとて出出いでででけるけるけるががが、、、なからなからなからんんん跡跡あとののの忘忘わすれれれがたみがたみがたみにににもももとととややや思思おもひひいけんけんけん、、、障障しょうににに泣泣なく〳〵く〳〵くなく、、、一一いっ首首しゅののの歌歌うたをををぞぞぞ書書かきききつけつけつけけるけるける。。。
- 24萌萌もえええいづるいづるいずるももも枯枯かるゝるゝるるももも同同おなじじじ野野のべべべののの草草くさいづれいづれいずれかかかにににあはあはあわででではははつつつべきべきべき
- 25さてさてさて車車くるまににに乘乘のつつっててて宿宿しゅく所所しょへへへ歸歸かえりりり、、、障障しょう子子じののの内内うちににに倒倒たおれれれ伏伏ふししし、、、たゞたゞただ泣泣なくくくよりよりより外外ほかののの事事ことぞぞぞなきなきなき。。。母母ははややや妹妹いもうとこれこれこれををを見見みててて、、、いかにいかにいかにやややいかにいかにいかにととと問問とひひいけれけれけれどもどもども、、、妓妓ぎ王王おうとかうとかうとこうののの返返へん事事じにににももも及及およばばばずずず、、、具具ぐしししたるたるたる女女おんなににに尋尋たずねねねてててこそこそこそ、、、さるさるさる事事ことありありありとととももも知知しつつってててけれけれけれ。。。
- 26さるさるさる程程ほどににに毎毎まい月月つき送送おくららられれれけるけるける、、、百百ひゃっ石石こく百百ひゃっ貫貫かんをををもももおしおしおし止止とめめめられられられててて、、、今今いまははは佛佛ほとけ御御ご前前ぜんのののゆかりゆかりゆかりののの者者ものどもどもどもぞぞぞ、、、始始はじめめめててて樂樂たのしみしみしみ榮榮さかえええけるけるける。。。
- 27京京きょう中中じゅうののの上上じょう下下げ、、、このこのこの由由よしををを傳傳つたへへえ聞聞きいいいててて、、、「「「まことまことまことややや妓妓ぎ王王おうこそこそこそ、、、西西にし八八はち條條じょう殿殿どのよりよりより暇暇いとま賜賜たまはつはつわっててて出出いだささされれれたんたんたんなれなれなれ。。。いざいざいざややや見見げん参参ざんしししててて遊遊あそばばばんんん。。。」」」とてとてとて、、、或或あるいははは文文ふみををを遣遣つかはすはすわす者者ものもももありありあり、、、或或あるいははは使使し者者しゃををを立立たつるつるつる人人ひともももありありありけれけれけれどもどもども、、、妓妓ぎ王王おう、、、今今いま更更さらまたまたまた人人ひとににに對對たい面面めんしししててて、、、遊遊あそびびび戲戲たわぶるるるべきべきべきにににもももあらあらあらねねねばばばとてとてとて、、、文文ふみをををだにだにだに取取とりりり入入いるゝるゝるる事事こともももなくなくなく、、、ましてましてまして使使し者者しゃをををあひしらふあひしらふあいしらうまでまでまでもももなかりなかりなかりけりけりけり。。。妓妓ぎ王王おうこれこれこれにににつけつけつけてててももも、、、いとゞいとゞいとど悲悲かなしくしくしくててて、、、かひかひかいなきなきなき涙涙なみだぞぞぞこぼれこぼれこぼれけるけるける。。。
- 28かくてかくてかくて今今こ年年としももも暮暮くれれれぬぬぬ、、、あくるあくるあくる春春はるにににもももなりなりなりしかしかしかばばば、、、入入にゅう道道どう相相しょう國國こく、、、妓妓ぎ王王おうががが許許もとへへへ使使し者者しゃををを立立たてててててて、、、「「「いかにいかにいかに妓妓ぎ王王おう、、、そのそのその後後のちははは何何なに事事ごとかかかあるあるある。。。佛佛ほとけ御御ご前前ぜんががが、、、あまりあまりあまりにににつれ〴〵げつれ〴〵げつれづれげににに見見みゆるゆるゆるににに、、、参参まいつつっててて今今いま樣樣ようをををももも歌歌うたひひい、、、舞舞まいなどなどなどをををももも舞舞もうううててて、、、佛佛ほとけなぐさめなぐさめなぐさめよよよ。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。妓妓ぎ王王おうとかうとかうとこうののの御御おん返返へん事事じにににももも及及およばばばずずず、、、涙涙なみだをををおさへおさへおさえててて伏伏ふしししにににけりけりけり。。。
- 29入入にゅう道道どう重重かさねねねててて、、、「「「何何なにとてとてとて妓妓ぎ王王おうははは、、、ともかうともかうともこうももも返返へん事事じをををばばば申申もうさささぬぬぬぞぞぞ。。。参参まいるるるまじきまじきまじきかかか、、、参参まいるるるまじくまじくまじくばばば、、、そのそのそのやうやうようををを申申もうせせせ、、、淨淨じょう海海かいもももはからふはからふはからう旨旨むねありありあり。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。
- 30母母はは刀刀と自自じこれこれこれををを聞聞きくくくににに悲悲かなしくしくしくててて、、、泣泣なく〳〵く〳〵くなく教教きょう訓訓くんしししけるけるけるははは、、、「「「何何なにとてとてとて妓妓ぎ王王おうははは、、、ともかうともかうともこうももも御御おん返返へん事事じをををばばば申申もうさささででで、、、かやうかやうかようににに叱叱しかららられれれ参参まいらららせせせんんんよりよりよりははは。。。」」」ととといへいへいえばばば、、、
- 31妓妓ぎ王王おう涙涙なみだをををおさへおさへおさえててて申申もうしししけるけるけるははは、、、「「「参参まいらららんんんととと思思おもふふう道道みちならならならばばばこそこそこそ、、、やがてやがてやがて参参まいるるるべしべしべしとととももも申申もうすすすべけれべけれべけれ、、、なか〳〵なか〳〵なかなか参参まいらららざらざらざらんんんものものもの故故ゆえににに、、、何何なにととと御御おん返返へん事事じをををばばば申申もうすすすべしべしべしとととももも覺覺おぼえええずずず、、、このこのこの度度たび召召めさささんんんににに参参まいらららずずずばばば、、、はからふはからふはからう旨旨むねありありありととと仰仰おおせせせらるゝらるゝらるるははは、、、定定さだめめめててて都都みやこののの外外ほかへへへ出出いださささるゝるゝるるかかか、、、さらさらさらずずずばばば命命いのちををを召召めさささるゝるゝるるかかか、、、このこのこの二二ふたつつつにににはははよもよもよも過過すぎぎぎじじじ。。。たとひたとひたとい都都みやこををを出出いださささるゝるゝるるともともとも、、、歎歎なげくくくべきべきべき道道みちにににあらあらあらずずず。。。又又また命命いのちををを召召めさささるゝるゝるるともともとも惜惜おしかるしかるしかるべきべきべきわがわがわが身身みかはかはかは。。。一一ひと度度たび憂憂うききき者者ものににに思思おもははわれれれ参参まいらららせせせててて、、、二二ふた度度たびおもておもておもてををを向向むかふふうべしべしべしとととももも覺覺おぼえええずずず。。。」」」とてとてとて、、、
- 32なほなほなお御御おん返返へん事事じにににももも及及およばばばざりざりざりしかしかしかばばば、、、母母はは刀刀と自自じ泣泣なく〳〵く〳〵くなく、、、又又また教教きょう訓訓くんしししけるけるけるははは、、、「「「天天あめががが下下したににに住住すまままんんんにににははは、、、ともかうともかうともこうももも入入にゅう道道どう殿殿どのののの仰仰おおせせせをををばばば、、、背背そむくくくまじきまじきまじき事事ことにににてててあるあるあるぞぞぞ。。。そのそのその上上うえわごぜわごぜわごぜははは、、、男男おとこ女女おんなののの緣緣えん、、、宿宿すく世世せ、、、今今いまにににはじめはじめはじめぬぬぬ事事ことぞぞぞかしかしかし。。。千千せん年年ねん萬萬まん年年ねんとととははは契契ちぎれれれどもどもども、、、やがてやがてやがて別別わかるゝるゝるる中中なかもももありありあり。。。
- 33あからさまあからさまあからさまとととははは思思おもへへえどもどもども、、、ながらへながらへながらへはつるはつるはつることことこともももありありあり。。。世世よににに定定さだめめめなきなきなきものものものははは、、、男男おとこ女女おんなのののならひならひならいなりなりなり。。。況況いわんんんやややわごぜわごぜわごぜははは、、、このこのこの三三み年年とせががが間間あいだ思思おもははわれれれ参参まいらららせせせたれたれたればばば、、、ありありあり難難がたききき御御おん情情なさけでででこそこそこそ候候そうらへへえ。。。このこのこの度度たび召召めさささんんんににに参参まいらららねねねばばばとてとてとて、、、命命いのちををを召召めさささるゝるゝるるまでまでまではははよもよもよもあらあらあらじじじ、、、定定さだめめめててて都都みやこののの外外ほかへへへぞぞぞ出出いだささされれれんんんずずずらんらんらん。。。
- 34たとひたとひたとい都都みやこををを出出いださささるゝるゝるるともともとも、、、わごぜわごぜわごぜたちたちたちははは年年とし未未いまだだだ若若わかけれけれければばば、、、いかならいかならいかならんんん岩岩いわ木木きののの間間はざまにににてててももも、、、過過すぐさささんんん事事ことやすかるやすかるやすかるべしべしべし。。。わがわがわが身身みははは年年とし老老おいいい齡齡よわい衰衰おとろへへえたれたれたればばば、、、ならならならはははぬぬぬ鄙鄙ひなののの住住すま居居ひををを、、、かねてかねてかねて思思おもふふうこそこそこそ悲悲かなしけれしけれしけれ。。。たゞたゞただわれわれわれををを都都みやこののの中中うちにににててて住住すみみみはてはてはてさせさせさせよよよ。。。それそれそれぞぞぞ今今こん生生じょう、、、後後ご生生しょうののの孝孝きょうにににてててあらあらあらんんんずるずるずるぞぞぞ。。。」」」ととといへいへいえばばば、、、
- 35妓妓ぎ王王おう、、、参参まいらららじじじととと思思おもひひい定定さだめめめししし道道みちなれなれなれどもどもども、、、母母ははののの命命めいををを背背そむかかかじじじとてとてとて、、、泣泣なく〳〵く〳〵くなくまたまたまた出出いでででたちたちたちけるけるける、、、心心こころののの中中うちこそこそこそ無無む慙慙ざんなれなれなれ。。。
- 36妓妓ぎ王王おうひとりひとりひとり参参まいらららんんん事事ことののの、、、あまりあまりあまりににに心心こころ憂憂うしししとてとてとて、、、妹妹いもうとののの妓妓ぎ女女にょをををももも相相あい具具ぐしししけりけりけり。。。そのそのその外外ほか白白しら拍拍びょう子子し二二ふた人人り、、、總總そうじじじててて四四よ人人にん、、、一一ひとつつつ車車くるまににに取取とりりり乘乘のつつっててて、、、西西にし八八はち條條じょう殿殿どのへへへぞぞぞ参参さんじじじたるたるたる。。。
- 37日日ひ頃頃ごろ召召めささされれれつるつるつる所所ところへへへははは入入いれれれられられられずずずしてしてして、、、遙遙はるかかかににに下下さがりりりたるたるたる所所ところににに、、、座座ざ敷敷しきしつらうしつらうしつろうてててぞぞぞ置置おかかかれれれけるけるける。。。妓妓ぎ王王おう、、、こここはははさればさればされば何何なに事事ごとぞぞぞややや。。。わがわがわが身身みににに過過あやまつつつ事事ことはははなけれなけれなけれどもどもども、、、出出いだささされれれ参参まいらするらするらするだにだにだにあるあるあるににに、、、あまつさへあまつさへあまつさえ座座ざ敷敷しきをををだにだにだに下下さげげげらるゝらるゝらるる事事ことののの口口くち惜惜おしさしさしさよよよ。。。いかにいかにいかにせせせんんんととと思思おもふふうををを、、、人人ひとににに知知しらららせせせじじじととと、、、おさふるおさふるおさうる袖袖そでのののひまひまひまよりよりよりももも、、、あまりあまりあまりててて涙涙なみだぞぞぞこぼれこぼれこぼれけるけるける。。。
- 38佛佛ほとけ御御ご前前ぜんこれこれこれををを見見みててて、、、餘餘あまりりりにににあはれあはれあわれににに覺覺おぼえええけれけれければばば、、、入入にゅう道道どう殿殿どのににに申申もうしししけるけるけるははは、、、「「「あれあれあれはははいかにいかにいかに、、、妓妓ぎ王王おうとととこそこそこそ見見み参参まいらららせせせ候候そうらへへえ。。。日日ひ頃頃ごろ召召めささされれれぬぬぬ所所ところにににてててももも候候そうらははわばばばこそこそこそ、、、これこれこれへへへ召召めささされれれ候候そうらへへえかしかしかし。。。さらさらさらずずずばばば妾妾わらわににに暇暇いとまをををたべたべたべ、、、出出いででで参参まいらららせせせんんん。。。」」」ととと申申もうしししけれけれけれどもどもども、、、入入にゅう道道どう、、、いかにいかにいかにももも叶叶かなふふうまじきまじきまじきとととのたまふのたまふのたまう間間あいだ、、、力力ちから及及およばばばででで出出いででで去去さりりりけりけりけり。。。
- 39入入にゅう道道どうやがてやがてやがて出出いででであひあひあい、、、對對たい面面めんししし給給たまひひいててて、、、「「「いかにいかにいかに妓妓ぎ王王おう、、、そのそのその後後のちははは何何なに事事ごとかかかあるあるある。。。佛佛ほとけ御御ご前前ぜんがががあまりあまりあまりにににつれ〴〵げつれ〴〵げつれづれげににに見見みゆるゆるゆるににに、、、今今いま樣樣ようをををももも歌歌うたひひい、、、舞舞まいなんどなんどなんどをををももも舞舞もうううててて、、、佛佛ほとけ慰慰なぐさめめめよよよ。。。」」」とととぞぞぞのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。妓妓ぎ王王おう、、、参参まいるるる程程ほどでででははは、、、ともかくともかくともかくももも入入にゅう道道どう殿殿どのののの仰仰おおせせせをををばばば、、、背背そむくくくまじきまじきまじきものものものをををととと思思おもひひい、、、流流ながるゝるゝるる涙涙なみだをををおさへおさへおさえつゝつゝつつ、、、今今いま樣樣よう一一ひとつつつぞぞぞ歌歌うとうううたるたるたる。。。
- 40佛佛ほとけもももむかしむかしむかしははは凡凡ぼん夫夫ぷなりなりなりわれらわれらわれらももも遂遂ついにににははは佛佛ほとけなりなりなり
- 41いづれいづれいずれももも佛佛ぶつ具具ぐせせせるるる身身みををを隔隔へだつるつるつるのみのみのみこそこそこそ悲悲かなしけれしけれしけれ
- 42ととと、、、泣泣なく〳〵く〳〵くなく二二に返返へん歌歌うとうううたりたりたりけれけれければばば、、、そのそのその座座ざににになみなみなみゐゐい給給たまへへえるるる平平へい家家け一一いち門門もんののの公公く卿卿ぎょう、、、殿殿てん上上じょう人人びと、、、諸諸しょ大大だい夫夫ぶ、、、侍侍さぶらいににに至至いたるるるまでまでまで、、、皆皆みな感感かん涙涙るいをををぞぞぞ催催もよおささされれれけるけるける。。。入入にゅう道道どうもももげにげにげにもももととと思思おもひひい給給たまひひいててて、、、「「「時時ときににに取取とつつってててははは神神しん妙妙びょうにににももも申申もうしししたりたりたり。。。さてさてさてははは舞舞まいももも見見みたけれたけれたけれどもどもども、、、今日今日きょうはははまぎるゝまぎるゝまぎるる事事こと出出いででで來來きたりたりたり。。。このこのこの後後のちははは召召めさささずずずともともとも、、、常常つねににに参参まいりりりててて、、、今今いま樣樣ようをををももも歌歌うたひひい、、、舞舞まいなどなどなどをををももも舞舞もうううててて、、、佛佛ほとけ慰慰なぐさめめめよよよ。。。」」」とととぞぞぞ宣宣のたまひひいけるけるける。。。妓妓ぎ王王おう、、、とかうとかうとこうののの御御おん返返へん事事じにににももも及及およばばばずずず、、、涙涙なみだをををおさへおさへおさえててて出出いでででにににけりけりけり。。。
- 43妓妓ぎ王王おう、、、「「「参参まいらららじじじととと思思おもひひい定定さだめめめししし道道みちなれなれなれどもどもども、、、母母ははののの命命めいににに背背そむかかかじじじととと、、、つらきつらきつらき道道みちににに赴赴おもむいいいててて、、、二二ふた度度たび憂憂うききき恥恥はじををを見見みつるつるつる事事ことののの口口くち惜惜おしさしさしさよよよ。。。かくてかくてかくてこのこのこの世世よにににあるあるあるならならならばばば、、、又又またももも憂憂うききき目目めにににあはあはあわんんんずずずらんらんらん。。。今今いまはははたゞたゞただ身身みををを投投なげげげんんんととと思思おもふふうなりなりなり。。。」」」ととといへいへいえばばば、、、妹妹いもうとののの妓妓ぎ女女にょこれこれこれををを聞聞きいいいててて、、、「「「姉姉あね身身みををを投投なげげげばばば、、、われわれわれももも共共ともににに身身みををを投投なげげげんんん。。。」」」ととといふいふいう。。。
- 44母母はは刀刀と自自じこれこれこれををを聞聞きくくくににに悲悲かなしくしくしくててて、、、泣泣なく〳〵く〳〵くなく、、、又又また重重かさねねねててて教教きょう訓訓くんしししけるけるけるははは、、、「「「さやうさやうさようののの事事ことあるあるあるべしべしべしとととももも知知しらららずずずしてしてして、、、教教きょう訓訓くんしししててて参参まいらららせせせつるつるつる事事ことのののうらめしさうらめしさうらめしさよよよ。。。まことまことまことにににわごぜわごぜわごぜののの怨怨うらむるむるむるももも理理ことわりなりなりなり。。。但但ただしししわごぜわごぜわごぜががが身身みををを投投なげげげばばば、、、妹妹いもうとののの妓妓ぎ女女にょももも共共ともににに身身みををを投投なげげげんんんととといふいふいう。。。若若わかききき女女むすめどもどもどもををを先先さき立立だてててててて、、、年年とし老老おいいい齡齡よわい衰衰おとろへへえたるたるたる母母はは、、、命命いのち生生いきききててて何何なににににかかかはははせせせんんんなれなれなればばば、、、われわれわれももも共共ともににに身身みををを投投なげげげんんんずるずるずるなりなりなり。。。未未いまだだだ死死し期期ごももも來來きたらららぬぬぬ母母ははににに、、、身身みををを投投なげげげさせさせさせんんんずるずるずることことことははは、、、五五ご逆逆ぎやくにににてててやややあらあらあらんんんずずずらんらんらん。。。このこのこの世世よ許許ばかりりりののの宿宿やどりなれなれなればばば、、、恥恥はぢぢじててても〳〵も〳〵もはじても何何なにならならならずずず。。。たゞたゞただ永永ながききき世世よののの闇闇やみこそこそこそ心心こころうけれうけれうけれ。。。今今こん生生じょうでででものものものををを思思おもははわするするするだにだにだにあるあるあるににに、、、後後ご生生しょうでででさへさへさへ惡惡あく道道どうへへへ赴赴おもむかかかんんんずるずるずることことことののの悲悲かなしさしさしさよよよ。。。」」」ととと、、、
- 45さめ〴〵さめ〴〵さめざめとととかきかきかきくどきくどきくどきけれけれければばば、、、妓妓ぎ王王おう涙涙なみだをををはら〳〵はら〳〵はらはらととと流流ながいいいててて、、、「「「げにげにげにもももさやうさやうさようににに候候そうらははわばばば、、、五五ご逆逆ぎやく罪罪ざい疑疑うたがひひいなしなしなし。。。一一いっ旦旦たんうきうきうき恥恥はじををを見見みつるつるつることことことののの口口くち惜惜おしさしさしさにににこそこそこそ、、、身身みををを投投なげげげんんんとととははは申申もうしししたれたれたれ。。。さささ候候そうらははわばばば自自じ害害がいをををばばば思思おもひひい止止とどまりまりまり候候そうらひひいぬぬぬ。。。かくてかくてかくて都都みやこにににあるあるあるならならならばばば、、、又又またももも憂憂うききき目目めををを見見みんんんずずずらんらんらん、、、今今いまはははたゞたゞただ都都みやこののの外外ほかへへへ出出いでででんんん。。。」」」とてとてとて、、、妓妓ぎ王王おう二二に十十じゅう一一いちにににててて尼尼あまににになりなりなり、、、嵯嵯さ峨峨がののの奥奥おくなるなるなる山山やま里里ざとににに柴柴しばののの庵庵いおりをををひきひきひき結結むすびびび、、、念念ねん佛佛ぶつしししてててぞぞぞゐゐいたりたりたりけるけるける。。。
- 46妹妹いもうとののの妓妓ぎ女女にょこれこれこれををを聞聞きいいいててて、、、「「「姉姉あね身身みををを投投なげげげばばば、、、われわれわれももも共共ともににに身身みををを投投なげげげんんんとととこそこそこそ契契ちぎりりりしかしかしか。。。ましてましてましてさやうさやうさようににに世世よををを厭厭いとははわんんんににに、、、誰誰たれかかか劣劣おとるるるべきべきべき。。。」」」とてとてとて、、、十十じゅう九九くにににてててやうやうようをををかへかへかへ、、、姉姉あねととと一一ひと所所ところににに籠籠こもりりりゐゐいててて、、、ひとへひとへひとえににに後後ご世世せをををぞぞぞ願願ねがひひいけるけるける。。。
- 47母母はは刀刀と自自じこれこれこれををを聞聞きいいいててて、、、「「「若若わかききき女女むすめどもどもどもだにだにだに、、、樣樣さまをををかふるかふるかうる世世よののの中中なかににに、、、年年とし老老おいいい齡齡よわい衰衰おとろへへえたるたるたる母母はは、、、白白しら髪髪がをををつけつけつけてててももも何何なににににかかかはははせせせんんん。。。」」」とてとてとて、、、四四し十十じゅう五五ごにににててて髪髪かみををを剃剃そりりり、、、二二ふた人人りののの女女むすめもろとももろとももろともににに、、、一一いっ向向こう專專せん修修じゅににに念念ねん佛佛ぶつしししててて、、、後後ご世世せををを願願ねがふふうぞぞぞあはれあはれあわれなるなるなる。。。
- 48かくてかくてかくて春春はる過過すぎぎぎ夏夏なつたけたけたけぬぬぬ。。。秋秋あきのののはつはつはつ風風かぜ吹吹ふきききぬれぬれぬればばば、、、星星ほしののの空空そらををを眺眺ながめめめつゝつゝつつ、、、あまあまあまのののとととわたるわたるわたる梶梶かじののの葉葉はににに、、、思思おもふふう事事こと書書かくくく頃頃ころなれなれなれややや、、、夕夕ゆう日日ひのののかげかげかげののの西西にしののの山山やまののの端端はにににかくるゝかくるゝかくるるををを見見みてててももも、、、日日ひののの入入いりりり給給たまふふう所所ところははは、、、西西さい方方ほう淨淨じょう土土どにににてててこそこそこそあんなれあんなれあんなれ。。。いつかいつかいつかわれらわれらわれらももも、、、かしこかしこかしこににに生生うまれれれててて、、、ものものものももも思思おもははわででで過過すぐさささんんんずずずらんらんらんととと、、、過過すぎぎぎにににししし方方かたのののうきうきうき事事ことどもどもども思思おもひひいつゞけつゞけつづけててて、、、たゞたゞただ盡盡つきききせせせぬぬぬのののははは涙涙なみだなりなりなり。。。
- 49たそがれたそがれたそがれ時時どきももも過過すぎぎぎぬれぬれぬればばば、、、竹竹たけののの編編あみ戸戸どををを閉閉とぢぢじ塞塞ふさぎぎぎ、、、燈燈ともしびかすかかすかかすかにににかきかきかきたてたてたてててて、、、親親おや子子こ三三さん人人にんもろとももろとももろともににに念念ねん佛佛ぶつしししてててゐゐいたるたるたるところところところににに、、、竹竹たけののの編編あみ戸戸どををを、、、ほと〳〵ほと〳〵ほとほとととと打打うち叩叩たたくくくものものもの出出いででできききたりたりたり。。。
- 50そのそのその時時とき尼尼あまどもどもども膽膽きもををを消消けししし、、、「「「あはれあはれあわれこれこれこれははは、、、いひがひいひがひいいがいなきなきなきわれらわれらわれらががが念念ねん佛佛ぶつしししてててゐゐいたるたるたるををを妨妨さまたげげげんんんとてとてとて、、、ののの來來きたるたるたるにににてててぞぞぞあらあらあらんんん。。。晝晝ひるだにだにだにももも人人ひとももも訪訪とひひい來來こぬぬぬ山山やま里里ざとののの、、、柴柴しばののの庵庵いおりののの内内うちなれなれなればばば、、、夜夜よ更更ふけけけててて誰誰たれかかかははは尋尋たずぬぬぬべきべきべき。。。わづかわづかわずかににに竹竹たけののの編編あみ戸戸どなれなれなればばば、、、あけあけあけずずずともともとも押押おししし破破やぶらららんんんことことこと安安やすかるかるかるべしべしべし。。。今今いまははは唯唯ただ、、、なか〳〵なか〳〵なかなかあけあけあけててて入入いれれれんんんととと思思おもふふうなりなりなり。。。それそれそれににに情情なさけをををかけかけかけずずずしてしてして、、、命命いのちををを失失うしなふふうものものものならならならばばば、、、年年とし頃頃ごろ賴賴たのみみみ奉奉たてまつつるつるつる彌彌み陀陀だののの本本ほん願願がんををを強強つよくくく信信しんじじじててて、、、ひまひまひまなくなくなく名名みょう號號ごうををを唱唱となへへえ奉奉たてまつるるるべしべしべし。。。聲聲こえををを尋尋たずねねねててて向向むかひひい給給たまふふうなるなるなる聖聖しょう衆衆じゅののの來來らいにににてててましましましませませませばばば、、、などなどなどかかか引引いん接接じょうなかるなかるなかるべきべきべき。。。相相あい構構かまへへえててて念念ねん佛佛ぶつ怠怠おこたりりり給給たまふふうななな。。。」」」ととと、、、
- 51互互たがいににに心心こころををを戒戒いましめめめててて、、、手手てににに手手てをををとりとりとり組組くみみみ、、、竹竹たけののの編編あみ戸戸どををを開開あけけけたれたれたればばば、、、魔厭魔厭まえんにににてててはははなかりなかりなかりけりけりけり。。。佛佛ほとけ御御ご前前ぜんぞぞぞ出出いででで來來きたるたるたる。。。
- 52妓妓ぎ王王おう、、、「「「あれあれあれはははいかにいかにいかに、、、佛佛ほとけ御御ご前前ぜんととと見見み参参まいらするらするらするははは、、、夢夢ゆめかかかやうやうようつゝつゝつつかかか。。。」」」ととといひいひいいけれけれければばば、、、佛佛ほとけ御御ご前前ぜん涙涙なみだをををおさへおさへおさえててて、、、「「「かやうかやうかようののの事事こと申申もうせせせばばば、、、すべてすべてすべてことことこと新新あたらしうらしうらしゅうははは候候そうらへへえどもどもども、、、申申もうさささずずずばばばまたまたまた、、、思思おもひひい知知しらららぬぬぬ身身みととともももなりなりなりぬぬぬべけれべけれべければばば、、、始始はじめめめよりよりよりしてしてしてこま〴〵こま〴〵こまごまととと、、、ありのまゝありのまゝありのままににに申申もうすすすなりなりなり。。。
- 53もとよりもとよりもとより妾妾わらわははは推推すい参参さんののの者者ものにににててて、、、既既すでににに出出いだささされれれ参参まいらららせせせしししををを、、、わごぜわごぜわごぜののの申申もうししし狀狀じょうににによつよつよってててこそこそこそ、、、召召めししし返返かえささされれれてててももも候候そうろうににに、、、女女おんなののの身身みのののいひがひいひがひいいがいなきなきなきことことこと、、、わがわがわが身身みををを心心こころににに任任まかせせせずずずしてしてして、、、わごぜわごぜわごぜををを出出いださささせせせまゐらせまゐらせまいらせててて、、、妾妾わらわがががおしおしおし止止とめめめられられられぬぬぬことことこと、、、今今いまににに恥恥はずかしうかしうかしゅう、、、かたはらかたはらかたわらいたくいたくいたくこそこそこそ候候そうらへへえ。。。わごぜわごぜわごぜののの出出いでででられられられ給給たまひひいしししををを見見みしししにににつけつけつけてててももも、、、いつかいつかいつかまたまたまたわがわがわが身身みののの上上うえならならならんんんととと思思おもひひいゐゐいたれたれたればばば、、、うれしうれしうれしとととははは更更さらにににおもはおもはおもわずずず。。。障障しょう子子じににに又又また、、、『『『いづれいづれいずれかかか秋秋あきにににあはあはあわででではははつつつべきべきべき。。。』』』ととと書書かききき置置おききき給給たまひひいししし筆筆ふでののの跡跡あと、、、げにげにげにもももととと思思おもひひい候候そうらひひいしししぞぞぞややや。。。いつぞやいつぞやいつぞやまたまたまた、、、わごぜわごぜわごぜののの召召めささされれれ参参まいらららせせせててて、、、今今いま樣樣ようををを歌歌うたひひい給給たまひひいしししにににももも、、、思思おもひひい知知しららられれれてててこそこそこそ候候そうらへへえ。。。
- 54そのそのその後後のちははは在在ざい所所しょをををいづくいづくいずくとととももも知知しらららざりざりざりしししににに、、、このこのこの程程ほど聞聞きけけけばばば、、、かやうかやうかようににに樣樣さまをををかへかへかへ、、、一一ひとつつつ所所ところににに念念ねん佛佛ぶつしししててておはしおはしおわしつるつるつるよしよしよし、、、あまりあまりあまりににに羨羨うらやましくましくましくててて、、、常常つねははは暇暇いとまををを申申もうししししかしかしかどもどもども、、、入入にゅう道道どう殿殿どの更更さらににに御御おん用用もちゐゐいましましましまさまさまさずずず。。。
- 55つく〴〵つく〴〵つくづくものものものををを案案あんずるずるずるににに、、、娑娑しゃ婆婆ばののの榮榮えい華華がははは夢夢ゆめののの夢夢ゆめ、、、樂樂たのしみしみしみ榮榮さかえええてててなになになにかかかせせせんんん。。。人人にん身身じんははは受受うけけけがたくがたくがたく、、、佛佛ぶつ教教きょうにににはははあひあひあいがたしがたしがたし。。。このこのこのたびたびたびににに沈沈しずみみみなななばばば、、、他他た生生しょう廣廣こうをををばばば隔隔へだつつつともともとも、、、浮浮うかびびび上上あがらららんんん事事ことかたかるかたかるかたかるべしべしべし。。。老老ろう少少しょう不不ふ定定じょうのののさかひさかひさかいなれなれなればばば、、、年年としののの若若わかきききををを賴賴たのむむむべきべきべきにににあらあらあらずずず。。。出出いづるづるずる息息いき入入いるるるをををももも待待まつつつべからべからべからずずず。。。かげろふかげろふかげろう稻稻いな妻妻づまよりもよりもよりも、、、猶猶なおはかなしはかなしはかなし。。。一一いっ旦旦たんののの榮榮えい華華がににに誇誇ほこつつっててて、、、後後ご世世せををを知知しらららざらざらざらんんん事事ことののの悲悲かなしさしさしさににに、、、けさけさけさまぎれまぎれまぎれ出出いでででててて、、、かくかくかくなりなりなりてててこそこそこそ参参まいりりりたれたれたれ。。。」」」とてとてとて、、、
- 56被被かずいいいたるたるたる衣衣きぬをををうちうちうちのけのけのけたるたるたるををを見見みれれればばば、、、尼尼あまににになりなりなりてててぞぞぞ出出いででで來來きたるたるたる。。。
- 57「「「かやうかやうかようににに樣樣さまをををかへかへかへててて参参まいりりりたるたるたる上上うえははは、、、日日ひ頃頃ごろのののとがとがとがをををばばば許許ゆるししし給給たまへへえ。。。許許ゆるさささんんんとととだにだにだにのたまはのたまはのたまわばばば、、、もろとももろとももろともににに念念ねん佛佛ぶつしししててて、、、一一ひとつつつ蓮蓮はちすののの身身みとととならならならんんん。。。それそれそれにににももも猶猶なお心心こころゆかゆかゆかずずずばばば、、、これこれこれよりよりよりいづちいづちいずちへへへももも迷迷まよひひいゆきゆきゆき、、、いかならいかならいかならんんん苔苔こけのののむしろむしろむしろ、、、松松まつががが根根ねにににももも仆仆たおれれれ伏伏ふししし、、、命命いのちのののあらあらあらんんんかぎりかぎりかぎりははは念念ねん佛佛ぶつしししててて、、、往往おう生生じょうののの素素そ懷懷かいををを遂遂とげげげんんんととと思思おもふふうなりなりなり。。。」」」とてとてとて、、、袖袖そでををを顏顏かおにににおしおしおしあてあてあてててて、、、さめ〴〵さめ〴〵さめざめとととかきかきかきくどきくどきくどきけれけれければばば、、、
- 58妓妓ぎ王王おう涙涙なみだをををおさへおさへおさえててて、、、「「「わごぜわごぜわごぜのののそれそれそれ程程ほどまでまでまで思思おもひひい給給たまははわんんんとととははは夢夢ゆめにににももも知知しらららずずず、、、うきうきうき世世よののの中中なかのののさがさがさがなれなれなればばば、、、身身みのののうきうきうきとととこそこそこそ思思おもひひいしししににに、、、ともともともすれすれすればばばわごぜわごぜわごぜののの事事ことのみのみのみ怨怨うらめしくめしくめしくててて、、、今今こん生生じょうももも後後ご生生しょうももも、、、なまじひなまじひなまじいにににししし損損そんじじじたるたるたる心心ここちちちにににてててありありありつるつるつるににに、、、かやうかやうかようににに樣樣さまをををかへかへかへててておはしおはしおわしつるつるつる上上うえははは、、、日日ひ頃頃ごろのののとがとがとがははは、、、露露つゆ塵塵ちりほどほどほどももも殘殘のこらららずずず、、、今今いまははは往往おう生生じょう疑疑うたがひひいなしなしなし。。。
- 59このこのこの度度たび素素そ懷懷かいををを遂遂とげげげんんんこそこそこそ、、、何何なによりよりよりももも又又また嬉嬉うれしけれしけれしけれ。。。妾妾わらわががが尼尼あまににになりなりなりしししをををだにだにだに、、、世世よにににありありあり難難がたききき事事ことのののやうやうようににに、、、人人ひともももいひいひいい、、、わがわがわが身身みももも思思おもひひい候候そうらひひいしししぞぞぞややや。。。それそれそれははは世世よををを恨恨うらみみみ、、、身身みををを歎歎なげいいいたれたれたればばば、、、樣樣さまをををかふるかふるかうるももも理理ことわりなりなりなり。。。わごぜわごぜわごぜははは怨怨うらみみみもももなくなくなく歎歎なげきききもももなしなしなし。。。今今こ年年としははは僅僅わずかかか十十じゅう七七しちにににこそこそこそなりなりなりししし人人ひとののの、、、それそれそれ程程ほどまでまでまで穢穢え土土どををを厭厭いとひひい、、、淨淨じょう土土どををを願願ねがははわんんんととと、、、深深ふかくくく思思おもひひい入入いりりり給給たまふふうこそこそこそ、、、まことまことまことののの大大だい道道どう心心しんとととははは覺覺おぼえええ候候そうらひひいしかしかしか。。。嬉嬉うれしかりしかりしかりけるけるける善善ぜん知知じかなかなかな。。。いざいざいざもろとももろとももろともににに願願ねがははわんんん。。。」」」とてとてとて、、、
- 60四四よ人人にん一一ひと所所ところににに籠籠こもりりりゐゐいててて、、、朝朝あさ夕夕ゆう佛佛ぶつ前前ぜんににに向向むかひひい花花はな香香こうををを供供そなへへえててて、、、他他た念念ねんなくなくなく願願ねがひひいけるけるけるががが、、、遲遲ち速速そくこそこそこそありありありけれけれけれ、、、皆皆みな往往おう生生じょうののの素素そ懷懷かいををを遂遂とげげげけるけるけるとととぞぞぞ聞聞きこえええししし。。。
- 61さればさればさればかのかのかの後後ご白白しら河河かわののの法法ほう皇皇おうののの、、、長長ちょう講講こうののの過過か去去こ帳帳ちょうにににももも、、、妓妓ぎ王王おう、、、妓妓ぎ女女にょ、、、佛佛ほとけ、、、刀刀と自自じ等等らががが尊尊そん靈靈りょうととと、、、四四よ人人にん一一ひと所所ところににに入入いれれれられられられたりたりたり。。。ありがたかりありがたかりありがたかりししし事事ことどもどもどもなりなりなり。。。
現代語訳
太政入道清盛は、このように天下を手のひらの中に握っておられたので、世間の非難も気にかけず、人のあざけりも顧みず、常識では考えられないことばかりなさった。
たとえばそのころ、京の町で評判の白拍子の名手に、妓王・妓女という姉妹がいた。刀自という白拍子の娘である。
さて姉の妓王を入道相国が寵愛なさったので、妹の妓女をも世の人がたいそうもてはやした。母の刀自にも立派な家を造って与え、毎月米百石と銭百貫を送られたので、一家は富み栄えて、この上なく楽しく暮らしていた。
そもそも、わが国で白拍子が始まったのは、昔、鳥羽院の御代に、島の千歳と和歌の前という二人が舞い始めたものである。初めは水干に立烏帽子をつけ、白鞘巻を差して舞ったので、男舞と申した。
ところが中ごろから烏帽子と刀を除いて、水干だけを用いるようになった。それで白拍子と名づけたのである。
京の白拍子たちは、妓王の幸運のめでたいさまを聞いて、うらやむ者もあれば、ねたむ者もあった。
うらやむ者は、「ああ、めでたい妓王御前の幸運よ。同じ遊女となるなら、だれでもみなあのようでありたいものだ。きっと妓という文字を名につけて、あのように幸せなのだろう。さあ、私たちもつけてみよう」といって、あるいは妓一・妓二と名のり、あるいは妓福・妓徳などと名のる者もあった。
ねたむ者たちは、「どうして名前や文字によるものか。幸運はただ前世からの生まれつきによるのだろう」といって、名をつけない者も多かった。
こうして三年ほどたったころ、また白拍子の名手が一人現れた。加賀国の者である。名を仏と申した。年は十六ということであった。京の身分の高い人も低い人もこれを見て、「昔から多くの白拍子を見てきたが、これほどの舞の名手はまだ見たことがない」といって、世の人はたいそうもてはやした。
あるとき仏御前が言うには、「私は天下にもてはやされているけれど、いま栄華を極めていらっしゃる平家の太政入道殿にお召しを受けないことこそ残念だ。遊女のならいとして、何の遠慮があろう。押しかけて参上してみよう」といって、あるとき西八条殿へ参上した。
人が御前に参って、「いま都で評判の仏御前が参っております」と申し上げると、入道相国はたいそう怒って、「何だと、そのような遊び女は、人のお召しがあってこそ参るものだ。断りもなく押しかけてくるとは何事か。そのうえ、神であろうと仏であろうと、妓王のいる所へは来てはならぬ。さっさと出て行け」とおっしゃった。
仏御前はすげなく言われて、もう退出しようとしたところ、妓王が入道殿に申し上げるには、「遊女が押しかけて参るのは、よくあることでございます。そのうえ、まだ年も幼いと聞きますのに、たまたま思い立って参りましたのを、すげなくおっしゃってお帰しになるのはかわいそうです。どんなに恥ずかしく、きまり悪く思っていることでしょう。私も歩んできた道ですから、人ごととは思えません。たとえ舞をご覧にならず、歌をお聞きにならなくても、ただ曲げてお召し返しになり、ご対面だけなさってお帰しになるなら、ありがたいお情けでございましょう」と申し上げたので、
入道相国は「さあさあ、それならば、おまえがあまりに言うことだから、会ってから帰そう」といって、使いを出してお召しになった。仏御前はすげなく言われて、車に乗ってもう出ようとしていたが、召されて戻って参った。
入道はやがて出て対面なさって、「どうだ仏、今日の対面はないはずだったが、妓王が何と思ったのか、あまりに勧めるので、こうして会ってやった。会った以上は、声を聞かないでいられようか。まず今様を一つ歌ってみよ」とおっしゃると、仏御前は「承知いたしました」といって、今様を一つ歌った。
あなた様を初めてお見かけするときは、千年も生きるにちがいない姫小松(のように若々しくおめでたい)。
御前の池の亀岡に、鶴が群れ集まって遊んでいるようです。
と、くり返しくり返し三度歌いきったので、見聞きしていた人々はみな耳目を驚かせた。入道も面白いことだとお思いになって、「さておまえは今様が上手であったのだな。この様子では舞もさぞよかろう。一番見たいものだ。鼓打ちを呼べ」といってお呼びになった。鼓を打たせて一番舞った。
仏御前は髪の様子をはじめ、顔かたちが世にすぐれ、声がよく、節回しも上手であったので、どうして舞をしくじるはずがあろう、想像も及ばないほど見事に舞いきったので、入道相国は舞に感じ入られて、仏に心を移された。
仏御前が「これはどうしたことでございますか。もともと私は押しかけて参った者で、一度は追い出されましたのを、妓王御前のおとりなしによって召し返されたのでございます。どうか早くお暇をいただいて、退出させてくださいませ」と申し上げると、入道相国は「まったくそれはならぬ。ただし妓王がいるので、そのように遠慮するのか。それならば妓王のほうを出そう」とおっしゃるので、
仏御前は「それはまた、どうしてそのようなことがございましょう。二人いっしょに召し置かれることさえ恥ずかしいことですのに、妓王御前を追い出しなさって、私一人を召し置かれたなら、妓王御前のお心のうちは、どんなに恥ずかしく、きまり悪いことでございましょう。もし後々までもお忘れにならないのでしたら、お召しを受けてまた参ることもございましょう。今日はお暇をいただきとうございます」と申し上げた。入道は「それならば、妓王、さっさと出て行け」と、使いを重ねて三度までも立てられた。
妓王はもとより覚悟していた道であったけれども、さすがに昨日今日のこととは思いもよらなかった。入道相国がどうしても許さないことを、しきりにおっしゃるので、部屋を掃き清め、塵を拾わせて、出て行くことに決めた。
一本の木陰に雨宿りをともにし、同じ川の流れの水をすくって飲むだけの間柄でさえ、別れは悲しいのが世のならいである。まして、ここは三年のあいだ住み慣れた所なので、名残も惜しく、悲しくて、どうにもならない涙がこみ上げてきた。
そうしてばかりもいられないので、妓王は今はこれまでと出て行ったが、自分がいなくなった後の忘れ形見にとでも思ったのだろうか、障子に泣く泣く一首の歌を書きつけた。
萌え出る草も枯れていく草も、同じ野辺の草である。どれも秋になれば枯れ果てるように、仏御前もいずれは飽きられて捨てられるでしょう。
そうして車に乗って自分の家に帰り、障子の内に倒れ伏して、ただ泣くよりほかなかった。母や妹がこれを見て、「どうしたの、どうしたの」と尋ねたけれども、妓王は何の返事もできない。連れていた女に尋ねて、やっとそうしたことがあったと知った。
そのうちに、毎月送られていた米百石・銭百貫も止められて、今度は仏御前の縁者たちが、初めて楽しく栄えるようになった。
京の身分の高い人も低い人も、このことを伝え聞いて、「本当だろうか、妓王は西八条殿からお暇を出されて追い出されたそうだ。さあ会いに行って遊ぼう」といって、手紙を送る者もあり、使いをよこす人もあったが、妓王は、いまさらまた人に会って遊び戯れる気にもならないといって、手紙さえ受け取らず、まして使いの相手をすることもなかった。妓王はこうしたことにつけても、いっそう悲しくて、どうにもならない涙がこぼれた。
こうしてその年も暮れ、翌年の春になると、入道相国は妓王のもとへ使いを立てて、「どうだ妓王、その後は変わりないか。仏御前があまりに退屈そうに見えるので、参って今様も歌い、舞なども舞って、仏を慰めよ」とおっしゃった。妓王は何のお返事もできず、涙をこらえて伏してしまった。
入道は重ねて「どうして妓王は、何とも返事をしないのか。参らないつもりか。参らないのなら、そのわけを申せ。浄海にも考えがある」とおっしゃった。
母の刀自はこれを聞いて悲しくなって、泣く泣く諭すには、「どうして妓王はなんともお返事を申し上げずに、こんなふうにお叱りを受けるのですか(それよりは、お返事をしたほうがよいでしょう)」と言うと、
妓王は涙をこらえて申すには、「参ろうと思う道ならば、すぐに参りますとも申し上げましょうが、どうせ参らないのですから、何とお返事を申し上げてよいかもわかりません。今度召されて参らなければ、考えがあるとおっしゃるのは、きっと都の外へ追われるか、さもなければ命を取られるか、この二つよりほかにはないでしょう。たとえ都を追い出されても、嘆くことではありません。また命を取られても、惜しい身でしょうか。一度いやな者と思われ申し上げて、二度と顔を合わせられるとも思えません」と言って、
それでもお返事をしなかったので、母の刀自は泣く泣くまた諭すには、「この天下に住む以上は、何はともあれ入道殿の仰せに背いてはならないのですよ。そのうえ、男女の縁や前世からの宿縁は、今に始まったことではありません。千年も万年もと誓い合っても、すぐに別れる仲もあります。
ほんのかりそめと思っても、生涯連れ添うこともあります。世に定めのないものは男女の仲です。まして、あなたはこの三年のあいだ愛していただいたのですから、ありがたいお情けでございました。今度召されて参らないからといって、命を取られることまではまさかあるまい。きっと都の外へ追い出されるだけでしょう。
たとえ都を追い出されても、あなたたちはまだ年が若いのだから、どんな岩や木の間でも暮らしていくのはたやすいでしょう。けれども私は年老いて衰えているので、慣れない田舎の暮らしを今から思うと悲しいのです。どうか私を都の中で暮らし終えさせておくれ。それこそがこの世でもあの世でも親孝行になるのですよ」と言うので、
妓王は、参るまいと思い定めた道ではあったが、母の言いつけに背くまいとして、泣く泣くまた出かけていった。その心のうちは痛ましいことであった。
妓王は一人で参るのがあまりにつらいといって、妹の妓女も連れて行った。そのほか白拍子二人、合わせて四人が一つの車に乗って、西八条殿へ参上した。
いつもお召しのあった所へは入れられずに、はるか下手の所に席を設けて置かれた。妓王は、「これはまあ、どうしたことか。自分には何の落ち度もないのに追い出されただけでもつらいのに、そのうえ座席まで下げられることの悔しさよ。どうしたらよいのだろう」と思うのを、人に知られまいと押さえる袖のすき間からも、こらえきれずに涙がこぼれた。
仏御前はこれを見て、あまりに気の毒に思ったので、入道殿に申し上げるには、「あれはどうしたことでしょう、妓王とお見受けいたします。ふだんお召しにならない所ならともかく、こちらへお召しになってください。そうでなければ私にお暇をくださいませ、出て行って会いましょう」と申し上げたけれども、入道がどうしても許さないとおっしゃるので、仕方なく席を立って行った。
入道はやがて出て対面なさって、「どうだ妓王、その後は変わりないか。仏御前があまりに退屈そうに見えるので、今様も歌い、舞なども舞って、仏を慰めよ」とおっしゃった。妓王は、参った以上は、とにかく入道殿の仰せに背くまいと思い、流れる涙をこらえながら、今様を一つ歌った。
仏も昔は凡夫であった。私たちも最後には仏となるのだ。
だれもがみな仏となる性質を備えている身であるのに、(仏御前と私とを)このように隔てるのが悲しいことです。
と、泣く泣く二度歌ったので、その座に居並んでいらっしゃった平家一門の公卿・殿上人・諸大夫・侍に至るまで、みな感動の涙をもよおされた。入道も、なるほどとお思いになって、「その場に合わせて、なかなかうまく歌ったものだ。舞も見たいが、今日は取り込みごとができた。これからは召さなくても、いつも参って、今様も歌い、舞なども舞って、仏を慰めよ」とおっしゃった。妓王は何のお返事もできずに、涙をこらえて退出した。
妓王は「参るまいと思い定めた道であったのに、母の言いつけに背くまいと、つらい道に出かけて行って、二度までいやな恥を見たことの悔しさよ。このままこの世に生きていたら、またつらい目にあうだろう。今はもう身を投げてしまおうと思う」と言うと、妹の妓女はこれを聞いて、「姉さんが身を投げるなら、私もいっしょに身を投げます」と言う。
母の刀自はこれを聞いて悲しくなり、泣く泣くまた重ねて諭すには、「そんなことになるとも知らずに、諭して行かせたことが恨めしい。本当にあなたが恨むのももっともです。けれども、あなたが身を投げれば、妹の妓女もいっしょに身を投げると言う。若い娘たちに先立たれては、年老いて衰えた母が生きていても何になろう。だから私もいっしょに身を投げます。まだ死ぬ時も来ない母に身を投げさせることは、五逆罪にあたるのではないでしょうか。この世はほんの仮の宿ですから、恥をかいてもどうということはありません。ただあの世の長い闇こそがつらいのです。この世でつらい思いをさせるだけでもつらいのに、あの世でまで悪道へ落ちることになるのが悲しい」と、
さめざめと泣いて訴えたので、妓王は涙をはらはらと流して、「本当にそのとおりなら、五逆罪は疑いありません。ただ一度つらい恥を見たことが悔しくて、身を投げようと申したのです。それならば自害は思いとどまりました。このまま都にいたら、またつらい目を見るでしょう。今はただ都の外へ出ましょう」といって、妓王は二十一歳で尼になり、嵯峨の奥の山里に柴の庵を結んで、念仏して暮らした。
妹の妓女はこれを聞いて、「姉さんが身を投げるなら、私もいっしょに身を投げると約束したのです。まして、そのように世を捨てるのに、どうして私が後れをとりましょう」といって、十九歳で姿を変え、姉といっしょに庵にこもって、ひたすら来世の安楽を願った。
母の刀自もこれを聞いて、「若い娘たちでさえ姿を変える世の中に、年老いて衰えた母が、白髪をつけていても何になろう」といって、四十五歳で髪を剃り、二人の娘とともに、ひたすら念仏だけを修めて来世を願ったのは、しみじみと心を打つことである。
こうして春が過ぎ、夏も盛りを過ぎた。秋の初風が吹くと、七夕の星が逢う空をながめながら、天の川を渡る舟の梶と同じ名の梶の葉に、願いごとを書く季節であるなあ。夕日が西の山の端に沈むのを見ても、「日の沈んでいかれる所は西方浄土であるという。いつか私たちもあそこに生まれて、もの思いもせずに過ごせるだろうか」と、過ぎ去ったつらいことどもを思い続けて、ただ尽きないのは涙であった。
たそがれ時も過ぎたので、竹の編戸を閉ざし、灯火をかすかにかき立てて、親子三人で念仏していたところ、竹の編戸をとんとんとたたく者が現れた。
そのとき尼たちは肝をつぶして、「ああ、これは、取るに足らない私たちが念仏しているのを妨げようとして、魔物が来たのだろう。昼でさえ人の訪ねて来ない山里の柴の庵の中なのだから、夜が更けてだれが訪ねて来ようか。わずかな竹の編戸なのだから、開けなくても押し破るのはたやすいだろう。今はむしろ、開けて入れようと思う。それでも情けをかけずに命を奪うというのなら、長年頼み申し上げてきた阿弥陀仏の本願を強く信じて、絶え間なく名号をお唱え申し上げよう。声を尋ねてお迎えに来てくださるという聖衆の来迎がおありなのだから、どうして極楽へ導いてくださらないことがあろう。決して念仏を怠りなさるな」と、
たがいに心を戒め合って、手に手を取り合い、竹の編戸を開けたところ、魔物ではなかった。仏御前が現れたのである。
妓王が「あれはどうしたこと、仏御前とお見受けするのは、夢でしょうか、現実でしょうか」と言うと、仏御前は涙をこらえて、「このようなことを申し上げると、まったく今さらめいてはおりますが、申し上げなければ、また物の道理をわきまえない身ともなってしまいそうですので、初めから詳しく、ありのままに申し上げます。
もともと私は押しかけて参った者で、一度は追い出されましたのを、あなたのおとりなしで召し返されましたのに、女の身のふがいなさ、わが身を思うようにできずに、あなたを追い出させてしまい、私は引き止められて出られなかったことが、今でも恥ずかしく、心苦しく思っております。あなたが出て行かれたのを見るにつけても、いつかまたわが身の上のことになるだろうと思っていたので、うれしいとは少しも思いませんでした。障子にまた「いづれか秋にあはではつべき」とお書き置きになった筆の跡を見て、本当にそのとおりだと思いました。いつでしたか、あなたが召されて今様をお歌いになったときにも、身にしみて思い知らされました。
その後は、お住まいをどこともわからずにおりましたが、このごろ聞きますと、このように姿を変えて、一つ所で念仏していらっしゃるとのこと、あまりにうらやましくて、いつもお暇を願い出ていたのですが、入道殿はまったくお聞き入れになりません。
つくづく考えてみますと、この世の栄華は夢の中の夢のようなもの、楽しみ栄えて何になりましょう。人の身に生まれることは難しく、仏の教えに出会うことも難しい。この生で地獄に沈んでしまったら、どれほど長い生まれ変わりを重ねても、浮かび上がることは難しいでしょう。老いも若きも死ぬ順は定まらない世なのですから、年が若いことを頼みにはできません。吐く息が吸う息を待たないほど、命ははかないものです。かげろうや稲妻よりも、なおはかない。一時の栄華に思い上がって、来世のことを知らずにいることが悲しくて、今朝こっそりと抜け出して、このような姿になって参ったのです」といって、
かぶっていた衣を取りのけたのを見ると、尼の姿になって現れていたのである。
「このように姿を変えて参ったからには、これまでの罪をお許しください。許すとさえおっしゃってくだされば、いっしょに念仏して、同じ蓮の上に生まれる身となりましょう。それでもまだお気持ちが晴れないのなら、ここからどこへでもさまよい行き、どんな苔の上、松の根もとにでも倒れ伏して、命のあるかぎり念仏して、往生の願いを遂げようと思います」といって、袖を顔に押し当てて、さめざめと泣いて訴えたので、
妓王は涙をこらえて、「あなたがそれほどまで思っておられたとは、夢にも知りませんでした。つらい世の中の習いだから、わが身の不運と思うべきなのに、ややもすればあなたのことばかり恨めしく思われて、この世もあの世も、なまじ中途半端にしくじってしまった気持ちでいましたのに、このように姿を変えていらっしゃった以上は、これまでの罪は露や塵ほども残りません。今は往生は疑いありません。
このたび往生の願いを遂げられることこそ、何よりもうれしいことです。私が尼になったことさえ、世にめったにないことのように、人も言い、自分でも思っておりました。けれどもそれは世を恨み、わが身を嘆いてのことですから、姿を変えるのも当然です。あなたには恨みもなければ嘆きもない。今年わずか十七歳になったばかりの人が、それほどまでにこの汚れた世を嫌い、浄土を願おうと深く思い込まれたことこそ、まことの大道心と思われます。うれしい善知識であることよ。さあ、いっしょに往生を願いましょう」といって、
四人は一つ所にこもって、朝夕仏前に向かい、花や香を供えて、ほかのことを思わずに願ったが、早い遅いはあったものの、みな往生の願いを遂げたということである。
それで、あの後白河法皇の長講堂の過去帳にも、「妓王、妓女、仏、刀自らの尊霊」と、四人を一か所に記し入れられている。めったにない、尊いことであった。
意訳
「妓王」は、清盛の横暴を語る最初の挿話であり、同時に『平家物語』の中でもっとも哀切な女性の物語の一つである。清盛は妓王を寵愛して一家を栄えさせるが、仏御前が現れると、たちまち心を移して妓王を追い出してしまう。前の章段で描かれた平家の栄華が、一人の権力者の気まぐれによって人の運命をたやすく左右するものであることを、物語は具体的に示している。
妓王の歌「萌えいづるも枯るるも同じ野べの草」は、新しく寵愛される仏も、捨てられた自分も、同じ野辺の草にすぎず、いずれは秋(飽き)にあって枯れる運命にある、という意味である。さらに翌春、仏を慰めるために呼び出された妓王は、「仏も昔は凡夫なり」の今様に、今の自分と仏御前とを重ねて歌う。凡夫と仏、捨てられた者と寵愛される者を「隔つる」ことの悲しさを、仏教のことばを借りて訴えたこの今様に、平家の人々はみな涙を流したという。
物語の後半は、出家と往生の物語へと転じる。母の嘆きによって身投げを思いとどまった妓王は、母・妹とともに嵯峨の山里で念仏の日々を送る。そこへ尼姿となった仏御前が訪ねてきて、「娑婆の栄華は夢の夢」と、自ら寵愛を捨てて仏道に入ったことを語る。十七歳の仏が、恨みも嘆きもないのに世を捨てたことを、妓王は「まことの大道心」とたたえ、四人はついに往生を遂げる。清盛に翻弄された女性たちが、栄華とは反対の道に救いを見いだすという結末は、冒頭の「盛者必衰」の理を、人の生き方の側から照らし返している。
語釈・文法注
- 白拍子
- 平安末期から鎌倉時代に流行した歌舞。また、それを演じる遊女。水干を着て、今様などを歌いながら舞った。
- おとゝひ
- 「おととい(弟兄)」。兄弟姉妹。ここでは姉妹。
- なのめならず
- ひととおりではない。たいそう。
- 水干
- 糊を使わず水張りして干した布で作った狩衣の一種。もとは庶民や下級官人の服。
- 推参
- 呼ばれもしないのに、自分から押しかけて行くこと。
- 西八條殿
- 京の八条大路の北、坊城小路の西にあった清盛の邸。六波羅とともに平家の拠点となった。
- わごぜ
- 「わ御前」の転。親しい相手、とくに女性に対して呼びかける語。おまえ、あなた。
- 今樣
- 平安中期から流行した新しい歌謡。七五調四句のものが多い。後白河法皇はこれを好み、『梁塵秘抄』を編んだ。
- 一樹の陰に宿りあひ、同じ流れを掬ぶ
- ことわざ「一樹の陰、一河の流れも他生の縁」による。同じ木陰に雨宿りし、同じ川の水をすくって飲むのも、前世からの縁である、の意。
- 障子
- 室内の間仕切りに使う建具の総称。ここでは襖のようなものに歌を書きつけた。
- 秋
- 季節の「秋」と、男の心が離れる「飽き」とを掛ける。
- 孝養
- 親に孝行すること。また、死後の親の供養をすること。
- 佛性
- すべての衆生にそなわっている、仏となることのできる性質。
- 五逆罪
- 仏教で最も重い五つの罪。父を殺す、母を殺す、阿羅漢を殺す、仏の身を傷つける、教団の和合を乱す。母に身を投げさせることは母を殺すことにあたる。
- 星合
- 七月七日の夜、牽牛星と織女星が出会うこと。七夕。この夜、梶の葉に歌や願いごとを書いて星に手向ける風習があった。
- 魔厭
- 底本の表記。ふりがなは「まえん」で、仏道の妨げをする悪魔の意の「魔縁」の誤植と考えられる。
- 來迎
- 臨終のときに、阿弥陀仏が観音・勢至などの聖衆を従えて、極楽浄土へ迎えに来ること。
- 奈裏
- 底本の表記。ふりがなは「ないり」で、地獄の意の「奈落」「泥梨」に同じ。
- 他生廣劫
- 底本の表記。ふりがなは「たしやうくわうごふ」で、一般には「他生曠劫」と書く。生まれ変わりを重ねる、はかり知れないほど長い時間。
- 善知識
- 人を仏道に導いてくれる、すぐれた友や師。
- 長講堂
- 後白河法皇が御所の六条殿に建てた持仏堂。法華経を長く講じたことによる名。その過去帳は、法皇ゆかりの人々の名を記して供養したもの。
文法
- 「なんでふ名により、文字にはよるべき」
- 「なんでふ」は「なにといふ」のつづまった形で、どうして…か(いや…ない)、と反語を表す。現代仮名遣いでは「なんじょう」。
- 「さうなう推参するやうやある」
- 「さうなう」は「左右無く」のウ音便で、ためらいもなく、むやみに。「やうやある」は、…というやり方があるか(あるはずがない)、と強くとがめる反語。
- 「その上。神ともいへ」
- 底本は「その上。」と句点を打つ。文意から読点の誤植と考えられるが、底本どおりに翻刻した。
- 「歌うたる」「舞うたりけり」
- 「歌ひたる」「舞ひたりけり」のウ音便。
- 「舞にめで給ひて」
- 「めづ(愛づ)」は、感動する、ほめたたえる、の意。
- 「妓王をこそ出さめ」
- 係助詞「こそ」を受けて、意志の助動詞「む」の已然形「め」で結ぶ。妓王のほうを出してしまおう、の意。
- 「力及ばで出で去りけり」
- 底本の本文。流布本の多くは「出でざりけり」(仏御前は出て行くことができなかった)とするが、底本は「出で去りけり」と刷っている。ここでは底本どおりに翻刻し、訳は文脈に合わせて席を立った意とした。
- 「参る程では」
- 参上したからには、の意。
- 「恥ぢても〳〵何ならず」
- くの字点は「恥ぢても恥ぢても」のくり返し。どれほど恥をかいても、何ということもない、の意。
- 「などか引接なかるべき」
- 「などか…べき」は反語で、どうして極楽へ導いてくださらないことがあろうか(必ず導いてくださる)、の意。
- 「出づる息入るをも待つべからず」
- 吐いた息が次に吸う息を待たないうちに死ぬかもしれない、命のはかなさをいう仏教の言い回し。
- 「まことの大道心とは覺え候ひしか」
- 係助詞「こそ」(「思ひ入り給ふこそ」)を受けて、過去の助動詞「き」の已然形「しか」で結ぶ。
和歌
萌えいづるも枯るゝも同じ野べの草いづれか秋にあはではつべき
- 詠者
- 妓王
- 状況
- 清盛に追い出されることになった妓王が、三年住み慣れた西八条殿を去るとき、忘れ形見として障子に書きつけた歌。
修辞
- 掛詞
- 「秋」に、季節の「秋」と、心が離れる「飽き」を掛ける。
- 比喩
- 「萌えいづる」草を新しく寵愛される仏御前に、「枯るる」草を捨てられた自分にたとえ、どちらも同じ野辺の草で、いずれは秋(飽き)にあって枯れ果てる、と詠む。
解説
妓王・妓女・仏御前の話は、史書には見えず、物語の中で語り伝えられたものである。しかし京都の嵯峨には、妓王たちが庵を結んだという祇王寺が今も残り、四人の墓と伝えるものもある。章段の結びに、後白河法皇の長講堂の過去帳に四人の名が記されたとあるのは、この話が実際にあったこととして語られていたことを示している。
白拍子は、平安末期に流行した芸能で、男装して今様などを歌い舞った。章段の中の今様「君をはじめて見る時は」「仏も昔は凡夫なり」は、いずれも当時の歌謡で、後者は『梁塵秘抄』に収める法文歌に近い。後白河法皇が今様を愛好したように、白拍子の芸は貴族社会に深く入りこんでおり、清盛が白拍子を寵愛したのも、こうした時代の風潮の中のことであった。
この章段は、覚一本などでは巻第一の中ほどに置かれ、清盛の横暴を示す最初の具体的な話として、「殿下乗合」「鹿谷」へと続く平家の驕りの物語の入口となっている。一方で、栄華を捨てて念仏に生きる女性たちの姿は、物語の結びである灌頂巻の建礼門院の往生とも響き合い、『平家物語』全体を貫く仏教的な救いの主題を早くも示している。
関連
出典
- 底本
- 『校註日本文学大系』第14巻(平家物語) 国民図書、大正14年(1925)、257–269頁(コマ157–163)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日