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源氏物語 第54帖 夢浮橋(7)

小君の来訪

登場人物:妹の尼君・小君・浮舟・横川の僧都・薫

妹尼は不審に思うが、「これこそは、それでは確かなお手紙なのでしょう」と言って「こちらへ」と言わせると、たいそう清らかでしなやかな童が、何とも言えず美しく装束を着て歩いて来た。円座を差し出すと、簾のもとに膝をついて、「このようにしてはお仕えすべきでないと、僧都はおっしゃいましたが」と言うので、妹尼が返事などをなさる。手紙を取り入れて見ると、「入道の姫君の御方に、山より」と書いて、僧都の名を書いていらっしゃる。人違いだなどと言い争うこともできない。浮舟はたいそうきまり悪く思われて、いよいよ奥の方に引き籠もって、人と顔も見合わせなさらない。いつも誇らしげではいらっしゃらない人柄だが、妹尼は「たいそう嫌な、つらいこと」などと言って、僧都のお手紙を見ると、「今朝こちらに大将殿がおいでになって、あなたのご様子をお尋ねになったので、初めからの有様を詳しく申し上げました。お志の深かったお仲を背きなさって、卑しい山賤の中で出家なさったことは、かえって仏のお責めが加わるはずのことと、承って驚いております。どうしようもありません。もとのお約束を違えなさらず、大将殿の愛執の罪を晴らし申し上げなさって、一日の出家の功徳は計り知れないものなので、やはりお頼みなさいと。詳しいことは自ら参上して申し上げましょう。とりあえずこの小君が申し上げるでしょう」と書いてあった。紛れようもなく書き明かしていらっしゃるが、他の人は事情も分からず、「この君はどなたでいらっしゃるのでしょう。やはりたいそうつらい。今でさえこのように無理にお隔てになるのですね」と責められて、浮舟が少し外の方を向いてご覧になると、この子は、今はこれまでと世を思い定めた夕暮れにも、たいそう恋しく思った人だった。同じ所で見ていた頃は、たいそう意地悪く、あいにくにいばって憎らしかったが、母がたいそう可愛がって宇治にも時々連れていらっしゃったので、少し大人びるにつれて互いに思い合っていた子供心を思い出すにつけても、夢のようである。

  1. 1怪あや怪あやあやしけれしけれしけれどどど「「「これこれこれこそこそこそははは、、、さささはははたしかたしかたしかなるなるなる御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこならならならめめめ」」」とてとてとて「「「こなたこなたこなたににに」」」ととといはいはいわせせせたれたれたればばば、、、いといといと淸きよ淸きよきよげげげにににしなやかしなやかしなやかなるなるなる童わらは童わらはわらわのののえええならならならずずずさうぞきさうぞきそうぞきたるたるたるぞぞぞ步あゆ步あゆあゆみみみきたるきたるきたる。。。わらうだわらうだわろうださしさしさし出い出いいてててたれたれたればばば、、、簾す簾すす垂だれ垂だれだれのののもともともとににについついついゐゐいててて、、、「「「かやうかやうかようにてにてにてはははさぶらふさぶらふさぶらうまじくまじくまじくこそこそこそははは、、、僧そう僧そうそう都づ都づずはははのたまひのたまひのたまいしかしかしか」」」ととといへいへいえばばば、、、尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみぞぞぞいらへいらへいらえなどなどなどししし給たま給たまたまふふう。。。文ふみ文ふみふみとりとりとり入い入いいれれれててて見み見みみれれればばば「「「入にふ入にふにゅう道だう道だうどうののの姫ひめ姫ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみののの御おん御おんおん方かた方かたかたににに、、、山やま山やまやまよりよりより」」」とてとてとて名な名なな書か書かかききき給たま給たまたまへへえりりり。。。あらあらあらじじじなどなどなどあらがふあらがふあらがうべきべきべきやうやうようもももなしなしなし。。。いといといとはしたなくはしたなくはしたなく覺おぼ覺おぼおぼえええててていよいよいよいよいよいよ奧おく奧おくおくののの方かた方かたかたににに引ひ引ひひききき入い入いいららられれれててて人ひと人ひとひとににに顏かほ顏かほかおももも見み見みみ合あは合あはあわせせせ給たま給たまたまははわずずず、、、常つね常つねつねもももほごりかほごりかほごりかならならならずずずものものものししし給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとがらがらがらなれなれなれどどど「「「いといといとうたてうたてうたて心こころ心こころこころうううししし」」」などなどなどいひいひいいててて、、、僧そう僧そうそう都づ都づずののの御おん御おんおん文ふみ文ふみふみ見み見みみれれればばば、、、「「「今け今けけ朝さ朝ささこゝこゝここににに大だい大だいだい將しやう將しやうしょう殿どの殿どのどのののの物もの物ものものししし給たま給たまたまひひいててて御おん御おんおんありさまありさまありさま尋たづ尋たづたずねねねとひとひとい給たま給たまたまふふうににに初はじめ初はじめはじめよりよりよりありありありしししやうやうよう委くは委くはくわしくしくしく聞きこ聞きこきこえええ侍はべ侍はべはべりりりぬぬぬ。。。御おん御おんおん志こゝろざし志こゝろざしこころざし深ふか深ふかふかかりかりかりけるけるける御おん御おんおん中なか中なかなかををを背そむ背そむそむききき給たま給たまたまひひいてててあやしきあやしきあやしきやまがつやまがつやまがつののの中なか中なかなかにににすけすけすけししし給たま給たまたまへへえるるることことこと、、、かへりてはかへりてはかえりては佛ほとけ佛ほとけほとけのののせめせめせめ添そ添そそふふうべきべきべき事こと事ことことなるなるなるをををなむなむなん、、、承うけたまは承うけたまはうけたまわりりり驚おどろ驚おどろおどろきききはべるはべるはべる。。。いかゞいかゞいかがはははせせせむむん、、、もともともとののの御おん御おんおん契ちぎ契ちぎちぎりりりあやまちあやまちあやまち給たま給たまたまははわででであいしうあいしうあいしゅうののの罪つみ罪つみつみをををはるかしはるかしはるかし聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいててて一ひと一ひとひと日ひ日ひひのののすけすけすけのののくどくくどくくどくははは、、、はかりはかりはかりなきなきなきものものものなれなれなればばば猶なほ猶なほなお賴たの賴たのたのままませせせ給たま給たまたまへへえとととなむなむなん。。。ことことことことことごとにににははは自みづか自みづかみずからららさぶらひさぶらひさぶらいててて申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべらららむむん。。。かつかつかつかつかつかつこのこのこの小こ小ここ君きみ君きみきみ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいてててむむん」」」とととかいかいかいたりたりたり。。。
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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

不審に思うが、「これこそは、それでは確かなお手紙なのでしょう」と言って「こちらへ」と言わせると、たいそう清らかでしなやかな童が、何とも言えず美しく装束を着て歩いて来た。円座を差し出すと、簾のもとに膝をついて、「このようにしてはお仕えすべきでないと、僧都はおっしゃいましたが」と言うので、尼君が返事などをなさる。手紙を取り入れて見ると、「入道の姫君の御方に、山より」と書いて、名を書いていらっしゃる。人違いだなどと言い争うこともできない。たいそうきまり悪く思われて、いよいよ奥の方に引き籠もって、人と顔も見合わせなさらない。いつも誇らしげではいらっしゃらない人柄だが、「たいそう嫌な、つらいこと」などと言って、僧都のお手紙を見ると、「今朝こちらに大将殿がおいでになって、ご様子をお尋ねになったので、初めからの有様を詳しく申し上げました。お志の深かったお仲を背きなさって、卑しい山賤の中で出家なさったことは、かえって仏のお責めが加わるはずのことと、承って驚いております。どうしようもありません。もとのお約束を違えなさらず、愛執の罪を晴らし申し上げなさって、一日の出家の功徳は計り知れないものなので、やはりお頼みなさいと。詳しいことは自ら参上して申し上げましょう。とりあえずこの小君が申し上げるでしょう」と書いてあった。

紛れようもなく書き明かしていらっしゃるが、他の人は事情も分からず、「この君はどなたでいらっしゃるのでしょう。やはりたいそうつらい。今でさえこのように無理にお隔てになるのですね」と責められて、少し外の方を向いてご覧になると、この子は、今はこれまでと世を思い定めた夕暮れにも、たいそう恋しく思った人だった。同じ所で見ていた頃は、たいそう意地悪く、あいにくにいばって憎らしかったが、母がたいそう可愛がって宇治にも時々連れていらっしゃったので、少し大人びるにつれて互いに思い合っていた子供心を思い出すにつけても、夢のようである。

意訳

美しく装った小君が小野の庵を訪れ、僧都の手紙を差し出す。手紙は「入道の姫君」に宛てたもので、浮舟は人違いだと言い逃れもできない。僧都の手紙には、薫が訪ねて来たので事情を話したこと、薫との深い仲を背いて出家したのはかえって罪になるかもしれないこと、もとの縁を大切にして薫の愛執の罪を晴らし、出家の功徳も頼むようにとあった。妹尼は事情が分からず、浮舟を責める。浮舟が小君を見ると、入水を決意した夕暮れにも恋しく思った弟であり、幼い頃の思い出がよみがえる。

語釈・文法注

文法

「わらうだ」(わらうださし出てたれば)
円座。藁などで丸く編んだ敷物。
「あいしうの罪」(あいしうの罪をはるかし聞え給ひて)
愛執の罪。愛に執着する罪。薫の浮舟への執着を指す。
「一日のすけのくどく」(一日のすけのくどくは、はかりなきもの)
一日の出家の功徳。たとえ還俗しても、一日でも出家した功徳は計り知れない。

解説

僧都の手紙は、浮舟に還俗を勧めるとも読める。「もとの御契りあやまち給はで」の解釈をめぐっては、古来議論がある。

小君の姿を見た浮舟は、宇治での日々を思い出す。死を決意した夕暮れにも恋しかった弟との再会は、浮舟の心を強く揺さぶる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1240–1243頁(コマ331–332)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日