源氏物語 第54帖 夢浮橋(6)
姉は生きている
浮舟は、月日が過ぎていくにつれて、昔のことをこのように忘れずにいるのも、今は何になろうかとつらいので、阿弥陀仏を念じて気を紛らわし、いっそう物も言わずに座っていた。横川に通う人だけが、このあたりでは近い便りなのだった。あの殿(薫)はこの子をすぐに遣わそうとお思いになったが、人目が多くて不都合なので、邸にお帰りになって、翌日改めて送り出しなさる。親しくお思いになる者で、大げさでない二、三人ほどを送りにして、昔もいつも遣わした随身を添えなさった。人の聞かない間に小君を呼び寄せなさって、「お前の亡くなった姉の顔は覚えているか。今は世に亡い人と思い果てていたが、たいそう確かに生きていらっしゃるそうだ。疎い人には聞かせまいと思うので、行って尋ねよ。母にはまだ早いので言うな。かえって驚き騒ぐうちに、知るはずのない人も知ってしまうだろう。その親のお思いが気の毒だからこそ、このように尋ねるのだ」と、早くもたいそう口止めなさるのを、幼い心にも、兄弟は多いけれど、この君の容貌を似る者がないと深く思い込んでいたのに、亡くなってしまったと聞いて、たいそう悲しいと思い続けていたところにこのようにおっしゃるので、たいそう嬉しいにつけても涙が落ちるのを恥ずかしいと思って、紛らわしに「はい」と荒々しく申し上げていた。あちら(小野)には、まだ早朝に僧都のもとから、「昨夜、大将殿のお使いとして小君が参られましたか。事情を承ったところ、つまらなく思って気後れしてしまいましたと、姫君に申し上げてください。自ら申し上げるべきことも多いのですが、今日明日を過ごしてから参上しましょう」とお書きになっていた。これは何事かと妹尼は驚いて、こちらに持って来てお見せ申し上げなさると、浮舟は顔が赤くなって、噂が聞こえたのだろうか、物隠しをしていたと恨まれるだろうと思い続けると、答えようもなくて座っていらっしゃると、妹尼は「やはりおっしゃってください。つらいことにお隔てになって」とひどく恨んで、事情を知らないので慌ただしいほどに思っていると、「山から僧都のお手紙を持って参った人がおります」と取り次いだ。
- 1月月つき日日ひのののすぎすぎすぎ行行ゆくくくまゝまゝままににに昔昔むかしのののことことことかくかくかく思思おもひひい忘忘わすれれれぬぬぬももも今今いまはははなになになにゝゝにすすすべきべきべきことことことぞぞぞととと心心こころうううけれけれければばば、、、阿阿あ彌彌み陀陀だ佛佛ぶつににに思思おもひひいまぎらはしまぎらはしまぎらわしててていとゞいとゞいとど物物ものもももいはいはいわででで居居いたりたりたり橫橫よ川川かわににに通通かよふふう人人ひとのみのみのみなむなむなんこのこのこのわたりわたりわたりにににははは近近ちかきききたよりたよりたよりなりなりなりけるけるける。。。かのかのかの殿殿とのはははこのこのこの子子こをををやがてやがてやがてやらやらやらむむんとととおぼしおぼしおぼしけれけれけれどどど、、、人人ひとめめめ多多おおくくくてててびんなけれびんなけれびんなければばば殿殿とのににに歸歸かえりりり給給たまひひいててて又又またののの日日ひ殊殊こと更更さらにににぞぞぞいだしいだしいだしたてたてたて給給たまふふう。。。むつましくむつましくむつましくおぼすおぼすおぼす人人ひとのののことごとしからことごとしからことごとしからぬぬぬ二二ふた三三み人人たりばかりばかりばかりおくりおくりおくりにてにてにて、、、むかしむかしむかしももも常常つねににに遣遣つかはしはしわしゝゝし隨隨ずい身身じんそへそへそえ給給たまへへえりりり。。。人人ひときかきかきかぬぬぬまままににに呼呼よびびび寄寄よせせせ給給たまひひいててて「「「あこあこあこがががうせうせうせにににししし妹妹いもうとののの顔顔かおはははおぼゆおぼゆおぼゆややや。。。今今いまははは世世よににになきなきなき人人ひとととと思思おもひひいはてはてはてにににしししををを、、、いといといとたしかたしかたしかにににこそこそこそものものものししし給給たまふふうなれなれなれ。。。疎疎うとききき人人ひとにににはははきかきかきかせせせじじじととと思思おもふふうををを、、、いきいきいきててて尋尋たずねねねよよよ。。。はゝはゝははにににはははまだしきまだしきまだしきにににいふいふいうななな。。。なかなかなかなかなかなか驚驚おどろきききさわがさわがさわがむむんほどほどほどににに、、、しるしるしるまじきまじきまじき人人ひともももしりしりしりなななむむん。。。そのそのその親親おやののの御御おん思思おもひひいのののいとほしさいとほしさいとおしさにににこそこそこそかくかくかくももも尋尋たずぬれぬれぬれ」」」とととまだきまだきまだきにににいといといと口口くちがためがためがため給給たまふふうををを、、、をさなきをさなきおさなき心地心地ここちにににもももはらからはらからはらからはははおほかれおほかれおおかれどどど、、、このこのこの君君きみのののかたちかたちかたちをををばばば似似にるるるものものものなしなしなしととと思思おもひひいしみしみしみたりたりたりしししににに、、、うせうせうせ給給たまひひいにににけりけりけりととと聞聞ききききててて、、、いといといと悲悲かなしししととと思思おもひひいわたるわたるわたるにににかくかくかくのたまへのたまへのたまえばばば、、、いといといとうれしきうれしきうれしきにににももも淚淚なみだののの落落おつるつるつるををを耻耻はずかしかしかしととと思思おもひひいてててまぎらはしまぎらはしまぎらわしににに「「「をゝをゝおお」」」ととと荒荒あららからからかににに聞聞きこえええゐゐいたりたりたり。。。
- 2かしこかしこかしこにににはははまだまだまだつとめてつとめてつとめて僧僧そう都都ずののの御御お許許もとよりよりより「「「よべよべよべ大大だい將將しょう殿殿どのののの御御おん使使つかいにてにてにてこここ君君きみやややまうでまうでもうで給給たまへへえりりりししし。。。ことことことのののこゝろこゝろこころうけうけうけ給給たまわりりりしししににに、、、あぢきなくあぢきなくあじきなく歸歸かえりりりててておくしおくしおくし侍侍はべりりりてててなむなむなんととと、、、姫姫ひめ君君ぎみににに聞聞きこえええ給給たまへへえ。。。みづからみづからみずから聞聞きこえええさすさすさすべきべきべきことことことももも多多おおかれかれかれどどど今日今日きょう明日明日あすすぐしすぐしすぐしてててさぶらふさぶらふさぶらうべしべしべし」」」ととと書書かききき給給たまへへえりりり。。。これこれこれははは何何なに事事ことぞぞぞととと尼尼あま君君ぎみ驚驚おどろきききてててこなたこなたこなたへへへもてもてもてわたりわたりわたりてててみせみせみせ奉奉たてまつりりり給給たまへへえばばば、、、おもておもておもてうちうちうち赤赤あかみみみててて物物ものののの聞聞きこえええあるあるあるにににやややととと苦苦くるしうしうしゅう物物ものがくしがくしがくししししけるけるけるととと恨恨うらみみみられられられむむんををを思思おもひひいつゞくるつゞくるつづくるににに、、、いらへいらへいらえむむん方方かたなくなくなくててて居居い給給たまへへえるるるににに「「「猶猶なおののの給給たまはせはせわせよよよ、、、心心こころうううくくくおぼしおぼしおぼし隔隔へだつるつるつることことこと」」」ととといみじくいみじくいみじく恨恨うらみみみてててことことことののの心心こころををを知知しらららねねねばばばあわたゞしきあわたゞしきあわただしきまでまでまで思思おもひひい居居いたるたるたるほどほどほどににに「「「山山やまよりよりより僧僧そう都都ずののの御御おんせうそこせうそこしょうそこにてにてにて參參まいりりりたりたりたり人人ひとなむなむなんあるあるある」」」ととといひいひいい入入いれれれたりたりたり。。。
現代語訳
月日が過ぎていくにつれて、昔のことをこのように忘れずにいるのも、今は何になろうかとつらいので、阿弥陀仏を念じて気を紛らわし、いっそう物も言わずに座っていた。横川に通う人だけが、このあたりでは近い便りなのだった。あの殿はこの子をすぐに遣わそうとお思いになったが、人目が多くて不都合なので、邸にお帰りになって、翌日改めて送り出しなさる。親しくお思いになる者で、大げさでない二、三人ほどを送りにして、昔もいつも遣わした随身を添えなさった。人の聞かない間に呼び寄せなさって、「お前の亡くなった姉の顔は覚えているか。今は世に亡い人と思い果てていたが、たいそう確かに生きていらっしゃるそうだ。疎い人には聞かせまいと思うので、行って尋ねよ。母にはまだ早いので言うな。かえって驚き騒ぐうちに、知るはずのない人も知ってしまうだろう。その親のお思いが気の毒だからこそ、このように尋ねるのだ」と、早くもたいそう口止めなさるのを、幼い心にも、兄弟は多いけれど、この君の容貌を似る者がないと深く思い込んでいたのに、亡くなってしまったと聞いて、たいそう悲しいと思い続けていたところにこのようにおっしゃるので、たいそう嬉しいにつけても涙が落ちるのを恥ずかしいと思って、紛らわしに「はい」と荒々しく申し上げていた。
あちらには、まだ早朝に僧都のもとから、「昨夜、大将殿のお使いとして小君が参られましたか。事情を承ったところ、つまらなく思って気後れしてしまいましたと、姫君に申し上げてください。自ら申し上げるべきことも多いのですが、今日明日を過ごしてから参上しましょう」とお書きになっていた。これは何事かと尼君は驚いて、こちらに持って来てお見せ申し上げなさると、顔が赤くなって、噂が聞こえたのだろうか、物隠しをしていたと恨まれるだろうと思い続けると、答えようもなくて座っていらっしゃると、「やはりおっしゃってください。つらいことにお隔てになって」とひどく恨んで、事情を知らないので慌ただしいほどに思っていると、「山から僧都のお手紙を持って参った人がおります」と取り次いだ。
意訳
浮舟は昔を忘れられない自分を嘆き、阿弥陀仏を念じて心を紛らわす。薫は翌日、浮舟の弟の小君を小野へ遣わす。薫は小君に、亡くなったと思っていた姉が生きていると明かし、母にはまだ言うなと口止めする。姉を慕っていた小君は嬉し涙をこらえる。小野には早朝、僧都から、大将殿の使いの小君が行ったかという手紙が届く。妹尼は驚き、浮舟に事情を問うが、浮舟は顔を赤らめて答えられない。そこへ僧都の手紙を持った使いが来たと取り次がれる。
語釈・文法注
文法
- 「あこ」(あこがうせにし妹の顔はおぼゆや)
- 吾子。目下の者を親しんで呼ぶ語。お前。
- 「口がため」(まだきにいと口がため給ふを)
- 口固め。口止め。
- 「おくし」(あぢきなく歸りておくし侍りてなむ)
- 臆す。気後れする。
解説
小君は姉が生きていると聞いて嬉し涙を流す。幼い小君の素直な喜びは、大人たちの思惑とは対照的である。
僧都の手紙によって、浮舟の素性はついに妹尼にも知られようとしている。浮舟の隠れ住まいは、終わりを迎えつつある。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1240–1241頁(コマ331)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日