源氏物語 第54帖 夢浮橋(5)
谷の向こうの松明
薫は続けて、「そうでなければ、仏の戒めなさる方のことを少しでも聞き及ぶことは、何とか過ちを犯すまいと慎んで、心の中は聖に劣りませんのに、ましてたいそうはかないことにつけて重い罪を得るようなことは、どうして思いましょう。決してあるはずのないことです。お疑いなさいますな。ただ気の毒な親の思いなどを聞いて晴らしてやれましたら、それだけで嬉しく安心できるでしょう」などと、昔から深かった道心の方の心構えを語りなさる。僧都もなるほどとうなずいて、たいそう尊いことなどを申し上げなさるうちに日も暮れたので、小野で中宿りするのもたいそう良いはずだが、心も定まらないままで立ち寄るのはやはり不都合だろうと思い悩んでお帰りになると、この浮舟の弟の童を、僧都は目を留めてお褒めになる。薫が「これにつけて、まずほのめかしてください」と申し上げなさると、僧都は手紙を書いてお与えになる。「時々は山においでになって遊びなさいよ。わけもないことのようにはお思いにならないはずのゆえもあったのです」と小君に語らいなさる。この子は事情も分からないが、手紙を取って御供に出る。坂本まで来ると、薫は「御前駆の人々は少し散らばって、忍びやかに」などとおっしゃる。小野では、たいそう深く茂った青葉の山に向かって、気の紛れることもなく、遣水の蛍だけを昔を思い出す慰めとして眺めていらっしゃると、いつものように遥かに見やられる谷の軒端から、前駆の者が格別に先払いして、たいそう多く灯した火の慌ただしい光を見ようとて、尼君たちも端に出て座っていた。「どなたがいらっしゃるのでしょう。御前駆などがたいそう多く見えますね」「昼にあちらに干物を差し上げた返事に、大将殿がおいでになって、急にご饗応をするので、たいそう良い折だったとありました」「大将殿とは、この女二の宮の御夫でいらっしゃるのかしら」などと言うのも、たいそう世間から遠く田舎びていることよ。本当にそうなのだろうか、時々このような山道を分けていらっしゃった時に、たいそうはっきり聞き覚えのあった随身の声も、ふと交じって聞こえる。
- 1さらさらさらでででははは佛佛ほとけののの制制せいししし給給たまふふう方方かたのののことことことををを僅僅わずかにににもももきゝきゝきき及及およばばばむむんことことことははは、、、いかでいかでいかであやまたあやまたあやまたじじじとととつゝしみつゝしみつつしみててて、、、心心こころのののうちうちうちははは聖聖ひじりににに劣劣おとりりり侍侍はべらららぬぬぬものものものををを、、、ましてましてましていといといとはかなきはかなきはかなきことことことにににつけつけつけてててしもしもしも重重おもききき罪罪つみうううべきべきべきことことことははは、、、などなどなどてててかかか思思おもひひい給給たまへへえむむん、、、更更さらにににあるあるあるまじきまじきまじきことことことににに侍侍はべるるる。。。疑疑うたがひひいおぼすおぼすおぼすまじまじまじ。。。たゞたゞただいとほしきいとほしきいとおしき親親おやののの思思おもひひいなどなどなどををを聞聞ききききあきらめあきらめあきらめ侍侍はべらららむむんばかりばかりばかりなむなむなん嬉嬉うれしうしうしゅう心心こころやすかるやすかるやすかるべきべきべき」」」などなどなど、、、昔昔むかしよりよりより深深ふかかりかりかりししし方方かたののの心心こころおきておきておきてかたりかたりかたり給給たまふふう。。。僧僧そう都都ずもももげにげにげにとととうなづきうなづきうなずきててていといといとたふときたふときとうときことことことなどなどなど聞聞きこえええ給給たまふふう程程ほどににに日日ひももも暮暮くれれれぬれぬれぬればばば中中なかやどりやどりやどりもももいといといとよかりよかりよかりぬぬぬべけれべけれべけれどどど、、、うはうはうわののの空空そらにてにてにて物物ものしししたらたらたらむむんこそこそこそ猶猶なおびんなかるびんなかるびんなかるべけれべけれべけれととと思思おもひひいわづらひわづらひわずらいててて歸歸かえりりり給給たまふふうににに、、、このこのこのせうとせうとしょうとののの童童わらわををを、、、僧僧そう都都ずめめめとゞめとゞめとどめてててほめほめほめ給給たまふふう。。。これこれこれにににつけつけつけててて「「「まづまづまずほのめかしほのめかしほのめかし給給たまへへえ」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、文文ふみかきかきかきてててとらとらとらせせせ給給たまふふう。。。「「「時々時々ときどきははは山山やまにににおはしおはしおわしてててあそびあそびあそび給給たまへへえよよよ。。。すゞろすゞろすずろなるなるなるやうやうようにににはははおぼすおぼすおぼすまじきまじきまじきゆゑゆゑゆえもももありありありけりけりけり」」」とととうちうちうち語語かたらひらひらい給給たまふふう。。。このこのこの子子こははは心心こころもももえええねねねどどど文文ふみとりとりとりててて御御おん供供ともにににいづいづいず。。。
- 2坂坂さか本本もとににになれなれなればばば、、、「「「御御ご前前ぜんののの人々人々ひとびとすこしすこしすこしたちたちたちあかれあかれあかれててて忍忍しのびびびやかやかやかにににををを」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。小小お野野のにににはははいといといと深深ふかくくくしげりしげりしげりたるたるたる靑靑あお葉葉ばののの山山やまににに向向むかひひいてててまぎるゝまぎるゝまぎるることことことなくなくなくやりやりやりみづみづみずのののほたるほたるほたるばかりばかりばかりををを昔昔むかし覺覺おぼゆるゆるゆるなぐさめなぐさめなぐさめにてにてにてながめながめながめ給給たまへへえるるるににに、、、例例れいのののはるかはるかはるかににに見見みやらやらやらるゝるゝるる谷谷たにののの軒軒のき端端ばよりよりより、、、さきさきさき心心こころことことことにににおひおひおいててていといといとおほうおほうおおうともともともしししたるたるたる火火ひののののどかのどかのどかならならならぬぬぬ光光ひかりををを見見みるるるとてとてとて尼尼あま君君ぎみ達達たちもももはしはしはしににに出出いででで居居いたりたりたり。。。「「「たたたがががおはしますおはしますおわしますにににかかかあらあらあらむむん、、、御御ご前前ぜんなどなどなどいといといと多多おおくくくこそこそこそ見見みゆれゆれゆれ。。。ひるひるひるあなたあなたあなたにににひきひきひきぼしぼしぼし奉奉たてまつれれれたりたりたりつるつるつる返返かえり事事ごとににに大大だい將將しょう殿殿どのおはしましおはしましおわしましててて御御おんあるじあるじあるじのののことことことにはかにはかにはかにににするするするををを、、、いといといとよきよきよき折折おりとととこそこそこそありありありつれつれつれ。。。大大だい將將しょう殿殿どのとととはははこのこのこの女女おんな二二にののの宮宮みやののの御御おんをとこをとこおとこにににやややおはしおはしおわしつつつらむらむらん」」」などなどなどいふいふいうもももいといといとこのこのこの世世よとほくとほくとおく田田い舎舎なかびびびにににたるたるたるややや。。。誠誠まことにににさささにににやややあらあらあらむむん、、、時々時々ときどきかゝるかゝるかかる山山やま路路じわけわけわけおはせおはせおわせししし時時ときいといといとしるかりしるかりしるかりししし隨隨ずい身身じんののの聲聲こえもももうちつけうちつけうちつけにににまじりまじりまじりててて聞聞きこゆゆゆ。。。
現代語訳
「そうでなければ、仏の戒めなさる方のことを少しでも聞き及ぶことは、何とか過ちを犯すまいと慎んで、心の中は聖に劣りませんのに、ましてたいそうはかないことにつけて重い罪を得るようなことは、どうして思いましょう。決してあるはずのないことです。お疑いなさいますな。ただ気の毒な親の思いなどを聞いて晴らしてやれましたら、それだけで嬉しく安心できるでしょう」などと、昔から深かった方の心構えを語りなさる。僧都もなるほどとうなずいて、たいそう尊いことなどを申し上げなさるうちに日も暮れたので、中宿りもたいそう良いはずだが、心も定まらないままで立ち寄るのはやはり不都合だろうと思い悩んでお帰りになると、この弟の童を、僧都は目を留めてお褒めになる。「これにつけて、まずほのめかしてください」と申し上げなさると、手紙を書いてお与えになる。「時々は山においでになって遊びなさいよ。わけもないことのようにはお思いにならないはずのゆえもあったのです」と語らいなさる。この子は事情も分からないが、手紙を取って御供に出る。
坂本まで来ると、「御前駆の人々は少し散らばって、忍びやかに」などとおっしゃる。小野では、たいそう深く茂った青葉の山に向かって、気の紛れることもなく、遣水の蛍だけを昔を思い出す慰めとして眺めていらっしゃると、いつものように遥かに見やられる谷の軒端から、前駆の者が格別に先払いして、たいそう多く灯した火の慌ただしい光を見ようとて、尼君たちも端に出て座っていた。「どなたがいらっしゃるのでしょう。御前駆などがたいそう多く見えますね。昼にあちらに干物を差し上げた返事に、大将殿がおいでになって、急にご饗応をするので、たいそう良い折だったとありました。大将殿とは、この女二の宮の御夫でいらっしゃるのかしら」などと言うのも、たいそう世間から遠く田舎びていることよ。本当にそうなのだろうか、時々このような山道を分けていらっしゃった時に、たいそうはっきり聞き覚えのあった随身の声も、ふと交じって聞こえる。
意訳
薫は、自分は心の中では聖に劣らず、仏の戒めを犯すつもりはなく、ただ浮舟の母の思いを晴らしてやりたいだけだと言う。日が暮れ、薫は小野に立ち寄るのをためらって帰ることにし、僧都に小君への手紙を書いてもらう。坂本に着くと、薫は前駆の者たちに忍びやかに行くよう命じる。小野の庵では、浮舟が遣水の蛍を眺めて昔を偲んでいると、谷の向こうに松明の列が見え、尼たちは大将殿の一行だと噂する。浮舟は、かつて宇治に通ってきた薫の随身の声を聞き分ける。
語釈・文法注
文法
- 「中やどり」(中やどりもいとよかりぬべけれど)
- 途中で休息すること。ここでは小野に立ち寄ること。
- 「さき心ことにおひて」(さき心ことにおひていとおほうともしたる火)
- 先払いの声を格別に上げて。
- 「ひきぼし」(ひるあなたにひきぼし奉れたりつる)
- 干した海藻などの食べ物。
解説
薫は自らの道心を語り、浮舟に会っても罪を犯すつもりはないと言う。しかし、その言葉とは裏腹に、浮舟への執着は強い。
浮舟は遣水の蛍を眺め、谷の向こうの松明に薫の一行を見る。蛍の光と松明の光、近くて遠い二人の距離が、夏の夜の情景に描き出されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1238–1241頁(コマ330–331)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日