源氏物語 第50帖 東屋(39)
宇治に着く
薫は「かたみぞと見るにつけてもあさぎりの所せきまでぬるる袖かな」と、思わず独り言をおっしゃるのを聞いて、尼君はいっそう絞るほどに袖を泣き濡らすので、若い侍従は、妙に見苦しい夫婦の仲だな、心楽しい道中に、たいそう厄介なことが加わった心地がする。こらえきれない様子の鼻をすする音をお聞きになって、薫も忍びやかに鼻をかみなさって、さすがに浮舟はどう思うだろうと気の毒なので、「長年この道を行き来するたびが重なるのを思うと、何となく物悲しいことだ。少し起き上がって、この山の色もご覧なさい。たいそう引き籠もっていることよ」と、無理に抱き起こしなさると、浮舟は趣深いほどに扇で顔を隠して、遠慮がちに外を見やった目もとなどは、たいそうよく大君を思い出させるが、おっとりとあまりにのんびりしすぎているのが心もとないようだ。あの方はたいそうひどく子どもっぽかったものの、心づかいが浅くなくいらしたなあと、やはり行き場のない悲しさは、むなしい空にも満ちてしまいそうだ。宇治にお着きになって、ああ、亡き魂が宿ってご覧になっているだろうか、誰のためにこのようにわけもなくさまよい歩くものでもないのにと思い続けなさって、車から降りては少し気をつかって立ち去りなさった。浮舟は母君がお思いになるだろうことなどがたいそう嘆かわしいが、薫が優美な様子で心深くしみじみとお話しなさるので、気持ちを慰めて降りた。尼君はこちらでわざわざ降りて廊に車を寄せるのを、薫は、特別に気を遣うべき住まいでもないのに、用心が過ぎると御覧になる。御荘園からいつものように人々が騒がしいほど参り集まる。浮舟のお食事は尼君の方から差し上げる。道中は草木が茂っていたが、この邸の様子はたいそう晴れ晴れしい。川の景色も山の色も引き立てるような造りの様子を見やって、浮舟は日頃のうっとうしさが慰められた心地がするが、どのようにお扱いになるおつもりなのかと、宙に浮いたように妙に思われる。殿は京へお手紙をお書きになる。
- 1「「「かたみかたみかたみぞぞぞととと見見みるるるにににつけつけつけてててもももあさあさあさぎりぎりぎりののの所所ところせきせきせきまでまでまでぬるゝぬるゝぬるる袖袖そでかなかなかな」」」ととと心心こころにににもももあらあらあらずずず、、、ひとりひとりひとりごちごちごち給給たまふふうををを聞聞ききききててて、、、いとゞいとゞいとどしぼるしぼるしぼるばかりばかりばかり尼尼あま君君ぎみののの袖袖そでももも泣泣なきききぬらすぬらすぬらすををを、、、若若わかききき人人ひとあやしうあやしうあやしゅう見見み苦苦ぐるしきしきしきよよよかなかなかな心心こころゆくゆくゆくみちみちみちににに、、、いといといとむつかしきむつかしきむつかしきことことこと添添そひひいたるたるたる心地心地ここちすすす。。。忍忍しのびびびがたげがたげがたげなるなるなる鼻鼻はなずゝりずゝりずすりををを聞聞きききき給給たまひひいててて我我わももも忍忍しのびやかびやかびやかににに打打うちちちかみかみかみ給給たまひひいててて、、、さすがさすがさすがにににいかゞいかゞいかが思思おもふふうらむらむらんととといとほしけれいとほしけれいとおしければばば、、、あまたあまたあまたののの年年とし頃頃ごろ、、、このこのこの道道みちををを行行ゆきききかふかふかうたびたびたび重重かさなるるるををを思思おもふふうににに、、、そこはかとそこはかとそこはかとなくなくなく物物もの哀哀あわれなるなるなるかなかなかな。。。「「「少少すこししし起起おきききあがりあがりあがりててて、、、このこのこの山山やまののの色色いろももも見見み給給たまへへえ。。。いといといとうもれうもれうもれたりたりたりややや」」」ととと、、、强强しひひいてててかきかきかきおこしおこしおこし給給たまへへえばばば、、、をかしきをかしきおかしき程程ほどにににさしさしさしかくしかくしかくしててて、、、つゝましげつゝましげつつましげににに見見み出出いだしししたるたるたるまみまみまみなどなどなどははは、、、いといといとよくよくよく思思おもひひい出出いでででらるれらるれらるれどどど、、、おいらかおいらかおいらかにににあまりあまりあまりおほどきおほどきおおどき過過すぎぎぎたるたるたるぞぞぞ心心こころもとなかもとなかもとなかめるめるめる。。。いといといといたういたういとうこめいこめいこめいたるたるたるものものものからからから用用よう意意いののの淺淺あさからからからずずず物物ものししし給給たまひひいしししはははやややととと、、、猶猶なお行行ゆくくくかたかたかたなきなきなき悲悲かなしさしさしさははは空空むなしきしきしきそらそらそらにににももも滿滿みちちちぬぬぬべかべかべかめりめりめり。。。
- 2おはしおはしおわしつきつきつきててて、、、哀哀あわれなきなきなきたまたまたまややややどりやどりやどりててて見見み給給たまふふうらむらむらん、、、誰誰たれににによりよりよりててて、、、かくかくかくすゞろすゞろすずろににに惑惑まどひひいありくありくありくものものものにににもももあらあらあらなくなくなくにににととと思思おもひひい續續つづけけけ給給たまひひいててて、、、おりおりおりてててははは少少すこししし心心こころしらひしらひしらいててて立立たりりり去去さりりり給給たまへへえりりり。。。女女おんなははは母母はは君君ぎみののの思思おもひひい給給たまははわむむんことことことなどなどなど、、、いといといとなげかしけれなげかしけれなげかしけれどどど、、、艶艶えんなるなるなるさまさまさまににに心心こころ深深ふかくくく哀哀あわれににに語語かたらひらひらい給給たまふふうににに、、、思思おもひひい慰慰なぐさめめめててておりおりおりぬぬぬ。。。尼尼あま君君ぎみはははこなたこなたこなたににに殊殊こと更更さらにににおりおりおりててて廊廊ろうにににぞぞぞ寄寄よするするするををを、、、わざとわざとわざと思思おもふふうべきべきべき住住すまひひいにににもももあらあらあらぬぬぬををを、、、よういよういよういこそこそこそあまりあまりあまりなれなれなれととと見見み給給たまふふう。。。みみみさうさうそうよりよりより例例れいののの人々人々ひとびと騷騷さわがしきしきしきまでまでまで參參まいりりり集集つどるるる。。。をんなをんなおんなののの御御おんだいだいだいははは尼尼あま君君ぎみののの方方かたよりよりよりまゐるまゐるまいる道道みちはははしげかりしげかりしげかりつれつれつれどどど、、、このこのこの有有あり樣樣さまはははいといといとはればれしはればれしはればれし。。。河河かわののの氣色氣色けしきももも山山やまののの色色いろももも、、、もてもてもてはやしはやしはやしたるたるたるつくりつくりつくりざまざまざまををを見見み出出いだしししててて、、、日日ひ頃頃ごろのののいぶせさいぶせさいぶせさ慰慰なぐさみみみぬるぬるぬる心地心地ここちすれすれすれどどど、、、いかにいかにいかにもてもてもてないないない給給たまははわむむんとととするするするにににかかかととと、、、うきうきうきててて怪怪あやしうしうしゅう覺覺おぼゆゆゆ。。。殿殿とのははは京京きょうににに御御おん文文ふみ書書かききき給給たまふふう。。。
現代語訳
「形見だと思って見るにつけても、朝霧が立ちこめるように、所狭いほど濡れる袖だな」と、思わず独り言をおっしゃるのを聞いて、いっそう絞るほどに尼君の袖も泣き濡らすので、若い人は、妙に見苦しい夫婦の仲だな、心楽しい道中に、たいそう厄介なことが加わった心地がする。こらえきれない様子の鼻をすする音をお聞きになって、自分も忍びやかに鼻をかみなさって、さすがに浮舟はどう思うだろうと気の毒なので、長年この道を行き来するたびが重なるのを思うと、何となく物悲しいことだ、「少し起き上がって、この山の色もご覧なさい。たいそう引き籠もっていることよ」と、無理に抱き起こしなさると、趣深いほどに扇で顔を隠して、遠慮がちに外を見やった目もとなどは、たいそうよく思い出されるけれど、おっとりとあまりにのんびりしすぎているのが心もとないようだ。あの方はたいそうひどく子どもっぽかったものの、心づかいが浅くなくいらしたなあと、やはり行き場のない悲しさは、むなしい空にも満ちてしまいそうだ。
お着きになって、ああ、亡き魂が宿ってご覧になっているだろうか、誰のためにこのようにわけもなくさまよい歩くものでもないのにと思い続けなさって、降りては少し気をつかって立ち去りなさった。女は母君がお思いになるだろうことなどが、たいそう嘆かわしいけれど、優美な様子で、心深くしみじみとお話しなさるので、気持ちを慰めて降りた。尼君はこちらでわざわざ降りて廊に車を寄せるのを、特別に気を遣うべき住まいでもないのに、用心が過ぎると御覧になる。御荘園から、いつものように人々が騒がしいほど参り集まる。女のお食事は尼君の方から差し上げる。道中は草木が茂っていたけれど、この有様はたいそう晴れ晴れしい。川の景色も山の色も引き立てるような造りの様子を見やって、日頃のうっとうしさが慰められた心地がするけれど、どのようにお扱いになるおつもりなのかと、宙に浮いたように妙に思われる。殿は京へお手紙をお書きになる。
意訳
薫は浮舟を大君の形見と見て涙の歌を詠み、弁の尼も泣き、侍従は不吉な道中だと思う。薫は浮舟を抱き起こして山の景色を見せ、扇で顔を隠す浮舟の目もとに大君の面影を見るが、おっとりしすぎているのを物足りなく思う。宇治に着き、薫は大君の魂が見ているかと思う。浮舟は母のことを案じつつも、晴れやかに造られた邸と川や山の景色に心を慰めるが、薫が自分をどう扱うつもりかと不安に思う。
語釈・文法注
文法
- 「鼻ずゝり」(忍びがたげなる鼻ずゝりを聞き給ひて)
- 鼻をすすること。泣いていることを示す。
- 「うもれたり」(いとうもれたりや)
- 引き籠もっている、陰気に沈んでいる。
- 「うきて」(うきて怪しう覺ゆ)
- 浮きて。落ち着かず、宙に浮いたように。
解説
薫は浮舟を「かたみ」と呼び、大君の身代わりとして見る。浮舟自身ではなく、亡き人の面影を求める薫の愛は、最初から浮舟の悲劇を孕んでいる。
「うきて怪しう覺ゆ」という浮舟の心は、その名のとおり、行方の定まらない浮舟の運命を表している。宇治の景色に慰められつつも、浮舟の心は落ち着くところを知らない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1104–1107頁(コマ263–264)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日