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源氏物語 第50帖 東屋(38)

宇治への道

登場人物:弁の尼・薫・浮舟・侍従・中の君

尼君は「宮の上(中の君)がお聞きになることもあるでしょうに、忍んで行き来いたしますのも、たいそういやなことで」と申し上げるが、薫は早くもこの事をお聞かせ申し上げるのも気恥ずかしく思われなさって、「それは後で罪を逃れるようにお詫び申し上げなさればよい。あちらに案内がなくては頼りない所なのだから」と強いておっしゃる。「誰か一人お供するがよい」とおっしゃるので、浮舟に付き添っている侍従と尼君が乗った。乳母や尼君の供だった女童なども残されて、たいそう妙な心地で座っていた。近い所へかと思ったら、宇治へおいでになるのだった。牛などを取り替える用意をなさっていた。河原を過ぎ、法性寺のあたりにおいでになる頃、夜はすっかり明けた。若い侍従はたいそうほのかに薫を拝見して、ほめ申し上げて、わけもなくお慕い申し上げるので、世間への遠慮も思われない。浮舟はたいそう呆れたことに物も考えられず、うつ伏して臥しているのを、薫は「石の高いあたりは苦しいものを」と言って抱きなさった。薄物の細長を車の中に引き隔てにしてあるので、華やかに差し出た朝日の光に、尼君はたいそう体裁悪く思われるにつけて、故姫君のお供としてこそ、このようにしても拝見すべきだったのに、生き長らえていると思いがけないことも見るものだと悲しく思われて、隠そうとするが、べそをかいて泣くのを、侍従はたいそう憎らしく、結婚の初めに尼姿で乗り添っているのでさえ不吉に思うのに、どうしてこのように泣き顔なのかと、憎らしく愚かしくも思う。年老いた者はわけもなく涙もろいものだと、軽く思うのだった。薫も、目の前の人は憎くはないが、空の様子につけても過ぎし日の恋しさがまさって、山深く入るにつれて霧が立ちこめる心地がなさる。物思いにふけって寄りかかっていらっしゃる袖が、重なったまま長々と車の外に出ていたのが、川霧に濡れて、お召し物の紅に直衣の縹色がけばけばしく移っているのを、落懸の高い所で見つけて引き入れなさる。

  1. 1宮みや宮みやみやのののうへうへうえきこしきこしきこし召め召めめさささむむんことことこともももあるあるあるににに、、、忍しの忍しのしのびびびててて行ゆ行ゆゆきききかへりかへりかえり侍はべ侍はべはべらららむむんももも、、、いといといとうたてうたてうたてなむなむなん」」」ととと聞きこ聞きこきこゆれゆれゆれどどど、、、またきまたきまたきこのこのこの事こと事ことこと聞き聞ききかかかせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんももも心こころ心こころこころ耻はづか耻はづかはずかしくしくしく覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「それそれそれははは後のち後のちのちにににももも罪つみ罪つみつみさりさりさり申まう申まうもうししし給たま給たまたまひひいてててむむんかしこかしこかしこにににしるべしるべしるべなくなくなくてててははは、、、たつきたつきたつきなきなきなき所ところ所ところところををを」」」ととと責せ責せせめめめてててのたまふのたまふのたまう。。。「「「人ひと人ひとひと一ひと一ひとひと人り人りりやはやはやはべるべるべるべきべきべき」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、このこのこの君きみ君きみきみににに添そ添そそひひいたるたるたる侍じ侍じじ從じう從じうじゅうとととのりのりのりぬぬぬ。。。めのとめのとめのと尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみのののともともともなりなりなりしししわらはわらはわらわなどなどなどももも後おく後おくおくれれれててて、、、いといといと怪あや怪あやあやしきしきしき心地ここち心地ここちここちしししててて居ゐ居ゐいたりたりたり。。。近ちか近ちかちかききき程ほど程ほどほどにににやややととと思おも思おもおもへへえばばば宇う宇うう治ぢ治ぢじへへへおはするおはするおわするなりなりなりけりけりけり牛うし牛うしうしなどなどなどひきひきひきかふかふかうべきべきべき心こゝろ心こゝろこころまうけまうけもうけししし給たま給たまたまへへえりりり。。。河か河かか原はら原はらはら過す過すすぎぎぎ法ほふ法ほふほうさうさうそう寺じ寺じじのののわたりわたりわたりおはしますおはしますおわしますににに、、、夜よ夜よよははは明あ明ああけけけはてはてはてぬぬぬ。。。若わか若わかわかききき人ひと人ひとひとはははいといといとほのかほのかほのかににに見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりててて、、、めでめでめで聞きこ聞きこきこえええててて、、、すゞろすゞろすずろにににこひこひこい奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるににに、、、世よ世よよののの中なか中なかなかのののつゝましさつゝましさつつましさももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず、、、君きみ君きみきみぞぞぞいといといとあさましきあさましきあさましきににに物もの物ものものももも覺おぼ覺おぼおぼえええででで、、、うつぶしうつぶしうつぶしふしふしふしたるたるたるををを、、、「「「石いし石いしいし高たか高たかたかきききわたりわたりわたりははは苦くる苦くるくるしきしきしきものものものををを」」」とてとてとて抱いだ抱いだいだききき給たま給たまたまへへえりりり。。。
  2. 2うすものうすものうすものゝゝのほそながほそながほそながををを車くるま車くるまくるまのののなかなかなかににに引ひ引ひひききき隔へだ隔へだへだてててたれたれたればばば、、、花はな花はなはなやかやかやかにににさしさしさし出い出いいでででたるたるたる朝あさ朝あさあさ日ひ日ひひかげかげかげににに、、、尼あま尼あまあま君ぎみ君ぎみぎみはははいといといとはしたなくはしたなくはしたなく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるにににつけつけつけててて、、、故こ故ここ姫ひめ姫ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみののの御おん御おんおんともともともにににこそこそこそ、、、かやうかやうかようにてにてにてももも見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりつつつべかりべかりべかりしししががが、、、ありありありふれふれふればばば思おもひ思おもひおもいかけかけかけぬぬぬことことことをををももも見み見みみるるるかなかなかなととと悲かな悲かなかなしうしうしゅう覺おぼ覺おぼおぼえええててて、、、つゝむつゝむつつむとととすれすれすれどどど、、、うちうちうちひそみひそみひそみつゝつゝつつ泣な泣ななくくくををを、、、侍じ侍じじ從じう從じうじゅうはははいといといとにくゝにくゝにくくものものものゝゝのはじめはじめはじめににに、、、かたちかたちかたちことことことにてにてにて乘の乘ののりりりそひそひそいたるたるたるをををだにだにだに思おも思おもおもふふうににに、、、なぞなぞなぞかくかくかくいやめいやめいやめなるなるなるととと、、、にくゝにくゝにくくをこをこおこにににももも思おも思おもおもふふう。。。老お老おおいいいたるたるたるものものものははは、、、すゞろすゞろすずろににに淚なみだ淚なみだなみだもろもろもろにににあるあるあるものものものぞぞぞととと、、、おろそかおろそかおろそかににに打う打ううちちち思おも思おもおもふふうなりなりなりけりけりけり。。。君きみ君きみきみももも見み見みみるるる人ひと人ひとひとはははにくからにくからにくからねねねどどどそらそらそらののの氣色けしき氣色けしきけしきにににつけつけつけてててももも、、、きききしししかたかたかたののの戀こひ戀こひこいしさしさしさまさりまさりまさりててて、、、山やま山やまやま深ふか深ふかふかくくく入い入いいるるるまゝまゝままににに霧きり霧きりきり立た立たたちちちわたるわたるわたる心地ここち心地ここちここちししし給たま給たまたまふふう。。。打う打ううちちち眺なが眺ながながめめめてててよりよりより居ゐ居ゐい給たま給たまたまへへえるるる、、、袖そで袖そでそでのののかさなりかさなりかさなりながらながらながら、、、ながやかながやかながやかににに出い出いいでででたりたりたりけるけるけるががが、、、川かは川かはかわ霧ぎり霧ぎりぎりにににぬれぬれぬれててて御おん御おんおんぞぞぞのののくれなゐくれなゐくれないなるなるなるににに御おん御おんおんなほしなほしなおしののの花はな花はなはなのののおどろおどろしうおどろおどろしうおどろおどろしゅううつりうつりうつりたるたるたるををを、、、おとしおとしおとしかけかけかけのののたかきたかきたかき所ところ所ところところににに見み見みみつけつけつけててて引ひ引ひひききき入い入いいれれれ給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

尼君は「宮の上がお聞きになることもあるでしょうに、忍んで行き来いたしますのも、たいそういやなことで」と申し上げるが、早くもこの事をお聞かせ申し上げるのも気恥ずかしく思われなさって、「それは後で罪を逃れるようにお詫び申し上げなさればよいでしょう。あちらに案内がなくては、頼りない所なのだから」と強いておっしゃる。「誰か一人お供するがよい」とおっしゃるので、この君に付き添っている侍従と尼君が乗った。乳母や、尼君の供だった女童なども残されて、たいそう妙な心地で座っていた。近い所へかと思うと、宇治へおいでになるのだった。牛などを取り替える用意をなさっていた。河原を過ぎ、法性寺のあたりにおいでになる頃、夜はすっかり明けた。若い人はたいそうほのかに拝見して、ほめ申し上げて、わけもなくお慕い申し上げるので、世間への遠慮も思われない。浮舟はたいそう呆れたことに物も考えられず、うつ伏して臥しているのを、「石の高いあたりは苦しいものを」と言って抱きなさった。

薄物の細長を車の中に引き隔てにしてあるので、華やかに差し出た朝日の光に、尼君はたいそう体裁悪く思われるにつけて、故姫君のお供としてこそ、このようにしても拝見すべきだったのに、生き長らえていると、思いがけないことも見るものだなと悲しく思われて、隠そうとするけれど、べそをかきながら泣くのを、侍従はたいそう憎らしく、物事の初めに、尼姿で乗り添っているのでさえ不吉に思うのに、どうしてこのように泣き顔なのかと、憎らしく愚かしくも思う。年老いた者は、わけもなく涙もろいものだと、軽く思うのだった。君も、目の前の人は憎くはないけれど、空の様子につけても、過ぎし日の恋しさがまさって、山深く入るにつれて、霧が立ちこめる心地がなさる。物思いにふけって寄りかかっていらっしゃる、袖が重なったまま、長々と出ていたのが、川霧に濡れて、お召し物の紅に、直衣の縹色がけばけばしく移っているのを、落懸の高い所で見つけて引き入れなさる。

意訳

弁の尼は中の君に知られることを気にするが、薫は案内役として尼を同乗させ、侍従も乗る。車は宇治へ向かい、法性寺のあたりで夜が明ける。若い侍従は薫に見とれ、浮舟は呆然としてうつ伏している。薫は揺れる車の中で浮舟を抱く。弁の尼は、大君のお供としてこそこうした旅をしたかったと泣き、侍従は不吉だと憎らしく思う。薫も山深く入るにつれて大君を思い、川霧に濡れた袖の色が移っているのに気づく。

語釈・文法注

文法

「罪さり申し」(それは後にも罪さり申し給ひてむ)
罪避り申す。詫びを申し上げて罪を逃れる。
「いやめ」(なぞかくいやめなると)
泣き顔。
「おとしかけ」(おとしかけのたかき所に見つけて)
落懸。坂道の急な所とも、車の簾の上の横木とも。

解説

宇治への車中、薫・浮舟・弁の尼・侍従の四人は、それぞれまったく異なる思いを抱いている。薫は大君を思い、尼は大君を偲んで泣き、侍従は薫に見とれ、浮舟は呆然としている。

薫が浮舟を抱く場面は、匂宮が浮舟を抱いて宇治川を渡る後の場面と対をなす。二人の男に抱かれて運ばれる浮舟の姿が、その運命を象徴する。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1104–1105頁(コマ263)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日