源氏物語 第50帖 東屋(37)
東屋の歌
薫は「さしとむるむぐらやしげきあづま屋のあまりほどふる雨そそきかな」と、袖の雨を払いなさる追い風が、たいそう不釣り合いなほどで、東国の里人も驚くに違いない。あれこれと申し上げて逃れる方法もないので、南の廂に御座所を整えてお入れ申し上げる。浮舟が気楽に対面なさらないのを、女房たちが誰彼と押し出した。遣戸というものを閉めて、少しだけ開けてあるので、薫は「飛騨の匠も恨めしい隔てだな。このような物の外にはまだ座り慣れない」と嘆きなさって、どうなさったのだろうか、お入りになった。あの人形の願いもおっしゃらず、ただ思いがけず物の隙間から見て以来、わけもなく恋しいこと、然るべき宿縁なのだろうか、不思議なほどお思い申し上げているとお話しになったのだろう。人の様子がたいそう可憐でおっとりしているので、見劣りもせず、たいそう愛しいとお思いになった。間もなく夜が明けた心地がするのに、鶏などは鳴かず、大路に近い所でしわがれた声で、何とも聞き知らない名乗りをして群れて行くなどが聞こえる。このような明け方に見ると、物を頭に載せた者が鬼のようだよとお聞きになるのも、このような蓬の宿の丸寝に、慣れていらっしゃらない心地には、趣深くもあった。宿直人も門を開けて出ていく音がする。それぞれ入って臥したりするのをお聞きになって、人を召して車を妻戸に寄せさせなさる。薫は浮舟を抱き上げて車にお乗せになった。誰も彼も妙な、あっけないことと思い騒いで、「九月でもありましたのに、情けないことです。どうしたことでしょう」と嘆くので、尼君もたいそう気の毒で思いのほかのことどもだが、「自然とお考えのことがおありでしょう。心配なさいますな。九月は明日こそ節分と聞きました」と言って慰める。今日は十三日だった。尼君は「今度はご一緒に参れません。
- 1「「「さしさしさしとむるとむるとむるむぐらむぐらむぐらやややしげきしげきしげきあづまあづまあずま屋屋やのののあまりあまりあまりほどほどほどふるふるふる雨雨あまぞゝきぞゝきそそきかなかなかな」」」とととうちうちうちはらひはらひはらい給給たまへへえるるるおひおひおい風風かぜ、、、いといといとかたはかたはかたわなるなるなるまでまでまで、、、あづまあづまあずまののの里里さと人人びとももも驚驚おどろきききぬぬぬべしべしべし。。。とととざまざまざまかうかうこうざまざまざまににに聞聞きこえええのがれのがれのがれむむん方方かたなけれなけれなければばば、、、南南みなみのののひさしひさしひさしにににおおおましましまし引引ひきききつくろひつくろひつくろいててて入入いれれれ奉奉たてまつるるる。。。心心こころやすくやすくやすくもももたいたいたいめめめししし給給たまははわぬぬぬををを、、、これこれこれかれかれかれをしをしおしいでいでいでたりたりたり。。。遣遣やり戶戶どととといふいふいうものものものさしさしさしててて、、、いさゝかいさゝかいささかあけあけあけたれたれたればばば、、、「「「飛飛ひ彈彈だのののたくみたくみたくみもももうらめしきうらめしきうらめしきへだてへだてへだてかなかなかな。。。かゝるかゝるかかるものものものゝゝのとととにににははは、、、まだまだまだゐゐいならはならはならわずずず」」」ととと憂憂うれへへえ給給たまひひいててて、、、いかゞいかゞいかがししし給給たまひひいけむけむけん、、、入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。かのかのかの人人ひとがたがたがたののの願願ねがいももものたまはのたまはのたまわででで、、、唯唯ただ覺覺おぼえええなきなきなきものものものゝゝのはざまはざまはざまよりよりより見見みしししよりよりより、、、すゞろすゞろすずろににに戀戀こいしきしきしきことことこと、、、さるべきさるべきさるべきにににやややあらあらあらむむん怪怪あやしきしきしきまでまでまでぞぞぞ、、、思思おもひひい聞聞きこゆるゆるゆるとととぞぞぞ語語かたらひらひらい給給たまふふうべきべきべき。。。人人ひとのののさまさまさまいといといとらうたげらうたげろうたげにににおほどきおほどきおおどきたれたれたればばば、、、見見みおとりおとりおとりもももせせせずずず、、、いといといと哀哀あわれとととおぼしおぼしおぼしけりけりけり。。。程程ほどもももなうなうのう明明あけけけぬるぬるぬる心地心地ここちするするするににに鳥鳥とりなどなどなどははは鳴鳴なかかかででで、、、おほおほおおちちち近近ちかききき所所ところにににおほどれおほどれおおどれたるたるたる聲聲こえしししててて、、、いかにいかにいかにとととかかか聞聞ききききももも知知しらららぬぬぬなななのりのりのりをををしししててて打打うちちち群群むれれれててて行行ゆくくくなどなどなどぞぞぞ聞聞きこゆるゆるゆる。。。
- 2かやうかやうかようののの朝朝あさぼらけぼらけぼらけににに見見みれれればばば、、、ものものものいたゞきいたゞきいただきたるたるたるものものものゝゝの、、、鬼鬼おにのののやうやうようなるなるなるぞぞぞかしかしかしととと聞聞きききき給給たまふふうももも、、、かゝるかゝるかかる蓬蓬よもぎのののまろまろまろねねねににに、、、ならひならひならい給給たまははわぬぬぬ心地心地ここちににに、、、をかしうをかしうおかしゅうもももありありありけりけりけり。。。とのゐとのゐとのいびとびとびとももも門門かどあけあけあけててて出出いづるづるずる音音おとすすす。。。おのおのおのおのおのおの入入いりりりててて臥臥ふしししなどなどなどするするするををを聞聞きききき給給たまひひいててて、、、人人ひと召召めしししててて車車くるま妻妻つま戶戶どににに寄寄よせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。かきかきかき抱抱いだきききててて乘乘のせせせ給給たまひひいつつつ。。。誰誰たれももも誰誰たれもももあやしうあやしうあやしゅう、、、あへなきあへなきあえなきことことことををを思思おもひひいさわぎさわぎさわぎててて、、、「「「ながながなが月月つきにににもももありありありけるけるけるををを心心こころうううのののわざわざわざややや。。。いかにいかにいかにしししつるつるつることことことぞぞぞ」」」ととと歎歎なげけけけばばば、、、尼尼あま君君ぎみもももいといといといとほしくいとほしくいとおしく思思おもいのののほかほかほかなるなるなることことことゞゞどもももなれなれなれどどど、、、「「「おのづからおのづからおのずからおぼすおぼすおぼすやうやうようあらあらあらむむん。。。うしろめたううしろめたううしろめとうななな思思おもひひい給給たまひひいそそそ。。。ながながながつきつきつきはははあすあすあすこそこそこそせちぶせちぶせちぶととと聞聞ききききしかしかしか」」」ととといひいひいい慰慰なぐさむむむ。。。今日今日きょうははは十十じゅう三三さん日日にちなりなりなりけりけりけり、、、「「「尼尼あま君君ぎみこたみこたみこたみはははえええ參參まいらららじじじ。。。
現代語訳
「戸口をふさぐ葎が茂っているのか、この東屋に、あまりにも長く降りかかる雨のしずくよ」と、雨を払いなさる追い風が、たいそう不釣り合いなほどで、東国の里人も驚くに違いない。あれこれと申し上げて逃れる方法もないので、南の廂に御座所を整えてお入れ申し上げる。浮舟が気楽に対面なさらないのを、誰彼が押し出した。遣戸というものを閉めて、少しだけ開けてあるので、「飛騨の匠も恨めしい隔てだな。このような物の外には、まだ座り慣れない」と嘆きなさって、どうなさったのだろうか、お入りになった。あの人形の願いもおっしゃらず、ただ思いがけず物の隙間から見て以来、わけもなく恋しいこと、然るべき宿縁なのだろうか、不思議なほどお思い申し上げていると、お話しになったのだろう。人の様子がたいそう可憐でおっとりしているので、見劣りもせず、たいそう愛しいとお思いになった。間もなく夜が明けた心地がするのに、鶏などは鳴かず、大路に近い所で、しわがれた声で、何とも聞き知らない名乗りをして、群れて行くなどが聞こえる。
このような明け方に見ると、物を頭に載せた者が鬼のようだよとお聞きになるのも、このような蓬の宿の丸寝に、慣れていらっしゃらない心地には、趣深くもあった。宿直人も門を開けて出ていく音がする。それぞれ入って臥したりするのをお聞きになって、人を召して車を妻戸に寄せさせなさる。浮舟を抱き上げて車にお乗せになった。誰も彼も妙な、あっけないことと思い騒いで、「九月でもありましたのに、情けないことです。どうしたことでしょう」と嘆くので、尼君もたいそう気の毒で、思いのほかのことどもだけれど、「自然とお考えのことがおありでしょう。心配なさいますな。九月は明日こそ節分と聞きました」と言って慰める。今日は十三日だった。「尼君は今度はご一緒に参れません。
意訳
薫は「東屋」の歌を詠み、その香りは東国の人々をも驚かせる。女房たちは薫を南の廂に通し、浮舟を押し出す。薫は遣戸を越えて浮舟のもとに入り、物の隙間から見て以来恋しく思っていたと語る。浮舟は可憐でおっとりしており、薫は愛しく思う。夜明け、物売りの声が聞こえる中、薫は車を寄せさせ、浮舟を抱き上げて乗せる。女房たちは結婚を忌む九月なのにと嘆き、弁の尼は明日が節分だと慰める。
語釈・文法注
文法
- 「あづま屋」(さしとむるむぐらやしげきあづま屋の)
- 東屋。四方に屋根を葺き下ろした簡素な家。催馬楽「東屋」による。巻名の由来となった歌。
- 「飛彈のたくみ」(飛彈のたくみもうらめしきへだてかな)
- 飛騨の匠。優れた大工の代表。遣戸を作った大工を恨むという戯れ。
- 「せちぶ」(ながつきはあすこそせちぶと聞きしか)
- 節分。季節の変わり目。九月は結婚を忌む月だが、明日が節分で月が改まるという慰め。
解説
薫の「あづま屋」の歌が、この巻の名となった。粗末な東屋に降り続く雨を詠みながら、薫は浮舟との隔てを嘆く。
薫は浮舟を抱いて車に乗せ、連れ去る。常に慎重だった薫が、ここでは匂宮にも劣らない大胆さを見せる。浮舟は抵抗することもなく、流されるように宇治へと運ばれていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1102–1105頁(コマ262–263)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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