源氏物語 第50帖 東屋(33)
宇治を訪れる薫
浮舟は、母が並々でなく心苦しく世話してくださるようなのに、甲斐もなくお世話をおかけ申し上げることだと泣かれて、母の手紙の「どんなに所在なく、見慣れない心地がしていらっしゃるでしょう。しばらく忍んでお過ごしなさい」とある返事に、「所在ないのは何でもなく気楽です。ひたぶるにうれしからまし世の中にあらぬ所とおもはましかば」と書いた。幼げに言ったのを見るにつけ、母はほろほろと泣いて、このようにさまよわせ落ちぶれさせるように扱うことがつらいので、「うき世にはあらぬ所をもとめても君がさかりを見るよしもがな」と、平凡な歌などを言い交わして心を晴らした。あの大将殿は、いつものように秋が深まっていく頃、習いになったことなので、寝覚めのたびに物忘れせず、ただ哀れにばかり思われなさったので、宇治の御堂を造り終えたとお聞きになって、ご自身でおいでになった。久しくご覧にならなかったので、山の紅葉も珍しく思われる。取り壊した寝殿は、今度はたいそう晴れ晴れしく造り直してある。昔たいそう簡素にして聖めいていらした住まいを思い出すと、故宮も恋しく思われなさって、様子を変えてしまったのも残念なほどにお思いになるので、いつもより物思いにふけりなさる。もとあった御しつらいはたいそう尊げで、もう一方を女らしく細やかになど、一様ではなかったのを、網代屏風や何かの粗い物などは、あの御堂の僧坊の道具として特別にさせなさった。山里めいた道具類を特別に作らせなさって、ひどく簡素にもせず、たいそう小ぎれいに由緒ありげにしつらえてある。薫は遣水のほとりの岩に座りなさって、すぐにはお立ちになれず、「絶えはてぬ清水になどかなき人のおもかげをだにとどめざりけむ」。涙を拭いながら弁の尼君の方にお立ち寄りになると、尼君はたいそう悲しいと拝見して、ただべそをかくばかりである。薫は長押に仮に腰掛けなさって、簾の端を引き上げてお話しなさる。尼君は几帳に隠れて座っていた。
- 1おろかおろかおろかならならならずずず心苦心苦こころぐるしうしうしゅう思思おもひひいあつかひあつかひあつかい給給たまふふうめるめるめるににに、、、かひかひかいなうなうのうもてもてもてあつかはあつかはあつかわれれれ奉奉たてまつるるることことことゝゝと打打うちちちなかなかなかれれれててて、、、「「「いかにいかにいかにつれづれつれづれつれずれににに見見み習習ならははわぬぬぬ心地心地ここちししし給給たまふふうらむらむらん。。。しばししばししばし忍忍しのびびび過過すぐししし給給たまへへえ」」」とととあるあるある返返かえり事事ごとににに、、、「「「つれづれつれづれつれずれははは何何なにかかか心心こころやすくやすくやすくてててなむなむなん。。。ひたぶるひたぶるひたぶるにににうれしからうれしからうれしからましましまし世世よののの中中なかにににあらあらあらぬぬぬ所所ところとととおもはおもはおもわましかましかましかばばば」」」。。。幼幼おさなげげげにににいひいひいいたるたるたるををを見見みるるるまゝまゝままにににほろほろほろほろほろほろととと打打うちちち泣泣なきききてててかうかうこうまどはしまどはしまどわしはふるゝはふるゝはうるるやうやうようにににもてもてもてなすなすなすことことこといみじけれいみじけれいみじければばば「「「うきうきうき世世よにににはははあらあらあらぬぬぬ所所ところをををもとめもとめもとめてててももも君君きみがががさかりさかりさかりををを見見みるるるよしよしよしもがなもがなもがな」」」とととなほなほしきなほなほしきなおなおしきことことことどもどもどもをををいひいひいいかはしかはしかわしてててなむなむなん心心こころをををのべのべのべけるけるける。。。かのかのかの大大たい將將しょう殿殿どのははは例例れいののの秋秋あき深深ふかくくくなりなりなりゆくゆくゆく頃頃ころ、、、習習ならひひいにににしししことことことなれなれなればばば、、、ねざめねざめねざめねざめねざめねざめににに物物もの忘忘わすれれれせせせずずず、、、哀哀あわれにににのみのみのみ覺覺おぼえええ給給たまひひいけれけれければばば、、、宇宇う治治じのののみみみ堂堂どうつくりつくりつくりはてはてはてつつつととと聞聞きききき給給たまふふうににに、、、みづからみづからみずからおはしましおはしましおわしましたりたりたり久久ひさしうしうしゅう見見み給給たまははわざりざりざりつるつるつるににに、、、山山やまののの紅紅もみ葉葉じももも珍珍めずらしうしうしゅうおぼゆおぼゆおぼゆ。。。毀毀こぼちちちししし寢寢しん殿殿でん、、、こたみこたみこたみはははいといといとはればれしうはればれしうはればれしゅうつくりつくりつくりなしなしなしたりたりたり。。。昔昔むかしいといといとことことことそぎそぎそぎててて、、、ひじりひじりひじりだちだちだち給給たまへへえりりりしししすまひすまひすまいををを思思おもひひい出出いづるづるずるににに、、、故故こ宮宮みやももも戀戀こいしうしうしゅうおぼえおぼえおぼえ給給たまひひいててて、、、さまさまさまかへかへかえてててけるけるけるももも、、、口口くち惜惜おしきしきしきまでまでまでおぼさおぼさおぼさるれるれるればばば常常つねよりよりよりもももながめながめながめ給給たまふふう。。。
- 2もともともとありありありししし御御おんしつらひしつらひしつらいははは、、、いといといとたふとげたふとげとうとげにてにてにて、、、今今いま片片かたつかたつかたつかたををを女女めしくしくしく、、、こまやかこまやかこまやかににになどなどなど、、、一一ひとかたかたかたならならならざりざりざりしししををを、、、あじろあじろあじろ屏屏びょう風風ぶ、、、なになになにかかかのののあらあらしきあらあらしきあらあらしきなどなどなどははは、、、かのかのかのみみみ堂堂どうののの僧僧そう坊坊ぼうのののぐぐぐににに殊殊こと更更さらににになさなさなさせせせ給給たまへへえりりり。。。山山やま里里ざとめきめきめきたるたるたるぐぐぐどもどもどもををを殊殊こと更更さらにににせせせさせさせさせ給給たまひひいててて、、、いたういたういとうもももことことことそがそがそがずずず、、、いといといと淸淸きよげげげにににゆゑゆゑしくゆゑゆゑしくゆえゆえしくしつらはしつらはしつらわれれれたるたるたる、、、遣遣やり水水みずのののほとりほとりほとりなるなるなる岩岩いわににに居居い給給たまひひいててて、、、とみとみとみにににももも立立たたたたれれれずずず、、、「「「絕絕たえええはてはてはてぬぬぬ淸淸し水水みずににになどなどなどかかかなきなきなき人人ひとのののおもかげおもかげおもかげをををだにだにだにとゞめとゞめとどめざりざりざりけむけむけん」」」。。。淚淚なみだをををのごひのごひのごいつゝつゝつつ辨辨べんののの尼尼あま君君ぎみののの方方かたににに立立たちちちよりよりより給給たまへへえれれればばば、、、いといといとかなしかなしかなしととと見見み奉奉たてまつるるるににに、、、唯唯ただひそみひそみひそみにににひそむひそむひそむ。。。なげしなげしなげしにににかりそめかりそめかりそめににに居居い給給たまひひいててて、、、簾簾す垂垂だれのののつまつまつまををを引引ひききき上上あげげげててて物物ものがたりがたりがたりししし給給たまふふう。。。几几き帳帳ちょうにににかくろへかくろへかくろえててて居居いたりたりたり。。。
現代語訳
母が並々でなく心苦しくお世話してくださるようなのに、甲斐もなくお世話をおかけ申し上げることだと、つい泣かれて、「どんなに所在なく、見慣れない心地がしていらっしゃるでしょう。しばらく忍んでお過ごしなさい」とある返事に、「所在ないのは何でもなく、気楽です。ひたすらにうれしいでしょうに、ここが憂き世の中ではない所と思えるのでしたら」。幼げに言ったのを見るにつけ、ほろほろと泣いて、このようにさまよわせ落ちぶれさせるように扱うことがつらいので、「憂き世ではない所を求めてでも、あなたの盛りの幸せを見る方法があればよいのに」と、平凡な歌などを言い交わして、心を晴らした。あの大将殿は、いつものように秋が深まっていく頃、習いになったことなので、寝覚めのたびに物忘れせず、ただ哀れにばかり思われなさったので、宇治の御堂を造り終えたとお聞きになって、ご自身でおいでになった。久しくご覧にならなかったので、山の紅葉も珍しく思われる。取り壊した寝殿は、今度はたいそう晴れ晴れしく造り直してある。昔たいそう簡素にして、聖めいていらした住まいを思い出すと、故宮も恋しく思われなさって、様子を変えてしまったのも、残念なほどにお思いになるので、いつもより物思いにふけりなさる。
もとあった御しつらいは、たいそう尊げで、もう一方を女らしく細やかになど、一様ではなかったのを、網代屏風や何かの粗い物などは、あの御堂の僧坊の道具として特別にさせなさった。山里めいた道具類を特別に作らせなさって、ひどく簡素にもせず、たいそう小ぎれいに、由緒ありげにしつらえてある、遣水のほとりの岩に座りなさって、すぐにはお立ちになれず、「絶えることのない清水に、どうして亡き人の面影だけでもとどめなかったのだろう」。涙を拭いながら弁の尼君の方にお立ち寄りになると、たいそう悲しいと拝見して、ただべそをかくばかりである。長押に仮に腰掛けなさって、簾の端を引き上げてお話しなさる。尼君は几帳に隠れて座っていた。
意訳
三条の家で浮舟は母と歌を交わし、憂き世でない所ならうれしいと詠み、母は浮舟の幸せを願う歌を返す。一方、薫は秋の深まりとともに大君を偲び、宇治の御堂の完成を聞いて自ら出向く。寝殿は晴れやかに造り直され、八の宮の簡素な住まいの面影はなく、薫はそれも残念に思う。遣水のほとりの岩に座った薫は、清水に大君の面影が残っていないことを嘆く歌を詠み、弁の尼を訪ねる。
語釈・文法注
文法
- 「まどはしはふるゝ」(かうまどはしはふるゝやうにもてなすこと)
- さまよわせ、落ちぶれさせる。
- 「ひそみにひそむ」(唯ひそみにひそむ)
- 顔をしかめて泣き顔になる。べそをかく。
- 「なげし」(なげしにかりそめに居給ひて)
- 長押。柱と柱の間に渡した横木。
解説
浮舟は「世の中にあらぬ所」を願う。憂き世を離れた所を求める浮舟の歌は、後の入水や出家を予感させる。
寝殿を御堂に改めた宇治の邸は、もはや大君の面影をとどめない。薫の「絶えはてぬ清水」の歌は、変わらぬ自然と失われた人との対比の中に、深い喪失感を表している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1098–1101頁(コマ260–261)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日