源氏物語 第50帖 東屋(30)
三条の小家
中の君はたいそう気の毒で不本意なことだとお思いになるが、お止めになることもできない。北の方は呆れるほど不体裁なことに驚き騒いでいるので、ろくにお話も申し上げずに出ていった。このような方違えの場所と思って、小さな家を用意してあったのだった。三条あたりで洒落た造りの、まだ作りかけの所なので、きちんとした飾りつけもしないでいたのだった。北の方は「ああ、この御身ひとつを、万事お扱いに苦労申し上げることよ。思うようにならない世には、生きていられないものだった。私自身だけは、ただひたすら品々しくなく、人並みでなく、ただそのような分際で引き籠もって過ごせばよい。この御縁者(中の君方)は、つらいと思い申し上げていたあたりなのに、親しくし申し上げて、不都合なことでも起こったら、たいそう物笑いになるだろう。つまらない。風変わりでも、ここを人にも知らせず忍んでいらっしゃい。そのうち何とでもお世話申し上げましょう」と言い置いて、自分は帰ろうとする。浮舟は泣いて、この世に生きているのも肩身の狭い身だと思い沈んでいらっしゃる様子は、たいそう哀れである。親はましてもったいなく惜しいので、無事に思いどおりの縁組をさせようと思い、あのような体裁の悪いことにつけて、人に軽々しく思われ言われることが穏やかでないのだった。思慮のない人ではないが、少し腹を立てやすく、思うままにふるまうところがあった。あの常陸介の家にも隠して置いておけたのだろうが、そのように隠れているのを気の毒に思ってこのように世話するので、長年そばを離れず明け暮れ見慣れていたので、互いに心細く、つらいと思っている。「ここはまだこのように荒れていて、危なそうな所のようです。気をつけなさい。曹司曹司にある物なども召し出してお使いなさい。宿直人のことなども言い置いてありますが、たいそう心配です。あちらで腹を立て恨まれるのがたいそうつらいので」と、泣いて帰る。少将のもてなしを守はまたとないものと思って準備し、北の方も心を合わせて見苦しくせず、たいそう気が乗らないと怨むのだった。
- 1いとほしくいとほしくいとおしくほいほいほいなきなきなきわざわざわざかなかなかなとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、えええとゞめとゞめとどめ給給たまははわずずず、、、あさましうあさましうあさましゅうかたはかたはかたわなるなるなることことことににに驚驚おどろきききさわぎさわぎさわぎたれたれたればばば、、、をさをさをさをさおさおさ物物ものももも聞聞きこえええでででいでいでいでぬぬぬ。。。かやうかやうかようのののかたかたかたゝがへゝがへたがえどころどころどころととと思思おもひひいててて、、、ちひさきちひさきちいさき家家いえ設設もうけけけたりたりたりけりけりけり三三さん條條じょうわたりわたりわたりにににざればみざればみざればみたるたるたるがががまだまだまだ作作つくりりりさしさしさしたるたるたる所所ところなれなれなればばば、、、はかばかしきはかばかしきはかばかしきしつらひしつらひしつらいもももせせせでででなむなむなんありありありけるけるける。。。「「「あはれあはれあわれこのこのこの御御おん身身みひとつひとつひとつををを、、、よろづよろづよろずにににもてもてもて惱惱なやみみみ聞聞きこゆるゆるゆるかなかなかな。。。心心こころにににかなはかなはかなわぬぬぬ世世よにににははは、、、ありありありなななまじきまじきまじきものものものにににこそこそこそありありありけれけれけれ。。。みづからみづからみずからばかりばかりばかりははは唯唯ただひたぶるひたぶるひたぶるにににしなじなしからしなじなしからしなじなしからずずず、、、人人ひとげげげなうなうのう、、、たゞたゞたださるさるさる方方かたにににはひはひはいこもりこもりこもりててて過過すぐしししつつつべしべしべし。。。このこのこの御御おんゆかりゆかりゆかりははは心心こころうううしししととと思思おもひひい聞聞きこえええしししあたりあたりあたりををを、、、むつびむつびむつび聞聞きこゆるゆるゆるににに、、、びんなきびんなきびんなき事事ことももも出出いででできききなななばばば、、、いといといと人人ひとわらへわらへわらえなるなるなるべしべしべし。。。あぢきなしあぢきなしあじきなし、、、ことことことやうやうようなりなりなりともともとも、、、こゝこゝここををを人人ひとにににももも知知しらららせせせずずず忍忍しのびびびててておはせおはせおわせよよよ、、、おのづからおのづからおのずからともともともかくかくかくももも仕仕つこううう奉奉たてまつりりりてててむむん」」」ととと言言いひひい置置おきききててて、、、自自みずからららははは歸歸かえりりりなななむむんとととすすす。。。君君きみははは打打うちちち泣泣なきききててて、、、世世よにににあらあらあらむむんことことこと、、、所所ところせげせげせげなるなるなる身身みととと思思おもひひいくしくしくし給給たまへへえるるるさまさまさま、、、いといといと哀哀あわれなりなりなり。。。
- 2親親おやはははたたたましてましてまして、、、あたらしくあたらしくあたらしく惜惜おしけれしけれしければばば、、、つゝがつゝがつつがなくなくなくててて思思おもふふうごとごとごと見見みなさなさなさむむんととと思思おもひひい、、、さるさるさるかたはらいたきかたはらいたきかたわらいたき事事ことにににつけつけつけててて、、、人人ひとにににもももあはあはしくあはあはしくあわあわしく思思おもははわれれれいはいはいわれれれむむんががが、、、安安やすからからからぬぬぬなりなりなりけりけりけり、、、心地心地ここちなくなくなくなどなどなどはははあらあらあらぬぬぬ人人ひとののの、、、なまなまなま腹腹はら立立だちちちやすくやすくやすく、、、思思おもひひいのののまゝまゝままにににぞぞぞすこしすこしすこしありありありけるけるける。。。かのかのかの家家いえにににもももかくろへかくろへかくろえてててはははすゑすゑすえたりたりたりぬぬぬべけれべけれべけれどどど、、、しかしかしかかくろへかくろへかくろえたらたらたらむむんををを、、、いとほしいとほしいとおしととと思思おもひひいてててかくかくかくあつかふあつかふあつかうににに、、、年年とし頃頃ごろかたはらかたはらかたわら去去さらららずずず明明あけ暮暮くれ見見みならひならひならいててて、、、かたみかたみかたみににに心心こころぼそくぼそくぼそく、、、わりなしわりなしわりなしととと思思おもへへえりりり。。。「「「こゝこゝここはははまだまだまだかくかくかくあばれあばれあばれててて、、、あやうげあやうげあようげなるなるなる所所ところなななめりめりめり。。。さるさるさる心心こころしししたまへたまへたまえざうしざうしぞうしざうしざうしぞうしぞうしにににあるあるあるものものものどもどもどもゝゝも召召めししし出出いでででゝゝて使使つかひひい給給たまへへえ、、、とのゐとのゐとのい人人ひとのののことことことなどなどなどいひいひいい置置おきききててて侍侍はべるるるももも、、、いといといとうしろめたけれうしろめたけれうしろめたけれどどど、、、かしこかしこかしこににに腹腹はら立立だちちち怨怨うらみみみらるゝらるゝらるるががが、、、いといといと苦苦くるしけれしけれしければばば」」」ととと、、、うちうちうち泣泣なきききてててかへるかへるかえる少少しょう將將しょうのののあつかひあつかひあつかいををを、、、かみかみかみははは又又またなきなきなきものものものににに思思おもひひい急急いそぎぎぎててて、、、もろもろもろごゝろごゝろごころにににさまさまさま惡惡あしくしくしく、、、いといといとなまずなまずなまずとととゑんずるゑんずるえんずるなりなりなりけりけりけり。。。
現代語訳
たいそう気の毒で不本意なことだとお思いになるが、お止めになることもできない。北の方は呆れるほど不体裁なことに驚き騒いでいるので、ろくにお話も申し上げずに出ていった。このような方違えの所と思って、小さな家を用意してあったのだった。三条あたりで洒落た造りのものが、まだ作りかけの所なので、きちんとした飾りつけもしないでいたのだった。「ああ、この御身ひとつを、万事お扱いに苦労申し上げることよ。思うようにならない世には、生きていられないものだった。私自身だけは、ただひたすら品々しくなく、人並みでなく、ただそのような分際で引き籠もって過ごせばよい。この御縁者は、つらいと思い申し上げていたあたりなのに、親しくし申し上げて、不都合なことでも起こったら、たいそう物笑いになるに違いない。つまらない。風変わりでも、ここを人にも知らせず忍んでいらっしゃい。そのうち何とでもお世話申し上げましょう」と言い置いて、自分は帰ろうとする。浮舟は泣いて、この世に生きているのも肩身の狭い身だと思い沈んでいらっしゃる様子は、たいそう哀れである。
親はまして、もったいなく惜しいので、無事に思いどおりの縁組をさせようと思い、あのような体裁の悪いことにつけて、人にも軽々しく思われ言われるようなことが、穏やかでないのだった。思慮のない人などではないが、少し腹を立てやすく、思うままにふるまうところが少しあった。あの家にも隠して置いておけたのだろうが、そのように隠れているのを気の毒に思って、このように世話するので、長年そばを離れず明け暮れ見慣れていて、互いに心細く、つらいと思っている。「ここはまだこのように荒れていて、危なそうな所のようです。気をつけなさい。曹司曹司にある物なども召し出してお使いなさい。宿直人のことなども言い置いてありますが、たいそう心配だけれど、あちらで腹を立て恨まれるのが、たいそうつらいので」と、泣いて帰る。少将のもてなしを、守はまたとないものと思って準備し、北の方にも心を合わせて見苦しくなくするよう求めるので、北の方はたいそう気が乗らないと恨むのだった。
意訳
北の方は浮舟を連れ出し、方違え用に用意していた三条の小さな作りかけの家に移す。北の方は、自分だけなら身分相応に引き籠もればよいが、浮舟のために苦労すると嘆き、中の君方との縁で不祥事が起こっては物笑いだと思う。北の方は浮舟をここに隠し、自分は常陸介の家へ帰る。浮舟は肩身の狭さに泣き沈む。常陸介は少将のもてなしに夢中で、北の方にも協力を求め、北の方は不満を募らせる。
語釈・文法注
文法
- 「かたゝがへどころ」(かやうのかたゝがへどころと思ひて)
- 方違え所。方角の禁忌を避けるために一時移る家。
- 「ざればみたる」(三條わたりにざればみたるが)
- 洒落た造りの、風流めいた。
- 「思ひくし」(所せげなる身と思ひくし給へるさま)
- 思ひ屈し。気がふさぐ、思い沈む。
解説
浮舟は、常陸介の家にも二条院にも居場所がなく、三条の小家に隠される。居場所を転々とする浮舟の姿は、その名のとおり漂う「浮舟」の運命を象徴している。
母と浮舟は長年離れずに暮らしてきた。母子が引き離される心細さは、後に浮舟が宇治に隠され、母から遠ざかっていく運命を予告する。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1094–1097頁(コマ258–259)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日