源氏物語 第50帖 東屋(21)
匂宮の疑い
匂宮は「何の車だ、暗いうちに急いで出ていくのは」と目をお留めになる。このようにして忍んで通う所からは紛れ出るものだと、ご自分の癖からお思い寄りになるのも気味が悪い。供の者が「常陸殿がご退出なさいます」と申し上げる。若々しい御前駆たちが「殿とは仰々しいことだ」と笑い合うのを聞くにつけても、北の方は本当にこの上なく劣った身の程だと悲しく思う。ただこの浮舟のことを思うゆえに、自分も人並みの身分になりたいと思われた。まして当の浮舟を平凡な身分に落として縁づけることは、たいそう惜しいと思うようになった。宮はお入りになって、「常陸殿という人をここに通わせていらっしゃるのか。趣ある明け方に急いで出ていった車の供人など、わざとらしく見えた」などと、やはりお疑いになっておっしゃる。中の君は聞き苦しく決まりが悪いとお思いになって、「大輔などが若かった頃の友だちだった人は、特に当世風にも見えないようですのに、いわくありげにおっしゃるのですね。人が聞きとがめそうなことばかり、いつも取りなさるのは、無い名を立てて」と背を向けなさるのも、可憐で趣深い。夜が明けるのも知らずにお休みになっていたが、人々が大勢参られたので、宮は寝殿にお移りになった。后の宮は大したご病気でもなく回復なさったので、宮は気分よさそうで、左大臣家の公達などと碁を打ったり韻塞ぎなどしたりして遊びなさる。夕方、宮がこちらにお越しになると、中の君は御洗髪の最中だった。女房たちもそれぞれ休んだりして、御前には人もいない。小さな女童がいるのを使いにして、宮は「折悪しい御洗髪の時とは見苦しいようだ。寂しくぼんやりしていようか」と申し上げなさると、大輔は「本当に宮がいらっしゃらない隙々にこそ、いつもは済ませますのに、妙に近頃は億劫がっていらして、今日を過ぎるとこの月は日もない。九月十月はどうして洗えようかと、お仕え申し上げたのですが」と気の毒がり、若君もお休みになっていたので、そちらに誰彼がいる間に、宮は佇み歩き回りなさって、西の方にいつもと違う女童が見えたのを、新参の女房がいるのかなどとお思いになって、のぞきなさる。
- 1「「「なぞなぞなぞののの車車くるまぞぞぞ、、、暗暗くらききき程程ほどににに急急いそぎぎぎ出出いづるづるずるははは」」」ととと目目め留留とめめめさせさせさせ給給たまふふう。。。かやうかやうかようにてにてにてぞぞぞ忍忍しのびびびたるたるたる所所ところにににははは紛紛まぎれれれ出出いづるづるずるかしかしかしととと御心御心みこころならひならひならいにににおぼしおぼしおぼしよるよるよるもももむくつけしむくつけしむくつけし。。。「「「常常ひた陸陸ち殿殿どののののまかでまかでまかでさせさせさせ給給たまふふう」」」ととと申申もうすすす。。。若若わかやかやかやかなるなるなる御御お前前まえどもどもども「「「殿殿とのこそこそこそあざやかあざやかあざやかなれなれなれ」」」ととと笑笑わらひひいあへあへあえるるるををを聞聞きくくくももも、、、げにげにげにこよなこよなこよなののの身身みののの程程ほどやややととと悲悲かなしくしくしく思思おもふふう唯唯ただこのこのこの御御おん方方かたのののことことことををを思思おもふふうゆゑゆゑゆえにににぞぞぞ、、、おのれおのれおのれももも人人ひと々々びとしくしくしくならならならまほしくまほしくまほしく覺覺おぼえええけるけるける。。。ましてましてましてさうじみさうじみそうじみをををなほなほしくなほなほしくなおなおしくやつしやつしやつしててて見見みむむんことことことははは、、、いみじくいみじくいみじくあたらしくあたらしくあたらしく思思おもひひいなりなりなりぬぬぬ。。。宮宮みや入入いりりり給給たまひひいててて、、、「「「常常ひた陸陸ち殿殿どのととといふいふいう人人ひとやややこゝこゝここににに通通かよははわししし給給たまふふう。。。心心こころあるあるある朝朝あさぼらけぼらけぼらけににに急急いそぎぎぎ出出いでででつるつるつる車車くるまそひそひそいなどなどなどこそこそこそ、、、ことさらことさらことさらめきめきめきててて見見みえええつれつれつれ」」」などなどなど、、、猶猶なおおぼしおぼしおぼし疑疑うたがひひいてててのたまふのたまふのたまう。。。聞聞ききききにくゝにくゝにくく片片かた腹腹はらいたしいたしいたしとととおぼしおぼしおぼしててて、、、「「「たいふたいふたゆうなどなどなどががが若若わかくくくてててのののころころころ友友ともだちだちだちにてにてにてありありありけるけるける人人ひとははは殊殊ことににに今今いまめかしうめかしうめかしゅうももも見見みえええざざざめるめるめるををを、、、ゆゑゆゑしげゆゑゆゑしげゆえゆえしげにににももものたまひのたまひのたまいなすなすなすかなかなかな。。。人人ひとののの聞聞きききき咎咎とがめめめつつつべきべきべきことことことをををのみのみのみ、、、常常つねにににとりとりとりないないない給給たまふふうこそこそこそ、、、なきなきなき名名なはははたてたてたてゝゝて」」」とととうちうちうちそむきそむきそむき給給たまふふうももも、、、らうたげらうたげろうたげにににをかしをかしおかし。。。
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現代語訳
「何の車だ、暗いうちに急いで出ていくのは」と目をお留めになる。このようにしてこそ忍んでいる所からは紛れ出るものだと、ご自分の習いからお思い寄りになるのも気味が悪い。「常陸殿がご退出なさいます」と申し上げる。若々しい御前駆たちが「殿とは仰々しいことだ」と笑い合うのを聞くにつけても、本当にこの上なく劣った身の程だと悲しく思う。ただこの御方のことを思うゆえに、自分も人並みの身分になりたいと思われた。まして当の本人を平凡な身分に落として縁づけるようなことは、たいそう惜しいと思うようになった。宮はお入りになって、「常陸殿という人を、ここに通わせていらっしゃるのか。趣ある明け方に急いで出ていった車の供人など、わざとらしく見えた」などと、やはりお疑いになっておっしゃる。聞き苦しく決まりが悪いとお思いになって、「大輔などが若かった頃の友だちだった人は、特に当世風にも見えないようですのに、いわくありげにおっしゃるのですね。人が聞きとがめそうなことばかり、いつも取りなさるのは、無い名を立てて」と背を向けなさるのも、可憐で趣深い。
夜が明けるのも知らずにお休みになっていたが、人々が大勢参られたので、宮は寝殿にお移りになった。后の宮は大したご病気でもなく、回復なさったので、気分よさそうで、左大臣家の公達などと、碁を打ったり韻塞ぎなどしたりして遊びなさる。夕方、宮がこちらにお越しになると、女君は御洗髪の最中だった。女房たちもそれぞれ休んだりして、御前には人もいない。小さな女童がいるのを使いにして、「折悪しい御洗髪の時とは見苦しいようだ。寂しくぼんやりしていようか」と申し上げなさると、「本当に宮がいらっしゃらない隙々にこそ、いつもは済ませますのに、妙に近頃も億劫がっていらして、今日を過ぎるとこの月は日もない。九月十月はどうしてと思って、お仕え申し上げさせたのですが」と大輔は気の毒がり、若君もお休みになっていたので、そちらに誰彼がいる間に、宮は佇み歩き回りなさって、西の方にいつもと違う女童が見えたのを、新参の者がいるのかなどとお思いになって、のぞきなさる。
意訳
夜明けに帰る北の方の車に目を留めた匂宮は、忍び通う女の車かと疑う。供人が「常陸殿」と答え、若い前駆たちが笑うのを聞いて、北の方は自分の身分の低さを悲しみ、浮舟を平凡な男に縁づけるのは惜しいと思う。匂宮は中の君に車のことを問いただし、中の君は聞き苦しいと背を向ける。夕方、中の君が洗髪中で女房たちも休んでいるとき、匂宮は西の方に見慣れない女童を見かけ、新参の女房がいるのかとのぞき込む。
語釈・文法注
文法
- 「さうじみ」(ましてさうじみをなほなほしくやつして見むことは)
- 正身。本人。ここでは浮舟のこと。
- 「韻ふたぎ」(碁うち韻ふたぎなどしつゝ)
- 韻塞ぎ。古詩の韻字を隠して当てる遊び。
- 「御ゆする」(女君は御ゆするの程などなりけり)
- 御泔。洗髪。九月十月は洗髪を忌む月とされた。
解説
匂宮が北の方の車に目を留める冒頭は、その好色な性格を印象づける。「御心ならひにおぼしよるもむくつけし」と、語り手も匂宮の癖を皮肉る。
中の君の洗髪のために女房たちが出払った隙に、匂宮は西の方に足を向ける。日常の小さな偶然が重なって、浮舟と匂宮の出会いが用意されていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1086–1087頁(コマ254)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日