源氏物語 第50帖 東屋(19)
薫の移り香
薫は「たいそういまいましいことに、水の泡にも争っているようです。掻き流される撫で物とは、いや本当にそうですね。どうして慰められるでしょう」などと言いながら、暗くなるのも厄介なので、中の君は、仮に滞在している人(北の方)が妙だと思うだろうと気が引けるので、「今夜はやはり早くお帰りください」と、なだめてお帰しになる。薫は「それならその客人に、このような心の願いが年を経ていることを、急にのことなどと浅く思わないようにおっしゃって知らせてくださって、体裁悪くないようにしてください。たいそう不慣れな習いの身ですので、何事も愚かしいほどで」と言い置いてお出かけになったので、この母君は、たいそうすばらしく理想的なご様子だなと感嘆して、乳母が軽率に思いついて、たびたび言ったことを、あるまじきことと言ったが、このご様子を見ると、天の川を渡ってでも、このような彦星の光をこそ待ち迎えさせたい、わが娘は並の人に見せるのは惜しい様子なのに、東国の荒々しい人ばかり見慣れて、少将を立派な者と思っていたのを、悔しいほどに思うようになった。薫が寄りかかっていらした真木柱も敷物も、名残に匂っている移り香は、言うとたいそうわざとらしいほどめったにない。時々拝見する人さえ、そのたびにほめ申し上げる。「経などを読んで功徳の優れていることがあるようですが、あの芳しい香を尊いことと仏がおっしゃっておいたのももっともですね。薬王品などに特に説かれている牛頭栴檀とか、仰々しい物の名ですが、まずあの殿が近くで振る舞いなさると、仏は本当のことをおっしゃったのだと思われます。幼くいらした時から勤行もたいそうなさったからでしょう」などと言う者もいる。また「前世こそ知りたいご様子です」など、口々にほめることどもを、母君はわけもなく笑みを浮かべて聞いていた。中の君は、薫が忍んでおっしゃったことをほのめかしておっしゃる。
- 1いといといとうれたきうれたきうれたきやうやうようなるなるなる、、、水水みずののの泡泡あわにににももも爭爭あらそひひい侍侍はべるるるかなかなかな、、、搔搔かききき流流ながさささるゝるゝるるなでなでなでものものもの、、、いでいでいでまことまことまことぞぞぞかしかしかし。。。いかでいかでいかで慰慰なぐさむむむべきべきべきことことことぞぞぞ」」」などなどなどいひいひいいつゝつゝつつ、、、暗暗くろうううなるなるなるもももうるさけれうるさけれうるさければばば、、、かりそめかりそめかりそめににに物物ものしししたるたるたる人人ひと怪怪あやしししととと思思おもふふうらむらむらんとととつゝましきつゝましきつつましきををを、、、こよひこよひこよいははは猶猶なお疾疾とくくくかへりかへりかえり給給たまへへえねねねととと、、、こしらへこしらへこしらえやりやりやり給給たまふふう。。。「「「さらばさらばさらばそのそのそのまらうどまらうどまろうどににに、、、かゝるかゝるかかる心心こころののの願願ねがひひい年年とし經經へぬるぬるぬるををを、、、うちつけうちつけうちつけににになどなどなど、、、淺淺あそうううはははおもひおもひおもいなるなるなるまじうまじうまじゅうのたまはせのたまはせのたまわせ知知しらせらせらせ給給たまひひいててて、、、はしたなげはしたなげはしたなげなるなるなるまじうまじうまじゅうはははこそこそこそ。。。いといといとうひうひしううひうひしうういういしゅうならひならひならいにてにてにて侍侍はべるるる身身みははは、、、何何なに事事こともももをこがましきをこがましきおこがましきまでまでまでなむなむなん」」」ととと語語かたらひらひらい聞聞きこえええおきおきおきててて出出いででで給給たまひひいぬるぬるぬるににに、、、このこのこの母母はは君君ぎみ、、、いといといとめでたくめでたくめでたく思思おもふふうやうやうようなるなるなる御御おんさまさまさまかなかなかなとととめでゝめでゝめでて、、、めのとめのとめのとのののゆくりかゆくりかゆくりかににに思思おもひひいよりてよりてよりて、、、たびたびたびたびたびたび言言いひひいしししことことことをををあるあるあるまじきまじきまじきとととにににいひいひいいしかしかしかどどど此此こののの御御おん有有あり樣樣さまををを見見みるるるにににははは天天あまののの川川がわををを渡渡わたりりりてててももも、、、かゝるかゝるかかる彥彥ひこ星星ぼしののの光光ひかりをををこそこそこそ待待まちちちつけつけつけさせさせさせめめめ、、、我我わががが娘娘むすめはははなのめなのめなのめならならならむむん人人ひとににに見見みせせせむむんはははをしげをしげおしげなるなるなるさまさまさまををを、、、ゑびすゑびすえびすめきめきめきたるたるたる人人ひとをををのみのみのみ見見みならひならひならいててて少少しょう將將しょうをををかしこきかしこきかしこきものものものににに思思おもひひいけるけるけるををを、、、悔悔くやしきしきしきまでまでまで思思おもひひいなりなりなりにににけりけりけり。。。
- 2よりよりより居居い給給たまへへえりりりつるつるつるまきまきまきばしらばしらばしらもももしとねしとねしとねももも名名な殘殘ごりにほへにほへにおえるるるうつりうつりうつり香香が、、、いへいへいえばばばいといといとことさらことさらことさらめきめきめきたるたるたるまでまでまで有有あり難難がたししし。。。時々時々ときどき見見み奉奉たてまつるるる人人ひとだにだにだに、、、たびごとたびごとたびごとにににめでめでめで聞聞きこゆゆゆ。。。「「「經經きょうなどなどなどををを讀讀よみみみててて功功く德德どくののの勝勝すぐれれれたるたるたることことことあああめるめるめるにににももも、、、かのかのかのかうばしきかうばしきこうばしきをををやむごとなきやむごとなきやむごとなきことことことににに佛佛ほとけののののたまひのたまひのたまい置置おけけけるるるもももことわりことわりことわりなりなりなりややや。。。藥藥やか王王おうぼんぼんぼんなどなどなどにににももも取取とりりりわきわきわきてててのたまへのたまへのたまえるるる牛牛ご頭頭ず栴栴せん檀檀だんとととかやかやかや、、、おどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしき物物ものののの名名ななれなれなれどどど、、、まづまづまずかのかのかの殿殿とのののの近近ちかくくくふるまひふるまひふるまい給給たまへへえばばば、、、佛佛ほとけはははまことまことまことししし給給たまひひいけりけりけりとととこそこそこそ覺覺おぼゆれゆれゆれ。。。幼幼おさなくくくおはしおはしおわしけるけるけるよりよりより行行おこないもももいみじくいみじくいみじくしししたまひたまひたまいけれけれければばばよよよ」」」などなどなどいふいふいうもももありありありまたまたまた「「「さきさきさきののの世世よこそこそこそゆかしきゆかしきゆかしき御御おん有有あり樣樣さまなれなれなれ」」」などなどなど、、、口口くち々々ぐちめづるめづるめずることことことどもどもどもををを、、、すゞろすゞろすずろにににゑみゑみえみててて聞聞きききき居居いたりたりたり。。。君君きみははは忍忍しのびびびてててのたまへのたまへのたまえるるることことことをををほのめかしほのめかしほのめかしのたまふのたまふのたまう。。。
現代語訳
「たいそういまいましいことに、水の泡にも争っておりますね。掻き流される撫で物とは、いや本当にそうですね。どうして慰められるでしょう」などと言いながら、暗くなるのも厄介なので、仮に滞在している人が妙だと思うだろうと気が引けるので、今夜はやはり早くお帰りくださいと、なだめてお帰しになる。「それならその客人に、このような心の願いが年を経ていることを、急にのことなどと、浅く思うことのないようにおっしゃって知らせてくださって、体裁悪くないようにしてください。たいそう不慣れな習いでございます身は、何事も愚かしいほどで」と言い置いてお出かけになったので、この母君は、たいそうすばらしく理想的なご様子だなと感嘆して、乳母が軽率に思いついて、たびたび言ったことを、あるまじきことと言ったけれど、このご様子を見ると、天の川を渡ってでも、このような彦星の光をこそ待ち迎えさせたい、わが娘は並の人に見せるのは惜しい様子なのに、東国の荒々しい人ばかり見慣れて、少将を立派な者と思っていたのを、悔しいほどに思うようになった。
寄りかかっていらした真木柱も敷物も、名残に匂っている移り香は、言うとたいそうわざとらしいほど、めったにないものである。時々拝見する人さえ、そのたびにほめ申し上げる。「経などを読んで、功徳の優れていることがあるようですが、あの芳しい香を尊いことと、仏がおっしゃっておいたのももっともですね。薬王品などにも特に説かれている牛頭栴檀とか、仰々しい物の名ですが、まずあの殿が近くで振る舞いなさると、仏は本当のことをおっしゃったのだと思われます。幼くいらした時から、勤行もたいそうなさったからでしょうね」などと言う者もいる。また「前世こそ知りたいご様子です」などと、口々にほめることどもを、母君はわけもなく笑みを浮かべて聞いていた。中の君は、薫が忍んでおっしゃったことを、ほのめかしておっしゃる。
意訳
中の君は北の方への遠慮から薫を早く帰す。薫は浮舟の母に、自分の思いが浅いものではないと伝えてほしいと頼んで去る。北の方は薫の姿に感嘆し、乳母の勧めを退けたことを悔やみ、天の川を渡ってでもこのような彦星を浮舟に迎えたいと思う。少将を立派だと思っていたことも悔やまれる。薫の残した移り香を女房たちが仏典の香になぞらえてほめそやすのを、北の方は笑みを浮かべて聞く。
語釈・文法注
文法
- 「うれたき」(いとうれたきやうなる)
- いまいましい、腹立たしい。
- 「牛頭栴檀」(牛頭栴檀とかや)
- 牛頭山に産するという香木。法華経薬王品などに見える。
- 「ゑびすめきたる人」(ゑびすめきたる人をのみ見ならひて)
- 東国の荒々しい人。常陸介の周辺の人々を指す。
解説
北の方は、乳母の勧めた薫との縁を「あるまじきこと」と退けていたが、薫の姿を見て考えを一変させる。七夕の彦星になぞらえる北の方の思いは、浮舟を薫に託そうとする方向へ傾いていく。
薫の移り香は、仏典の牛頭栴檀にまでたとえられる。薫の名の由来でもある芳香が、その聖性と特異さを際立たせている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1084–1085頁(コマ253)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日