源氏物語 第50帖 東屋(16)
浮舟の身の上を語る
北の方は「そのようにと思い寄るべきことではございませんが、一本ゆえにこそと、もったいないことですが、しみじみと感じられるお心の深さです」などと言うついでに、浮舟を持て余していることを泣く泣く語る。詳しくではないが、人も聞いていたのだと思うので、少将が侮った様子などをほのめかして、「私の命のある限りは、どうして朝夕の慰めとして見過ごせないことがありましょう。私が死んでしまった後は、思いがけない様子に落ちぶれてしまうのが悲しいので、尼にして深い山に住まわせ、そのような道で世の中を思い切らせようかなどと、思い悩んだ末に思い寄っております」と言う。中の君は「本当に気の毒なご様子ではあるようですが、何の、人に侮られるご様子は、このようになった人の常です。それでも耐えて籠っていられないものなので、ひたすらその方面にと思い定めていらした身でさえ、このように心ならずも生き長らえているのですから、まして全くあるべきでないことです。出家姿になられるのも、お気の毒なご様子でしょう」などと、たいそう大人びておっしゃるので、母君はたいそううれしいと思った。年をとった様子だが、品がなくはない様子で小ぎれいである。ひどく太りすぎているのが常陸殿(受領の妻)らしく見えた。北の方は「故宮がつれなく情けなく見捨てられたので、浮舟はいっそう人並みでなく、人にも侮られなさると見ておりましたが、こうして申し上げ、ご覧いただけるにつけて、昔のつらさも慰められます」などと、長年の物語や、浮島の哀れだったことも申し上げる。「わが身一つのとばかり、話し合う人もない筑波山の有様も、こうしてはっきり申し上げて、いつもいつもこうしてお仕えしていたいと思うようになりましたが、あちらでは、よくない妙な者どもが、どんなに騒ぎ立てて探しているでしょう。さすがに気ぜわしく思われます。
- 1さもさもさもやややととと思思おもひひい給給たまへへえよるよるよるべきべきべき事事ことにににははは侍侍はべらららねねねどどど、、、ひとひとひともともともとゆゑゆゑゆえにににこそこそこそはははととと、、、かたじけなけれかたじけなけれかたじけなけれどどど、、、哀哀あわれににになむなむなん思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるる、、、御心御心みこころ深深ふかさささなるなるなる」」」などなどなどいふいふいうついでついでついでににに、、、このこのこの君君きみをををもてもてもて煩煩わずらふふうことことこと、、、なくなくなくなくなくなくかたるかたるかたる。。。こまかこまかこまかにににはははあらあらあらねねねどどど人人ひとももも聞聞ききききけりけりけりととと思思おもふふうににに、、、少少しょう將將しょうののの思思おもひひいあなづりあなづりあなずりけるけるけるさまさまさまなどなどなどほのめかしほのめかしほのめかしててて、、、「「「命命いのち侍侍はべらららむむん限限かぎりははは何何なにかかか朝朝あさ夕夕ゆうののの慰慰なぐさめめめぐさぐさぐさにてにてにて見見み過過すぐしししつつつべしべしべし。。。打打うちちち捨捨すててて侍侍はべりりりなななむむん後後のちははは、、、思思おもははわずずずなるなるなるさまさまさまにににちりぼひちりぼひちりぼい侍侍はべらららむむんががが悲悲かなしししさささににに、、、尼尼あまににになしなしなしててて深深ふかききき山山やまにににやややしししすゑすゑすえててて、、、さるさるさる方方かたににに世世よののの中中なかををを思思おもひひい絕絕たえええててて侍侍はべらららましましましなどなどなどなむなむなん、、、思思おもひひい給給たまへへえ侘侘わびびびてててははは、、、思思おもひひいよりよりより侍侍はべるるる」」」ととといふいふいう。。。「「「げにげにげに心苦心苦こころぐるしきしきしき御御おん有有あり樣樣さまにににこそこそこそはははあああなれなれなれどどど、、、何何なにかかか人人ひとにににあなづらるゝあなづらるゝあなずらるる御御おん有有あり樣樣さまははは、、、かやうかやうかようににになりなりなりぬるぬるぬる人人ひとのののさがさがさがにににこそこそこそ。。。さりともさりともさりともえええ堪堪たへへえこもらこもらこもらぬぬぬわざわざわざなりなりなりけれけれければばば、、、むげむげむげにににそのそのその方方かたににに思思おもひひいおきおきおきててて給給たまへへえりりりししし身身みをををだにだにだに、、、かくかくかく心心こころよりよりよりほかほかほかにににながらふれながらふれながらうればばば、、、まいてまいてまいていといといとあるあるあるまじきまじきまじき御御おんことことことなりなりなりやついやついやつい給給たまははわむむんももも、、、いとほしげいとほしげいとおしげなるなるなる御御おんさまさまさまにににこそこそこそ」」」などなどなど、、、いといといとおとなびおとなびおとなびてててのたまへのたまへのたまえばばば、、、母母はは君君ぎみいといといと嬉嬉うれしししととと思思おもひひいたりたりたり。。。
- 2ねびねびねびにににたるたるたるさまさまさまなれなれなれどどど、、、よしよしよしなからなからなからぬぬぬさまさまさましししててて淸淸きよげげげなりなりなりいたくいたくいたく肥肥こえええすぎすぎすぎにににたるたるたるなむなむなん常常ひた陸陸ち殿殿どのとととははは見見みえええけるけるける。。。「「「故故こ宮宮みやのののつらうつらうつろう情情なさけなくなくなくおぼしおぼしおぼし放放はなちちちたりたりたりしししににに、、、いとゞいとゞいとど人人ひとげげげなくなくなく、、、人人ひとにににもももあなづらあなづらあなずられれれ給給たまふふうととと見見み給給たまふれふれうれどどど、、、かうかうこう聞聞きこえええさせさせさせ御御ご覽覽らんぜぜぜらるゝらるゝらるるにににつけつけつけてててなむなむなんいにしへいにしへいにしえののの憂憂うさささももも慰慰なぐさみみみ侍侍はべるるる」」」などなどなど、、、年年とし頃頃ごろののの物物もの語語がたり浮浮うき島島しまののの哀哀あわれなりなりなりしししことことことももも聞聞きこえええ出出いづづず。。。「「「我我わががが身身み一一ひとつつつのののとととのみのみのみ、、、いひいひいい合合あわするするする人人ひともももなきなきなき筑筑つく波波ば山山やまのののありさまありさまありさまもももかくかくかくあきらめあきらめあきらめ聞聞きこえええさせさせさせててて、、、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいといといとかくかくかくててて侍侍さぶらははわまほしくまほしくまほしく思思おもひひい給給たまへへえなりなりなり侍侍はべりりりぬれぬれぬれどどど、、、かしこかしこかしこにににははは善善よからからからぬぬぬあやしあやしあやしのののものものものどもどもども、、、いかにいかにいかに立立たちちち騷騷さわぎぎぎもとめもとめもとめ侍侍はべらららむむん。。。さすがさすがさすがににに心心こころあわたゞしくあわたゞしくあわただしく思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるる。。。
現代語訳
「そのようにと思い寄るべきことではございませんが、紫草の一本ゆえにこそと、もったいないことですが、しみじみと感じられる、お心の深さです」などと言うついでに、この君を持て余していることを、泣く泣く語る。詳しくではないけれど、人も聞いていたのだと思うので、少将が侮った様子などをほのめかして、「私の命がございます限りは、どうして朝夕の慰めとして見過ごせないことがありましょう。私が見捨ててしまいました後は、思いがけない様子に落ちぶれてしまいますのが悲しいので、尼にして深い山に住まわせて、そのような道で世の中を思い切らせましょうかなどと、思い悩んだ末には、思い寄っております」と言う。中の君は「本当に気の毒なご様子ではあるようですが、何の、人に侮られるご様子は、このようになった人の常です。それでも耐えて籠っていられないものなので、ひたすらその方面にと思い定めていらした身でさえ、このように心ならずも生き長らえているのですから、まして全くあるべきでない御事です。出家姿になられるのも、お気の毒なご様子でしょう」などと、たいそう大人びておっしゃるので、母君はたいそううれしいと思った。
年をとった様子だけれど、品がなくはない様子で小ぎれいである。ひどく太りすぎているのが、常陸殿らしく見えた。「故宮がつれなく情けなく見捨てられたので、いっそう人並みでなく、人にも侮られなさると見ておりましたが、こうして申し上げ、ご覧いただけるにつけて、昔のつらさも慰められます」などと、長年の物語や、浮島の哀れだったことも申し上げる。「わが身一つのとばかり、話し合う人もない筑波山の有様も、こうしてはっきり申し上げて、いつもいつもこうしてお仕えしていたいと思うようになりましたけれど、あちらでは、よくない妙な者どもが、どんなに騒ぎ立てて探しておりましょう。さすがに気ぜわしく思われます。
意訳
北の方は、薫が大君の縁で浮舟まで気にかけることに感謝しつつ、浮舟を持て余していることを泣いて語り、少将に侮られたことをほのめかす。自分の死後に浮舟が落ちぶれるのが心配で、尼にしようかとまで言う北の方に、中の君は、人に侮られるのは父のない者の常であり、出家は気の毒だと大人びた言葉でたしなめる。北の方は、八の宮に見捨てられた昔のつらさも慰められたと語り、東国での日々を話す。
語釈・文法注
文法
- 「ひともとゆゑに」(ひともとゆゑにこそはと)
- 「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」(古今集)による。一人ゆかりの人がいるために、その縁者すべてが愛しく思われること。
- 「やつい給はむ」(やつい給はむも)
- 窶し給はむ。出家して姿を変えること。
- 「浮島」(浮島の哀なりしことも聞え出づ)
- 陸奥の歌枕。常陸介とともに東国で過ごした日々のこと。
解説
北の方は浮舟を尼にしようかとまで思い詰める。浮舟の後の出家を予告するかのような言葉である。中の君はそれをたしなめるが、浮舟の運命はやがてその道へと向かう。
「いたく肥えすぎにたるなむ常陸殿とは見えける」という語り手の評は、受領の妻としての北の方の姿を皮肉を込めて描く。かつて八の宮に仕えた女房は、東国の生活で受領の妻らしくなっていた。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1080–1083頁(コマ251–252)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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