源氏物語 第50帖 東屋(15)
大君を偲ぶ
匂宮は「今は一晩隔てるのも気がかりなのがつらい」と言って、しばらく若君をあやして遊ばせてお出かけになった様子が、繰り返し見ても見ても飽きることがないほどつややかで美しいので、北の方はお出かけになった名残が物寂しく、ぼんやりと物思いにふけってしまう。北の方は中の君の御前に出てきて、たいそう宮をほめ申し上げるので、中の君は田舎びているとお思いになって笑いなさる。北の方は「故上(八の宮の北の方)がお亡くなりになった時は、言いようもなく幼いお年頃で、どうおなりになるかと、お世話申し上げる人も故宮もお嘆きになっていましたが、この上ないご宿縁だったので、あのような山奥の中でもお育ちになったのでした。残念なことに故姫君(大君)がいらっしゃらなくなってしまったのが心残りです」などと泣きながら申し上げる。中の君も泣いて、「世の中が恨めしく心細い折々も、またこうして生き長らえていると少しは慰められる折もありますが、昔頼みにしていた方々に先立たれたのは、かえって世の常のことと思われて、お顔も知らずに終わったのですが、やはり姉君のことは尽きずつらいのです。大将殿(薫)が何事にも心が移らないことを嘆きつつ、浅くないお心の様子を見るにつけても、たいそう残念です」とおっしゃると、北の方は「大将殿は、あれほど世に例がないまでに帝が大切にしていらっしゃるそうですから、おごったお心におなりでしょう。姫君がご存命なら、やはりこの縁組はおやめにならなかったでしょうか」などと申し上げる。中の君は「さあ、同じような者として人に笑われる心地がしたのも、かえってそうだったかもしれません。最後まで見届けないので、奥ゆかしくもある仲だと思いますが、あの君はどういうわけか、不思議なほど物を忘れません。故宮の後世のことまで思いやり深く、お世話して回っておられるようです」などと、素直にお話しになる。北の方は「あの亡き方の身代わりに尋ねて見ようと、この人数でもない者(浮舟)のことまで、あの弁の尼君にはおっしゃったそうです。
- 1今今いまははは一一ひと夜夜よをををへだつるへだつるへだつるももも、、、覺束覺束おぼつかなきなきなきこそこそこそ苦苦くるしけれしけれしけれ」」」とてとてとて暫暫しばししし慰慰なぐさめめめ遊遊あそばしばしばしててて出出いででで給給たまひひいぬるぬるぬるさまさまさまののの、、、返返かえすすす返返がえすすす見見みるるるともともとも見見みるるるともともとも、、、飽飽あくくくまじくまじくまじくにほひやかにほひやかにおいやかにににをかしけれをかしけれおかしければばば、、、出出いででで給給たまひひいぬるぬるぬる名名な殘殘ごりさうざうしくさうざうしくそうぞうしくぞぞぞながめながめながめらるゝらるゝらるる。。。女女おんな君君きみののの御御お前前まえににに出出いででで來來きててて、、、いみじくいみじくいみじくめでめでめで奉奉たてまつれれればばば、、、田田い舍舍なかびたるびたるびたるとととおぼしおぼしおぼしててて笑笑わらひひい給給たまふふう。。。「「「故故こ上上うえのののうせうせうせ給給たまひひいしししほどほどほどははは、、、いふかひなくいふかひなくいうかいなく幼幼おさなききき御御おん程程ほどにてにてにていかにいかにいかにならならならせせせ給給たまははわむむんととと、、、見見み奉奉たてまつるるる人人ひとももも故故こ宮宮みやもももおぼしおぼしおぼし歎歎なげきききしししををを、、、こよなきこよなきこよなき御御おん宿宿すく世世せののの程程ほどなりなりなりけれけれければばば、、、さるさるさる山山やまぶところぶところぶところののの中中なかにににももも生生おひひい出出いでででさせさせさせ給給たまひひいしししにににこそこそこそありありありけれけれけれ。。。口口くち惜惜おしくしくしく故故こ姫姫ひめ君君ぎみのののおはしまさおはしまさおわしまさずずずなりなりなりにににたるたるたるこそこそこそ、、、飽飽あかかかぬぬぬことことことなれなれなれ」」」などなどなど、、、打打うちちち泣泣なきききつゝつゝつつ聞聞きこゆゆゆ。。。君君きみももも打打うちちち泣泣なききき給給たまひひいててて、、、「「「世世よののの中中なかのののうらめしくうらめしくうらめしく心心こころぼそきぼそきぼそきをりをりをりをりおりおりももも、、、又又またかくかくかくながらふれながらふれながらうればばば少少すこしししももも思思おもひひい慰慰なぐさめめめつつつべきべきべきをりをりおりもももあるあるあるををを、、、いにしへいにしへいにしえたのみたのみたのみ聞聞きこえええけるけるける影影かげどもどもどもににに後後おくれれれ奉奉たてまつりりりけるけるけるははは、、、なかなかなかなかなかなかににによよよのののつねつねつねににに思思おもひひいなさなさなされれれててて、、、見見み奉奉たてまつりりり知知しらららずずずなりなりなりにににけれけれければばば、、、あるあるあるををを、、、猶猶なおこのこのこの御御おんことことことはははつきつきつきせせせずずずいみじくいみじくいみじくこそこそこそ。。。
- 2大大たい將將しょう殿殿どのののの萬萬よろずののの事事ことににに心心こころののの移移うつらららぬぬぬよしよしよしをををうれへうれへうれえつゝつゝつつ、、、淺淺あさからからからぬぬぬ御心御心みこころのののさまさまさまををを見見みるるるにににつけつけつけてててももも、、、いといといとこそこそこそ口口くち惜惜おしけれしけれしけれとととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「大大たい將將しょう殿殿どのはははさばかりさばかりさばかり世世よにににためしためしためしなきなきなきまでまでまで、、、帝帝みかどのののかしづきかしづきかしずき覺覺おぼしししたたたなるなるなるににに、、、心心こころおごりおごりおごりししし給給たまふふうらむらむらんかしかしかし。。。おはしまさおはしまさおわしまさましかましかましかばばば、、、猶猶なおこのこのこのことことことせかせかせかれれれしもしもしもししし給給たまははわざらざらざらましましましややや」」」などなどなど聞聞きこゆゆゆ。。。「「「いさいさいさややややうやうようのののものものものととと人人ひと笑笑わらははわれれれなるなるなる心地心地ここちせせせましましましももも、、、なかなかなかなかなかなかにににやややあらあらあらましましまし。。。見見みはてはてはてぬぬぬにににつけつけつけててて、、、心心こころにくゝにくゝにくくもももあるあるある世世よにににこそこそこそはははととと思思おもへへえどどど、、、かのかのかの君君きみはははいかいかいかなるなるなるにににかかかあらあらあらむむん、、、怪怪あやしきしきしきまでまでまで物物もの忘忘わすれれれせせせずずず。。。故故こ宮宮みやののの御御おん後後のちののの世世よをををさへさへさへ思思おもひひいやりやりやり深深ふかくくく、、、後後うしろ見見みありきありきありき給給たまふふうめるめるめる」」」などなどなど、、、心心こころ美美うつくしうしうしゅう語語かたりりり給給たまふふう。。。「「「かのかのかの過過すぎぎぎにににししし御御おんかはりかはりかわりににに尋尋たずねねねててて見見みむむんととと、、、このこのこの數數かずならならならぬぬぬ人人ひとをををさへさへさへなむなむなん、、、かのかのかの辨辨べんののの尼尼あま君君ぎみにににはははのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。
現代語訳
「今は一晩隔てるのも、気がかりなのがつらいのだ」と言って、しばらく若君をあやして遊ばせてお出かけになった様子が、繰り返し見ても見ても、飽きることがないほどつややかで美しいので、お出かけになった名残が物寂しく、ぼんやりと物思いにふけってしまう。北の方は女君の御前に出てきて、たいそう宮をほめ申し上げるので、女君は田舎びているとお思いになって笑いなさる。「故上がお亡くなりになった時は、言いようもなく幼いお年頃で、どうおなりになるのだろうと、お世話申し上げる人も故宮もお嘆きになっていましたが、この上ないご宿縁の程だったので、あのような山奥の中でもお育ちになったのでした。残念なことに、故姫君がいらっしゃらなくなってしまったのが、心残りなことです」などと、泣きながら申し上げる。女君も泣きなさって、「世の中が恨めしく心細い折々も、またこうして生き長らえていると、少しは心慰められそうな折もあるのですが、昔お頼み申し上げていた方々に先立たれ申し上げたのは、かえって世の常のことと思われて、お顔も知らずに終わってしまったので、そのままですが、やはり姉君の御事は尽きずつらいのです。
大将殿が何事にも心が移らないことを嘆きつつ、浅くないお心の様子を見るにつけても、たいそう残念です」とおっしゃると、北の方は「大将殿は、あれほど世に例がないまでに、帝が大切にお思いになっているそうですから、おごったお心におなりでしょう。姫君がいらっしゃったら、やはりこの縁組はおやめにならなかったでしょうか」などと申し上げる。「さあ、同じようなものとして人に笑われる心地がしたのも、かえってそうだったでしょうか。最後まで見届けないので、奥ゆかしくもある仲なのだと思いますが、あの君はどういうわけでしょうか、不思議なほど物を忘れません。故宮の後世のことまで思いやり深く、お世話して回っていらっしゃるようです」などと、素直にお話しになる。北の方は「あの亡き方の身代わりに尋ねて見ようと、この人数でもない者のことまで、あの弁の尼君にはおっしゃったそうです。
意訳
匂宮は若君と遊んでから参内し、北の方はその美しさに見とれる。北の方は中の君に匂宮をほめ、幼くして母を失った中の君がこの上ない宿縁に恵まれたことを喜びつつ、大君の死を惜しむ。中の君は、薫が今も大君を忘れず、八の宮の後世まで思いやっていると語る。北の方は、薫が大君の身代わりとして浮舟のことを弁の尼に話していたと切り出す。
語釈・文法注
文法
- 「山ぶところ」(さる山ぶところの中にも生ひ出でさせ給ひし)
- 山懐。山に囲まれた奥深い所。宇治の山里のこと。
- 「せかれしもし給はざらましや」(猶このことせかれしもし給はざらましや)
- 堰かれしもしたまはざらましや。この縁組(女二の宮との結婚)を止められはしなかったでしょうか。
- 「やうのもの」(いさややうのものと人笑はれなる心地せましも)
- 様の物。同じような者。中の君と同じく扱われることを言う。
解説
北の方は匂宮の美しさをほめちぎり、中の君に田舎びていると笑われる。それでも中の君は、亡き姉や父の思い出を北の方と分かち合い、浮舟の母に心を開いていく。
薫が大君を忘れず、その身代わりを求めていることが、北の方の口から語られる。浮舟を薫にという道が、ここで改めて開かれようとしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1080–1081頁(コマ251)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日