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源氏物語 第50帖 東屋(12)

二条院へ移る浮舟

登場人物:中将の君・大輔の君・中の君・浮舟・常陸介・左近少将

北の方は大輔の君のもとにも、たいそう気の毒そうに言い送ったので、大輔は中の君に「然るべき事情がございましょう。憎らしく体裁悪くおっしゃいますな。このような劣った身分の人が、高貴な方々の中に交じっていらっしゃるのも世の常のことです。あまりにたいそう薄情におっしゃるべきではございません」などと申し上げて、北の方に「それならあの西の方に隠れた所を用意して、たいそうむさ苦しいようですが、それでもお過ごしになれるなら、しばらくの間」と言い送った。北の方はたいそううれしいとお思いになって、人知れず出立する。浮舟もあの御方(中の君)のあたりとは親しくなりたいと思う心なので、かえってこのようなことが起こったのをうれしく思う。守は少将のもてなしを、どれほど立派なことをしようと思うが、そうした華やかであるべきことも知らない心には、ただ粗い東国産の絹などを押し丸めて投げ出した。食べ物も所狭しと運び出して騒いだのを、下人などはそれをたいそうありがたい情けと思ったので、少将も、まったく理想的で、賢く縁づいたものだと思った。北の方はこの時を見捨てて知らないふりをするのもひねくれているようだと我慢して、ただ守のするままに任せて見ていた。客人の部屋や供人の詰所と飾りつけ騒ぐので、家は広いが、源少納言が東の対に住んでいる。男の子などが多いので所もない。この西の御方に客人が住みついてしまったので、廊などの端近な所に住まわせ申し上げるのも物足りず気の毒に思われて、あれこれ思いめぐらすうちに、宮(中の君)のもとにと思ったのだった。この御方を人数に数えてくださる人がないのを侮るのだろうと思うので、特にお許しにならなかったあたりに、無理に参らせる。乳母と若い女房二、三人ほどで、西の廂の北寄りの人気の遠い所に局を設けた。長年このように遠く離れていたが、疎遠にお思いになるはずのない人なので、参る時は恥ずかしがりもなさらず、中の君がたいそう理想的で格別な様子で若君のお世話をしていらっしゃるご様子を、うらやましく思われるのも哀れである。

  1. 1たいふたいふたゆうがががもともともとにににももも、、、いといといと心苦ぐる心苦ぐるぐるしげしげしげにににいひいひいいやりやりやりたりたりたりけれけれければばば、、、「「「さるさるさるやうやうようこそこそこそははは侍はべ侍はべはべらららめめめ。。。人ひと人ひとひとにくゝにくゝにくくはしたなくはしたなくはしたなくもももなななののの給たま給たまたまはせはせわせそそそ。。。かゝるかゝるかかるおとりおとりおとりののの物もの物ものものののの人ひと人ひとひとののの御おん御おんおん中なか中なかなかにににまじりまじりまじり給たま給たまたまふふうももも世よ世よよののの常つね常つねつねのののことことことなりなりなり。。。あまりあまりあまりいといといとなさけなさけなさけなくなくなくののの給たま給たまたまふふうまじきまじきまじき事こと事ことことなりなりなり」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええててて、、、「「「さらばさらばさらばかのかのかの西にし西にしにしののの方かた方かたかたにににかくろへかくろへかくろえたるたるたる所ところ所ところところししし出い出いいでででゝゝていといといとむつかしげむつかしげむつかしげなななめれめれめれどどど、、、さてさてさてもももすぐいすぐいすぐい給たま給たまたまひひいつつつべくべくべくばばば、、、しばししばししばしののの程ほど程ほどほど」」」ととといひいひいいつかはしつかはしつかわしつつつ。。。いといといと嬉うれ嬉うれうれしししととと思おも思おもおもほしほしおしててて人ひと人ひとひと知し知ししれれれずずず出い出いいでででたつたつたつ。。。御おん御おんおん方かた方かたかたもももかのかのかの御おん御おんおんあたりあたりあたりをををばばば、、、むつびむつびむつび聞きこ聞きこきこえええまほしまほしまほしととと思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころなれなれなればばば、、、なかなかなかなかなかなかかゝるかゝるかかる事こと事ことことどもどもどもののの出い出いいででで來き來ききたるたるたるををを、、、うれしうれしうれしととと思おも思おもおもふふう。。。かみかみかみ少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうのののあつかひあつかひあつかいををを、、、いかいかいかばかりばかりばかりめでたきめでたきめでたきことことことをををせせせむむんととと思おも思おもおもふふうににに、、、そのそのそのきらきらしかるきらきらしかるきらきらしかるべきべきべき事こと事ことことももも知し知ししらららぬぬぬ心こころ心こころこころにににははは、、、唯たゞ唯たゞただあらゝかあらゝかあららかなるなるなるあづまあづまあずまぎぬぎぬぎぬどもどもどもををを、、、おしおしおしまろがしまろがしまろがしててて投な投ななげげげ出い出いいでででつつつ。。。くひくひくいものものものももも所ところ所ところところせきせきせきまでまでまでなむなむなん運はこ運はこはこびびび出い出いいでででゝゝてのゝしりのゝしりののしりけるけるけるををを、、、げすげすげすなどなどなどははは、、、それそれそれをををいといといとかしこきかしこきかしこきなさけなさけなさけににに思おも思おもおもひひいけれけれければばば、、、君きみ君きみきみもももいといといとあらまほしくあらまほしくあらまほしく、、、心こころ心こころこころかしこくかしこくかしこくとりとりとりよりよりよりにににけりけりけりととと思おも思おもおもひひいけりけりけり
  2. 2北きた北きたきたののの方かた方かたかたこのこのこの程ほど程ほどほどををを見み見みみ捨す捨すすてててゝゝて、、、知し知ししらららざらざらざらむむんもももひがみひがみひがみたらたらたらむむんととと思おも思おもおもひひい念ねん念ねんねんじじじててて、、、唯たゞ唯たゞただするするするまゝまゝままににに任まか任まかまかせせせててて見み見みみ居ゐ居ゐいたりたりたり。。。まらうどまらうどまろうどののの御おん御おんおんでででゐゐいさぶらひさぶらひさぶらいとととしつらひしつらひしつらいさわげさわげさわげばばば、、、家いへ家いへいえはははひろけれひろけれひろけれどどど源げん源げんげん少せう少せうしょう納な納なな言ごん言ごんごん東ひんがし東ひんがしひんがしののの對たい對たいたいにににはははすむすむすむ。。。をのこゞをのこゞおのこごなどなどなどののの多おほ多おほおおかるかるかるににに所ところ所ところところもももなしなしなし。。。このこのこの御おん御おんおん方かた方かたかたにににまらうどまらうどまろうどすみすみすみつきつきつきぬれぬれぬればばば、、、らうらうろうなどなどなどほとりほとりほとりばみばみばみたらたらたらむむんにににすますますませせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんももも飽あ飽ああかかかずずずいとほしくいとほしくいとおしくおぼえおぼえおぼえててて、、、とかくとかくとかく思おも思おもおもひひいめぐらすめぐらすめぐらす程ほど程ほどほど、、、宮みや宮みやみやにににとととははは思おも思おもおもふふうなりなりなりけりけりけり。。。このこのこの御おん御おんおん方かた方かたかたざまざまざまにににかずかずかずまへまへまえ給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとのののなきなきなきををを、、、あなづるあなづるあなずるなななめりめりめりととと思おも思おもおもへへえににに、、、ことことことにににゆるいゆるいゆるい給たま給たまたまははわざりざりざりしししあたりあたりあたりををを、、、あながちあながちあながちににに參まゐ參まゐまいらららすすす。。。めのとめのとめのと若わか若わかわかききき人々ひとびと人々ひとびとひとびと、、、二ふた二ふたふた三み三みみ人たり人たりたりばかりばかりばかりしししててて西にし西にしにしののの廂ひさし廂ひさしひさしののの北きた北きたきたににに寄よ寄よよりりりててて、、、人ひと人ひとひとげげげ遠とほ遠とほとおききき方かた方かたかたにににつぼねつぼねつぼねしししたりたりたり。。。年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろかくかくかく遙はるか遙はるかはるかなりなりなりつれつれつれどどど、、、踈うと踈うとうとくくくおぼすおぼすおぼすまじきまじきまじき人ひと人ひとひとなれなれなればばば、、、參まゐ參まゐまいるるるときときときははは耻は耻ははぢぢじ給たま給たまたまははわずずず、、、いといといとあらまほしくあらまほしくあらまほしくけはひけはひけはいことことことにてにてにて若わか若わかわか君きみ君きみきみののの御おん御おんおんあつかひあつかひあつかいをををしししててておはするおはするおわする、、、御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまうらやましくうらやましくうらやましく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるもももあはれあはれあわれなりなりなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

北の方は大輔の君のもとにも、たいそう気の毒そうに言い送ったので、大輔は「然るべき事情がございましょう。憎らしく体裁悪くおっしゃいますな。このような劣った身分の人が、高貴な方々の中に交じっていらっしゃるのも世の常のことです。あまりにたいそう薄情におっしゃるべきではないことです」などと申し上げて、「それならあの西の方に隠れた所を用意して、たいそうむさ苦しいようですが、それでもお過ごしになれるならば、しばらくの間」と言い送った。北の方はたいそううれしいとお思いになって、人知れず出立する。浮舟も、あの御方のあたりとは親しくしたいと思う心なので、かえってこのようなことが起こったのをうれしく思う。守は少将のもてなしを、どれほど立派なことをしようと思うが、そうした華やかであるべきことも知らない心には、ただ粗い東国産の絹などを押し丸めて投げ出した。食べ物も所狭しと運び出して騒いだのを、下人などは、それをたいそうありがたい情けと思ったので、君も、まったく理想的で、賢く縁づいたものだと思った。

北の方は、この時を見捨てて知らないふりをするのもひねくれているようだと我慢して、ただ守のするままに任せて見ていた。客人の部屋や供人の詰所と飾りつけ騒ぐので、家は広いけれど、源少納言が東の対には住んでいる。男の子などが多いので、所もない。この御方の部屋に客人が住みついてしまったので、廊などの端近な所にお住まわせ申し上げるのも物足りず気の毒に思われて、あれこれ思いめぐらすうちに、宮のもとにと思ったのだった。この御方を人数に数えてくださる人がないのを侮るのだろうと思うので、特にお許しにならなかったあたりに、無理に参らせる。乳母と若い女房たち二、三人ほどで、西の廂の北に寄って、人気の遠い所に局を設けた。長年このように遠く離れていたけれど、疎遠にお思いになるはずのない人なので、参る時は恥ずかしがりもなさらず、たいそう理想的で格別な様子で若君のお世話をしていらっしゃるご様子を、うらやましく思われるのも哀れである。

意訳

大輔の君のとりなしで、中の君は浮舟を二条院の西の対の隠れた所にしばらく預かることにする。浮舟も中の君に親しみたいと思っていたので喜ぶ。常陸介は東国の絹や食べ物を大量に出して少将をもてなし、少将も満足する。家には浮舟の居場所がなく、北の方は浮舟を二条院に連れて行き、西の廂の北寄りに局を設ける。北の方は、若君の世話をする中の君の幸せな様子をうらやましく思う。

語釈・文法注

文法

「たいふ」(たいふがもとにも、いと心苦しげにいひやりたりければ)
大輔の君。中の君に仕える女房。
「あづまぎぬ」(唯あらゝかなるあづまぎぬどもを)
東国産の絹。粗い品とされた。
「でゐ」(まらうどの御でゐさぶらひとしつらひさわげば)
出居。客人の部屋。

解説

常陸介のもてなしは量ばかりで洗練に欠ける。東国の絹を押し丸めて投げ出す姿は、受領の成金ぶりを象徴する。それでも少将は満足し、打算的な結婚が成立する。

浮舟は二条院に移る。中の君の幸せな姿を見る北の方の羨望は、浮舟にもそのような幸運をという願いにつながっていく。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1076–1079頁(コマ249–250)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日