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源氏物語 第50帖 東屋(10)

北の方の嘆き

登場人物:乳母・中将の君・薫・常陸介・中の君・八の宮

乳母は「大将殿(薫)のご様子やお顔立ちをほのかに拝見した時は、本当に寿命が延びる心地がいたしました。しみじみとお心をかけていらっしゃるそうです。ご宿縁に任せて、そのようにお考えなさいませ」と言うと、北の方は「まあ恐ろしい。人の言うのを聞くと、長年並々の人は妻にしないとおっしゃって、左大臣、按察大納言、式部卿宮などがたいそう熱心にほのめかされたが聞き流して、帝の大切な御娘を得られた君は、どれほどの人を真剣にお思いになるだろう。あの母宮(女三の宮)などの所に仕えさせて、時々会おうとはお思いになるかもしれない。それは確かに立派なお方の所だが、たいそう胸の痛むことだろう。宮の上(中の君)がこれほど幸せな人と世間で申すようだが、物思わしげにしていらっしゃるのを見ると、どうしても二心のない人だけが見苦しくなく頼もしいのだろう、私の身でもわかった。故宮(八の宮)のご様子はたいそう情け深く、立派で趣深くいらしたが、人数にもお思いにならなかったので、どれほどつらく情けなかったことか。この守はたいそう言いようもなく情けなく、見苦しい人だが、ひたすら二心がないのを見ると、気楽に長年を過ごしてきたのだ。折々の心づかいが、このように愛嬌がなく思慮のないことこそ憎らしいが、嘆かわしく恨めしいこともなく、互いに言い争っても、気に入らないことははっきりさせた。上達部や親王たちで雅やかで気の置ける人のお側といっても、自分が人数でないなら甲斐はないだろう。万事わが身次第だったと思うと何かにつけ悲しく見るけれど、何とかして人に笑われないように仕立て申し上げたい」と語り合う。守は準備にかかって、「女房などはこちらに見苦しくない者が大勢いるそうだから、この間は貸してください。そのまま帳なども新しく仕立てられたらしい方を、事が急になったようなので、取り移して、あれこれ改めることはすまい」と言って、この西の方に来て、立ったり座ったりあれこれ飾りつけて騒ぐ。

  1. 1大たい大たいたい將しやう將しやうしょう殿どの殿どのどのののの御おん御おんおんさまさまさまかたちかたちかたちののの、、、ほのかほのかほのかににに見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりしししににに、、、さもさもさも命いのち命いのちいのち延の延ののぶるぶるぶる心地ここち心地ここちここちししし侍はべ侍はべはべりりりしかしかしかななな、、、哀あはれ哀あはれあわれにににはたはたはた聞きこ聞きこきこえええたまふたまふたまうなりなりなり。。。御おん御おんおんすくせすくせすくせににに任まか任まかまかせせせててて、、、さもさもさもおぼしおぼしおぼしよりよりよりねねねかしかしかし」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「あなあなあなおそろしおそろしおそろしややや。。。人ひと人ひとひとのののいふいふいうををを聞き聞ききけけけばばば、、、年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろおぼろけおぼろけおぼろけならならならむむん人ひと人ひとひとをををばばば、、、見み見みみじじじとととのたまひのたまひのたまいててて、、、左ひだり左ひだりひだりののの大おほい大おほいおおい殿との殿とのとの、、、按あ按ああ察ぜち察ぜちぜち大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん、、、式しき式しきしき部ぶ部ぶぶ卿きやう卿きやうきょう宮みや宮みやみやなどなどなどののの、、、いといといとねんごろねんごろねんごろにににほのめかしほのめかしほのめかし給たま給たまたまひひいけれけれけれどどど、、、聞き聞きききききすぐしすぐしすぐしててて、、、帝みかど帝みかどみかどののの御おん御おんおんかしづきかしづきかしずきむすめむすめむすめをををえええ給たま給たまたまへへえるるる君きみ君きみきみははは、、、いかいかいかばかりばかりばかりののの人ひと人ひとひとをををかかか、、、まめやかまめやかまめやかにににはははおぼさおぼさおぼさむむん。。。かのかのかの母はゝ母はゝはは宮みや宮みやみやなどなどなどののの御おん御おんおん方かた方かたかたにににあらあらあらせせせててて、、、時々ときどき時々ときどきときどきももも見み見みみむむんとととはははおぼしおぼしおぼしもももしししなむなむなん。。。それそれそれはははたたたげにげにげにめでたきめでたきめでたき御おん御おんおんあたりあたりあたりなれなれなれどもどもども、、、いといといと胸むね胸むねむね痛いた痛いたいたかるかるかるべきべきべきことことことなりなりなり。。。宮みや宮みやみやのののうへうへうえのののかくかくかくさいはひさいはひさいわいびとびとびとゝゝと世よ世よよににに申まう申まうもうすすすなれなれなれどどど、、、物もの物ものもの思おも思おもおもははわしげしげしげにににおぼしおぼしおぼしたるたるたるををを見み見みみれれればばば、、、いかにいかにいかにもももいかにいかにいかにももも二ふた二ふたふた心ごゝろ心ごゝろごころなからなからなからむむん人ひと人ひとひとのみのみのみこそこそこそめやすくめやすくめやすくたのもしきたのもしきたのもしきことことことにににはははあらあらあらめめめ、、、我わ我わわががが身み身みみにてにてにてももも知し知ししりりりにににききき。。。故こ故ここ宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまははは、、、いといといとなさけなさけなさけなさけしくなさけしくなさけしく、、、めでたくめでたくめでたくをかしくをかしくおかしくおはせおはせおわせしかしかしかどどど、、、人ひと人ひとひと數かず數かずかずにににもももおぼさおぼさおぼさゞりゞりざりしかしかしかばばば、、、いかいかいかばかりばかりばかりかかかははは心憂う心憂ううくくくつらかりつらかりつらかりししし。。。
  2. 2このこのこのいといといといふかひなくいふかひなくいうかいなくなさけなさけなさけなくなくなく、、、さまさまさまあしきあしきあしき人ひと人ひとひとなれなれなれどどど、、、ひたひたひたおもむきおもむきおもむきににに二ふた二ふたふた心ごゝろ心ごゝろごころなきなきなきををを見み見みみれれればばば、、、心こころ心こころこころやすくやすくやすくててて年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろをををももも過すぐ過すぐすぐしししつるつるつるなりなりなり。。。をりふしをりふしおりふしののの心こころ心こころこころばへばへばえののの、、、かやうかやうかようににに愛あい愛あいあいぎやうぎやうぎょうなくなくなくよういよういよういなきなきなきことことことこそこそこそにくけれにくけれにくけれ歎なげ歎なげなげかかかしくしくしくうらめしきうらめしきうらめしきことことこともももなくなくなく、、、かたみかたみかたみににに打う打ううちちちいさかひいさかひいさかいてててももも心こころ心こころこころににに合あ合ああははわぬぬぬことことことをををばばばあきらめあきらめあきらめつつつ。。。上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめみこみこみこ達たち達たちたちにてにてにてみやびかみやびかみやびかににに心こころ心こころこころはづかしきはづかしきはずかしき人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんあたりあたりあたりととといふいふいうともともとも、、、我わ我わわががが數かず數かずかずならならならででではははかひかひかいあらあらあらじじじ、、、萬よろづ萬よろづよろずののの事こと事ことこと我わ我わわががが身み身みみからからからなりなりなりけりけりけりととと思おも思おもおもへへえばばば萬よろづ萬よろづよろずににに悲かな悲かなかなしくしくしくこそこそこそ見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれどどど、、、いかいかいかにににしししててて人ひと人ひとひとわらひわらひわらいならならならずずず、、、しししたてたてたて奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむん」」」とととかたらふかたらふかたらう。。。守かみ守かみかみはははいそぎいそぎいそぎ立た立たたちちちててて「「「女房にようばう女房にようばうにょうぼうなどなどなどこなたこなたこなたにににめやすきめやすきめやすきあまたあまたあまたあああなるなるなるををを、、、このこのこの程ほど程ほどほどはははあらあらあらせせせ給たま給たまたまへへえ。。。やがてやがてやがて帳ちやう帳ちやうちょうなどなどなどももも新あたら新あたらあたらしくしくしくしししたてたてたてられられられためためためるるる方かた方かたかたををを、、、ことことことにはかにはかにはかににになりなりなりにににためためためれれればばば、、、取と取ととりりりわたしわたしわたしとかくとかくとかく改あらた改あらたあらたむむむまじまじまじ」」」とてとてとてこのこのこの西にし西にしにしののの方かた方かたかたににに來き來ききててて、、、立た立たたちちちゐゐいとかくとかくとかくしつらひしつらひしつらいさわぐさわぐさわぐ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

乳母は「大将殿のご様子やお顔立ちを、ほのかに拝見しましたときは、本当に寿命が延びる心地がいたしましたよ。しみじみとお心をかけ申し上げていらっしゃるそうです。ご宿縁に任せて、そのようにお考えなさいませ」と言うと、北の方は「まあ恐ろしいこと。人の言うのを聞くと、長年並々の人は妻にしないとおっしゃって、左大臣、按察大納言、式部卿宮などが、たいそう熱心にほのめかされたけれど、聞き流して、帝の大切な御娘を得られた君は、どれほどの人を真剣にお思いになるだろうか。あの母宮などの御方に仕えさせて、時々会おうとはお思いになるかもしれない。それはまた、確かに立派なお方の所だけれど、たいそう胸の痛むことに違いない。宮の上がこれほど幸せな人と世間で申すようだけれど、物思わしげにしていらっしゃるのを見ると、どうしても二心のない人だけが見苦しくなく頼もしいことなのだろう、私の身でもわかった。故宮のご様子は、たいそう情け深く、立派で趣深くいらしたけれど、人数にもお思いにならなかったので、どれほどつらく情けなかったことか。

この守は、たいそう言いようもなく情けなく、見苦しい人だけれど、ひたすら二心がないのを見ると、気楽に長年を過ごしてきたのだ。折々の心づかいが、このように愛嬌がなく思慮のないことこそ憎らしいけれど、嘆かわしく恨めしいこともなく、互いに言い争っても、気に入らないことははっきりさせた。上達部や親王たちで、雅やかで気の置ける人のお側といっても、自分が人数でないならば甲斐はないだろう。万事わが身次第だったと思うと、何かにつけ悲しく拝見するけれど、何とかして人に笑われないように仕立て申し上げたい」と語り合う。守は準備を始めて、「女房などは、こちらに見苦しくない者が大勢いるそうだから、この間は貸してください。そのまま帳なども新しく仕立てられたらしい方を、事が急になったようなので、取り移して、あれこれ改めることはすまい」と言って、この西の方に来て、立ったり座ったり、あれこれ飾りつけて騒ぐ。

意訳

乳母は薫との縁を勧めるが、北の方は、高貴な妻を持つ薫は浮舟を女三の宮の女房程度にしか扱わないだろうと退ける。北の方は、中の君の物思いや、八の宮に人数にも思われなかった自分の過去を思い、二心のない人こそ頼もしいと語る。一方、常陸介は浮舟のために整えた女房や調度を、そのまま実の娘の婚儀に使おうと西の対に乗り込んで騒ぐ。

語釈・文法注

文法

「おぼろけならむ人」(年頃おぼろけならむ人をば、見じとのたまひて)
並々の人。
「人わらひ」(いかにして人わらひならず)
人に笑われること。
「しつらひさわぐ」(立ちゐとかくしつらひさわぐ)
部屋の飾りつけをして騒ぐ。

解説

北の方は、八の宮に捨てられた過去から、身分の高い男性の愛の不確かさを知っている。無骨でも二心のない常陸介との生活を選んだ彼女の言葉には、苦い人生の重みがある。

浮舟のために整えた調度を、常陸介はそのまま実の娘のために取り上げる。浮舟の居場所が、文字どおり奪われていく。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1074–1075頁(コマ248)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日