源氏物語 第50帖 東屋(2)
左近少将の求婚
平凡な家柄とも言わず、勢いに引かれてよい若女房たちが集まり、装束や様子はこの上なく整えながら、腰折れの歌合や物語、庚申待ちをして、目もまばゆく見苦しいほど遊び好んでいるのを、この懸想する公達は、才気がありそうだ、器量がたいそうよいそうだなどと、趣深い方に言いなして、心を尽くし合っている中に、左近少将といって年二十二三ほどで、気立てがまじめで、学才があるという点では人に認められているが、華やかに当世風などではいられないのか、通っていた所なども絶えて、たいそう熱心に言い寄ってきた。この母君は、大勢このように言い寄る人々の中で、この君は人柄も感じがよさそうだ、心も定まって物の道理もわかっているらしく、人柄も上品だ、これよりまさって大げさな身分の人は、またこのような家に、何と言っても尋ね寄ってはこないだろうと思って、この御方(浮舟)に取り次いで、然るべき折々は趣深い様子で返事などをさせる。母君は心一つに思い定めて、守こそおろそかに思っても、私は命を譲ってでも大切にしよう、浮舟の容貌のすばらしさを見慣れたら、まさかおろそかに思う人はいるまいと思い立って、八月頃にと約束して調度を用意し、ちょっとした遊び道具を作らせても、格別に様子が趣深く、蒔絵や螺鈿の細やかな心づかいがまさって見えるものは浮舟にと取り隠して、劣ったものをこれがよいと言って見せると、守はよく見分けもせず、何とも言えないものどもの、人の調度という限りはただ取り集めて並べ据えながら、目をわずかに出すほどにして、琴や琵琶の師として内教坊のあたりから迎え取っては習わせ、手を一つ弾き覚えると、師を立ったり座ったり拝んで喜び、禄を埋もれるほど取らせて騒ぐ。テンポの速い曲などを教えて、師と趣深い夕暮れなどに弾き合わせて遊ぶ時は、涙も隠さず愚かしいほどに、さすがに物に感じ入った。
- 1なほなほしきなほなほしきなおなおしきあたりあたりあたりととともももいはいはいわずずず勢勢いきおひひいにににひかひかひかされされされてててよきよきよき若若わか人人うどどもどもどもつどひつどひつどい、、、さうぞくさうぞくそうぞく有有あり樣樣さまはははえええならならならずずず整整ととのへへえつゝつゝつつ腰腰こし折折おれれれたるたるたる歌歌うた合合あわせ物物もの語語がたり庚庚こう申申しんをををししし、、、まばゆくまばゆくまばゆく見見み苦苦ぐるしくしくしく遊遊あそびびびがちがちがちにににこのこのこのめるめるめるををを、、、このこのこの懸懸け想想そうののの君君きん達達だちらうらうしくらうらうしくろうろうしくこそこそこそあるあるあるべけれべけれべけれ。。。かたちかたちかたちなむなむなんいみじかいみじかいみじかなるなるなるなどなどなど、、、をかしきをかしきおかしきかたかたかたにににいひいひいいなしなしなしててて心心こころををを盡盡つくしししあへあへあえるるる中中なかににに、、、左左さ近近こん少少しょう將將しょうとてとてとて年年とし廿廿にじゅう二二に三三さんばかりばかりばかりのののほどほどほどにてにてにて心心こころばせばせばせまめやかまめやかまめやかににに、、、ざえざえざえありありありととといふいふいうかたかたかたははは人人ひとににに許許ゆるささされれれたれたれたれどどど、、、きらきらしうきらきらしうきらきらしゅう今今いまめいめいめいてててなどなどなどははは、、、えええあらあらあらぬぬぬにににややや、、、通通かよひひいししし所所ところなどなどなどももも絕絕たえええててていといといとねんごろねんごろねんごろにににいひいひいいわたりわたりわたりけりけりけり。。。このこのこの母母はは君君ぎみあまたあまたあまたかゝるかゝるかかることことこといふいふいう人々人々ひとびとののの中中なかにににこのこのこの君君きみははは人人ひとがらがらがらもももめやすかめやすかめやすかなりなりなり。。。心心こころ定定さだまりりりててて物物もの思思おもひひい知知しりりりぬぬぬべかべかべかめるめるめるををを、、、人人ひともももあてあてあてなりなりなりややや、、、これこれこれよりよりよりまさりまさりまさりてててことごとしきことごとしきことごとしききはきはきわののの人人ひとはははたたた、、、かゝるかゝるかかるあたりあたりあたりををを、、、さささはははいへいへいえどどど尋尋たずねねねよらよらよらじじじととと思思おもひひいててて、、、このこのこの御御おん方方かたににに取取とりりりつぎつぎつぎててて、、、さるべきさるべきさるべきをりをりをりをりおりおりはははをかしきをかしきおかしきさまさまさまににに返返かえり事事ごとなどなどなどせせせさせさせさせ奉奉たてまつるるる。。。
- 2心心こころひとつひとつひとつににに思思おもひひいまうけまうけもうけててて、、、かみかみかみこそこそこそおろかおろかおろかににに思思おもひひいなすなすなすともともとも我我わははは命命いのちをををももも讓讓ゆずりりりてててかしづきかしづきかしずきてててむむん、、、さまさまさまかたちかたちかたちのののめでたきめでたきめでたきををを見見みつきつきつきなななばばば、、、さりともさりともさりともおろかおろかおろかににになどなどなどはははよもよもよも思思おもふふう人人ひとあらあらあらじじじとととおもひおもひおもいたちたちたちててて八八は月月ずきばかりばかりばかりととと契契ちぎりりりててててうどてうどちょうどをををまうけまうけもうけ、、、はかなきはかなきはかなきあそびあそびあそびものものものをををせせせさせさせさせてててももも、、、さまさまさまことことことにににやうやうようをかしうをかしうおかしゅう蒔蒔まき繪繪えらららてんてんてんのののこまやかこまやかこまやかなるなるなる心心こころばへばへばえまさりまさりまさりててて見見みゆるゆるゆるものものものをををばばばこのこのこの御御おん方方かたにににととと取取とりりりかくしかくしかくしててて、、、おとりおとりおとりのののをををこれこれこれなむなむなんよきよきよきとてとてとて見見みすれすれすればばば、、、かみかみかみはははよくよくよくしもしもしも見見み知知しらららずずず、、、そこはかとそこはかとそこはかとなきなきなきものものものどもどもどもののの、、、人人ひとのののてうどてうどちょうどととといふいふいう限限かぎりははは唯唯ただ取取とりりり集集あつめめめてててならべならべならべすゑすゑすえつゝつゝつつ、、、めめめをををはつかはつかはつかにににさしさしさし出出いづるづるずるばかりばかりばかりにてにてにて、、、琴琴きん琵琵び琶琶はののの師師しとてとてとて內內ない敎敎きょう坊坊ぼうのののわたりわたりわたりよりよりより迎迎むかへへえとりとりとりつゝつゝつつならはすならはすならわす手手てひとつひとつひとつひきひきひきとれとれとればばば師師しををを立立たちちちゐゐいをををがみがみがみててて喜喜よろこびびび、、、祿祿ろくををを取取とらららするするすることことこと埋埋うずむむむばかりばかりばかりにてにてにてもてもてもてさわぐさわぐさわぐ。。。はやりかはやりかはやりかなるなるなるこくこくこくののの物物ものなどなどなど敎敎おしへへへててて、、、師師しとととをかしきをかしきおかしき夕夕ゆう暮暮ぐれなどなどなどににに彈彈ひききき合合あわせせせててて遊遊あそぶぶぶ時時ときははは淚淚なみだもももつゝまつゝまつつまずずずをこがましきをこがましきおこがましきまでまでまでさすがさすがさすがににに物物ものめでめでめでしししたりたりたり。。。
現代語訳
平凡な家柄とも言わず、勢いに引かれて、よい若女房たちが集まり、装束や様子はこの上なく整えながら、腰折れの歌合や物語、庚申待ちをして、目もまばゆく見苦しいほど遊びがちに好んでいるのを、この懸想する公達は、才気があるのだろう、器量がたいそうよいそうだなどと、趣深い方に言いなして、心を尽くし合っている中に、左近少将といって、年二十二三ほどで、気立てがまじめで、学才があるという点では人に認められているが、華やかに当世風になどはしていられないのだろうか、通っていた所なども絶えて、たいそう熱心に言い寄り続けていた。この母君は、大勢このようなことを言う人々の中で、この君は人柄も感じがよさそうだ、心も定まって物の道理をわきまえているようだし、人柄も上品だ、これよりまさって大げさな身分の人は、また、このような家を、何と言っても尋ね寄ってはこないだろうと思って、この御方に取り次いで、然るべき折々は、趣深い様子で返事などをおさせ申し上げる。
母君は心一つに思い定めて、守こそおろそかに思いなしても、私は命を譲ってでも大切にしよう、容貌のすばらしさを見慣れたならば、まさかおろそかになどは思う人はあるまいと思い立って、八月頃にと約束して調度を用意し、ちょっとした遊び道具を作らせても、格別に様子が趣深く、蒔絵や螺鈿の細やかな心づかいがまさって見えるものは、この御方にと取り隠して、劣ったものをこれがよいと言って見せると、守はよく見分けもせず、何とも言えないものどもの、人の調度という限りは、ただ取り集めて並べ据えながら、目をわずかに出すほどにして、琴や琵琶の師として内教坊のあたりから迎え取っては習わせ、手を一つ弾き覚えると、師を立ったり座ったり拝んで喜び、禄を取らせることも埋もれるほどにして騒ぐ。テンポの速い曲などを教えて、師と趣深い夕暮れなどに弾き合わせて遊ぶ時は、涙も隠さず、愚かしいほどに、さすがに物に感じ入った。
意訳
常陸介の家には若女房が集まり、遊びに興じる。浮舟に言い寄る公達の中に、二十二、三歳のまじめで学才のある左近少将がいた。母中将の君は少将を浮舟の婿と見込み、八月に結婚させようと準備を進め、良い調度は浮舟のために隠しておく。常陸介は自分の娘のために調度を並べ立て、琴の師を招いて大げさに喜ぶ。
語釈・文法注
文法
- 「庚申」(腰折れたる歌合物語庚申をし)
- 庚申待ち。庚申の夜に眠らずに過ごす行事。遊びの機会でもあった。
- 「內敎坊」(琴琵琶の師とて內敎坊のわたりより迎へとりつゝ)
- 内教坊。宮中で舞楽を教える所。
- 「はやりかなるこくの物」(はやりかなるこくの物など敎へて)
- 調子の速い曲。
解説
常陸介の家の様子は、成金の受領の家として風刺的に描かれる。豪華な調度を並べ、琴の師を拝んで喜ぶ常陸介の姿は滑稽である。
母中将の君は、浮舟のために良い調度を隠しておく。継父の家での浮舟の微妙な立場と、娘を思う母の心が描かれる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1066–1067頁(コマ244)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日