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源氏物語 第47帖 総角(48)

常不軽の声

登場人物:薫・大君・中の君・弁・宇治の阿闍梨

この常不軽の行者たちは、そのあたりの里々から京まで歩いていたが、明け方の嵐に困って阿闍梨の控えているあたりを訪ねて、中門のもとに座って、たいそう尊く礼拝する。回向の終わりの方の趣がたいそう哀れである。客人の薫も仏道に心の進んだ方なので、哀れをこらえきれない。中の君がひどく気がかりで奥の方の几帳の後ろに寄った気配を聞いて、薫はきちんと座り直して、「常不軽の声はどうお聞きになりましたか。重々しい法会では行わないことですが、尊いものでした」と言って、霜の冴える汀の千鳥がつらそうに鳴く声の悲しい明け方だと、言葉のように申し上げる。つれない大君の様子にも似通っていて思いよそえられるが、中の君は答えにくくて、弁を介して、暁の霜を払って鳴く千鳥は物思う人の心を知っているのでしょうかと返す。似つかわしくない代役だが、弁は由緒ありげに申し上げる。大君はこのようなちょっとしたことも遠慮がちながら、親しみやすく張り合いのあるように取りなしてくださったのに、今はと別れてしまったらどんな心地がするだろうと薫は思い惑う。八の宮が夢に現れたという様子を思い合わせると、こう心苦しい姫君たちの有様を、空を翔けりながらもどう御覧になっているだろうと推し量られて、宮がいらした山寺でも誦経をさせる。あちこちに祈祷の使いを出す。公にも私にも休暇を申し出て、祭や祓など行き届かないことなくするが、物の怪や罪によるような病でもなかったので、何の効験も見えない。大君自身も、平癒しようと仏に祈るならともかく、やはりこの機会に何とか死んでしまいたい、この方がこうして付き添っていて残りなく見られてしまったので、今は遠ざかりようもない、かといってこうもおろかならず見える心が、見劣りして、自分も相手も思い知るようなことになれば心安からずつらいだろう、もし命が強いてとどまるなら、病にかこつけて出家しよう、そうしてこそ長い心を互いに見届けられるのだと深く思い込んで、どうあっても何とかこの思いを遂げたいと思うが、

  1. 1このこのこの常じやう常じやうじょう不ふ不ふふ經きやう經きやうきょうそのそのそのわたりわたりわたりののの里さと里さとさと々ざと々ざとざと京きやう京きやうきょうまでまでまでありきありきありきけるけるけるををを、、、曉あかつき曉あかつきあかつきののの嵐あらし嵐あらしあらしにににわびわびわびててて阿あ阿ああ闍ざ闍ざざ梨り梨りりのののさぶらふさぶらふさぶらうあたりあたりあたりををを尋たづ尋たづたずねねねててて、、、中ちゆう中ちゆうちゅう門もん門もんもんのののもともともとににに居ゐ居ゐいててて、、、いといといとたふとくたふとくとうとくつくつくつく、、、ゑかうゑかうえこうののの末すゑ末すゑすえつつつ方かた方かたかたののの心こころ心こころこころばへばへばえいといといとあはれあはれあわれなりなりなり。。。まらうどまらうどまろうどもももこなたこなたこなたににに進すゝ進すゝすすみみみたるたるたる御心みこころ御心みこころみこころにてにてにて、、、あはれあはれあわれ忍しの忍しのしのばばばれれれ給たま給たまたまははわずずず、、、中なか中なかなかののの君きみ君きみきみせちせちせちにににおぼつかなくおぼつかなくおぼつかなくててて奥おく奥おくおくののの方かた方かたかたなるなるなる几き几きき帳ちやう帳ちやうちょうのののうしろうしろうしろににによりよりより給たま給たまたまへへえるるるけはひけはひけはいををを聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、あざやかあざやかあざやかににに居ゐ居ゐいなほりなほりなおり給たま給たまたまひひいててて「「「不ふ不ふふ經きやう經きやうきょうののの聲こゑ聲こゑこえはははいかゞいかゞいかが聞き聞ききかかかせせせ給たま給たまたまひひいつらむつらむつらむ。。。おもおもしきおもおもしきおもおもしき道みち道みちみちにににははは行おこな行おこなおこなははわぬぬぬことことことなれなれなれどどど、、、たふとくたふとくとうとくこそこそこそはべりはべりはべりけれけれけれ」」」とてとてとて、、、「「「しもしもしもさゆるさゆるさゆる汀みぎは汀みぎはみぎわののの千ち千ちち鳥どり鳥どりどりうちうちうちわびわびわびてててなくなくなく音ね音ねね悲かな悲かなかなしきしきしきあさぼらけあさぼらけあさぼらけかなかなかな」」」とととことばことばことばのののやうやうようににに聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。つれなきつれなきつれなき人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんけはひけはひけはいにににもももかよひかよひかよいててて、、、思おも思おもおもひひいよそへよそへよそえらるれらるれらるれどどど、、、いらへいらへいらえにくゝにくゝにくくててて、、、辨べん辨べんべんしししてててぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。「「「あかつきあかつきあかつきののの霜しも霜しもしもうちうちうちはらひはらひはらいなくなくなく千ち千ちち鳥どり鳥どりどり物もの物ものもの思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとのののこゝろこゝろこころをををやややしるしるしる」」」。。。似に似ににつかはしからつかはしからつかわしからぬぬぬ御おん御おんおんかはりかはりかわりなれなれなれどどどゆゑゆゑゆえなからなからなからずずず聞きこ聞きこきこえええなすなすなす。。。かやうかやうかようのののはかなしはかなしはかなしごとごとごともももつゝましげつゝましげつつましげなるなるなるものものものからからから、、、なつかしうなつかしうなつかしゅうかひかひかいあるあるあるさまさまさまににに取と取ととりりりなしなしなし給たま給たまたまふふうものものものををを、、、今いま今いまいまはははとてとてとて別わか別わかわかれれれなななばばばいかなるいかなるいかなる心地ここち心地ここちここちせせせむむんととと思おも思おもおもひひい惑まど惑まどまどひひい給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2宮みや宮みやみやののの夢ゆめ夢ゆめゆめににに見み見みみえええ給たま給たまたまひひいけむけむけんさまさまさまおぼしおぼしおぼし合あは合あはあわするするするににに、、、かうかうこう心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしき御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまどもどもどもをををあまあまあまがけりがけりがけりてててもももいかにいかにいかに見み見みみ給たま給たまたまふふうらむらむらんととと推お推おおしししはからはからはかられれれててて、、、おはしましおはしましおわしましゝゝし御おん御おんおん寺てら寺てらてらにににももも御おん御おんおん誦ず誦ずず經きやう經きやうきょうせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。所ところ所ところところ々どころ々どころどころににに御おん御おんおんいのりいのりいのりののの使つかひ使つかひつかい出いだ出いだいだしししたてたてたてさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。公おほやけ公おほやけおおやけにににももも私わたくし私わたくしわたくしにににももも、、、御おん御おんおん暇いとま暇いとまいとまのののよしよしよし申まう申まうもうししし給たま給たまたまひひいててて、、、祭まつり祭まつりまつり、、、祓はらへ祓はらへはらえよろづよろづよろずにににいたらいたらいたらぬぬぬことことことなくなくなくししし給たま給たまたまへへえどどど、、、物もの物ものものののの罪つみ罪つみつみめきめきめきたるたるたる御おん御おんおん病やまひ病やまひやまいにににもももあらあらあらざりざりざりけれけれければばば何なに何なになにのののしるししるししるしももも見み見みみえええずずず。。。みづからみづからみずからもももたひらかたひらかたいらかにににあらあらあらむむんととと佛ほとけ佛ほとけほとけをををももも念ねん念ねんねんじじじ給たま給たまたまははわゞゞばこそこそこそあらあらあらめめめ、、、猶なほ猶なほなおかゝるかゝるかかるついでついでついでにににいかでいかでいかでうせうせうせなななむむん、、、このこのこの君きみ君きみきみのののかくかくかくそひそひそいゐゐいててて殘のこり殘のこりのこりなくなくなくなりなりなりぬるぬるぬるををを、、、今いま今いまいまはははもてもてもてはなれはなれはなれむむんかたかたかたなしなしなし、、、さりとてさりとてさりとてかうかうこうおろかおろかおろかならならならずずず見み見みみゆゆゆめるめるめる心こころ心こころこころばへばへばえののの、、、見み見みみおとりおとりおとりしししててて、、、我わ我わわももも人ひと人ひとひとももも見み見みみえええむむんががが、、、心こゝろ心こゝろこころ安やす安やすやすからからからずずずうかるうかるうかるべきべきべきことことこと、、、もしもしもし命いのち命いのちいのちしひてしひてしいてとまらとまらとまらばばば、、、病やまひ病やまひやまいにににことことことつけつけつけてててかたちかたちかたちをををもももかへかへかへてててむむん、、、さてさてさてのみのみのみこそこそこそ長なが長ながながききき心こころ心こころこころをををもももかたみかたみかたみににに見み見みみはつはつわつべきべきべきわざわざわざなれなれなれととと思おも思おもおもひひいしみしみしみ給たま給たまたまひひいててて、、、とととあるあるあるにてにてにてもももかゝるかゝるかかるにてにてにてももも、、、いかでいかでいかでこのこのこの思おも思おもおもふふうことことことしししてててむむんとととおぼすおぼすおぼすををを、、、

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

この常不軽の行者たちは、そのあたりの里々から京まで歩いていたが、明け方の嵐に困って、阿闍梨の控えているあたりを訪ねて、中門のもとに座って、たいそう尊く礼拝する。回向の終わりの方の趣がたいそう哀れである。客人も仏道に心の進んだお心なので、哀れをこらえきれなさらない。中の君がひどく気がかりで、奥の方にある几帳の後ろにお寄りになった気配をお聞きになって、薫はきちんと座り直しなさって、「常不軽の声は、どのようにお聞きになりましたか。重々しい法会では行わないことですが、尊いものでございました」と言って、「霜の冴える汀の千鳥がつらそうに鳴く声の悲しい明け方であるよ」と、言葉のように申し上げなさる。つれない大君のご様子にも似通っていて、思いよそえられるけれど、中の君は答えにくくて、弁を介して申し上げなさる。「暁の霜を払って鳴く千鳥は、物思う人の心を知っているのでしょうか」。似つかわしくないお代わりだけれど、弁は由緒ありげに申し上げる。大君はこのようなちょっとしたことも、遠慮がちなものの、親しみやすく張り合いのあるように取りなしてくださったのに、今はと別れてしまったらどのような心地がするだろうと、薫は思い惑いなさる。

八の宮が夢に現れなさったという様子を思い合わせなさると、このように心苦しい姫君たちのご様子を、空を翔けりながらもどのようにご覧になっているだろうと推し量られて、宮がいらっしゃった御寺にも誦経をおさせになる。あちこちに祈祷の使いを出し立てさせなさる。公にも私にも、休暇の旨を申し出なさって、祭や祓など、すべて行き届かないことなくなさるけれど、物の怪や罪によるようなご病気でもなかったので、何の効験も見えない。大君ご自身も、平癒しようと仏にもお祈りになるのならともかく、やはりこの機会に何とか死んでしまいたい、この薫がこうして付き添っていて、残りなく見られてしまったので、今は遠ざかりようもない、かといって、このようにおろかならず見える心が、見劣りして、自分も相手もそう思うようになれば、心安からずつらいだろうこと、もし命が強いてとどまるならば、病にかこつけて出家してしまおう、そうしてこそ長い心を互いに見届けられることなのだと深く思い込みなさって、どうあっても何とかこの思うことを遂げたいとお思いになるが、

意訳

嵐の明け方、常不軽の行者が山荘を訪れて礼拝し、薫は千鳥の歌を詠み、中の君は弁を介して返す。薫は大君との別れを恐れ、八の宮の寺での誦経や各地の祈祷、祭や祓を尽くすが効験はない。大君は、生き長らえて薫と結ばれれば互いに幻滅するだろうから、病を口実に出家して清い心のまま終わりたいと思い詰める。

語釈・文法注

文法

「ゑかう」(ゑかうの末つ方の心ばへいとあはれなり)
回向。読経や礼拝の功徳を他に振り向けること。
「あまがけりても」(あまがけりてもいかに見給ふらむ)
天翔けりても。死者の霊が空を飛び回って見守ること。
「かたちをもかへてむ」(病にことつけてかたちをもかへてむ)
姿を変える。出家すること。

解説

千鳥の歌のやりとりは、大君ではなく中の君と弁が担う。死の床にある大君の不在が、言葉のやりとりの中にも感じられる。

大君は、生き長らえても薫との関係は幻滅に終わると考え、出家を望む。「長き心をもかたみに見はつべき」という言葉には、美しいまま関係を終わらせたいという大君の切実な願いが込められている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、980–983頁(コマ201–202)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日