源氏物語 第47帖 総角(47)
阿闍梨の夢語り
薫が中の君に「何日も看病していらしたお疲れで、心安からずお思いだったでしょう。今夜だけでも安心してお休みください。宿直の者が控えていましょう」と申し上げると、中の君は気がかりだが、何か訳があるのだろうと思って少し退く。正面からではないが、薫が這い寄りながら見ると、大君はたいそう苦しく恥ずかしいけれど、こうなる宿縁があったのだろうと思って、この上なくのどかで安心できる薫のお心を、あの匂宮と見比べると、哀れとも思い知られた。亡くなった後の思い出にも、強情で思いやりがないとは思われまいと慎んで、きまり悪く突き放すこともできない。一晩中女房を促して、薬湯などを差し上げるが、少しも口にする様子がない。ひどいことだ、どうして命を引き留められようかと、薫は言いようもなく思っている。不断経の明け方、交代した声がたいそう尊い頃に、阿闍梨も夜居に控えていて眠っていたのが、ふと目覚めて陀羅尼を読む。老いて声がかれているが、たいそう功徳がありそうで頼もしく聞こえる。「今夜はいかがでいらっしゃいましたか」などと申し上げるついでに、亡き八の宮のことなどを申し出して、鼻を何度もかんで、「どんな所にいらっしゃるのでしょう。それでも涼しい浄土にと思いやり申し上げていたのですが、先頃の夢に現れなさいました。俗人のお姿で、『世の中を深く厭い離れていたので心の留まることはなかったが、少し思ったことに心が乱れて、ただしばらく願っていた極楽を隔てられているのを思うとたいそう悔しい。往生を勧める供養をせよ』とたいそうはっきりおっしゃったので、すぐにお仕えすべきことが思いつきませんので、できる限りの勤行をしております。法師たち五六人で、何某の念仏を務めさせております。また思いついたことがございまして、常不軽の行をさせております」などと申し上げるので、薫もひどく泣く。大君は、あの世でまで父宮の往生を妨げているらしい自分たちの罪の深さを、苦しい心地にもますます消え入りそうに思う。何とかして、父宮がまだ行き先が定まらないうちに参って、同じ所にと聞きながら臥せっている。阿闍梨は言葉少なに立ち去った。
- 1「「「日日ひごろごろごろ見見み奉奉たてまつりりり給給たまへへえらららむむん御御おん心地心地ここちももも、、、安安やすからからからずずずおぼさおぼさおぼされれれつらむつらむつらむ。。。今今こ夜夜よいだにだにだに心心こころ安安やすくくくうちうちうちやすまやすまやすませせせ給給たまへへえ。。。とのとのとのゐゐい人人びとさぶらふさぶらふさぶらうべしべしべし」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、うしろめたけれうしろめたけれうしろめたけれどどど、、、さるさるさるやうやうようこそこそこそはははとととおぼしおぼしおぼしててて、、、少少すこししししぞきしぞきしぞき給給たまへへえりりり。。。ひたひたひたおもておもておもてにににはははあらあらあらねねねどどどはひはひはいよりよりよりつゝつゝつつ見見み奉奉たてまつりりり給給たまへへえばばば、、、いといといと苦苦くるしくしくしく恥恥はずかしけれしけれしけれどどど、、、かゝるかゝるかかるべきべきべき契契ちぎりこそこそこそありありありけめけめけめとととおぼしおぼしおぼしててて、、、こよなうこよなうこよのうのどやかのどやかのどやかにににうしろうしろうしろやすきやすきやすき御心御心みこころををを、、、かのかのかの片片かたつつつかたかたかたののの人人ひとににに見見みくらべくらべくらべ奉奉たてまつりりり給給たまへへえばばばあはれあはれあわれとととももも思思おもひひい知知しららられれれにににたりたりたり。。。空空むなしくしくしくなりなりなりなななむむん後後のちののの思思おもひひい出出いでにににももも、、、心心こころごはくごはくごわく思思おもひひいぐまぐまぐまなからなからなからじじじとととつゝみつゝみつつみ給給たまひひいててて、、、はしたなくはしたなくはしたなくもももえええおしおしおし放放はなちちち給給たまははわずずず。。。夜夜よもももすがらすがらすがら人人ひとをををそゝのかしそゝのかしそそのかしててて、、、御御おん湯湯ゆなどなどなど參參まいらせらせらせ奉奉たてまつりりり給給たまへへえどどど、、、露露つゆばかりばかりばかりまゐるまゐるまいる氣色氣色けしきもももなしなしなし。。。いみじいみじいみじのののわざわざわざややや、、、いかにいかにいかにしししてててかかかはははかけかけかけとゞむとゞむとどむべきべきべきととと、、、言言いははわむむん方方かたなくなくなく思思おもひひい居居い給給たまへへえりりり。。。
- 2不不ふ斷斷だん經經きょうののの曉曉あかつきがたがたがたののの、、、居居いかはりかはりかわりたるたるたる聲聲こえのののいといといとたふときたふときとうときににに、、、阿阿あ闍闍ざ梨梨りもももよゐよゐよいにににさぶらひさぶらひさぶらいてててねぶりねぶりねぶりたるたるたる、、、うちうちうち驚驚おどろきききててて陀陀だ羅羅ら尼尼によむよむよむ。。。おいおいおいかれかれかれにににたれたれたれどどどいといといとくうづきくうづきくうずきてててたのもしうたのもしうたのもしゅう聞聞きこゆゆゆ。。。「「「いかゞいかゞいかが今今こ夜夜よいはははおはしましおはしましおわしましつらむつらむつらむ」」」などなどなど聞聞きこゆるゆるゆるついでついでついでににに故故こ宮宮みやののの御御おん事事ことなどなどなど聞聞きこえええ出出いでででゝゝて、、、鼻鼻はなしばしばしばしばしばしばうちうちうちかみかみかみててて「「「いかなるいかなるいかなる所所ところにににおはしますおはしますおわしますらむらむらん。。。さりともさりともさりとも凉凉すずしきしきしき方方かたにににぞぞぞととと思思おもひひいやりやりやり奉奉たてまつるるるををを、、、さいつころさいつころさいつころののの夢夢ゆめににになむなむなん見見みえええおはしましおはしましおわしましゝゝし。。。俗俗ぞくののの御御おんかたちかたちかたちにてにてにて、、、世世よののの中中なかををを深深ふこううう厭厭いとひひい離離はなれれれしかしかしかばばば心心こころとまるとまるとまることことことなかりなかりなかりしししををを、、、聊聊いささかうちうちうち思思おもひひいしししことことことににに亂亂みだれれれてててなむなむなん。。。唯唯ただしばししばししばしねがひねがひねがいののの處處ところををを隔隔へだたれたれたれるるるををを思思おもふふうなむなむなんいといといとくやしきくやしきくやしき。。。すゝむるすゝむるすすむるわざわざわざせよせよせよととといといといとさだかさだかさだかににに仰仰おおせせせられられられしししををを、、、たちまちたちまちたちまちににに仕仕つこうううまつるまつるまつるべきべきべきことことことのののおぼえおぼえおぼえ侍侍はべらららねねねばばば、、、堪堪たへへえたるたるたるにににしたがひしたがひしたがいててておこなひおこなひおこないししし侍侍はべるるる。。。法法ほう師師しばらばらばら五五ご六六ろく人人にんしししててて、、、なにがしなにがしなにがしののの念念ねん佛佛ぶつなむなむなん仕仕つこうううまつらまつらまつらせせせ侍侍はべるるる。。。さてさてさてははは思思おもひひい給給たまへへええええたるたるたることことこと侍侍はべりりりててて常常じょう不不ふ經經きょうをををなむなむなんつかつかつかせせせ侍侍はべるるる」」」などなどなど申申もうすすすににに君君きみもももいみじういみじういみじゅう泣泣なききき給給たまふふう。。。かのかのかの世世よにににさへさへさへ妨妨さまたげげげ聞聞きこゆゆゆらむらむらん罪罪つみののの程程ほどををを、、、苦苦くるしきしきしき心地心地ここちにににもももいとゞいとゞいとど消消きえええ入入いりりりぬぬぬばかりばかりばかりおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう。。。いかでいかでいかでかのかのかのまだまだまだ定定さだまりまりまり給給たまははわざらざらざらむむん先先さきにににまうでまうでもうでゝゝて同同おなじじじ所所ところにににもももととと聞聞ききききふしふしふし給給たまへへえりりり。。。阿阿あ闍闍ざ梨梨りはははことことことずくなずくなずくなにてにてにて立立たちちちぬぬぬ。。。
現代語訳
薫が中の君に「何日も看病申し上げていらっしゃったお気持ちも、安からずお思いになっていたでしょう。今夜だけでも安心してお休みください。宿直の者が控えていましょう」と申し上げなさると、中の君は気がかりだけれど、何か訳があるのだろうとお思いになって、少しお退きになった。正面からではないが、薫が這い寄りながら拝見なさると、大君はたいそう苦しく恥ずかしいけれど、こうなるべき宿縁があったのだろうとお思いになって、この上なくのどかで安心できる薫のお心を、あの片方の人と見比べ申し上げなさると、哀れとも思い知られるのだった。亡くなってしまった後の思い出にも、強情で思いやりがないとは思われまいと慎みなさって、きまり悪く突き放すこともおできにならない。薫は一晩中女房を促して、薬湯などを差し上げなさるが、少しも口にする様子がない。ひどいことだ、どのようにして命を引き留められようかと、言いようもなく思っていらっしゃる。
不断経の明け方、交代した声がたいそう尊い頃に、阿闍梨も夜居に控えて眠っていたのが、ふと目覚めて陀羅尼を読む。老いて声がかれているが、たいそう功徳がありそうで頼もしく聞こえる。「今夜はいかがでいらっしゃいましたか」などと申し上げるついでに、亡き宮のことなどを申し出して、鼻を何度もかんで、「どのような所にいらっしゃるのでしょう。それでも涼しい浄土にと思いやり申し上げていたのですが、先頃の夢に現れなさいました。俗人のお姿で、『世の中を深く厭い離れていたので、心の留まることはなかったのだが、少し思ったことに乱れて、ただしばらく願っていた所を隔てられているのを思うと、たいそう悔しい。往生を勧める供養をせよ』とたいそうはっきりおっしゃったのですが、すぐにお仕えすべきことが思いつきませんので、できる限りに従って勤行をしております。法師たち五六人で、何某の念仏を務めさせております。また思いついたことがございまして、常不軽の行をさせております」などと申し上げるので、薫もひどくお泣きになる。大君は、あの世でまで父宮の往生を妨げ申し上げているらしい罪のほどを、苦しい心地にも、ますます消え入りそうに思われなさる。何とかして、父宮がまだ行き先が定まりなさらないうちに参って、同じ所にもと、聞きながら臥せっていらっしゃる。阿闍梨は言葉少なに立ち去った。
意訳
薫は中の君を休ませ、自ら大君のそばで夜通し看病する。大君は、匂宮と比べて薫の誠実さを思い知り、死後の思い出にと薫を拒まない。明け方、阿闍梨が、八の宮が夢に現れ、娘たちへの執着のために極楽に行けないと語ったと話す。大君は、自分たちの存在が父の往生を妨げていると知って消え入りそうになり、父と同じ所へ行きたいと願う。
語釈・文法注
文法
- 「くうづきて」(いとくうづきてたのもしう聞ゆ)
- 功づきて。修行の功徳が積もった様子。
- 「凉しき方」(さりとも凉しき方にぞと思ひやり奉るを)
- 涼しい所。極楽浄土。
- 「常不經」(常不經をなむつかせ侍る)
- 常不軽菩薩の行。法華経の常不軽品に基づき、人々を礼拝して回る修行。
解説
大君は、死を前にして初めて薫の誠実さを素直に認める。拒み続けた理由が消えていくのではなく、死後の思い出として薫を受け入れるのである。
阿闍梨の夢語りは、大君に最後の打撃を与える。娘たちへの執着が父の往生を妨げている。父のために独身を守ってきた大君にとって、自分の存在そのものが父の罪であった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、978–981頁(コマ200–201)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日