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源氏物語 第47帖 総角(45)

大君の重病

登場人物:薫・大君・弁・匂宮・宇治の阿闍梨

中納言(薫)も、思っていたより軽々しいお心だなあ、それでもと思い申し上げていたのも気の毒で、自分のせいだと思われて、めったに匂宮のもとへ参らず、宇治にはどうしていらっしゃるかと見舞いを申し上げる。十一月になって、大君は少し快方に向かっていると聞いていたのに、公私とも慌ただしい頃で、五六日使いも出さなかったので、どうしているだろうとはっと驚いて、やむを得ない用事の多さを打ち捨てて参った。修法は全快するまでと言い置いていたのに、よくなったからと阿闍梨も帰してしまったので、たいそう人が少なく、いつもの老女房(弁)が出てきて様子を申し上げる。「どこといって痛む所もなく、大げさでないご病気なのに、お食事を全く召し上がりません。もとより人に似ずか弱くていらっしゃるうえに、匂宮のことが起こってから、ますます物思いをなさっている様子で、ちょっとした果物さえご覧にならなかったのが積もったのでしょうか、呆れるほど弱くなられて、全く頼もしくもお見えになりません。ひどく情けない身の命の長さで、こういうことを拝見しますので、まず何とかして先立ち申し上げたいと思い込んでおります」と言い終わらずに泣くさまはもっともである。薫は「どうしてこうとも知らせてくださらなかったのか。院でも宮中でも呆れるほど用事の多い頃で、何日もお便りできなかった気がかりさよ」と言って、以前の部屋に入る。枕元近くで話しかけるが、大君は声も出ないようで答えられない。「こんなに重くなられるまで、誰も知らせてくれなかったのがつらいが、かいのないことだ」と恨んで、いつもの阿闍梨や、およそ世に効験があると聞こえる人々をことごとく大勢呼び寄せる。修法や読経を翌日から始めさせようと、薫の家人が大勢参り集い、上下の人々が立ち騒ぐので、心細さの名残もなく頼もしげである。

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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

中納言も、思っていたより軽々しいお心であるよ、それでもとお思い申し上げていたのも気の毒で、自分の心から起こったことと思われながら、めったに匂宮のもとへ参上なさらず、宇治にはどうしていらっしゃるか、どうしていらっしゃるかとお見舞い申し上げなさる。この月になってからは、大君は少しよくなっていらっしゃるとお聞きになっていたのに、公私とも慌ただしい頃で、五六日使いもお出しにならなかったので、どうしているだろうとはっと驚かれて、やむを得ない用事の多さを打ち捨てて参上なさる。修法は全快なさるまでと言い置きなさっていたのに、よくなったからと言って阿闍梨もお帰しになってしまったので、たいそう人が少なく、いつもの老女房が出てきてご様子を申し上げる。「どこといって痛む所もなく、大げさでないご病気なのに、お食事を全く召し上がりません。もとより人に似ず、か弱くていらっしゃるうえに、この匂宮のことが起こってから後、ますます物思いをなさっている様子で、ちょっとした果物さえご覧にならなかったのが積もったのでしょうか、呆れるほど弱くおなりになって、全く頼もしくもお見えになりません。本当に情けない身の命の長さで、このようなことを拝見しますので、まず何とかして先立ち申し上げたいと思い込んでおります」と言い終わらずに泣く様子は、もっともである。

薫は「どうしてこうとも知らせてくださらなかったのか。院でも宮中でも、呆れるほど用事の多い頃で、何日もお便りできなかった気がかりさよ」と言って、以前の部屋にお入りになる。御枕元近くで話しかけなさるが、大君はお声も出ないようで、お答えになれない。「このように重くおなりになるまで、誰も誰も知らせてくださらなかったのがつらいと思うにつけ、かいのないことだ」と恨んで、いつもの阿闍梨や、およそ世に効験があると聞こえる人々をことごとく、大勢お呼び寄せになる。修法や読経を翌日から始めさせなさろうというので、薫の家人が大勢参り集い、上下の人々が立ち騒いだので、心細さの名残もなく頼もしげである。

意訳

薫は匂宮の不実に失望し、宇治の見舞いを続ける。大君が快方に向かったと聞いていたが、しばらく便りをしないうちに、大君は食事を取らずに衰弱していた。弁が泣きながら病状を語る。薫は知らせがなかったことを恨み、高僧たちを呼び寄せて修法と読経を始めさせる。

語釈・文法注

文法

「怠りはて給ふまで」(ずほふは怠りはて給ふまでとのたまひ置きけるを)
病が全快なさるまで。「怠る」は病が治ること。
「あえかに」(あえかにおはしますうちに)
か弱く、華奢に。
「さうじ給ふ」(あまたさうじ給ふ)
請じ給ふ。招き寄せなさる。

解説

大君の病は、身体の病ではなく心の病である。どこも痛まないのに食事を受けつけない。妹の不幸を見て、大君は生きる意志を失っていた。

薫は大勢の僧を呼び寄せ、山荘は急に賑やかになる。しかしその頼もしさは、死に向かう大君を引き止める力にはならない。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、976–979頁(コマ199–200)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日