源氏物語 第47帖 総角(36)
待ちぼうけの姉妹
宇治では、匂宮の一行が通り過ぎていく気配を、遠くなるまで聞こえる先払いの声々にただならず思う。準備していた女房たちもたいそう残念に思っている。大君はまして、やはり噂に聞く月草の色のように移ろいやすいお心だったのだと思う。ほのかに人の言うのを聞けば「男というものは嘘をたいそう上手につくものだそうです。思ってもいない人を思っているふうに取りなす言葉が多いもの」と、この人数にも入らない女房たちが昔話に言うのを、そんな平凡な身分の中にこそ不埒な心の者も混じるのだろう、何事も格別な身分になれば、人の聞き思うことを憚って窮屈になるものと思っていたのは、そうでもないことだったのだ。浮気なお方だと亡き父宮も聞き伝えていらして、このように身近な関係までは考えもしなかったのに、不思議なほど心深げに言い続け、思いのほかに縁を結ぶことになったにつけてさえ、身のつらさを思い加えるのがつまらないことよ、こう見劣りするお心を、一方ではあの中納言もどう思うだろう、ここにも格別に気後れするような人は交じっていないが、女房たちがそれぞれ思うだろうことが、人の笑いものになる愚かしいことだと思い乱れると、気分も悪くなってひどく苦しく思われる。当の中の君は、たまに対面する時に匂宮がこの上なく深いことを約束したので、それでもすっかりお心が変わることはあるまい、心もとないのもやむを得ない事情があるのだろうと、心の中で慰めるところがある。日数が経ったことを思わないわけでもないのに、かえって近くまで来て通り過ぎたのを、つらくも残念にも思うにつけ、ますます物悲しい。こらえきれない様子なのを、大君は、人並みに扱って世間並みの住まいだったら、こんな扱いはなさらないだろうになどと、ますます哀れに見る。
- 1彼彼かし處處こにににははは過過すぎぎぎ給給たまひひいぬるぬるぬるけはひけはひけはいををを、、、遠遠とおうううなるなるなるまでまでまで聞聞きこゆるゆるゆるさきさきさきののの聲聲こえ々々ごえたゞたゞただならならならずずずおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう。。。心心こころまうけまうけもうけしししつるつるつる人々人々ひとびともももいといといと口口くち惜惜おしししとととおもへおもへおもえりりり。。。姫姫ひめ君君ぎみはははましてましてまして猶猶なお音音おとににに聞聞きくくく月月つき草草くさののの色色いろなるなるなる御心御心みこころなりなりなりけりけりけり。。。ほのかほのかほのかににに人人ひとのののいふいふいうををを聞聞きけけけばばば「「「男男おとこととといふいふいうものものものはははそらそらそらごとごとごとをををこそこそこそいといといとよくよくよくすすすなれなれなれ。。。思思おもははわぬぬぬ人人ひとをををおもひおもひおもいがほがほがおにににとりとりとりなすなすなす言言ことののの葉葉は多多おおかるかるかるものものもの」」」とととこのこのこの人人ひと數數かずならならならぬぬぬ女女おんなばらばらばらののの昔昔むかし物物もの語語がたりにににいふいふいうををを、、、さるさるさるなほなほしきなほなほしきなおなおしき中中なかにににこそこそこそはははけしからけしからけしからぬぬぬ心心こころあるあるあるもももまじるまじるまじるらめらめらめ、、、何何なに事事こともももすぢすぢすじことことことなるなるなるきはきはきわににになりなりなりぬれぬれぬればばば、、、人人ひとののの聞聞きききき思思おもふふうことことことつゝましうつゝましうつつましゅう所所ところせかるせかるせかるべきべきべきものものものととと思思おもひひいしししはははさしもさしもさしもあるあるあるまじきまじきまじきわざわざわざなりなりなりけりけりけり。。。あだめきあだめきあだめき給給たまへへえるるるやうやうようににに故故こ宮宮みやももも聞聞きききき傳傳つたへへえ給給たまひひいてててかうやうかうやうこうようにににけけけ近近じかききき程程ほどまでまでまでははは、、、おぼしおぼしおぼしよらよらよらざりざりざりしししものものものををを、、、あやしきあやしきあやしきまでまでまで心心こころ深深ふかげげげにににのたまひのたまひのたまいわたりわたりわたり、、、思思おもいののの外外ほかににに見見み奉奉たてまつるるるにににつけつけつけてててさへさへさへ、、、身身みののの憂憂うさささををを思思おもひひいそふるそふるそうるがががあぢきなくあぢきなくあじきなくもももあるあるあるかなかなかな、、、かうかうこう見見み劣劣おとりりりするするする御心御心みこころををを、、、かつかつかつはははかのかのかの中中ちゅう納納な言言ごんもももいかにいかにいかに思思おもひひい給給たまふふうらむらむらん、、、こゝこゝここにににももも殊殊ことににに耻耻はずかしげかしげかしげなるなるなる人人ひとはははうちうちうち交交まじらららねねねどどど、、、おのおのおのおのおのおの思思おもふふうらむらむらんががが人人ひとわらへわらへわらえにににをこがましきをこがましきおこがましき事事ことととと思思おもひひい亂亂みだれれれ給給たまふふうににに、、、心地心地ここちももも違違たがひひいててていといといと惱惱なやましうしうしゅうおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう。。。
- 2さうじみさうじみそうじみはははたまさかたまさかたまさかににに對對たい面面めんししし給給たまふふう時時とき、、、限限かぎりなくなくなく深深ふかきききことことことをををたのめたのめたのめ契契ちぎりりり給給たまへへえれれればばば、、、さりともさりともさりともこよなうこよなうこよのうはははおぼしおぼしおぼし變變かわらららじじじととと、、、覺束覺束おぼつかなきなきなきもももわりなきわりなきわりなきさばかりさばかりさばかりこそこそこそははは物物ものししし給給たまふふうらめらめらめととと、、、心心こころののの中中うちににに思思おもひひい慰慰なぐさめめめ給給たまふふうかたかたかたありありあり。。。程程ほど經經へにににけるけるけるががが思思おもひひい入入いららられれれ給給たまははわぬぬぬにににしもしもしもあらあらあらぬぬぬににに、、、なかなかなかなかなかなかにてにてにてうちうちうち過過すぎぎぎ給給たまひひいぬるぬるぬるををを、、、つらうつらうつろうももも口口くち惜惜おしうしうしゅうもももおもほゆるおもほゆるおもおゆるににに、、、いとゞいとゞいとど物物ものあはれあはれあわれなりなりなり。。。忍忍しのびびびがたきがたきがたき御御おん氣色氣色けしきなるなるなるををを、、、人人ひとなみなみなみなみなみなみにににもてもてもてなしなしなしててて、、、例例れいののの人人ひとめきめきめきたるたるたる住住すまひひいならならならばばば、、、かうやうかうやうこうようにににもてもてもてなしなしなし給給たまふふうまじきまじきまじきをををなどなどなど、、、姊姊あね君君ぎみはははいとゞしくいとゞしくいとどしくあはれあはれあわれととと見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
現代語訳
宇治では、匂宮が通り過ぎていかれた気配を、遠くなるまで聞こえる先払いの声々に、ただならず思われなさる。準備していた女房たちも、たいそう残念に思っている。大君はまして、やはり噂に聞く月草の色のように移ろいやすいお心だったのだと思う。ほのかに人の言うのを聞くと、「男というものは、嘘をたいそう上手につくものだそうです。思ってもいない人を思っているふうに取りなす言葉が多いもの」と、この人数にも入らない女房たちが昔話に言うのを、そのような平凡な身分の中にこそ、不埒な心のある者も混じるのだろう、何事も格別な身分になってしまえば、人の聞き思うことを憚って、窮屈になるはずのものと思っていたのは、そうでもないことだったのだ。浮気でいらっしゃるように、亡き父宮も聞き伝えていらっしゃって、このように身近な関係までは、お考えにもならなかったのに、不思議なほど心深げに言い続け、思いのほかに縁を結び申し上げることになったにつけてさえ、身のつらさを思い加えるのがつまらないことよ、こう見劣りするお心を、一方ではあの中納言もどうお思いになっているだろう、ここにも格別に気後れするような人は交じっていないけれど、女房たちがそれぞれ思っているだろうことが、人の笑いものになる愚かしいことだと思い乱れなさると、気分も悪くなって、たいそう苦しく思われなさる。
当の中の君は、たまに対面なさる時、匂宮がこの上なく深いことを約束して頼みにさせなさったので、それでもすっかりお心が変わることはあるまい、心もとないのも、やむを得ない事情がそれほどおありなのだろうと、心の中で思い慰めなさるところがある。日数が経ったことを、思い込まずにいらっしゃるわけでもないのに、かえって近くまで来ながら通り過ぎてしまわれたのを、つらくも残念にも思われるにつけ、ますます物悲しい。こらえがたいご様子なのを、大君は、人並みに扱って、世間並みの住まいであったならば、このようにお扱いにはならないだろうになどと、ますます哀れに拝見なさる。
意訳
匂宮の一行が素通りしていくのを聞いて、姉妹と女房たちは落胆する。大君は、男は嘘をつくものだという女房たちの話を思い、身分の高い人でもそうなのだと失望して、心身の不調に陥る。中の君は匂宮の約束を信じて自分を慰めるが、悲しみをこらえきれない。
語釈・文法注
文法
- 「月草の色なる御心」(猶音に聞く月草の色なる御心なりけり)
- 月草(つゆ草)で染めた色は移ろいやすい。移り気な心のたとえ。
- 「心地も違ひて」(心地も違ひていと惱しうおぼえ給ふ)
- 気分が悪くなって。大君の病の始まり。
- 「わりなきさばかり」(覺束なきもわりなきさばかりこそは物し給ふらめ)
- やむを得ない事情がそれほどあるのだろう。
解説
大君は、匂宮の素通りを、男の不実の証と受け取る。妹を守れなかったという自責の念が、大君の体をむしばみ始める。「心地も違ひて」は、大君の病の始まりを告げる言葉である。
中の君は、匂宮の約束を信じようとする。姉が絶望する一方で、妹はなお希望を捨てない。姉妹の心の違いが、ここにも表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、968–971頁(コマ195–196)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日