源氏物語 第47帖 総角(35)
立ち寄れぬ匂宮
網代の氷魚も匂宮に心を寄せて献上し、色とりどりの木の葉に混ぜて楽しむのを、下人などはたいそう面白いことに思うので、人々に従って皆が満足な遊びなのに、匂宮自身の気持ちは胸がふさがるばかりで、空ばかり眺めている。この古い宮(八の宮の山荘)の梢はたいそう格別に趣深く、常磐木に這い混じる蔦の色なども奥深く見えて、遠目にさえもの寂しいので、中納言の君(薫)も、かえって頼みにさせてしまったのはつらいことだと思う。去年の春にお供した君達は、花の色を思い出して、父宮に先立たれてここで物思いにふけっているだろう姫君たちの心細さを話す。匂宮がこうしてお忍びで通っていると聞きかじった者もいるだろう。事情を知らない者も混じって、大方こうした山奥でも人の噂は自然と聞こえるものなので、「たいそう美しい方々だそうです。箏の琴が上手で、亡き宮が明け暮れ合奏して教えていらしたので」などと口々に言う。宰相の中将は、いつかの花盛りに一目見た木の下さえ、秋は寂しいのかと、主人側と思って言うと、薫は、桜こそ思い知らせる、咲き匂う花も紅葉も無常の世であることを、と詠む。衛門督は、どこから秋は去っていったのか、山里の紅葉の陰は立ち去りがたいのに、と詠む。中宮大夫は、見知った人もいない山里の岩垣に、心長くも這う葛よ、と詠む。中で年老いて、泣いている。八の宮が若くいらした頃のことなどを思い出すのだろう。匂宮は、秋が果てて寂しさのまさる木の下を、吹き過ぎないでくれ、峰の松風よと詠んで、ひどく涙ぐんでいるのを、ほのかに事情を知る人は、本当に深く思っていらっしゃるのだ、今日の機会を逃しなさるお心苦しさだと拝見する人もいるが、仰々しく引き連れているので立ち寄ることができない。作った漢詩の面白い所々を吟じ、和歌も折につけて多いが、このような酔い泣きの紛れでは、まして立派なものがあろうか。一端を書き留めるのさえ見苦しい。
- 1あじろあじろあじろのののひをひをひおももも心心こころよせよせよせ奉奉たてまつりりりててていろいろいろいろいろいろののの木木こののの葉葉はにににかきかきかきまぜまぜまぜもてもてもてあそぶあそぶあそぶををを、、、しもしもしも人人びとなどなどなどはははいといといとをかしきをかしきおかしきことことことににに思思おもへへえばばば、、、人人ひとににに從從したがひひいつゝつゝつつ心心こころゆくゆくゆく御御おんありきありきありきににに、、、みづからみづからみずからののの御御おん心地心地ここちははは胸胸むねのみのみのみつとつとつとふたがりふたがりふたがりててて空空そらをををのみのみのみながめながめながめ給給たまふふうににに、、、このこのこのふるふるふる宮宮みやのののこずゑこずゑこずえはははいといといとことことことにににおもしろくおもしろくおもしろく、、、常常と磐磐きわ木木ぎにににはひはひはいまじれまじれまじれるるる蔦蔦つたののの色色いろなどなどなどももも物物ものふかげふかげうかげににに見見みえええてててとほとほとおめめめさへさへさへすごげすごげすごげなるなるなるををを、、、中中ちゅう納納な言言ごんののの君君きみもももなかなかなかなかなかなかたのめたのめたのめ聞聞きこえええけるけるけるをををうれはしきうれはしきうれわしきわざわざわざかなかなかなとととおぼゆおぼゆおぼゆ。。。こぞこぞこぞののの春春はる御御おん供供ともなりなりなりししし君君きん達達だちははは花花はなののの色色いろををを思思おもひひい出出いでででゝゝて、、、後後おくれれれてててこゝこゝここににに眺眺ながめめめ給給たまふふうらむらむらん心心こころ細細ぼそさささをををいふいふいう。。。かうかうこう忍忍しのびびび忍忍しのびびびににに通通かよひひい給給たまふふうとととほのほのほのぎゝぎゝぎきたるたるたるもももあるあるあるべしべしべし、、、心心こころしらしらしらぬぬぬもももまじりまじりまじりててて、、、大大おおかたかたかたにににとととやややかくかくかくやややととと人人ひとののの御御おんうへうへうえはははかゝるかゝるかかる山山やまがくれがくれがくれなれなれなれどどどおのづからおのづからおのずから聞聞きこゆるゆるゆるものものものなれなれなればばば、、、「「「いといといとをかしげをかしげおかしげにににこそこそこそ物物ものししし給給たまふふうなれなれなれ。。。箏箏そうののの琴琴こと上上じょう手手ずにてにてにて、、、故故こ宮宮みやののの明明あけ暮暮くれ遊遊あそびびびならはしならはしならわし給給たまひひいけれけれければばば」」」などなどなどくちぐちくちぐちくちぐちにににいふいふいう。。。
- 2宰宰さい相相しょう中中ちゅう將將じょう、、、「「「いついついつぞぞぞやややももも花花はなのののさかりさかりさかりにににひとひとひとめめめ見見みししし木木こののの本本もとさへさへさへややや秋秋あきはははさびしきさびしきさびしき」」」、、、あるじあるじあるじ方方がたととと思思おもひひいててていへいへいえばばば、、、中中ちゅう納納な言言ごん、、、「「「櫻櫻さくらこそこそこそ思思おもひひいしらすれしらすれしらすれさきさきさきにほふにほふにおう花花はなももももみぢもみぢもみじもももつねつねつねならならならぬぬぬ世世よををを」」」。。。衛衛え門門もん督督のかみ、、、「「「いづこいづこいずこよりよりよりあきあきあきはははゆきゆきゆきけむけむけん山山やま里里ざとののの紅紅もみ葉葉じのののかげかげかげはははすぎすぎすぎうきうきうきものものものををを」」」。。。宮宮みやののの大大だい夫夫ぶ、、、「「「見見みししし人人ひともももなきなきなき山山やま里里ざとののの岩岩いわがきがきがきにににこゝろこゝろこころながくながくながくもももはへはへはへるるるくずくずくずかなかなかな」」」。。。中中なかにににおいおいおいしらひしらひしらいてててうちうちうちなきなきなき給給たまふふう。。。御御み子子こののの若若わかくくくおはしおはしおわしけるけるける世世よのののことことことなどなどなど、、、思思おもひひい出出いづるづるずるなななめりめりめり。。。宮宮みや、、、「「「秋秋あきはてはてはてゝゝてさびしささびしささびしさまさるまさるまさる木木このののもともともとをををふきふきふきなななすぐしすぐしすぐしそそそ峯峯みねののの松松まつ風風かぜ」」」とてとてとていたういたういとう淚淚なみだぐみぐみぐみたまへたまへたまえるるるををを、、、ほのかほのかほのかににに知知しるるる人人ひとははは、、、げにげにげにふかくふかくふかくおぼすおぼすおぼすなりなりなりけりけりけり。。。今日今日きょうのののたよりたよりたよりををを過過すぐしぐしぐし給給たまふふう御御おん心苦心苦こころぐるしさしさしさととと見見み奉奉たてまつるるる人人ひとあれあれあれどどど、、、ことごとしくことごとしくことごとしく引引ひききき續續つづきききてててえええおはしおはしおわしましましましよらよらよらずずず。。。つくりつくりつくりけるけるける文文ふみどもどもどものののおもしろきおもしろきおもしろき所所ところ々々どころうちうちうちずじずじずじ、、、やまとやまとやまと歌歌うたもももことことことにににつけつけつけててて多多おおかれかれかれどどど、、、かやうかやうかようのののゑひゑひえいなきなきなきのののまぎれまぎれまぎれにににましてましてましてはかばかしきはかばかしきはかばかしき事事ことあらあらあらむむんやややははは。。。かたはしかたはしかたはし書書かきききとゞめとゞめとどめてててだにだにだに見見み苦苦ぐるしくしくしくなむなむなん。。。
現代語訳
網代の氷魚も匂宮に心を寄せて献上し、色とりどりの木の葉に混ぜて楽しむのを、下人などはたいそう面白いことに思うので、人々に従いながら満足なお出かけであるのに、匂宮ご自身のお気持ちは胸がひたすらふさがって、空ばかり眺めていらっしゃると、この古い宮の梢はたいそう格別に趣深く、常磐木に這い混じっている蔦の色なども奥深く見えて、遠目にさえもの寂しいので、中納言の君も、かえって頼みにさせ申し上げたのは、つらいことであるよと思われる。去年の春にお供した君達は、花の色を思い出して、父宮に先立たれてここで物思いにふけっていらっしゃるだろう心細さを言う。匂宮がこのように忍び忍びに通っていらっしゃると聞きかじった者もいるのだろう、事情を知らない者も混じって、大方あれこれと人の噂は、このような山奥であっても自然と聞こえるものなので、「たいそう美しくいらっしゃるそうです。箏の琴が上手で、亡き宮が明け暮れ合奏して教え慣らしていらっしゃったので」などと口々に言う。
宰相の中将は、「いつだったか花の盛りに一目見た木の下さえ、秋は寂しいのだろうか」と、薫を主人側と思って言うと、中納言は、「桜こそ思い知らせるのだ、咲き匂う花も紅葉も無常の世であることを」。衛門督は、「どこから秋は去っていったのだろう、山里の紅葉の陰は立ち去りがたいのに」。中宮大夫は、「見知った人もいない山里の岩垣に、心長くも這っている葛であるよ」。中で年老いて、泣いていらっしゃる。八の宮が若くいらっしゃった頃のことなどを思い出すのであろう。匂宮は、「秋が果てて寂しさのまさる木の下を、吹き過ぎないでくれ、峰の松風よ」と言って、ひどく涙ぐんでいらっしゃるのを、ほのかに事情を知る人は、本当に深くお思いなのだ、今日の機会を逃しなさるお心苦しさだと拝見する人もいるが、仰々しく引き連れているので、お立ち寄りになることができない。作った漢詩の面白い所々を吟じ、和歌も折につけて多いが、このような酔い泣きの紛れでは、まして立派なものがあろうか。一端を書き留めるのさえ見苦しい。
意訳
舟遊びの一行は網代の氷魚を楽しむが、匂宮は胸がふさがったまま空を眺める。八の宮の山荘の梢を見て、殿上人たちは姫君たちの噂をし、それぞれ秋の山里を詠む。匂宮は、寂しさのまさる木の下を吹き過ぎるなと詠んで涙ぐむが、大勢の供のため立ち寄ることができない。
語釈・文法注
文法
- 「あじろのひを」(あじろのひをも心よせ奉りて)
- 網代で捕れた氷魚。鮎の稚魚。宇治の名物。
- 「おいしらひて」(中においしらひてうちなき給ふ)
- 老いの様子を見せて。年老いた中宮大夫が涙もろく泣く。
- 「峯の松風」(ふきなすぐしそ峯の松風)
- 匂宮自身を峰の松風にたとえ、山荘を素通りすることを嘆く。
解説
殿上人たちが詠む歌は、八の宮の山荘を見て無常を思うものである。匂宮だけが、その山荘に中の君がいることを知りながら素通りする痛みを歌う。同じ風景を見ても、心の重さはそれぞれ違う。
語り手は、酔い泣きの紛れの歌は書き留めるのも見苦しいと結ぶ。華やかな遊びの中に、むなしさがにじむ結びである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、968–969頁(コマ195)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日