源氏物語 第47帖 総角(33)
紅葉狩りの計画
十月一日頃、薫は「網代も趣深い頃でしょう」と匂宮をそそのかして、紅葉見物を申し出る。親しい宮仕えの人々や、親しく思う殿上人だけでごく忍んでと思うが、何かと大げさなご威勢なので自然と話が広まって、左大臣(夕霧)の宰相の中将も参る。上達部では、ほかにはこの中納言殿(薫)だけがお供する。臣下は多い。薫は宇治に「あちらでは当然中宿りをなさるでしょうから、然るべく用意してください。以前の春も花見に訪ねて参った人々が、こういう機会にかこつけて、時雨の紛れに姫君たちをのぞき見ることもあるかもしれません」などと細々と申し上げた。姫君たちは簾を掛け替え、あちこちを掃き清め、岩陰に積もった紅葉の朽ち葉を少し除き、遣水の水草を払わせなどする。薫は由緒ある果物や肴など、然るべき人なども差し向けた。大君は、一方では奥ゆかしさもないがどうしようもない、これも然るべき縁なのだと思い許して準備をする。舟で上り下り漕ぎ巡って面白く遊ぶ音も聞こえる。ほのぼのと様子が見えるので、若い女房たちがそちらに出て拝見する。匂宮ご本人の姿はそれと見分けられないが、紅葉で葺いた舟の飾りが錦のように見えて、さまざまに吹き出す楽の音が風に乗って仰々しいほどに聞こえる。世の人が靡きかしずく様子が、こうお忍びの道でもたいそう格別に立派なのを見るにつけても、七夕のように年に一度でもこのような彦星の光を待ち受けたいものだと思われる。漢詩を作らせるつもりで博士なども控えていた。
- 1十十かんな月月ずき一一つい日日たちごろごろごろ「「「あじろあじろあじろもももをかしきをかしきおかしきほどほどほどならならならむむん」」」とととそゝのかしそゝのかしそそのかし聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、紅紅もみ葉葉じ御御ご覽覽らんずずずべうべうびょう申申もうししし給給たまふふう。。。親親したしきしきしき宮宮みや人人びとどもどもども殿殿てん上上じょう人人びとのののむつましくむつましくむつましくおぼすおぼすおぼすかぎりかぎりかぎりいといといと忍忍しのびびびてててとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、所所ところせきせきせき御御おんいきほひいきほひいきおいなれなれなればばばおのづからおのづからおのずからことことことひろごりひろごりひろごりててて、、、左左ひだりのののおほいおほいおおいとのとのとのゝゝの宰宰さい相相しょうののの中中ちゅう將將じょうももも參參まいりりり給給たまふふう。。。さてさてさてはははこのこのこの中中ちゅう納納な言言ごん殿殿どのばかりばかりばかりぞぞぞ上上かん達達だち部部めははは仕仕つこうううまつりまつりまつり給給たまふふう。。。たゞたゞただ人人びとはははおほかりおほかりおおかり。。。「「「かしこかしこかしこにににはははろろろなうなうのう中中なかやどりやどりやどりししし給給たまははわむむんををを、、、さるべきさるべきさるべきさまさまさまにににおぼせおぼせおぼせ。。。さきさきさきののの春春はるももも花花はな見見みににに尋尋たずねねね參參まいりりりこここしししこれこれこれかれかれかれ、、、かゝるかゝるかかるたよりたよりたよりにににことことことよせよせよせててて、、、時雨時雨しぐれのののまぎれまぎれまぎれににに見見み奉奉たてまつりりり顯顯あらわすすすやうやうようもももぞぞぞ侍侍はべるるる」」」などなどなどこまやかこまやかこまやかににに聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。みみみすすすかけかけかけかへかへかえ、、、こゝこゝここかしこかしこかしこかきかきかきはらひはらひはらい、、、岩岩いわがくれがくれがくれににに積積つもれれれるるる紅紅もみ葉葉じののの朽朽くち葉葉ば少少すこしししはるけはるけはるけ、、、遣遣やり水水みずのののみみみ草草くさはらははらははらわせせせなどなどなどぞぞぞししし給給たまふふう。。。よしよしよしあるあるあるくだものくだものくだものさかなさかなさかななどなどなどさるべきさるべきさるべき人人ひとなどなどなどももも奉奉たてまつれれれ給給たまへへえりりり。。。かつかつかつはははゆかしげゆかしげゆかしげなけれなけれなけれどどどいかゞいかゞいかがはははせせせむむん、、、これこれこれもももさるべきさるべきさるべきにににこそこそこそはははととと思思おもひひいゆるしゆるしゆるしててて心心こころまうけまうけもうけししし給給たまへへえりりり。。。船船ふねにてにてにてのぼりのぼりのぼりくだりくだりくだり漕漕こぎぎぎめぐりめぐりめぐりおもしろくおもしろくおもしろく遊遊あそびびび給給たまふふうももも聞聞きこゆゆゆ。。。ほのぼのほのぼのほのぼの有有あり樣樣さま見見みゆるゆるゆるををを、、、そなたそなたそなたににに立立たちちち出出いでででゝゝて若若わかききき人々人々ひとびと見見み奉奉たてまつるるる。。。さうじみさうじみそうじみののの御御おん有有あり樣樣さまはははそれそれそれととと見見みわかわかわかねねねどもどもども、、、紅紅もみ葉葉じをををふきふきふきたるたるたる船船ふねのののかざりかざりかざりののの錦錦にしきととと見見みゆるゆるゆるににに、、、聲聲こえ々々ごえふきふきふき出出いづるづるずる物物ものののの音音ねどもどもども、、、風風かぜにににつきつきつきててておどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしきまでまでまでおぼゆおぼゆおぼゆ。。。世世よののの人人ひとののの靡靡なびきききかしづきかしづきかしずき奉奉たてまつるるるさまさまさま、、、かくかくかく忍忍しのびびび給給たまへへえるるる道道みちにににもももいといといと殊殊ことにににいつくしきいつくしきいつくしきををを見見み給給たまふふうにににももも、、、げにげにげに七七たな夕夕ばたばかりばかりばかりにてにてにてもももかゝるかゝるかかる彥彥ひこ星星ぼしののの光光ひかりをををこそこそこそ待待まちちち出出いでででめめめなどなどなどおぼえおぼえおぼえたりたりたり。。。文文ふみ作作つくらららせせせ給給たまふふうべきべきべき心心こころまうけまうけもうけににに博博は士士かせなどなどなどもももさぶらひさぶらひさぶらいけりけりけり。。。
現代語訳
十月一日頃、薫は「網代も趣深い頃でしょう」と匂宮をそそのかし申し上げなさって、紅葉をご覧になるよう申し上げなさる。親しい宮仕えの人々や、殿上人で親しくお思いになる者だけで、たいそう忍んでとお思いになるが、何かと大げさなご威勢なので、自然と話が広まって、左大臣の宰相の中将も参上なさる。そのほかには、この中納言殿だけが、上達部としてはお供申し上げなさる。臣下は多い。薫は宇治に「あちらでは当然中宿りをなさるでしょうから、然るべく用意なさってください。以前の春も花見に訪ねて参った人々が、このような機会にかこつけて、時雨の紛れにのぞき見申し上げることもあるかもしれません」などと細々と申し上げなさった。姫君たちは簾を掛け替え、あちこちを掃き清め、岩陰に積もった紅葉の朽ち葉を少し除き、遣水の水草を払わせなどなさる。薫は由緒ある果物や肴など、然るべき人なども差し向けなさった。大君は、一方では奥ゆかしさもないけれど、どうしようもない、これも然るべき縁なのだと思い許して、準備をなさった。舟で上り下りし、漕ぎ巡って面白く遊びなさるのも聞こえる。ほのぼのと様子が見えるので、そちらに出て若い女房たちが拝見する。ご本人のご様子はそれと見分けられないが、紅葉で葺いた舟の飾りが錦と見えるうえに、声々吹き出す楽の音が、風に乗って仰々しいほどに思われる。世の人が靡きかしずき申し上げる様子が、このように忍んでいらっしゃる道でもたいそう格別に立派なのをご覧になるにつけても、本当に七夕のように年に一度でも、このような彦星の光を待ち受けたいものだなどと思われた。漢詩を作らせなさる準備として、博士なども控えていた。
意訳
十月、薫は匂宮に宇治の紅葉狩りを勧める。お忍びのつもりが大勢の供が加わる。薫は宇治の姫君たちに準備を頼み、姫君たちは山荘を整えて匂宮の中宿りを待つ。宇治川では紅葉で飾った舟が楽を奏でて漕ぎ巡り、女房たちはその華やかさに見とれる。
語釈・文法注
文法
- 「あじろ」(「あじろもをかしきほどならむ」)
- 網代。宇治川で氷魚を捕るために竹や木を編んで仕掛けたもの。秋から冬の宇治の風物。
- 「ろなう」(かしこにはろなう中やどりし給はむを)
- 論なう。言うまでもなく、当然。
- 「七夕ばかりにても」(げに七夕ばかりにてもかゝる彥星の光をこそ待ち出でめ)
- 七夕のように年に一度でも。匂宮を彦星にたとえる。
解説
紅葉狩りは、匂宮が中の君を訪ねる口実であった。しかし匂宮の威勢ゆえに大勢の供が加わり、お忍びは成り立たなくなる。華やかな行列が、かえって二人を隔てていく。
姫君たちは山荘を整え、匂宮の訪れを待つ。舟遊びの華やかさは、宇治の山里の寂しさと鮮やかな対照をなしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、966–967頁(コマ194)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日