源氏物語 第47帖 総角(29)
宇治橋の歌
匂宮は、めったになかった今回の暇の工面を思い巡らすと、やはり気安く通えないだろうとひどく胸がふさがる思いがした。中宮がおっしゃったことなどを話して、「思いながらも途絶えがあっても、どうしたのかとお思いになるな。夢にもいい加減な心なら、こうまでして参りはしない。心のほどを疑って思い乱れなさるのが心苦しくて、身を捨てて来たのだ。いつもこう惑い歩くことはできまい。然るべき形で近くにお移ししよう」とたいそう深く言うが、中の君は、途絶えがあるだろうとお思いなのは、噂に聞いた浮気なお心のほどが明らかなのだろうかと気がかりで、我が身の有様からさまざまに嘆かわしかった。明けていく頃、匂宮は妻戸を押し開けて、中の君を誘い出して一緒に外を見ると、霧の立ちこめる様子に土地柄の哀れが多く添い、いつものように柴を積んだ舟がかすかに行き交い、その跡の白波も見慣れない住まいの様子だと、色好みのお心には趣深く思われる。山の端の光がだんだん見えてくると、中の君の容貌は申し分なく美しく、この上なく大切にかしずかれた姫君もこれくらいでいらっしゃるのだろう、身内びいきで姉の女一の宮がたいそう立派に思えるのだろう、細やかな美しさなどを打ち解けて見たいとかえって物足りない心地がする。水の音も親しみにくく、宇治橋がたいそう古びて見渡されるなど、霧が晴れていくとますます荒々しい岸のあたりを、「こんな所でどうして年月を過ごしてこられたのだろう」と涙ぐむのを、中の君はたいそう恥ずかしく聞く。匂宮の様子がこの上なく優美で清らかで、来世までも契りを約束なさるので、思いもしなかったこととは思いながら、かえってあの見慣れた中納言の気後れするほどの立派さよりはと思われる。薫は思う方が別で、たいそうひどく澄ました様子が近づきにくく気が引けたし、遠くから思っていた匂宮はなおさら遠い存在で、一行の返事さえ気が引けたのに、長く途絶えなさったら心細いだろうと思うようになったのも、我ながら嫌なことだと思い知る。女房たちがひどく咳払いをして催促するので、匂宮は、京にお着きになるのがきまりの悪くない頃にと、たいそう気ぜわしそうにして、心ならずの夜離れを繰り返し言う。匂宮は、仲が絶えるわけではないのに、橋姫が片敷く袖を夜半に濡らすのだろうかと詠み、出かねて引き返しながらためらう。中の君は、絶えることはないという私の頼みに、宇治橋のように遠い仲を待ち続けるのでしょうかと返す。言葉には出さないが嘆かわしげな様子を、匂宮はこの上なく愛しく思う。若い人の心にしみそうな、類まれな朝の姿を見送って、名残の移り香なども人知れず哀れに思われるのは、色めいたお心である。今朝は物の見分けもつく頃なので、女房たちがのぞいて拝見する。「中納言殿は親しみやすく気後れするほどの様子が加わっていらしたが、思いなしかもう一段、この匂宮のご様子は格別です」などとほめる。
- 1宮宮みやはははありがたかりありがたかりありがたかりつるつるつる御御おんいとまいとまいとまののの程程ほどをををおぼしおぼしおぼしめぐらすめぐらすめぐらすににに、、、猶猶なお心心こころやすかるやすかるやすかるまじきまじきまじきことことことにににこそこそこそはははととといといといと胸胸むねふたがりふたがりふたがりててておぼえおぼえおぼえ給給たまひひいけるけるける。。。大大おお宮宮みやののの聞聞きこえええ給給たまひひいしししさまさまさまなどなどなど語語かたりりり聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、「「「思思おもひひいながらながらながらとだえとだえとだえあらあらあらむむんををを、、、いかなるいかなるいかなるにににかかかとととおぼすおぼすおぼすななな。。。夢夢ゆめにてにてにてもももおろかおろかおろかならならならむむんにににかくかくかくまでまでまでももも參參まいりりりくくくまじきまじきまじきををを、、、心心こころのののほどほどほどやややいかゞいかゞいかがととと疑疑うたがひひいててて、、、思思おもひひい亂亂みだれれれ給給たまははわむむんががが心苦心苦こころぐるしさしさしさににに、、、身身みををを捨捨すてててゝゝてなむなむなん。。。常常つねにににかくかくかくはははえええ惑惑まどひひいありかありかありかじじじ。。。さるべきさるべきさるべきさまさまさまにてにてにて近近ちかくくくわたしわたしわたし奉奉たてまつらららむむん」」」ととといといといと深深ふかくくく聞聞きこえええ給給たまへへえどどど、、、絕絕たえええ間間まあるあるあるべくべくべくおぼさおぼさおぼさるるるらむらむらんははは、、、おとおとおとににに聞聞ききききししし御心御心みこころののの程程ほどしるきしるきしるきにににやややととと心心こころおかおかおかれれれててて、、、我我わががが御御おんありさまありさまありさまからからからさまざまさまざまさまざま物物もの歎歎なげかしくしくしくてててなむなむなんありありありけるけるける。。。明明あけけけゆくゆくゆくほどほどほどののの空空そらににに妻妻つま戶戶ど押押おしししあけあけあけ給給たまひひいててて諸諸もろ共共ともにににいざなひいざなひいざない出出いでででゝゝて見見み給給たまへへえばばば、、、霧霧きりわたれわたれわたれるるるさまさまさま所所ところからからからのののあはれあはれあわれ多多おおくくくそひそひそいててて、、、例例れいのののしばしばしばつむつむつむ船船ふねのののかすかかすかかすかににに行行ゆきききかふかふかう、、、跡跡あとののの白白しら浪浪なみめめめなれなれなれずずずもももあるあるあるすまひすまひすまいのののさまさまさまかなかなかなととと、、、色色いろなるなるなる御心御心みこころにににはははをかしくをかしくおかしくおぼしおぼしおぼしなさなさなさるるる。。。
- 2山山やまののの端端はののの光光ひかりやうやうやうやうようよう見見みゆるゆるゆるににに、、、女女おんな君君ぎみののの御御おんかたちかたちかたちのののまほまほまほににに美美うつくしげくしげくしげにてにてにて、、、かぎりかぎりかぎりなくなくなくいつきいつきいつきすゑすゑすえたらたらたらむむん姫姫ひめ君君ぎみもももかばかりかばかりかばかりこそこそこそはははおはすおはすおわすべかべかべかめれめれめれ、、、思思おもひひいなしなしなしののの我我わががが方方かたざまざまざまのののいといといといつくしきいつくしきいつくしきぞぞぞかしかしかし、、、こまやかこまやかこまやかなるなるなるにほひにほひにおいなどなどなどうちうちうちとけとけとけててて見見みまほしうまほしうまほしゅうなかなかなかなかなかなかなるなるなる心心こころちちちすすす。。。水水みずののの音音おとなひなひないなつかしからなつかしからなつかしからずずず、、、宇宇う治治じ橋橋ばしのののいといといと物物ものふりふりうりててて見見みえええ渡渡わたさささるゝるゝるるなどなどなど、、、霧霧きり晴晴はれれれ行行ゆけけけばばばいとゞいとゞいとどあらましきあらましきあらましき岸岸きしのののわたりわたりわたりををを、、、「「「かゝるかゝるかかる處處ところにににいかでいかでいかで年年としをををへへへ給給たまふふうらむらむらん」」」などなどなどうちうちうち淚淚なみだぐまぐまぐまれれれ給給たまへへえるるるをををいといといと恥恥はずかしししととと聞聞きききき給給たまふふう。。。男男おとこののの御御おんさまさまさまのののかぎりかぎりかぎりなくなくなくなまめかしくなまめかしくなまめかしく淸淸きよらにらにらにててて、、、このこのこの世世よのみのみのみならならならずずず契契ちぎりりりたのめたのめたのめ聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、思思おもひひいよらよらよらざりざりざりしししことことことゝゝとははは思思おもひひいながらながらながら、、、なかなかなかなかなかなかかのかのかのめめめなれなれなれたりたりたりししし中中ちゅう納納な言言ごんののの恥恥はずかしさしさしさよりよりよりはははとととおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう。。。かれかれかれははは思思おもふふうかたかたかたことことことにてにてにていといといといたくいたくいたくすみすみすみたるたるたる氣色氣色けしきののの見見みえええにくゝにくゝにくく恥恥はずかしげしげしげなりなりなりしししににに、、、よそよそよそににに思思おもひひい聞聞きこえええしししはははましてましてましてこよなくこよなくこよなく遙遙はるかににに、、、一一ひとくだりくだりくだりかきかきかき出出いででで給給たまふふう御御おん返返かえしししだにだにだにつゝましくつゝましくつつましくおぼえおぼえおぼえしししををを、、、久久ひさしうしうしゅうとだえとだえとだえ給給たまははわむむんははは心心こころぼそからぼそからぼそからむむんととと思思おもひひいならならならるゝるゝるるももも、、、我我わながらながらながらうたてうたてうたてととと思思おもひひいしりしりしり給給たまふふう。。。
- 3人々人々ひとびといたくいたくいたくこわこわこわづくりづくりずくりもよほしもよほしもよおし聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、京京きょうにににおはしまさおはしまさおわしまさむむん程程ほど、、、はしたなからはしたなからはしたなからぬぬぬ程程ほどにににととといといといと心心こころあわたゞしげあわたゞしげあわただしげにてにてにて、、、心心こころよりよりより外外ほかならならならむむん夜夜よがれがれがれををを、、、かへすがへすかへすがへすかえすがえすのたまふのたまふのたまう。。。「「「中中なか絕絕だえええむむんものものものならならならなくなくなくにににはしはしはし姫姫ひめのののかたかたかたしくしくしく袖袖そでややや夜夜よははわにににぬらさぬらさぬらさむむん」」」。。。出出いでででがてがてがてににに立立たちちち返返かえりりりつゝつゝつつやすらひやすらひやすらい給給たまふふう。。。「「「たえたえたえせせせじじじのののわがわがわがたのみたのみたのみにににややや宇宇う治治じ橋橋ばしのののはるけきはるけきはるけき中中なかををを待待まちちちわたるわたるわたるべきべきべき」」」。。。ことことことにににははは出出いでででねねねどどど物物ものなげかしきなげかしきなげかしき御御おんけはひけはひけはい限限かぎりなくなくなくおぼさおぼさおぼされれれけりけりけり。。。若若わかききき人人ひとののの御心御心みこころにににしみしみしみぬぬぬべくべくべく、、、類類たぐひひいすくなげすくなげすくなげなるなるなるあさあさあさげげげののの姿姿すがたををを見見み送送おくりりりててて、、、名名な殘殘ごりとまれとまれとまれるるる御御おん移移うつりりり香香がなどなどなどももも人人ひと知知しれれれずずず物物ものあはれあはれあわれなるなるなるははは、、、ざれざれざれたるたるたる御心御心みこころかなかなかな。。。今今け朝朝さぞぞぞものものものゝゝのあやめあやめあやめももも見見みゆるゆるゆる程程ほどにてにてにて人々人々ひとびとのぞきのぞきのぞきててて見見み奉奉たてまつるるる。。。「「「中中ちゅう納納な言言ごん殿殿どのははは、、、なつかしくなつかしくなつかしく恥恥はずかしげしげしげなるなるなるさまさまさまぞぞぞそひそひそい給給たまへへえりりりけるけるける。。。思思おもひひいなしなしなしののの今今いまひとひとひときはきはきわにににややや、、、このこのこの御御おんさまさまさまはははいといといとことことことににに」」」などなどなどめでめでめで聞聞きこゆゆゆ。。。
現代語訳
匂宮は、めったになかった今回のお暇の工面を思い巡らしなさると、やはり気安く通えないことだろうと、たいそう胸がふさがる思いがなさった。中宮が申し上げなさった様子などをお話し申し上げなさって、「思いながらも途絶えがあっても、どうしたことかとお思いになるな。夢にもいい加減な心ならば、こうまでして参り来ることはないのに、心のほどはどうかと疑って、思い乱れなさるのが心苦しさに、身を捨てて参ったのだ。いつもこのように惑い歩くことはできまい。然るべき形で、近くにお移し申し上げよう」と、たいそう深く申し上げなさるが、中の君は、途絶えがあるだろうとお思いになっているらしいのは、噂に聞いたお心のほどが明らかなのだろうかと気がかりで、我が身の有様から、さまざまに嘆かわしくいらっしゃった。明けていく頃の空に、匂宮は妻戸を押し開けなさって、中の君をご一緒に誘い出してご覧になると、霧の一面に立ちこめた様子に、土地柄の哀れが多く添って、いつものように柴を積んだ舟がかすかに行き交い、その跡の白波も、見慣れない住まいの様子であるなあと、色好みのお心には趣深くお思いになる。
山の端の光がだんだん見えてくると、女君のご容貌は申し分なく美しくて、この上なく大切にかしずかれた姫君も、これくらいでこそいらっしゃるのだろう、身内びいきで我が姉君の方がたいそう立派に思えるのだろう、細やかな美しさなどを打ち解けて見たいと、かえって物足りない心地がする。水の音も親しみにくく、宇治橋がたいそう古びて見渡されるなど、霧が晴れていくと、ますます荒々しい岸のあたりを、「このような所で、どうして年月を過ごしていらっしゃったのだろう」などと、涙ぐまれなさるのを、中の君はたいそう恥ずかしくお聞きになる。男君のご様子がこの上なく優美で清らかで、この世だけでなく来世までも契りを約束なさるので、思いもしなかったこととは思いながら、かえってあの見慣れていた中納言の気後れするほどの立派さよりはと思われなさる。あの方は思う方が別で、たいそうひどく澄ました様子が近づきにくく気が引けたし、遠くからお思い申し上げていた匂宮は、なおさらこの上なく遠く、一行お書きになるお返事さえ気が引けたのに、長く途絶えなさったら心細いだろうと思うようになったのも、我ながら嫌なことだと思い知りなさる。
女房たちがひどく咳払いをして催促申し上げるので、匂宮は、京にお着きになる頃が、きまりの悪くない時刻にと、たいそう気ぜわしそうにして、心ならずの夜離れを、繰り返しおっしゃる。「仲が絶えるわけではないのに、橋姫は片敷く袖を夜半に濡らすのだろうか」。出かねて引き返しながら、ためらっていらっしゃる。「絶えることはないという私の頼みで、宇治橋のように遠い仲を待ち続けるのでしょうか」。言葉には出さないが、嘆かわしげなご様子を、匂宮はこの上なく愛しくお思いになった。若い人のお心にしみそうな、類まれな朝の姿を見送って、名残のとどまっているお移り香なども、人知れず哀れに思われるのは、色めいたお心であるよ。今朝は物の見分けもつく頃なので、女房たちがのぞいて拝見する。「中納言殿は、親しみやすく気後れするほどのご様子が加わっていらっしゃった。思いなしか、もう一段、この匂宮のご様子は格別です」などとおほめ申し上げる。
意訳
匂宮は、宮中の目があって頻繁には通えないと嘆き、いずれ京に迎えると約束する。明け方、二人は霧の宇治川を眺め、匂宮は中の君の美しさに満足する。中の君は匂宮に心を寄せ始め、途絶えを心細く思う自分に戸惑う。二人は宇治橋に寄せて歌を詠み交わし、匂宮は名残を惜しんで帰る。
語釈・文法注
文法
- 「しばつむ船」(例のしばつむ船のかすかに行きかふ)
- 柴を積んだ舟。宇治川の風物。
- 「はし姫のかたしく袖や」(はし姫のかたしく袖や夜はにぬらさむ)
- 「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」(古今集)を踏まえる。中の君を橋姫にたとえる。
- 「ものゝあやめも見ゆる程」(今朝ぞものゝあやめも見ゆる程にて)
- 物の区別もつく明るさ。
解説
霧の晴れていく宇治川の風景は美しくも荒々しい。都の貴公子の目には、この風景が珍しく趣深く映る。しかし中の君にとっては、ここが生まれ育った場所である。匂宮の涙は、同情であると同時に、都と山里の距離を示している。
中の君は、気後れする薫よりも、華やかで情熱的な匂宮の方に心が傾いていく。しかし途絶えを心細く思うこと自体が、すでに恋の苦しみの始まりである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、960–963頁(コマ191–192)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日