源氏物語 第47帖 総角(7)
墨染の袖を責める大君
薫は「袖の色を持ち出されるのはもっともですが、長年ご覧になり慣れた志のしるしとして、それほどの忌みを置くべきでしょうか、今始めたことのようにお思いになるべきでしょうか。かえって中途半端なお心づかいです」と言って、あの楽の音を聞いた有明の月の夜から始めて、折々の思いがこらえがたくなっていく様子をたいそう多く申し上げるので、大君は、恥ずかしいことだったのかと疎ましく、このような心を持ちながら、そ知らぬ顔でまじめぶっていらしたのかと聞くことが多い。そばの短い几帳を仏の方に隔てに立てて、かりそめに添い寝をする。名香がたいそう香ばしく匂い、樒の香りもたいそう華やかに薫る中、人よりも格別に仏を大切に思う心なので、喪中の今さら、折しも心が焦れたように軽々しく思い始めたことと違うことになるので、このような忌みのない時に、大君の心も少しは和らぐだろうと、つとめてのどかに思いなす。秋の夜の気配は、こうでない所でさえ自然と哀れが多いのに、まして峰の嵐も垣根の虫も心細げにばかり聞こえる。無常の世の話に時々答える大君の様子は、たいそう見どころが多く感じがよい。寝坊な女房たちは、こうなったのだと察して皆奥に入った。大君は、父宮がおっしゃったことなどを思い出すにつけ、本当に生き長らえれば心外にもこのようなあるまじきことも見るものなのだと物悲しくて、川の水の音に涙が流れ添う心地がする。
- 1「「「袖袖そでののの色色いろををを引引ひきききかけかけかけさせさせさせ給給たまふふうはははしもしもしもことわりことわりことわりなれなれなれどどど、、、こゝらこゝらここら御御ご覽覽らんじじじなれなれなれぬるぬるぬる志志こころざしのののしるししるししるしにににははは、、、さばかりさばかりさばかりのののいみいみいみおくおくおくべくべくべく、、、今今いま始始はじめめめたるたるたる事事ことめきめきめきてててやややはははおぼさおぼさおぼさるるるべきべきべき。。。なかなかなかなかなかなかなるなるなる御御おんわきまへわきまへわきまえ心心こころににになむなむなん」」」とてとてとてかのかのかの物物ものののの音音ね聞聞ききききししし有有あり明明あけののの月月つきかげかげかげよりよりより始始はじめめめててて、、、折折おり々々おりののの思思おもふふう心心こころののの忍忍しのびびび難難がたくくくなりなりなりゆくゆくゆくさまさまさまをををいといといと多多おおくくく聞聞きこえええ給給たまふふうににに、、、恥恥はずかしうしうしゅうもももありありありけるけるけるかなかなかなととと疎疎うとましうましうましゅう、、、かゝるかゝるかかる心心こころばへばへばえながらながらながらつれなくつれなくつれなくまめまめまめだちだちだち給給たまひひいけるけるけるかなかなかなととと聞聞きききき給給たまふふう事事ことおほかりおほかりおおかり。。。御御おん傍傍かたわらなるなるなるみじかきみじかきみじかき几几き帳帳ちょうををを佛佛ほとけののの御御おん方方かたにににさしさしさし隔隔へだてててゝゝてかりそめかりそめかりそめにににそひそひそいふしふしふし給給たまへへえりりり。。。みやうがうみやうがうみょうごうのののいといといとかうばしくかうばしくこうばしく匂匂におひひいててて、、、しきみしきみしきみのののいといといと華華はなやかやかやかににに薰薰かおれれれるるるけはひけはひけはいももも、、、人人ひとよりよりよりはははけにけにけに佛佛ほとけをををももも思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえるるる御心御心みこころにてにてにてわづらはしくわづらはしくわずらわしく墨墨すみ染染ぞめののの今今いま更更さらににに折折おりふしふしふし心心こころいられいられいられしししたるたるたるやうやうようににに、、、あはあはしうあはあはしうあわあわしゅう思思おもひひいそめそめそめしししににに違違たがふふうべけれべけれべければばば、、、かゝるかゝるかかるいみいみいみなからなからなからむむん程程ほどにににこのこのこの御心御心みこころにににももも、、、さりともさりともさりとも少少すこしししたわみたわみたわみ給給たまひひいなななむむんなどなどなどせめてせめてせめてのどかのどかのどかににに思思おもひひいなしなしなし給給たまふふう。。。
- 2秋秋あきののの夜夜よのののけはひけはひけはいはははかゝらかゝらかからぬぬぬ所所ところだにだにだにおのづからおのづからおのずからあはれあはれあわれ多多おおかるかるかるををを、、、ましてましてまして峰峰みねののの嵐嵐あらしももも籬籬まがきののの蟲蟲むしももも心心こころ細細ぼそげげげにににのみのみのみ聞聞ききききわたさわたさわたさるるる常常つねなきなきなき世世よののの御御おん物物もの語語がたりににに時々時々ときどきさしさしさしいらへいらへいらえ給給たまへへえるるるさまさまさま、、、いといといと見見み所所どころ多多おおくくくめやすしめやすしめやすし。。。いぎたなかりいぎたなかりいぎたなかりつるつるつる人々人々ひとびとははは、、、かうかうこうなりなりなりけりけりけりととと氣色氣色けしきとりとりとりててて皆皆みないりいりいりぬぬぬ。。。宮宮みやののののたまひのたまひのたまいしししさまさまさまなどなどなどおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるににに、、、げにげにげにながらへながらへながらへばばば心心こころののの外外ほかにににかくかくかくあるあるあるまじきまじきまじき事事ことももも見見みるるるべきべきべきわざわざわざにににこそこそこそはははととと物物もののみのみのみ悲悲かなしうしうしゅうててて、、、水水みずののの音音おとににに流流ながれれれそふそふそう心地心地ここちししし給給たまふふう。。。
現代語訳
薫は「袖の色を持ち出されるのは、もっともですが、長年ご覧になり慣れてきた志のしるしとしては、それほどの忌みを置くべきでしょうか、今始めたことのようにお思いになるべきでしょうか。かえって中途半端なお心づかいでございます」と言って、あの楽の音を聞いた有明の月影の夜から始めて、折々の思う心がこらえがたくなっていく様子を、たいそう多く申し上げなさるので、大君は、恥ずかしいことだったのかと疎ましく、このようなお心を持ちながら、そ知らぬ顔でまじめぶっていらっしゃったのかと、お聞きになることが多い。薫はそばにある短い几帳を、仏の御方との隔てに立てて、かりそめに添い寝をなさった。名香がたいそう香ばしく匂って、樒がたいそう華やかに薫っている気配の中、人よりも格別に仏をお思い申し上げていらっしゃるお心なので、煩わしく、喪中の今さら、折しも心が焦れたように軽々しく思い始めたことと違うことになるので、このような忌みのない頃には、このお心も、そうはいっても少しは和らぎなさるだろうなどと、つとめてのどかに思いなしなさる。
秋の夜の気配は、このようでない所でさえ自然と哀れが多いのに、まして峰の嵐も垣根の虫も、心細げにばかり聞き渡される。無常の世のお話に、時々答えていらっしゃる様子は、たいそう見どころが多く、感じがよい。寝坊だった女房たちは、こうなったのだと察して、皆奥に入ってしまった。大君は、父宮がおっしゃった様子などを思い出しなさるにつけ、本当に生き長らえれば、心外にもこのようなあるまじきことも見るものなのだと、ただ物悲しくて、川の水の音に涙が流れ添う心地がなさる。
意訳
薫は、喪中を理由に拒む大君に、長年の志を思えばと説き、宇治で初めて琴の音を聞いた夜からの思いを語る。大君は薫の本心を知って疎ましく思う。薫は仏前で関係を結ぶことを慎み、短い几帳を隔てて添い寝し、喪が明ければ大君の心も和らぐだろうと思う。大君は父の言葉を思い、涙を流す。
語釈・文法注
文法
- 「しきみ」(しきみのいと華やかに薰れる)
- 樒。仏前に供える香木。
- 「墨染の今更に」(墨染の今更に折ふし心いられしたるやうに)
- 喪服を着ている今になって。喪中に関係を結ぶことは軽々しいと薫は考える。
- 「いぎたなかりつる」(いぎたなかりつる人々は)
- 寝坊な、よく眠っていた。
解説
薫は大君と添い寝しながら、関係を結ばない。仏前であること、喪中であることを理由に、薫は自制する。この夜の出来事は、薫の誠実さと、恋に踏み込めない性格の両方を示している。
大君は、父の「生き長らえれば心外なことも見る」という言葉を思い出す。父の予言が現実となったと感じ、宇治川の水音に涙を流す。大君の心は、ますます頑なになっていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、938–939頁(コマ180)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日