源氏物語 第47帖 総角(3)
薫と弁の語らい
大君がはっきり大人びて賢ぶることもできないのはもっともなので、薫はいつもの老女房(弁)を呼び出して語る。「長年はただ後世のための心がけで参り始めたのですが、心細そうになられた宮の晩年に、姫君たちのことを私の心に任せてお世話するようにと約束なさったのに、宮のお考えとは違って、姫君たちの心がひどく意地っ張りなのは、宮がどうお考えだったのかと疑わしいことまで加わって。自然とお聞きになっているでしょう。私はたいそう妙な性分で、世の中に心をとどめる方もなかったが、そうなる縁でこうまで親しくなったのでしょう。世の人もだんだん噂しているようなので、同じことなら宮のお言葉にも違わず、私も姫君も世間並みに打ち解けてお付き合いしたいと思い寄るのは、似つかわしくないことでも、そういう例がないわけではないでしょう」と言い続け、「匂宮のこともこう申し上げるのに、安心だと打ち解けなさらないのは、内々に何かお考えがあるのでしょう。やはりどうなのか」と言うと、弁は、色々口出しする他の女房と違って、心の中では申し分ないご縁だと思うが、「もとより人と違った癖のある方々なので、どうしても世間並みの結婚をお考えになるご様子ではありません。仕える私どもも、長年頼りになる木陰もありませんでした。身を捨てがたい者は皆去っていき、昔からの縁の人も多くが見捨てた所で、まして今は少しも留まれないと嘆いています。宮の御代には身分の限りがあって不釣り合いな縁組は気の毒だと古風な律儀さでためらっていらしたが、今は頼る人もない身なので、どのようにでも世に靡かれるのを非難する人は、物の道理を知らない者でしょう。松の葉を食べて修行する山伏でさえ身は捨てがたく、仏の教えも道々分かれて行うのですなどと、よくないことを申し上げて若いお心を乱すようなことが多いのですが、大君は屈することなく、中の君をこそ人並みにと思っていらっしゃるようです。あなた様が長年お通いになって親しんでいらしたので、今は細かな筋で便りを交わしていらっしゃるので、中の君をそのようにと勧めてお申し出になればとお思いのようです。匂宮のお手紙は本気ではあるまいと」と申し上げる。
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現代語訳
大君がはっきりと大人びて、どうして賢ぶることがおできになろうと、もっともなことなので、薫はいつもの老女房を呼び出してお話しになる。「長年は、ただ後世のための心がけで参り始めたのですが、何となく心細くお思いになっていたらしい宮の晩年の頃、この姫君たちのことを私の心に任せてお世話申し上げるようにと、お約束なさったのに、宮がお考えおきになったご様子とは違って、姫君たちのお心がたいそう意地っ張りで強情なのは、宮がどのようにお考えおきになったことなのかと、疑わしいことまで加わりまして。自然とお聞き伝えになっていることもあるでしょう。私はたいそう妙な性分で、世の中に心をとどめる方面もなかったのに、そうなるべき縁で、こうまで親しくなったのでしょう。世の人もだんだん噂するようなこともあるようなので、同じことならば、宮のお言葉にも違わず、私も姫君も世間並みに打ち解けてお付き合いしたいと思い寄るのは、似つかわしくないことでも、そのような例がないわけでもないでしょう」などと言い続けなさって、「匂宮のことも、こうして申し上げるのに、安心だと打ち解けなさる様子でないのは、内々に何かお考えの事情があるのでしょう。やはりどうなのか」と物思いにふけりながらおっしゃると、
いつもの品のない女房などは、このようなことには憎らしい差し出口も言い混ぜて、得意がったりもするようだが、弁はたいそうそうではなく、心の中では申し分ないご縁だと思うけれど、「もとより、このように人と違っていらっしゃるご性癖の方々でございますからでしょうか、どうにも世間並みに何やかやとお思い寄りになっているご様子ではございません。こうしてお仕えしております私どもも、宮の御代でさえ、何の頼もしげな木陰もございませんでした。身を捨てがたく思う者は皆、それぞれの程度に応じて退出して散り、昔からの縁の人も多く見捨て申し上げたあたりに、まして今は少しも立ち留まりがたそうに嘆いておりまして、宮のいらっしゃった御代には、身分の限りがあって不釣り合いなご縁組は気の毒だなどと、古風なご律儀さでためらっていらっしゃいましたが、今はこのように又頼る人もないお身の上で、どのようにでも世にお靡きになるのを、強いて非難申し上げるような人は、かえって物の道理も知らず、言うかいもない者でございましょう。どのような人が、まったくこのような有様で一生を過ごし終えなさるでしょうか。松の葉を食べて勤める山伏でさえ、生きている身の捨てがたさによってこそ、仏の御教えも道々分かれて行うのだと聞きます、
などというよくないことを申し上げ知らせ、若いお心も乱れてしまいそうなことが多いようですが、大君は屈することもなく、中の君をこそ何とか人並みにお世話申し上げたいとお思いのようです。このように山深くお訪ねくださるお志の、年を経て見慣れていらっしゃる雰囲気も疎からずお思い申し上げなさり、今はあれこれと細かな筋でお便りを交わしていらっしゃるので、あの中の君をそのように仕向けて申し上げてくださればと、お思いのようです。匂宮のお手紙などがございますのは、全く本気のことではあるまいと申しております」と申し上げると、
意訳
薫は弁に、八の宮から姫君たちを託されたのに大君が心を開かないと訴え、世間並みに打ち解けたいと言う。弁は、姉妹は結婚を考えておらず、女房たちが勧めても大君は屈しない、大君は自分ではなく中の君を薫に縁づけたいと考えていると伝える。
語釈・文法注
文法
- 「物つよげなる」(御心ばへどものいとゞあやにくに物つよげなる)
- 強情な、意地っ張りな。
- 「松の葉をすきて」(松の葉をすきてつとむる山伏)
- 松の葉を食べて修行する山伏。厳しい修行者の例。
- 「かの御方をさやうに趣けて」(かの御方をさやうに趣けて聞え給はゞ)
- 中の君を薫の妻にと仕向けて。大君の意向。
解説
大君は、自分ではなく中の君を薫に縁づけようとしている。薫はそれを弁から聞かされる。大君は自分の幸せを犠牲にして、妹の幸せを願っている。
女房たちは姫君たちの結婚を望み、あれこれと勧める。仕える者たちにとって、主人の結婚は生活の安定にもつながる。しかし大君は屈しない。大君の誇り高さと、それを支える孤独な決意がここに見える。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、934–935頁(コマ178)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日