源氏物語 第45帖 橋姫(24)
弁の告白
明け方、宮が勤行をしている間に、薫はあの老女房を呼び出して会った。姫君たちの後見として仕えさせている者で、弁の君といった。年は六十に少し足りない程だが、優雅で由緒ある雰囲気で話をする。故権大納言(柏木)が明け暮れ物思いをして病みつき、亡くなった有様を語り出して、泣くことは限りない。本当に他人の身の上と聞いても哀れであるはずの昔話を、まして長年気がかりで知りたく、どういうことの始まりだったのか、仏にもこのことをはっきり知らせてくださいと祈ってきたしるしだろうか、このように夢のようにしみじみとした昔語りを、思いがけない機会に聞きつけたのだろうと思うと、薫は涙が止まらなかった。「それにしても、このようにその当時の事情を知っている人も残っていたのに、珍しくも恥ずかしくも思われる事柄について、やはりこのように言い伝える者がほかにもいるのだろうか。長年少しも聞き及ばなかったが」と言うと、弁は「小侍従と弁のほかには知る人はございますまい。一言でも他の人に話したことはございません。このように取るに足りない数ならぬ身ですが、夜も昼もあの方のおそばにお付きしておりましたので、自然と事の様子も拝見し始めましたところ、お心に余って思い悩まれる時々、ただ二人の間でだけ、たまのお手紙の取り次ぎもございました。見苦しいので詳しくは申し上げません。最期の時になられて、少し言い残されたことがございましたのを、このような身には置き所もなく気が晴れない思いで過ごしながら、どうにかしてお伝え申し上げたいと、心許ない念誦のついでにも思っておりましたが、仏はこの世にいらっしゃるのだと思い知りました。ご覧いただくべきものもございます。今は何の、焼き捨ててしまおう、このように朝夕の命も知れない身が残して死んだら、散り落ちることもあろうかとたいそう心配に思いましたが、この宮のあたりにも時々お見えになるのを待ち受け申し上げましたので、少し頼もしく、このような折もあろうかと祈っておりました力が出てまいりまして。全くこれはこの世だけのことではございますまい」と泣く泣く細かく、薫がお生まれになった頃のこともよく覚えていて申し上げる。
- 1さてさてさて曉曉あかつき方方がた宮宮みやののの御御おん行行おこないししし給給たまふふうほどほどほどにににかのかのかのおいおいおい人人びと召召めししし出出いでででゝゝてあひあひあい給給たまへへえりりり。。。姫姫ひめ君君ぎみののの御御おん後後うしろ見見みにてにてにて侍侍さぶらははわせせせ給給たまふふう。。。辨辨べんののの君君きみとととぞぞぞいひいひいいけるけるける。。。年年としははは六六む十十そじにににすこしすこしすこし足足たらららぬぬぬほどほどほどなれなれなれどどどみやびかみやびかみやびかににに故故ゆえあるあるあるけはひけはひけはいしししてててものものものなどなどなど聞聞きこゆゆゆ。。。故故こ權權ごん大大だい納納な言言ごんののの君君きみののの世世よとととともともともににに物物ものををを思思おもひひいつゝつゝつつ病病やまいづきづきずきはかなくはかなくはかなくなりなりなり給給たまひひいにににししし有有あり樣樣さまををを聞聞きこえええ出出いでででゝゝて泣泣なくくくことことことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。げにげにげによそよそよそののの人人ひとののの上上うえととと聞聞きかかかむむんだにだにだに哀哀あわれなるなるなるべきべきべきふるふるふる事事ごとどもどもどもをををましてましてまして年年とし比比ごろ覺束覺束おぼつかなくなくなくゆかしうゆかしうゆかしゅういかなりいかなりいかなりけむけむけん事事ことのののはじめはじめはじめにににかかかととと佛佛ほとけにににもももこのこのこのことことことをををさだかさだかさだかににに知知しらららせせせ給給たまへへえととと念念ねんじじじつるつるつるしるししるししるしにににややや、、、かくかくかく夢夢ゆめのののやうやうようににに哀哀あわれなるなるなる昔昔むかしがたりがたりがたりををを覺覺おぼえええぬぬぬついでついでついでににに聞聞ききききつけつけつけつつつらむらむらんとととおぼすおぼすおぼすににに淚淚なみだとゞめとゞめとどめがたかりがたかりがたかりけりけりけり。。。「「「さてもさてもさてもかくかくかくそのそのその世世よののの心心こころ知知しりりりたるたるたる人人ひとももも殘殘のこりりり給給たまへへえりりりけるけるけるををを珍珍めずらからからかにににももも恥恥はずかしうしうしゅうももも覺覺おぼゆるゆるゆることことことのののすぢすぢすじににに猶猶なおかくかくかくいひいひいい傳傳つたふるふるうるたぐひたぐひたぐいやややまたまたまたもももあらあらあらむむん。。。年年としごろごろごろかけかけかけてててももも聞聞きききき及及およばばばざりざりざりけるけるけるををを」」」とととののの給給のたまへへえばばば
- 2「「「小小こ侍侍じ從從じゅうととと辨辨べんとととはなちはなちはなちててて又又また知知しるるる人人ひと侍侍はべらららじじじ。。。ひとひとひとことことことにてにてにてももも又又またことことこと人人びとにににまねびまねびまねび侍侍はべらららずずず。。。かくかくかくものものものはかなくはかなくはかなく數數かずならならならぬぬぬ身身みのののほどほどほどににに侍侍はべれれれどどど、、、よるよるよるひるひるひるかのかのかの御御おんかげかげかげにににつきつきつき奉奉たてまつりりりててて侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、おのづからおのづからおのずから物物ものののの氣色氣色けしきをををももも見見み奉奉たてまつりりりそめそめそめしししににに御心御心みこころよりよりよりあまりあまりあまりててておぼしおぼしおぼしけるけるける時々時々ときどき唯唯ただ二二ふた人人りののの中中なかににになむなむなん、、、たまさかたまさかたまさかののの御御おんせうそこせうそこしょうそこののの通通かよひひいももも侍侍はべりりりししし。。。かたはらいたけれかたはらいたけれかたわらいたければばば委委くわしくしくしく聞聞きこえええさせさせさせずずず。。。今今いまはははのののとぢめとぢめとじめににになりなりなり給給たまひひいててていさゝかいさゝかいささかのたまひのたまひのたまいおくおくおく事事ことののの侍侍はべりりりしししををを、、、かゝるかゝるかかる身身みにににははは置置おききき所所どころなくなくなくいぶせくいぶせくいぶせく思思おもううう給給たまへへえ渡渡わたりりりつゝつゝつつ、、、いかにいかにいかにしししてててかかかははは聞聞きこししし召召めししし傳傳つたふふうべきべきべきととと、、、はかばかしからはかばかしからはかばかしからぬぬぬねんずねんずねんずのののついでついでついでにににももも思思おもひひい給給たまへへえつるつるつるををを、、、佛佛ほとけははは世世よにににおはしましおはしましおわしましけりけりけりとととなむなむなん思思おもううう給給たまへへえ知知しりりりぬるぬるぬる。。。御御ご覽覽らんぜぜぜさすさすさすべきべきべきものものものももも侍侍はべりりり。。。今今いまははは何何なにかかかははは燒燒やきききももも捨捨すててて侍侍はべりりりなななむむん。。。かくかくかく朝朝あさ夕夕ゆうのののきえきえきえををを知知しらららぬぬぬ身身みのののうちうちうち捨捨すててて侍侍はべりりりなななばばば落落おちちち散散ちるるるやうやうようもももこそこそこそととといといといとうしろめたくうしろめたくうしろめたく思思おもひひい給給たまふれふれうれどどど、、、このこのこの宮宮みやわたりわたりわたりにににももも時々時々ときどきほのめかせほのめかせほのめかせ給給たまふふうををを待待まちちち出出いででで奉奉たてまつりりりしかしかしかばばば少少すこしししたのもしくたのもしくたのもしく、、、かゝるかゝるかかるをりをりおりもももやややととと念念ねんじじじ侍侍はべりりりつるつるつる力力ちから出出いでででまうでまうでもうできききてててなむなむなん。。。更更さらにににこれこれこれはははこのこのこの世世よののの事事ことにににももも侍侍はべらららじじじ」」」とととなくなくなくなくなくなく細細こまかかかににに、、、生生うまれれれ給給たまひひいけるけるける程程ほどのののことことこともももよくよくよく覺覺おぼえええつゝつゝつつ聞聞きこゆゆゆ。。。
現代語訳
さて、明け方、宮がご勤行をなさる間に、薫はあの老女房を呼び出してお会いになった。姫君たちの御後見としてお仕えさせていらっしゃる者である。弁の君といった。年は六十に少し足りない程だけれど、優雅で由緒ある雰囲気で、お話などを申し上げる。故権大納言の君が、明け暮れ物思いをしながら病みついて、お亡くなりになった有様を語り出して、泣くことは限りない。本当に他人の身の上と聞いても哀れであるはずの昔話を、まして長年気がかりで知りたく、どういうことの始まりだったのだろうかと、仏にもこのことをはっきりお知らせくださいと祈ってきたしるしだろうか、このように夢のようにしみじみとした昔語りを、思いがけない機会に聞きつけたのだろうとお思いになると、涙が止めがたかった。「それにしても、このようにその当時の事情を知っている人も残っていらっしゃったのに、珍しくも恥ずかしくも思われる事柄について、やはりこのように言い伝える者がほかにもいるのだろうか。長年少しも聞き及ばなかったけれど」とおっしゃると、
弁は「小侍従と弁とのほかに、他に知る人はございますまい。一言でも、他の人に話したことはございません。このように取るに足りない数ならぬ身でございますが、夜も昼もあの方のおそばにお付き申し上げておりましたので、自然と事の様子も拝見し始めましたところ、お心に余ってお思い悩みになる時々、ただ二人の間でだけ、たまのお手紙の取り次ぎもございました。見苦しいので詳しくは申し上げません。最期の時になられて、少し言い残されたことがございましたのを、このような身には置き所もなく、気が晴れない思いで過ごしながら、どうにかしてお聞き伝えいただきたいと、心許ない念誦のついでにも思っておりましたが、仏はこの世にいらっしゃるのだと思い知りました。ご覧いただくべきものもございます。今は何の、焼き捨ててしまおうか。このように朝夕の命も知れない身が残して死にましたら、散り落ちることもあろうかとたいそう心配に存じましたが、この宮のあたりにも時々お見えになるのを待ち受け申し上げましたので、少し頼もしく、このような折もあろうかと祈っておりました力が出てまいりまして。全くこれは、この世だけのことではございますまい」と泣く泣く細かく、薫がお生まれになった頃のこともよく覚えていて申し上げる。
意訳
明け方、薫は老女房の弁を呼び出す。弁は柏木が物思いに病んで亡くなった様子を泣きながら語る。薫は長年知りたかった秘密を思いがけず聞き、涙が止まらない。弁は、秘密を知るのは小侍従と自分だけで、柏木から託されたものがあると告げる。
語釈・文法注
文法
- 「とぢめ」(今はのとぢめになり給ひて)
- 最期、終わり。
- 「まねび」(又こと人にまねび侍らず)
- 人に話す、そのまま伝える。
- 「佛は世におはしましけり」(佛は世におはしましけりとなむ)
- 仏はこの世にいらっしゃった、祈りが通じたという感慨。
解説
薫は、長年胸に抱いてきた出生の疑いの答えを、ついに知ることになる。弁の語る柏木の物語は、柏木巻で描かれた悲劇の裏側を、仕えた女房の視点から照らし出す。
薫と弁は、互いに「仏の導き」を感じている。薫は仏に真実を知らせてほしいと祈り、弁は秘密を伝える機会を祈っていた。二人の祈りが宇治で出会ったのである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、904–905頁(コマ163)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日