源氏物語 第45帖 橋姫(22)
十月の再訪と琴
十月の五、六日頃に、薫は宇治へ参る。「網代をこの頃はご覧になったら」と申し上げる人々もいるが、「どうしてその氷魚のような虫と争う心で網代に寄ろうか」と省いて、身軽に網代車で、かとりの直衣や指貫を縫わせて、ことさら質素に着た。宮は待ち喜んで、土地柄のもてなしなどを趣深く用意する。日が暮れると灯火を近くに寄せて、以前読みかけた経文の深いところなどを、阿闍梨も山から下ろして講義などをさせる。少しもまどろまない。川風がたいそう荒々しい中、木の葉の散り交う音や水の響きなど、哀れを通り越して恐ろしく心細い所の様子である。明け方近くなったろうと思う頃に、あの時の曙が思い出されて、琴の音のしみじみとした話のついでを作り出して、「先日、霧に惑わされました曙に、たいそう珍しい楽の音を一声承りましたその残りが、かえってひどく気がかりで物足りなく思われます」などと申し上げる。宮は「色も香も思い捨ててしまった後は、昔聞いたことも皆忘れてしまいまして」と言うが、人を呼んで琴を取り寄せて、「たいそう似つかわしくなくなってしまったことだ。導いてくれる楽の音につけて思い出されるだろう」と言って、琵琶を取り寄せて客人の薫に勧める。薫は取って調べる。「全くほのかに聞きましたのと同じ楽器とも思われません。お琴の響きのせいかと存じましたが」と言って、うちとけてかき鳴らさない。宮は「いや、まあ口の悪いこと。そんなにお耳に留まるほどの手などは、どこからここまで伝わって来ようか。あるはずもないことです」と言って琴をかき鳴らすのが、たいそうしみじみと物寂しい。一つには峰の松風が引き立てるのだろう。たいそうおぼつかなげにとぼけて、趣ある曲を一つだけ弾いてやめた。
- 1十十かんな月月ずきににになりなりなりててて五五いつ六六む日日かのののほどほどほどににに宇宇う治治じへへへまうでまうでもうで給給たまふふう。。。「「「あじろあじろあじろをををこそこそこそこのこのこの頃頃ころははは御御ご覽覽らんぜぜぜめめめ」」」ととと聞聞きこゆるゆるゆる人々人々ひとびとあれあれあれどどど「「「何何なにかかかはははそのそのそのひをひをひおむしむしむしにににあらそふあらそふあらそう心心こころにてにてにてあじろあじろあじろにににもももよらよらよらむむん」」」とととそぎそぎそぎ捨捨すててて給給たまひひいててて、、、かろらかかろらかかろらかににに網網あ代代じろ車車ぐるまにてにてにてかとりかとりかとりののの直直のう衣衣し指指さし貫貫ぬきぬはぬはぬわせせせててて殊殊ことさらさらさらびびび着着き給給たまへへえりりり。。。宮宮みや待待まちちち喜喜よろこびびび給給たまひひいててて所所ところにににつけつけつけたるたるたる御御おんあるじあるじあるじなどなどなどをかしうをかしうおかしゅうしししなしなしなし給給たまふふう。。。暮暮くれれれぬれぬれぬればばば大大おおとととなぶらなぶらなぶら近近ちかくくくててて、、、さきざきさきざきさきざき見見みさしさしさし給給たまへへえるるる文文ふみどもどもどもののの深深ふかきききなどなどなど、、、阿阿あ闍闍ざ梨梨りもももさうじさうじそうじおろしおろしおろしててて義義ぎなどなどなどいはいはいわせせせ給給たまふふう。。。うちうちうちもももまどろままどろままどろまずずず。。。河河かわ風風かぜのののいといといとあらましきあらましきあらましきににに木木こののの葉葉はののの散散ちりりりかふかふかうおとおとおと水水みずのののひゞきひゞきひびきなどなどなど哀哀あわれもももすぎすぎすぎててて物物もの恐恐おそろしくしくしく心心こころぼそきぼそきぼそき所所ところのののさまさまさまなりなりなり。。。明明あけけけがたがたがた近近ちかくくくなりなりなりぬぬぬらむらむらんととと思思おもふふう程程ほどににに、、、ありありありししししのゝめしのゝめしののめ思思おもひひい出出いでででられられられててて、、、琴琴ことののの音音ねののの哀哀あわれなるなるなることことことのののついでついでついでつくりつくりつくり出出いでででゝゝて「「「さきさきさきのののたびたびたび霧霧きりにににまどはさまどはさまどわされれれ侍侍はべりりりししし曙曙あけぼのにににいといといと珍珍めずらしきしきしきものものものゝゝの音音ねひとひとひと聲聲こえうけうけうけたまはりたまはりたまわりしししのこりのこりのこりなむなむなん、、、なかなかなかなかなかなかにににいといといといぶかしういぶかしういぶかしゅう飽飽あかかかずずず思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるる」」」などなどなど聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
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現代語訳
十月になって五、六日頃に、薫は宇治へ参りなさる。「網代をこそ、この頃はご覧になったら」と申し上げる人々もいるけれど、「どうしてその氷魚のような虫と争う心で、網代にも寄ろうか」と省いて捨てなさって、身軽に網代車で、かとりの直衣や指貫を縫わせて、ことさら質素にお召しになった。宮は待ち喜びなさって、土地柄のおもてなしなどを趣深く用意なさる。日が暮れたので、大殿油を近くに寄せて、以前読みかけていらっしゃった経文の深いところなどを、阿闍梨も山から下ろして、講義などをおさせになる。少しもまどろまない。川風がたいそう荒々しい中に、木の葉の散り交う音、水の響きなど、哀れを通り越して恐ろしく心細い所の様子である。明け方近くなったろうと思う頃に、あの時の曙が思い出されて、琴の音のしみじみとした話のついでを作り出して、「先日、霧に惑わされました曙に、たいそう珍しい楽の音を一声承りましたその残りが、かえってひどく気がかりで、物足りなく思われます」などと申し上げなさる。
宮は「色も香も思い捨ててしまってから後は、昔聞いたことも皆忘れてしまいまして」とおっしゃるけれど、人を呼んで琴を取り寄せて、「たいそう似つかわしくなくなってしまったことよ。導いてくれる楽の音につけて、思い出されるかもしれない」と言って、琵琶を取り寄せて客人にお勧めになる。薫は取って調べなさる。「全く、ほのかに聞きましたのと同じ楽器とも思われませんでした。お琴の響きのせいかと存じましたが」と言って、うちとけてもかき鳴らしなさらない。宮は「いや、まあ口の悪いこと。そのようにお耳に留まるほどの手などは、どこからここまで伝わって来ましょうか。あるはずもないことです」と言って琴をかき鳴らしなさるのが、たいそうしみじみと物寂しい。一つには峰の松風が引き立てるのだろう。たいそうおぼつかなげにとぼけなさって、趣ある曲を一つだけ弾いておやめになった。
意訳
十月、薫は網代見物を断って質素な姿で宇治を訪れる。八の宮は喜び、夜通し阿闍梨を交えて経文を論じる。明け方、薫は姫君たちの琴をもう一度聞きたいと言い、宮は自ら琴を弾いて、薫に琵琶を勧める。
語釈・文法注
文法
- 「ひをむし」(そのひをむしにあらそふ心にて)
- 氷魚のような小さな虫。網代見物ではしゃぐのを、小さな魚と競うような心と卑下していう。
- 「かとり」(かとりの直衣指貫)
- 固織の絹。目の詰んだ堅い織物。質素な装い。
- 「大となぶら」(大となぶら近くて)
- 大殿油。宮中や貴族の邸で灯す油の灯火。
- 「さうじおろして」(阿闍梨もさうじおろして)
- 請じ下ろして。山から招き下ろすこと。
解説
薫は網代見物の誘いを断り、質素な装いで宇治を訪れる。華やかな遊びより、八の宮との仏道の語らいを求める薫の姿勢が示される。
八の宮の琴は、松風に引き立てられて物寂しく響く。宮は世を捨てたと言いながら、なお音楽への愛着を捨てきれない。宮の琴の音は、宮自身の心の揺れを映しているかのようである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、902–903頁(コマ162)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日