源氏物語 第45帖 橋姫(20)
宿直人の移り香
老女房の話が心にかかって思い出される。思っていたよりもこの上なく勝って、おっとりと美しかった姫君たちの様子が面影に浮かんで、やはり思い離れがたい世の中だと心弱く思い知る。薫は手紙を差し上げる。懸想文めいたものではなく、白い色紙の厚手のものに、筆は念入りに選んで墨つきも見事に書く。「唐突な様子かと、つまらなく遠慮しまして、言い残したことが多いのもつらいことです。少し申し上げておいたように、今後は御簾の前も気安くお許しくださるよう。宮の山籠もりが終わる日数も伺っておいて、晴れなかった霧の迷いも晴らしましょう」などと、たいそうきまじめに書く。左近の将監という人を使いにして、「あの老女房を訪ねて手紙も渡せ」と言う。宿直人が寒そうにうろうろしていたことなどを哀れに思いやって、大きな檜破子のような物をたくさん用意させる。翌日には、宮が籠もっている寺にも贈る。山籠もりの僧たちが、この頃の嵐でたいそう心細くつらいだろう、宮がいらっしゃる間の布施をなさるだろうと思いやって、絹や綿などが多かった。宮の勤行が終わって寺を出る朝だったので、修行者たちに綿や絹、袈裟や衣など、すべて一揃いずつ、居合わせた僧たち全員に与えた。宿直人は、薫が脱ぎ捨てた艶やかで立派な狩衣や、えも言われぬ白い綾の衣がなよなよと言いようもなく匂うのを着替えて着たが、身はたやすく替えられないので、似つかわしくない袖の香を人ごとに咎められたり褒められたりするのが、かえって窮屈だった。思うままに身軽にも振る舞えず、ひどく気味悪いほど人が驚く匂いを失いたいと思うが、所狭しと漂う移り香で、洗い落とせないのもあんまりなことだ。
- 1おいおいおい人人びとののの物物もの語語がたり心心こころにににかゝりかゝりかかりててておぼしおぼしおぼし出出いでででらるらるらる。。。思思おもひひいしししよりよりよりはははこよなくこよなくこよなくまさりまさりまさりててておほどかおほどかおおどかにににをかしかりをかしかりおかしかりつるつるつる御御おんけはひけはひけはいどもどもども面面おもかげかげかげににに添添そひひいててて、、、猶猶なお思思おもひひい離離はなれれれがたきがたきがたき世世よなりなりなりけりけりけりととと心心こころ弱弱よわくくく思思おもひひい知知しらららるるる。。。御御おん文文ふみ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。けさうけさうけそうだちだちだちてててもももあらあらあらずずず、、、白白しろききき色色しき紙紙しのののあつあつあつごえごえごえたるたるたるににに筆筆ふではははひきひきひきつくろひつくろひつくろいえりえりえりててて墨墨すみつきつきつき見見み所所どころありありありててて書書かききき給給たまふふう。。。「「「うちつけうちつけうちつけなるなるなるさまさまさまにににやややとととあいなくあいなくあいなく留留とどめめめ侍侍はべりりりててて、、、のこりのこりのこり多多おおかるかるかるももも苦苦くるしきしきしきわざわざわざににになむなむなん。。。かたはしかたはしかたはし聞聞きこえええ置置おきききつるつるつるやうやうようににに今今いまよりよりよりははは御御み簾簾すののの前前まえももも心心こころやすくやすくやすくおぼしおぼしおぼし許許ゆるすすすべくべくべくなむなむなん。。。御御おん山山やまごもりごもりごもりはてはてはて侍侍はべらららむむん日日ひ數數かずもももうけうけうけ給給たまはりはりわりおきおきおきててていぶせかりいぶせかりいぶせかりししし霧霧きりのののまよひまよひまよいもももはるけはるけはるけ侍侍はべらららむむん」」」などなどなどぞぞぞいといといとすくよかすくよかすくよかににに書書かききき給給たまへへえるるる。。。左左さ近近こんのののぞうぞうぞうなるなるなる人人ひと御御おん使使つかいにてにてにて「「「かのかのかのおいおいおい人人びと尋尋たずねねねててて文文ふみもももとらとらとらせよせよせよ」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。とのゐとのゐとのい人人びとがががさむげさむげさむげにてにてにてさまよひさまよひさまよいしししなどなどなど哀哀あわれにににおぼしおぼしおぼしやりやりやりててて大大おおきなるきなるきなるひわりごひわりごひわりごやうやうようのののものものもの數數あま多多たせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。又又またののの日日ひかのかのかの御御おん寺寺てらにににももも奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。山山やまごもりごもりごもりののの僧僧そうどもどもどもこのこのこのごろごろごろののの嵐嵐あらしにににはははいといといと心心こころぼそくぼそくぼそく苦苦くるしからしからしからむむんををを、、、さてさてさておはしますおはしますおわしますほどほどほどののの布布ふ施施せ給給たまふふうべからべからべからむむんとととおぼしおぼしおぼしやりやりやりててて絹絹きぬ綿綿わたなどなどなど多多おおかりかりかりけりけりけり。。。
- 2御御おん行行おこないはてはてはてゝゝて出出いででで給給たまふふうあしたあしたあしたなりなりなりけれけれければばば行行おこなひひい人人びとどもどもどもににに綿綿わた絹絹きぬ袈袈け裟裟さ衣衣ころもなどなどなどすべてすべてすべてひとひとひとくだりくだりくだりののの程程ほどづゝづゝずつあるあるあるかぎりかぎりかぎりののの大大だいとことことこたちたちたちにににたまふたまふたまう。。。とのゐとのゐとのい人人びとかのかのかの御御おんぬぎぬぎぬぎすてすてすてのののえんえんえんにににいみじきいみじきいみじきかりかりかりののの御御おんぞぞぞどもどもどもえならぬえならぬえならぬ白白しろききき綾綾あやののの御御おんぞぞぞのののなよなよなよなよなよなよととといひいひいい知知しらららずずず匂匂におへへえるるるをををうつしうつしうつしきききててて、、、身身みをををはたはたはたえええかへかへかへぬぬぬものものものなれなれなればばば似似につかはしからつかはしからつかわしからぬぬぬ袖袖そでののの香香かををを人人ひとごとごとごとににに咎咎とがめめめられられられめでめでめでらるゝらるゝらるるなむなむなんなかなかなかなかなかなかところせかりところせかりところせかりけるけるける。。。心心こころにににまかせまかせまかせててて身身みををを安安やすくくくもももふるまはふるまはふるまわれれれずずず、、、いといといとむくつけきむくつけきむくつけきまでまでまで人人ひとののの驚驚おどろくくくにほひにほひにおいををを失失うしなひひいてててばやばやばやととと思思おもへへえどどど、、、所所ところせきせきせき人人ひとののの御御おんうつりうつりうつりがががにてにてにてえええもももすゝぎすゝぎすすぎすてすてすてぬぬぬぞぞぞあまりあまりあまりなるなるなるややや。。。
- 3君君きみははは姫姫ひめ君君ぎみののの御御おん返返かえり事事ごといといといとめやすくめやすくめやすくこめかしきこめかしきこめかしきををををかしくをかしくおかしく見見み給給たまふふう。。。宮宮みやにににももも「「「かくかくかく御御おんせうそこせうそこしょうそこありありありききき」」」などなどなど人々人々ひとびと聞聞きこえええさせさせさせ御御ご覽覽らんぜぜぜさすれさすれさすればばば「「「何何なにかかかははは。。。けさうけさうけそうだちだちだちてててもてもてもてないないない給給たまははわむむんもももなかなかなかなかなかなかうたてうたてうたてあらあらあらむむん。。。例例れいののの若若わかききき人人ひとににに似似にぬぬぬ御心御心みこころばへばへばへなななめるめるめるををを、、、なからなからなからむむん後後のちもももなどなどなどひとひとひとことことことうちうちうちほのめかしほのめかしほのめかしてててしかしかしかばばば、、、さやうさやうさようにてにてにて心心こころぞぞぞとめとめとめたらたらたらむむん」」」などなどなどのたまひのたまひのたまいけりけりけり御御おんみづからみづからみずからもももさまざまさまざまさまざまののの御御おんとぶらひとぶらひとぶらいののの山山やまののの岩岩いわ屋屋やににに餘餘あまりりりしししことことことなどなどなどのたまへのたまへのたまえるるるににに、、、まうでまうでもうでむむんとととおぼしおぼしおぼしててて、、、三三さんののの宮宮みやのののかやうかやうかようにににおくまりおくまりおくまりたらたらたらむむんあたりあたりあたりのののみみみまさりまさりまさりせせせむむんこそこそこそをかしかるをかしかるおかしかるべけれべけれべけれとととあらましあらましあらましごとごとごとにににだにだにだにのたまふのたまふのたまうものものものををを。。。聞聞きこえええはげましはげましはげましててて御心御心みこころさわがしさわがしさわがし奉奉たてまつらららむむんとととおぼしおぼしおぼしててて、、、のどやかのどやかのどやかなるなるなる夕夕ゆう暮暮ぐれににに參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。
現代語訳
老女房の話が心にかかって、思い出されなさる。思っていたよりもこの上なく勝って、おっとりと美しかった姫君たちのご様子が面影に浮かんで、やはり思い離れがたい世の中だったと、心弱く思い知られる。お手紙を差し上げなさる。懸想文めいたものではなく、白い色紙の厚手のものに、筆は念入りに選んで、墨つきも見事にお書きになる。「唐突な様子かと、つまらなく遠慮いたしまして、言い残したことが多いのもつらいことでございます。少し申し上げておきましたように、今後は御簾の前も、気安くお許しくださいますよう。宮のお山籠もりが終わります日数も伺っておきまして、晴れなかった霧の迷いも晴らしましょう」などと、たいそうきまじめにお書きになった。左近の将監である人を御使いにして、「あの老女房を訪ねて、手紙も渡せ」とおっしゃる。宿直人が寒そうにうろうろしていたことなどを哀れにお思いやりになって、大きな檜破子のような物をたくさん用意させなさる。翌日には、あの宮の籠もっていらっしゃる寺にも贈りなさる。山籠もりの僧たちが、この頃の嵐でたいそう心細くつらいだろうから、宮がそこにいらっしゃる間の布施をなさるだろうとお思いやりになって、絹や綿などが多かった。
宮のご勤行が終わってお出になる朝だったので、修行者たちに、綿や絹、袈裟や衣など、すべて一揃いずつ、居合わせた僧たち全員にお与えになる。宿直人は、あの薫がお脱ぎ捨てになった、艶やかで立派な狩衣のお召し物や、えも言われぬ白い綾のお召し物が、なよなよと言いようもなく匂うのを着替えて着て、身はたやすく替えられないものなので、似つかわしくない袖の香を、人ごとに咎められたり褒められたりするのが、かえって窮屈であった。思うままに身軽にも振る舞えず、たいそう気味悪いほど人が驚く匂いを失いたいと思うけれど、所狭しと漂う人の移り香で、洗い落とすこともできないのも、あんまりなことだよ。
薫は大君の返事を感じよく、おっとりとしているのを好ましく見る。八の宮にも女房たちが薫の便りを見せると、宮は、懸想めいたことではなかろう、自分の亡き後のことを一言ほのめかしたので心を留めたのだろうと言う。宮自身も山寺への見舞いの多さを礼状に記しているので、薫は宇治へ参ろうと思うが、その前に、三の宮(匂宮)が奥まった所の思いがけぬ美しい人をと言っていたのを思い出し、気をそそって心を騒がせてやろうと、のどかな夕暮れに匂宮のもとへ参上した。
意訳
薫は姫君たちの面影を忘れられず、大君にきまじめな手紙を送り、弁にも文を届けさせる。宿直人に食べ物を、寺の僧たちには布施を贈る。薫の衣をもらった宿直人は、その香りを人々に咎められ、洗っても落ちずに困る。
薫は大君の返事を好ましく思う。八の宮は薫の真意を理解し、自分の亡き後の後見を頼んだからだと言う。薫は匂宮の気をそそろうと、夕暮れに匂宮を訪ねる。
語釈・文法注
文法
- 「けさうだちても」(けさうだちてもあらず)
- 懸想文めいて。恋文らしい様子もなく。
- 「ひわりご」(大きなるひわりごやうのもの)
- 檜破子。檜の薄板で作った弁当箱。
- 「大とこ」(あるかぎりの大とこたちに)
- 大徳。徳の高い僧。
- 「うつりが」(所せき人の御うつりがにて)
- 移り香。衣服などに移った香り。
解説
宿直人が薫の衣の香りに困る場面は、滑稽味のある挿話である。薫の芳香は、身分の低い宿直人にとっては「むくつけき」ほどのものであった。香りが身分や人柄を越えてしまう皮肉が描かれる。
薫は姫君たち、弁、宿直人、寺の僧たちと、宇治のあらゆる人々に心配りをする。薫の行き届いた配慮は、その誠実な人柄を示すと同時に、宇治への深い関心を物語っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、898–901頁(コマ160–161)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日