源氏物語 第45帖 橋姫(19)
橋姫の歌
「網代は人が騒がしそうだ。けれど氷魚も寄らないのだろうか、興ざめな様子だ」と、お供の人々が見知って言う。粗末な船に柴を刈り積み、それぞれ何ということもない世の営みに行き交う様子が、はかない水の上に浮かんでいるのは、誰も考えてみれば同じことである世の無常だ。自分は水に浮かばず玉の台に安らかな身と思える世だろうかと思い続ける。硯を取り寄せて、姫君たちの方に申し上げる。橋姫の心を汲んで、浅瀬を漕ぐ棹の雫に、私の袖も濡れてしまったことだ、物思いにふけっていらっしゃるでしょうと書いて、宿直人に持たせた。宿直人は寒そうに鳥肌の立った顔をして持って参る。返事は、紙の香りなどもいい加減では恥ずかしいが、早いのがこのような折は大事だと、大君が、棹さして行き来する宇治の渡し守は、朝夕の雫で袖を朽ち果てさせているのでしょうか、身まで浮いて(憂いて)と、たいそう美しく書いた。薫は、申し分なく感じのよい方でいらっしゃったと心が留まったが、「お車を引いて参りました」と人々が騒がしく申し上げるので、宿直人だけを呼び寄せて「宮がお帰りになる頃に必ず参ろう」などと言う。濡れた衣は皆この宿直人に脱ぎ与えて、取りに行かせた直衣に着替えた。
- 1「「「あじろあじろあじろははは人人ひとさわがしげさわがしげさわがしげなりなりなり。。。されどされどされどひをひをひおもももよらよらよらぬぬぬにににやややあらあらあらむむんすさまじげすさまじげすさまじげなるなるなる氣色氣色けしきなりなりなり」」」ととと御御おん供供ともののの人々人々ひとびと見見み知知しりりりててていふいふいう。。。あやしきあやしきあやしき船船ふねどもどもどもににに柴柴しば苅苅かりりり積積つみみみおのおのおのおのおのおの何何なにとととなきなきなき世世よのののいとなみいとなみいとなみどもどもどもににに行行ゆきききかふかふかうさまさまさまどもどもどものののはかなきはかなきはかなき水水みずののの上上うえににに浮浮うかびびびたるたるたる、、、誰誰たれももも思思おもへへえばばば同同おなじじじことことことなるなるなる世世よのののつねつねつねなさなさなさなりなりなり。。。我我わはははうかばうかばうかばずずず玉玉たまののの臺臺うてなにににしづけきしづけきしずけき身身みととと思思おもふふうべきべきべき世世よかかかはははととと思思おもひひいつゞけつゞけつづけらるらるらる硯硯すずり召召めしししてててあなたあなたあなたににに聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「はしはしはし姫姫ひめののの心心こころをををくみくみくみてててたかせたかせたかせさすさすさす棹棹さおのののしづくしづくしずくにににそでそでそでぞぞぞぬれぬれぬれぬるぬるぬる。。。ながめながめながめ給給たまふふうらむらむらんかしかしかし」」」とてとてとてとのゐとのゐとのいびとびとびとにににもたもたもたせせせ給給たまへへえりりり。。。寒寒さむげげげにににいらゝぎいらゝぎいららぎたるたるたる顔顔かおしししてててもてもてもて參參まいるるる。。。御御おんかへしかへしかへし紙紙かみのののかかかなどなどなどおぼろげおぼろげおぼろげならならならむむんははは恥恥はずかしげしげしげなるなるなるををを、、、疾疾ときききをををこそこそこそはははかゝるかゝるかかるをりをりおりはははとてとてとて、、、「「「さしさしさしかへるかへるかえる宇宇う治治じののの川川かわをさをさおさ朝朝あさ夕夕ゆうのののしづくしづくしずくややや袖袖そでをををくたしくたしくたしはつはつはつらむらむらん。。。身身みさへさへさへうきうきうきててて」」」ととといといといとをかしげをかしげおかしげににに書書かききき給給たまへへえりりり。。。まほまほまほにににめやすくめやすくめやすく物物ものししし給給たまひひいけりけりけりととと心心こころとまりとまりとまりぬれぬれぬれどどど御御おん車車くるまゐゐいててて參參まいりりりぬぬぬととと人々人々ひとびとさわがしさわがしさわがし聞聞きこゆれゆれゆればばばとのゐとのゐとのいびとびとびとばかりばかりばかりををを召召めしししよせよせよせててて「「「かへりかへりかえり渡渡わたらららせせせ給給たまははわむむんほどほどほどににに必必かならずずず參參まいるるるべしべしべし」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。ぬれぬれぬれたるたるたる御御おんぞぞぞどもどもどもははは皆皆みなこのこのこの人人ひとにににぬぎぬぎぬぎかけかけかけ給給たまひひいてててとりとりとりにににつかはしつかはしつかわしつるつるつる御御おん直直のう衣衣しににに奉奉たてまつりりりかへかへかえつつつ。。。
現代語訳
「網代は人が騒がしそうだ。けれど氷魚も寄らないのだろうか、興ざめな様子だ」と、お供の人々が見知って言う。粗末な船々に柴を刈り積んで、それぞれ何ということもない世の営みに行き交う様子が、はかない水の上に浮かんでいるのは、誰も考えてみれば同じことである世の無常である。自分は水に浮かばず、玉の台に安らかな身と思える世だろうかと思い続けられる。硯を取り寄せて、あちらに申し上げなさる。「橋姫の心を汲んで、浅瀬を漕ぐ棹の雫に、私の袖も濡れてしまったことです。物思いにふけっていらっしゃるでしょうね」と書いて、宿直人に持たせなさった。宿直人は寒そうに鳥肌の立った顔をして持って参る。御返事は、紙の香りなども、いい加減なのは恥ずかしいけれど、早いのがこそ、このような折は大事だということで、「棹さして行き来する宇治の渡し守は、朝夕の雫で、袖を朽ち果てさせているのでしょうか。身まで浮いて(憂いて)」と、たいそう美しくお書きになった。申し分なく感じよくいらっしゃったことよと心が留まったけれど、「お車を引いて参りました」と人々が騒がしく申し上げるので、宿直人だけを呼び寄せて、「宮がお帰りになる頃に、必ず参ろう」などとおっしゃる。濡れたお召し物は皆この宿直人に脱ぎ与えなさって、取りに行かせたお直衣にお着替えになった。
意訳
夜明けの宇治川には、網代や柴を積んだ船が行き交い、薫は世の無常を思う。薫は橋姫に寄せた歌を大君に贈り、大君は宇治の渡し守に寄せて、身も憂いて袖を濡らすと返す。迎えの車が来て、薫は濡れた衣を宿直人に与え、宮の帰る頃にまた来ると言い残す。
語釈・文法注
文法
- 「ひを」(されどひをもよらぬにや)
- 氷魚。鮎の稚魚。宇治川の網代で獲る名物。
- 「はし姫」(はし姫の心をくみて)
- 宇治の橋姫。宇治橋の守り神で、「さむしろに衣片敷き今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」(古今集)で知られる。巻名の由来。
- 「川をさ」(宇治の川をさ)
- 川長。渡し守、船頭。
- 「身さへうきて」(身さへうきて)
- 身まで浮いて。「浮き」に「憂き」をかける。
解説
巻名「橋姫」の由来となる歌である。薫は宇治の橋姫に姫君たちをたとえ、その寂しい境遇を思いやる。宇治の橋姫は、恋人を待ち続ける女神として和歌に詠まれてきた。
柴を積んだ船が宇治川を行き交う様子に、薫は世の無常を見る。「我はうかばず玉の臺に」と思っても、無常の世では誰も安らかではいられない。宇治川の流れは、宇治十帖全体を通じて、人の世のはかなさを象徴する。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、898–899頁(コマ160)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日