源氏物語 第45帖 橋姫(12)
霧の中の琴の音
近づくにつれて、何の楽器とも聞き分けられない楽の音がたいそうもの寂しく聞こえる。いつもこのように合奏していると聞くが、機会がなくて、親王の名高い琴の音も聞けずにいた、よい折だろうと思いながら入っていくと、琵琶の音の響きであった。黄鐘調に調べて、世間並みの掻き合わせだが、場所柄か耳慣れない心地がして、掻き返す撥の音も清らかで趣深い。箏の琴がしみじみと優美な音で途切れ途切れに聞こえる。しばらく聞いていたいので忍んでいるが、気配がはっきりと分かって、宿直人らしい男で、何となく無骨な者が出てきた。「宮はこれこれで寺に籠もっていらっしゃいます。お取り次ぎいたしましょう」と申す。薫は「いや、そのように期限のある勤行の時を乱し申し上げるのはよくない。このように濡れ濡れ参って、むなしく帰る嘆きを姫君の御方に申し上げて、哀れとおっしゃってくだされば慰められるだろう」と言うと、宿直人は醜い顔でほほえんで「申し上げましょう」と言って立つのを、「しばらく」と呼び寄せて、「長年人づてにばかり聞いて聴きたいと思っていた琴の音を聞けるうれしい折だ。しばらく少し隠れて聞ける物陰はあるか。似つかわしくなく差し出がましく近寄って、皆が弾くのをやめてしまったら、たいそう残念だろう」と言う。その気配や顔かたちが、そうした平凡な者の心にもたいそう立派で恐れ多く思われるので、宿直人は「人が聞かない時は明け暮れこのようにお弾きになりますが、下人であっても都の方から参って交じる人がいる時は音もお立てになりません。大方、こうして女君たちがいらっしゃることを隠しなさって、世間の人に知らせ申し上げまいとお思いになりおっしゃっています」と申すので、薫は笑って「つまらないお隠しようだ。そのように忍んでいらっしゃるそうだが、皆めったにない世の例として聞き知っているようなのに」と言って、「やはり案内せよ。私は色好みの心などない人間だ。こうしていらっしゃるご様子が不思議に、本当に並々でなく思われるのだ」と懇ろに言うので、宿直人は「ああ恐ろしい、心ない者のように後で噂されるでしょうか」と言って、あちらの御前は竹の透垣を巡らせて、すべて隔てが別になっているのを、案内した。お供の人は西の廊に呼び据えて、この宿直人がもてなす。
- 1近近ちかくくくなるなるなるほどほどほどにににそのそのその事事こととととももも聞聞きききき別別わかれれれぬぬぬ物物ものののの音音ねどもどもどもいといといとすごげすごげすごげににに聞聞きこゆゆゆ。。。常常つねにににかくかくかく遊遊あそびびび給給たまふふうととと聞聞きくくくをををついでついでついでなくなくなくててて御御み子子こののの御御おんきんきんきんののの音音ねののの名名な高高だかきききももも得得え聞聞きかかかぬぬぬぞぞぞかしかしかし、、、よきよきよき折折おりなるなるなるべしべしべしととと思思おもひひいつゝつゝつつ入入いりりり給給たまへへえばばば、、、琵琵び琶琶はののの聲聲こえのののひゞきひゞきひびきなりなりなりけりけりけり。。。わうしきわうしきおうしきでうでうぢょうにににしらべしらべしらべててて世世よののの常常つねのののかきかきかきあはせあはせあわせなれなれなれどどど所所ところがらがらがらにににややや耳耳みみ馴馴なれれれぬぬぬ心地心地ここちしししててて、、、掻掻かききき返返かえすすすばちばちばちののの音音おとももも物物もの淸淸きよげげげにににおもしろしおもしろしおもしろし。。。箏箏そうののの琴琴こと哀哀あわれににになまめいなまめいなまめいたるたるたる聲聲こえしししてててたえだえたえだえたえだえ聞聞きこゆゆゆ。。。しばししばししばし聞聞きかかかまほしきまほしきまほしきににに忍忍しのびびびたまへたまへたまえどどど、、、御御おんけはひけはひけはいしるくしるくしるく聞聞ききききつけつけつけててて、、、とのゐとのゐとのいびとびとびとめくめくめくをのこをのこおのこなまなまなまかたくなしきかたくなしきかたくなしき出出いででで來來きたりたりたり。。。「「「しかじかしかじかしかじかなむなむなん籠籠こもりりり坐坐おわしししますますます御御おんせうそこせうそこしょうそこをををこそこそこそ聞聞きこえええさせさせさせめめめ」」」ととと申申もうすすす。。。「「「何何なにかかかははは、、、しかしかしか限限かぎりりりあるあるある御御おん行行おこなひひいののの程程ほどををを紛紛まぎらはしはしわし聞聞きこえええさせさせさせむむんにににあいなしあいなしあいなし。。。かくかくかくぬれぬれぬれぬれぬれぬれ參參まいりりりててていたづらいたづらいたずらににに歸歸かえらららむむんうれへうれへうれえををを姫姫ひめ君君ぎみののの御御おん方方かたににに聞聞きこえええててて哀哀あわれとととのたまはせのたまはせのたまわせばばばなむなむなん慰慰なぐさむむむべきべきべき」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、見見みにくきにくきにくき顏顏かおうちうちうちゑみゑみえみててて「「「申申もうさささせせせ侍侍はべらららむむん」」」とてとてとてたつたつたつををを「「「しばししばししばしややや」」」ととと召召めしししよせよせよせててて「「「年年とし比比ごろ人人ひとづてづてずてにににのみのみのみ聞聞ききききてててゆかしくゆかしくゆかしく思思おもふふう御御おんことことことののの音音ねどもどもどもををを嬉嬉うれしきしきしきをりをりおりかなかなかな。。。暫暫しばししし少少すこしししたちたちたち隱隱かくれれれててて聞聞きくくくべきべきべきものものものゝゝのくまくまくまありありありややや。。。つきなくつきなくつきなくさしさしさし過過すぎぎぎててて參參まいりりりよらよらよらむむんほどほどほど皆皆みなことことことやめやめやめ給給たまひひいてててははは、、、いといといとほいほいほいなからなからなからむむん」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。
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現代語訳
近づくにつれて、何の楽器とも聞き分けられない楽の音などが、たいそうもの寂しく聞こえる。いつもこのように合奏なさると聞いているが、機会がなくて、親王の御琴の音の名高いのも聞けずにいたことよ、よい折なのだろうと思いながらお入りになると、琵琶の音の響きであった。黄鐘調に調べて、世間並みの掻き合わせだけれど、場所柄か耳慣れない心地がして、掻き返す撥の音も、清らかで趣深い。箏の琴が、しみじみと優美な音で、途切れ途切れに聞こえる。しばらく聞いていたいので忍んでいらっしゃるが、ご気配がはっきりと聞きつけられて、宿直人らしい男で、何となく無骨な者が出てきた。「宮はこれこれで寺に籠もっていらっしゃいます。お取り次ぎ申し上げましょう」と申す。薫は「いや、そのように期限のあるご勤行の時を乱し申し上げるのはよくない。このように濡れ濡れ参って、むなしく帰る嘆きを、姫君の御方に申し上げて、哀れとおっしゃってくだされば、慰められるだろう」とおっしゃると、宿直人は醜い顔でほほえんで、「申し上げましょう」と言って立つのを、「しばらく待て」と呼び寄せて、「長年人づてにばかり聞いて、聴きたいと思っていた御琴の音を聞ける、うれしい折だなあ。しばらく少し隠れて聞けるような物陰はあるか。似つかわしくなく差し出がましく近寄って、皆が琴をやめてしまわれては、たいそう残念だろう」とおっしゃる。
そのご気配や顔かたちが、そうした平凡な者の心にもたいそう立派で恐れ多く思われるので、「人が聞かない時は、明け暮れこのようにお弾きになりますが、下人であっても、都の方から参って交じる人がおります時は、音もお立てになりません。大方、こうして女君たちがいらっしゃることをお隠しになって、世間の人にお知らせ申し上げまいとお思いになり、おっしゃっています」と申すので、薫は笑って、「つまらないお隠しようだ。そのように忍んでいらっしゃるそうだが、皆、めったにない世の例として聞き知っているようなのに」とおっしゃって、「やはり案内せよ。私は色好みの心などない人間だ。こうしていらっしゃるらしいご様子が、不思議に、本当に並々でなく思われなさるのだ」と懇ろにおっしゃるので、「ああ恐ろしい、心ない者のように、後で噂されるのではないでしょうか」と言って、あちらの御前は竹の透垣を巡らせて、すべて隔てが別になっているのを、案内申し上げた。お供の人は西の廊に呼び据えて、この宿直人がもてなす。
意訳
山荘に近づくと琵琶と箏の音が聞こえる。宿直人が出てくるが、薫は宮の勤行を乱さないよう、姫君たちの琴を隠れて聞きたいと頼む。宿直人は、姫君たちは人目を避けていると言うが、薫は色好みではないと言い含め、透垣のそばへ案内させる。
語釈・文法注
文法
- 「わうしきでう」(わうしきでうにしらべて)
- 黄鐘調。雅楽の調子の一つ。秋の調子とされる。
- 「とのゐびと」(とのゐびとめくをのこ)
- 宿直人。夜の番をする者。
- 「すいがい」(はたけのすいがいしこめて)
- 透垣。竹などで隙間を空けて作った垣根。
解説
宿直人は田舎びた無骨な男だが、薫の気品に圧倒される。身分の低い者の目から見た薫の姿が、その品格を際立たせている。
薫は「すきずきしき心などなき人ぞ」と言うが、透垣からのぞき見ることを選ぶ。道心の人を自任する薫が、姫君たちをのぞき見るという行為には矛盾がある。この矛盾が、薫という人物の複雑さである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、892–893頁(コマ157)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日