源氏物語 第45帖 橋姫(11)
晩秋の宇治行き
秋の末頃、宮は四季ごとに行う念仏を、この川辺は網代の波もこの頃はいっそう耳にうるさく静かでないとして、あの阿闍梨の住む寺の堂に移って七日ほど勤行する。姫君たちはたいそう心細く、所在なさが増して物思いにふけっていた頃、中将の君(薫)は、久しく参上していないなあと思い出すままに、有明の月がまだ夜深く出る頃に出発して、たいそう忍んでお供も少なく、目立たない身なりで出かけた。川のこちら側なので船も必要とせず、馬で行った。分け入るにつれて霧が立ちこめて道も見えない茂みの中を分けていくと、たいそう荒々しい風の勢いに、ほろほろと落ち乱れる木の葉の露が散りかかるのもたいそう冷たく、自分から求めたことながらひどく濡れてしまった。このような出歩きなどもほとんど慣れていない気持ちで、心細くも趣深くも思われた。山おろしの風に耐えきれない木の葉の露よりも、わけもなくもろい私の涙だなあと詠む。山人が驚くのも煩わしいと、随身の先払いの声もさせず、柴の垣根を分けながら、どこともなく流れる水の流れを踏みしだく馬の足音もやはり忍んでと気をつけているが、隠れようもない薫の香りが風に従って漂い、主の知れない香りかと驚いて目を覚ます家々もあった。
- 1秋秋あきののの末末すえつつつ方方かた四四し季季きにににあてあてあてつゝつゝつつししし給給たまふふう御御おん念念ねん佛佛ぶつををを、、、このこのこの河河かわづらづらずらはははあじろあじろあじろののの浪浪なみもももこのこのこのごろごろごろはははいとゞいとゞいとど耳耳みみかしかましくかしかましくかしかましく靜靜しずかならならならぬぬぬをををとてとてとて、、、かのかのかの阿阿あ闍闍ざ梨梨りののの住住すむむむ寺寺てらののの堂堂どうにににうつろひうつろひうつろい給給たまひひいててて七七なぬ日日かのののほどほどほど行行おこなひひい給給たまふふう。。。姫姫ひめ君君ぎみ達達たちはははいといといと心心こころぼそくぼそくぼそくつれづれつれづれつれずれまさりまさりまさりてててながめながめながめ給給たまひひいけるけるけるころころころ、、、中中ちゅう將將じょうののの君君きみ久久ひさしくしくしく參參まいらららぬぬぬかなかなかなととと思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええ給給たもうううけるけるけるまゝまゝままににに、、、有有あり明明あけののの月月つきのののまだまだまだ夜夜よ深深ふかくくくさしさしさし出出いづるづるずるほどほどほどににに出出いでででたちたちたちててて、、、いといといと忍忍しのびびびててて御御おん供供ともににに人人ひとなどなどなどもももなくなくなくやつれやつれやつれててておはしおはしおわしけりけりけり。。。河河かわのののこなたこなたこなたなれなれなればばば船船ふねなどなどなどもももわづらはわづらはわずらわででで御御おん馬馬うまにてにてにてなりなりなりけりけりけり。。。入入いりりりもてもてもて行行ゆくくくまゝまゝままににに霧霧きりふたがりふたがりふたがりててて道道みちももも見見みえええぬぬぬ繁繁しげ木木きののの中中なかをををわけわけわけ給給たまふふうににに、、、いといといとあらましきあらましきあらましき風風かぜのののきほひきほひきおいにににほろほろほろほろほろほろととと落落おちちち亂亂みだるゝるゝるる木木こののの葉葉はののの露露つゆののの散散ちりりりかゝるかゝるかかるもももいといといとひやゝかひやゝかひややかににに人人ひとやりやりやりならならならずずずいたくいたくいたくぬれぬれぬれ給給たまひひいぬぬぬ。。。かゝるかゝるかかるありきありきありきなどなどなどもももをさをさをさをさおさおさならひならひならい給給たまははわぬぬぬ心地心地ここちににに心心こころぼそくぼそくぼそくをかしくをかしくおかしくおぼさおぼさおぼされれれけりけりけり。。。「「「山山やまおろしおろしおろしにににたへたへたえぬぬぬ木木こののの葉葉はののの露露つゆよりよりよりもももあやなくあやなくあやなくもろきもろきもろき我我わががが淚淚なみだかなかなかな」」」。。。やまがつやまがつやまがつののの驚驚おどろくくくもももうるさしうるさしうるさしとてとてとてずゐじんずゐじんずいじんののの音音おともももせせせさせさせさせ給給たまははわずずず、、、柴柴しばののの籬籬まがきをををわけわけわけつゝつゝつつそこはかとそこはかとそこはかとなきなきなき水水みずののの流流ながれれれどもどもどもをををふみふみふみしだくしだくしだく駒駒こまののの足足あし音音おとももも猶猶なお忍忍しのびびびてててととと用用よう意意いししし給給たまへへえるるるににに、、、かくれかくれかくれなきなきなき御御おんにほひにほひにおいぞぞぞ風風かぜにににしたがひしたがひしたがいててて、、、ぬしぬしぬし知知しらららぬぬぬかかかとととおどろくおどろくおどろくねざめねざめねざめののの家家いえ々々いえぞぞぞありありありけるけるける。。。
現代語訳
秋の末頃、四季ごとに行いなさる御念仏を、この川辺は網代の波もこの頃はいっそう耳にうるさく静かでないということで、あの阿闍梨の住む寺の堂にお移りになって、七日ほど勤行なさる。姫君たちはたいそう心細く、所在なさが増して物思いにふけっていらっしゃった頃、中将の君は、久しく参上していないなあと思い出し申し上げなさるままに、有明の月がまだ夜深く出る頃に出発して、たいそう忍んで、お供に人なども少なく、目立たない身なりでいらっしゃった。川のこちら側なので、船なども面倒にせず、お馬でのことであった。分け入って行くにつれて霧が立ちこめて、道も見えない茂った木々の中を分けて行きなさると、たいそう荒々しい風の勢いに、ほろほろと落ち乱れる木の葉の露が散りかかるのもたいそう冷たく、誰のせいでもなく、ひどく濡れてしまわれた。このような出歩きなども、ほとんど慣れていらっしゃらない気持ちで、心細くも趣深くもお思いになった。「山おろしの風に耐えきれない木の葉の露よりも、わけもなくもろい私の涙であることよ」。山人が驚くのも煩わしいということで、随身の先払いの声もおさせにならず、柴の垣根を分けながら、どこともなく流れる水の流れなどを踏みしだく馬の足音も、やはり忍んでと気をつけていらっしゃるのに、隠れようもないお香りが風に従って漂い、主の知れない香りかと驚いて目を覚ます家々もあった。
意訳
晩秋、八の宮が阿闍梨の寺に籠もって念仏をしている間、薫は有明の月の頃に宇治へ忍んで出かける。霧の山道で露に濡れ、涙もろさを歌に詠む。忍んで進むが、その香りは隠れようもなく、家々の人を驚かせる。
語釈・文法注
文法
- 「四季にあてつゝ」(四季にあてつゝし給ふ御念佛)
- 四季ごとに行う。春夏秋冬に定期的に行う念仏。
- 「人やりならず」(人やりならずいたくぬれ給ひぬ)
- 誰のせいでもなく、自分から求めて。
- 「ぬし知らぬか」(ぬし知らぬかとおどろく)
- 「主知らぬ香こそ匂へれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴ぞも」(古今集)による。
解説
霧深い宇治の山道を行く薫の姿は、宇治十帖を象徴する場面の一つである。晩秋の霧、有明の月、木の葉の露という景物が、薫の孤独な心を映している。
薫は忍んで行こうとするが、その香りは隠れようもない。匂宮巻で語られた薫の芳香が、ここで実際の物語の中で効果を発揮する。香りは薫の存在を告げ、やがて姫君たちにも気づかれることになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、892–893頁(コマ157)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日