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源氏物語 第45帖 橋姫(10)

薫の宇治通い

登場人物:薫・八の宮・冷泉院

本当に聞いていたよりもしみじみとした住まいの様子をはじめとして、たいそう仮の草庵のように簡素である。同じ山里といっても、それなりに心ひかれるのどかな所もあるのに、ここはたいそう荒々しい水の音や波の響きに物忘れをし、夜など心を許して夢さえ見られそうもなく、凄まじく風が吹き払う。聖めいた宮のためにはこうした所こそ俗世に心をとめないきっかけなのだろうが、姫君たちはどんな気持ちで過ごしているのだろう、世間並みの女らしいなよやかさとは縁遠いのではないかと推し量られる有様である。仏間とは襖障子だけを隔てて住んでいるようだ。色好みの人なら気を引いて言い寄り、姫君の心を見たいと思うほど、さすがにどうだろうと心ひかれる気配である。しかし薫は、そうした方面から離れたいという願いで山深く訪ねてきた本意もなく、色めいたいい加減な言葉を口にして戯れるのも趣旨に反すると思い返して、宮のたいそう哀れな有様を懇ろに見舞い、たびたび参上して、思っていたとおり、優婆塞のまま修行する山の深い心や経文などを、ことさら賢しげにではなく、たいそうよく教え聞かせてもらう。聖めいた人や学識ある法師は世に多いが、あまりに堅苦しく近寄りがたい高徳の僧都や僧正は、世に暇がなく無愛想で、物の道理を問いただすのも大げさに思われる。またそれほどでない仏弟子で戒律を守るだけの尊さはあっても、品がなく言葉がなまって無作法に慣れ慣れしいのはたいそう不快で、昼は公事に暇がないので、静かな宵に身近な枕元に呼び入れて話すにも、やはりわずらわしいことばかりなのに、宮はたいそう上品で痛々しい様子で語る言葉も、同じ仏の教えも身近なたとえに引き混ぜて、この上なく深い悟りではないが、高貴な人は物の道理を心得る方面が格別なので、薫はだんだん見慣れるたびにいつも会いたくなり、暇がなくて間が空く時は恋しく思われる。この君がこのように宮を尊んでいるので、冷泉院からもいつも便りなどがあって、長年噂にもほとんど上らず、ひどく寂しげだった住まいに、だんだん人目を見る時々がある。折々の見舞いも盛大で、薫もまず然るべきことにつけて、風流な方面でも実用的な方面でも心を寄せて仕えること、三年ほどになった。

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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

本当に聞いていたよりも、しみじみとお住まいになっている様子をはじめとして、たいそう仮の草庵のように思いなして、簡素にしてある。同じ山里といっても、それなりに心がとまりそうなのどかな所もあるのに、ここはたいそう荒々しい水の音や波の響きに物忘れをし、夜など心を許して夢さえ見られそうもないほど、凄まじく風が吹き払っている。聖めいた宮のおためには、こうした所こそ俗世に心をとめないきっかけなのだろうが、姫君たちはどのような気持ちで過ごしていらっしゃるのだろう、世間並みの女らしくなよやかな方面とは縁遠いのではないかと推し量られるご様子である。仏間とは、襖障子だけを隔てて住んでいらっしゃるようだ。色好みの心のある人なら、気を引いて言い寄り、姫君のお心も見たいと思うほど、さすがにどうだろうと心ひかれるご気配である。しかし、そうした方面から離れたいという願いで山深く訪ね申し上げた本意もなく、色めいたいい加減な言葉を口にして戯れかかるのも、趣旨に反するだろうなどと思い返して、宮のたいそう哀れなご様子を懇ろにお見舞い申し上げなさり、たびたび参上なさりながら、思っていたとおり、優婆塞のまま修行する山の深い心や経文などを、ことさら賢しげにではなく、たいそうよく教え聞かせていただく。

聖めいた人や学識ある法師などは世に多いが、あまりに堅苦しく近寄りがたい高徳の僧都や僧正の身分の者は、世に暇がなく無愛想で、物の道理を問いただすのも大げさに思われなさる。またそれほどの人でない仏弟子で、戒律を守るだけの尊さはあっても、品がなく言葉がなまって、無作法に慣れ慣れしいのはたいそう不快で、昼は公事に暇がないなどするので、静かな宵の頃に身近な御枕元などに呼び入れてお話しなさるにも、やはりたいそうわずらわしいことばかりなのに、宮はたいそう上品で痛々しい様子で、おっしゃり出す言葉も、同じ仏の御教えを身近なたとえに引き混ぜて、たいそうこの上なく深いお悟りではないけれど、高貴な人は物の道理を心得なさる方面が格別でいらっしゃったので、だんだん見慣れ申し上げなさるたびごとに、いつも拝見したくなって、暇がないなどで間が空く時は、恋しく思われなさる。この君がこのように尊び申し上げなさるので、冷泉院からもいつもお便りなどがあって、長年噂にもほとんど上らず、ひどく寂しげだったお住まいに、だんだん人目を見る時々がある。折々にお見舞い申し上げなさることも盛大で、この君もまず然るべきことにつけながら、風流な方面でも実用的な方面でも心を寄せてお仕え申し上げなさること、三年ほどになった。

意訳

宇治の山荘は荒々しい川音に囲まれた簡素な住まいで、姫君たちは仏間の隣に住んでいる。薫は姫君たちに関心を抱きながらも、道心から思い返し、八の宮に仏の教えを学ぶ。高僧たちと違い、八の宮の教えは上品で身近であり、薫は宮を慕って三年ほど通い続ける。

語釈・文法注

文法

「うばそく」(うばそくながら行ふ山の深き心)
優婆塞。在家のまま仏道修行をする男性。
「まうとく」(まうとくの僧都僧正)
高徳。徳の高い僧。
「ことばだみて」(けはひいやしくことばだみて)
言葉がなまって。地方の訛りがあること。
「あざればまむ」(打ち出であざればまむも)
戯れかかる、ふざけかける。

解説

薫は姫君たちに関心を持ちながらも、道心から自制する。薫の恋は常に、道心と恋心の間で揺れる。この二つの心の葛藤が、宇治十帖の薫の物語の中心となる。

八の宮の教えは、高僧の堅苦しい講釈とは違い、上品で身近なたとえに満ちている。薫は八の宮を師としてだけでなく、心の父として慕うようになる。実の父を知らない薫にとって、八の宮は父の代わりでもあった。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、890–893頁(コマ156–157)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日