古典ライブラリー

源氏物語 第45帖 橋姫(8)

冷泉院での阿闍梨の話

登場人物:宇治の阿闍梨・冷泉院・薫・八の宮

阿闍梨が京に出たついでに冷泉院に参って、いつものように然るべき経文などを院がご覧になってお尋ねになることもあるついでに、「八の宮が、たいそう賢く仏教の学識に深い悟りを得ていらっしゃることです。そうなるべき宿縁で生まれた人なのでしょうか。心深く思い澄ましていらっしゃる様子は、本当の聖の心構えに見えます」と申し上げる。院は「まだ出家はなさらないのか。俗聖とか、この若い人々が名付けたそうだが、哀れなことだ」などとおっしゃる。宰相の中将(薫)も御前に控えていて、自分こそ世の中をたいそう味気なく思い知りながら、勤行など人に目を留められるほどには勤めず、残念に過ごしてきたなどと人知れず思いつつ、俗体のまま聖になっていらっしゃる心構えはどのようなものかと、耳を留めて聞く。阿闍梨は「出家の志はもとからおありだったのに、ちょっとしたことでためらって、今となっては気の毒な娘たちの身の上を思い捨てられないと嘆いていらっしゃいます」と奏上する。さすがに音楽を愛でる阿闍梨で、「本当にまた、この姫君たちが琴を弾き合わせて遊んでいらっしゃるのが、川波と競い合って聞こえるのは、たいそう趣深く極楽が思いやられます」と古風に褒めると、院はほほえんで、「そんな聖のそばで育って、この世の方面はおぼつかないだろうと推し量られるのに、面白いことだ。心配で思い捨てがたく持て余していらっしゃるなら、もし少しでも宮が後に遺されることがあれば、譲ってくださらないだろうか」などとおっしゃる。この院の帝は桐壺院の十番目の御子でいらした。朱雀院が故六条院に預け申し上げた入道の宮(女三の宮)の例を思い出して、あの姫君たちがほしい、所在ない遊び相手になどと思っていた。中将の君は、かえって親王が思い澄ましていらっしゃるお心を、対面して拝見したいと思う心が深くなった。

  1. 1京きやう京きやうきょうににに出い出いいでででたるたるたるついでついでついでににに參まゐ參まゐまいりりりててて、、、例れい例れいれいのののさるべきさるべきさるべき文ふみ文ふみふみなどなどなど御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじててて問と問ととはははせせせ給たま給たまたまふふうことことこともももあるあるあるついでついでついでににに「「「八はち八はちはち宮のみや宮のみやのみやのののいといといとかしこくかしこくかしこく內ない內ないない敎けう敎けうきょうののの御おん御おんおんざえざえざえさとりさとりさとり深ふか深ふかふかくくく物もの物ものものししし給たま給たまたまひひいけるけるけるかなかなかな。。。さるべきさるべきさるべきにてにてにて生うま生うまうまれれれ給たま給たまたまへへえるるる人ひと人ひとひとにににややや物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうらむらむらん。。。心こころ心こころこころ深ふか深ふかふかくくく思おも思おもおもひひいすましすましすまし給たま給たまたまへへえるるるほどほどほど誠まこと誠まことまことのののひじりひじりひじりのののおきておきておきてににになむなむなん見み見みみえええ給たま給たまたまふふう」」」ととと聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。「「「いまだいまだいまだかたちかたちかたちはははかへかへかへ給たま給たまたまははわずずずややや。。。ぞくぞくぞくひじりひじりひじりとととかかかこのこのこの若わか若わかわかききき人々ひとびと人々ひとびとひとびとのののつげつげつげたたたなるなるなる哀あはれ哀あはれあわれなるなるなることことことなりなりなり」」」などなどなどののの給のたま給のたまのたまはすはすわす。。。宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうののの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうももも御お御おお前まへ前まへまえににに侍さぶら侍さぶらさぶらひひい給たま給たまたまひひいててて、、、我わ我わわこそこそこそ世よ世よよののの中なか中なかなかをををいといといとすさまじくすさまじくすさまじく思おも思おもおもひひい知し知ししりりりながらながらながら行おこな行おこなおこなひひいなどなどなど人ひと人ひとひとににに目め目めめ留とゞ留とゞとどめめめらるゝらるゝらるるばかりばかりばかりはははつとめつとめつとめずずず、、、口惜くちを口惜くちをくちおしくしくしくててて過すぐ過すぐすぐしししけれけれけれなどなどなど人ひと人ひとひと知し知ししれれれずずず思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ、、、俗ぞく俗ぞくぞくながらながらながらひじりひじりひじりににになりなりなり給たま給たまたまふふう心こころ心こころこころのののおきておきておきてやややいかにいかにいかにととと、、、耳みゝ耳みゝみみ留とゞ留とゞとどめめめててて聞き聞ききききき給たま給たまたまふふう。。。「「「出しゆつ出しゆつしゅっ家け家けけののの志こゝろざし志こゝろざしこころざしはははもともともとよりよりより物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえるるるをををはかなきはかなきはかなきことことことににに思おも思おもおもひひいとゞこほりとゞこほりとどこおり今いま今いまいまとととなりなりなりてててははは心こころ心こころこころぐるしきぐるしきぐるしき女をんな女をんなおんな子ご子ごごどもどもどもののの御おん御おんおんうへうへうえをををえええ思おも思おもおもひひい捨す捨すすてててぬぬぬとととなむなむなん歎なげ歎なげなげききき侍はべ侍はべはべりりり給たま給たまたまふふう」」」ととと奏そう奏そうそうすすす。。。
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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

阿闍梨が京に出たついでに冷泉院に参上して、いつものように然るべき経文などを院がご覧になって、お尋ねになることもあるついでに、「八の宮が、たいそう賢く、仏教の学識に深い悟りを得ていらっしゃることでございます。そうなるべき宿縁でお生まれになった方でいらっしゃるのでしょうか。心深く思い澄ましていらっしゃる様子は、本当の聖の心構えのようにお見えになります」と申し上げる。院は「まだ出家はなさらないのか。俗聖とか、この若い人々が名付けたそうだが、哀れなことだ」などとおっしゃる。宰相の中将も御前に控えていらっしゃって、自分こそ世の中をたいそう味気なく思い知りながら、勤行など人に目を留められるほどには勤めず、残念に過ごしてきたことよなどと人知れず思いながら、俗体のまま聖になっていらっしゃるお心構えはどのようなものかと、耳を留めてお聞きになる。阿闍梨は「出家の志はもとからおありだったのに、ちょっとしたことでためらって、今となっては気の毒な娘たちの御身の上を思い捨てられないと、お嘆きでいらっしゃいます」と奏上する。

さすがに音楽を愛でる阿闍梨で、「本当にまた、この姫君たちが琴を弾き合わせて遊んでいらっしゃるのが、川波と競い合うように聞こえますのは、たいそう趣深く、極楽が思いやられますことよ」と古風に褒めると、院はほほえみなさって、「そのような聖のそばで育って、この世の方面はおぼつかないだろうと推し量られるのに、面白いことよ。心配で思い捨てがたく持て余していらっしゃるならば、もし少しでも宮が遺されることになる間は、譲ってくださらないだろうか」などとおっしゃる。この院の帝は、桐壺院の十番目の御子でいらっしゃった。朱雀院が故六条院に預け申し上げなさった入道の宮の例を思い出しなさって、あの姫君たちがほしいものだ、所在ない遊び相手になどとお思いになった。中将の君は、かえって親王が思い澄ましていらっしゃるお心を、対面して拝見したいと思う心が深くなった。

意訳

阿闍梨は冷泉院で八の宮の深い悟りを語り、院は「俗聖」と呼ばれる宮に同情する。薫は自分の勤行の不足を思い、八の宮に関心を持つ。阿闍梨が姫君たちの琴を褒めると、院は姫君たちを引き取りたいと戯れる。薫は八の宮に会いたいと思う。

語釈・文法注

文法

「內敎」(內敎の御ざえ)
仏教。儒教を外教というのに対する。
「ぞくひじり」(ぞくひじりとか)
俗聖。出家せず在俗のまま仏道に励む人。
「こだいに」(とこだいにめづれば)
古風に、時代がかって。
「入道の宮の御ためし」(入道の宮の御ためしをおぼし出でゝ)
朱雀院が女三の宮を源氏に託した前例。

解説

薫が八の宮に関心を持つきっかけが描かれる。薫は世を厭いながらも出家できない自分を、俗聖の八の宮に重ねる。薫にとって八の宮は、仏道の師であり、理想の姿である。

冷泉院が姫君たちを引き取りたいと言うのは、女三の宮の例にならったものである。しかし姫君たちの運命は、冷泉院ではなく薫と匂宮によって動かされていく。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、888–889頁(コマ155)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日