古典ライブラリー

源氏物語 第45帖 橋姫(7)

宇治山の阿闍梨

登場人物:八の宮・宇治の阿闍梨

峰の朝霧が晴れる時もなく明け暮れている頃、この宇治山に聖めいた阿闍梨が住んでいた。学識がたいそう優れ、世の評判も軽くないが、ほとんど公の法会にも出仕せず籠もっていたところ、この宮がこのように近くに住んで、寂しい有様で尊い仏事をさせながら経文などを読み習っているので、阿闍梨は宮を尊んで常に参上する。宮が長年学んで知っていることの深い意味を解き聞かせ、ますますこの世が仮初めでつまらないものであることを申し上げ知らせると、宮は「心だけは蓮の上に思い昇り、濁りのない池にも住めそうなのに、こうも幼い娘たちを見捨てる心配のために、ひたすら出家することもできずにいる」などと隔てなく話す。この阿闍梨は冷泉院にも親しく仕えて、お経などを教え申し上げる人であった。

  1. 1峯みね峯みねみねののの朝あさ朝あさあさ霧ぎり霧ぎりぎり晴は晴ははるゝるゝるる折をり折をりおりなくなくなくててて明あか明あかあかししし暮くら暮くらくらししし給たま給たまたまふふうににに、、、このこのこの宇う宇うう治ぢ治ぢじ山やま山やまやまにににひじりひじりひじりだちだちだちたるたるたる阿あ阿ああざざざ梨り梨りり住す住すすみみみけりけりけり。。。ざえざえざえいといといとかしこくかしこくかしこくててて世よ世よよののの覺おぼ覺おぼおぼえええもももかるからかるからかるからねねねどどどをさをさをさをさおさおさおほやけおほやけおおやけごとごとごとにににももも出い出いいででで仕つか仕つかつかへへえずずず籠こも籠こもこもりりり居ゐ居ゐいたるたるたるににに、、、このこのこの宮みや宮みやみやのののかくかくかく近ちか近ちかちかききき程ほど程ほどほどににに住す住すすみみみ給たま給たまたまひひいててて寂さび寂さびさびしきしきしき御おん御おんおんさまさまさまにににたふときたふときとうときわざわざわざをををせせせさせさせさせ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ法ほふ法ほふほう文もん文もんもんなどなどなどををを讀よ讀よよみみみ習なら習ならならひひい給たま給たまたまへへえばばばたふとびたふとびとうとび聞きこ聞きこきこえええててて常つね常つねつねにににまゐるまゐるまいる。。。年とし年としとし比ごろ比ごろごろ學まな學まなまなびびび知し知ししりりり給たま給たまたまへへえるるる事こと事ことことどもどもどもののの深ふか深ふかふかききき心こころ心こころこころををを解と解ととききき聞き聞ききかせかせかせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、いよいよいよいよいよいよこのこのこの世よ世よよのののかりそめかりそめかりそめにににあぢきなきあぢきなきあじきなきことことことををを申まう申まうもうししし知し知ししらすれらすれらすればばば「「「心こころ心こころこころばかりばかりばかりははははちすはちすはちすののの上うへ上うへうえににに思おも思おもおもひひいのぼりのぼりのぼり濁にごり濁にごりにごりなきなきなき池いけ池いけいけにににももも住す住すすみみみぬぬぬべきべきべきをををいといといとかくかくかく幼をさな幼をさなおさなききき人々ひとびと人々ひとびとひとびとををを見み見みみ捨す捨すすてててむむんうしろめたさうしろめたさうしろめたさばかりばかりばかりににになむなむなんえええひたみちひたみちひたみちにににかたちかたちかたちをををもももかへかへかへぬぬぬ」」」などなどなどへだてへだてへだてなくなくなく物もの物ものもの語がたり語がたりがたりししし給たま給たまたまふふう。。。このこのこの阿あ阿ああざざざ梨り梨りりははは冷れい冷れいれい泉ぜい泉ぜいぜい院ゐん院ゐんいんにににももも親した親したしたしくしくしく侍さぶら侍さぶらさぶらひひいててて御おん御おんおん經きやう經きやうきょうなどなどなど敎をし敎をしおしへへへ聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる人ひと人ひとひとなりなりなりけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

峰の朝霧が晴れる時もなく明かし暮らしていらっしゃるうちに、この宇治山に聖めいた阿闍梨が住んでいた。学識がたいそう優れていて、世の評判も軽くはないけれど、ほとんど公の法会にも出て仕えず籠もっていたところ、この宮がこのように近い所にお住みになって、寂しいご様子で尊い仏事をおさせになりながら、経文などを読み習いなさるので、阿闍梨は宮を尊び申し上げて、いつも参上する。宮が長年学んで知っていらっしゃることの深い意味を解き聞かせ申し上げ、ますますこの世が仮初めでつまらないものであることを申し上げ知らせると、宮は「心だけは蓮の上に思い昇り、濁りのない池にも住めそうなのに、たいそうこのように幼い娘たちを見捨てる心配のためだけに、ひたすらに出家することもできずにいるのです」などと、隔てなくお話しになる。この阿闍梨は冷泉院にも親しくお仕えして、お経などをお教え申し上げる人であった。

意訳

宇治山の学識深い阿闍梨が、八の宮のもとに通って経文を講じる。八の宮は、心は極楽にあるのに、幼い娘たちが心配で出家できないと語る。阿闍梨は冷泉院にも仕えていた。

語釈・文法注

文法

「阿ざ梨」(ひじりだちたる阿ざ梨住みけり)
阿闍梨。高僧の称号。宇治山に住む高徳の僧。
「はちすの上」(心ばかりははちすの上に思ひのぼり)
蓮の上。極楽浄土に往生すること。
「かたちをもかへぬ」(えひたみちにかたちをもかへぬ)
姿を変える、出家すること。

解説

宇治の阿闍梨は、八の宮と冷泉院、そして薫を結ぶ人物となる。阿闍梨が冷泉院で八の宮の話をしたことから、薫が宇治に通うようになる。

八の宮は、心は極楽にありながら、娘たちへの愛着から出家できない。この葛藤は、八の宮の死まで続く。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、888–889頁(コマ155)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日