源氏物語 第45帖 橋姫(5)
姫君たちの手習いと琴
大君が硯をそっと引き寄せて、手習いのように書き散らしていると、宮は「これに書きなさい。硯には書きつけないものだ」と言って紙を差し上げるので、大君は恥じらって書く。どうしてこのように巣立ったのかと思うにつけても、つらい水鳥の宿縁を知ることです。上手ではないが、その折にはしみじみと心にしみた。筆跡は将来が見えるが、まだ続け書きもよくできない程である。「若君も書きなさい」と言うと、もう少し幼げに長い時間をかけて書き出した。泣く泣くも羽を着せかけてくださる父君がいなかったら、私は孵らない卵になっていたでしょう。衣装などもくたびれて、御前に他に人もなくたいそう寂しく所在ない中で、それぞれたいそうかわいらしくしているのを、宮がどうしていとおしく気の毒に思わないことがあろう。経を片手に持って、読みながら唱歌をする。大君に琵琶、中の君に箏の琴を、まだ幼いがいつも合奏させて習わせるので、聞き苦しくもなく、たいそう趣深く聞こえる。宮は父帝にも母女御にも早く先立たれ、しっかりした後見もいなかったので、学問なども深く習うことができなかった。まして世の中で生きていく心構えなど、どうして知っていようか。高貴な人の中でも驚くほど上品でおっとりとした女性のようなので、昔からの宝物や祖父大臣の遺産など何やかやと尽きないほどあったはずなのに、行方も知れずはかなく失われて、調度などだけが特に立派なものが多かった。参上してお仕えし、心を寄せる人もいない。所在ないままに、雅楽寮の楽師などの優れた者を召し寄せて、ちょっとした音楽の遊びに心を入れて成長したので、その方面はたいそう優れている。
- 1姫姫ひめ君君ぎみ御御おん硯硯すずりをををやをらやをらやおらひきひきひきよせよせよせててて手手て習習ならいのののやうやうようににに書書かきききまぜまぜまぜ給給たまふふうををを「「「これこれこれににに書書かきききたまへたまへたまえ。。。硯硯すずりにににははは書書かきききつけつけつけざざざなりなりなり」」」とてとてとて紙紙かみ奉奉たてまつりりり給給たまへへえばばばはぢらひはぢらひはじらいててて書書かききき給給たまふふう。。。「「「いかでいかでいかでかくかくかくすだちすだちすだちけるけるけるぞぞぞととと思思おもふふうにににもももうきうきうき水水みず鳥鳥どりのののちぎりちぎりちぎりをををぞぞぞしるしるしる」」」。。。よからよからよからねねねどどどそのそのそのをりをりおりははは哀哀あわれなりなりなりけりけりけり。。。手手てはははおひおひおいさきさきさき見見みえええてててまだまだまだよくよくよくもももつゞけつゞけつづけ給給たまははわぬぬぬ程程ほどなりなりなり。。。「「「若若わか君君ぎみももも書書かききき給給たまへへえ」」」とととあれあれあればばば今今いま少少すこしししをさなげをさなげおさなげににに久久ひさしくしくしく書書かききき出出いででで給給たまへへえりりり。。。「「「なくなくなくなくなくなくもももはねはねはねうちうちうちきするきするきする君君きみなくなくなくばばばわれわれわれぞぞぞすすすもりもりもりににになるなるなるべかりべかりべかりけるけるける」」」。。。御御おんぞぞぞどもどもどもなどなどなどなえばみなえばみなえばみててて御御お前前まえににに又又また人人ひともももなくなくなくいといといと寂寂さびしくしくしくつれづれげつれづれげつれずれげなるなるなるににに、、、さまざまさまざまさまざまいといといとらうたげらうたげろうたげにてにてにて物物ものししし給給たまふふうををを哀哀あわれににに心苦心苦こころぐるしうしうしゅういかゞいかゞいかがおぼさおぼさおぼさゞゞざらむらむらん。。。經經きょうををを片片かた手手てにににももも給給たまひひいてててかつかつかつ讀讀よみみみつゝつゝつつさうがさうがそうがをををししし給給たまふふう。。。姫姫ひめ君君ぎみににに琵琵び琶琶は若若わか君君ぎみににに箏箏そうののの御御おん琴琴ことををを、、、まだまだまだをさなけれをさなけれおさなけれどどど常常つねににに合合あわせせせつゝつゝつつ習習ならひひい給給たまへへえばばば聞聞ききききにくゝにくゝにくくもももあらあらあらでででいといといとをかしくをかしくおかしく聞聞きこゆゆゆ。。。
- 2父父ちち帝帝みかどにににももも母母はは女女にょうご御御おんにににももも疾疾とくくくおくれおくれおくれ給給たまひひいてててはかばかしきはかばかしきはかばかしき御御おん後後うしろ見見みのののとりとりとりたてたてたてたるたるたる坐坐おわせせせざりざりざりけれけれければばば、、、ざえざえざえなどなどなど深深ふかくくくももも得得え習習ならひひい給給たまははわずずず。。。まいてまいてまいて世世よののの中中なかににに住住すみみみつくつくつく御心御心みこころおきておきておきてはははいかでいかでいかでかかかははは知知しりりり給給たまははわむむん。。。たかきたかきたかき人人ひとととと聞聞きこゆるゆるゆる中中なかにににもももあさましうあさましうあさましゅうあてあてあてにににおほどかおほどかおおどかなるなるなる女女おんなのののやうやうようにににおはすれおはすれおわすればばば、、、ふるきふるきふるき世世よののの御御おん寳寳たから物物ものおほぢおほぢおおじおとゞおとゞおとどののの御御おんそうぶんそうぶんそうぶん何何なにやややかやかやかやとととつきつきつきすすすまじかりまじかりまじかりけれけれけれどどど行行ゆくくくへへへもももなくなくなくはかなくはかなくはかなくうせうせうせはてはてはてゝゝて御御おん調調ちょう度度どなどなどなどばかりばかりばかりなむなむなんわざとわざとわざとうるはしくうるはしくうるわしくててて多多おおかりかりかりけるけるける參參まいりりり侍侍さぶらひひい聞聞きこえええ心心こころよせよせよせ奉奉たてまつるるる人人ひともももなしなしなし。。。つれづれつれづれつれずれなるなるなるまゝまゝままにににうたうたうたづかさづかさずかさののの物物ものののの師師しどもどもどもなどなどなどやうやうようののの勝勝すぐれれれたるたるたるををを召召めしししよせよせよせつゝつゝつつはかなきはかなきはかなき御御おん遊遊あそびににに心心こころををを入入いれれれおひおひおい出出いででで給給たまへへえれれればばばそのそのその方方かたはははいといといとをかしくをかしくおかしく勝勝すぐれれれ給給たまへへえりりり。。。
現代語訳
姫君(大君)が御硯をそっと引き寄せて、手習いのように書き散らしなさるのを、宮は「これにお書きなさい。硯には書きつけないものだ」と言って紙を差し上げなさると、恥じらってお書きになる。「どうしてこのように巣立ったのかと思うにつけても、つらい水鳥の宿縁を知ることです」。上手ではないけれど、その折にはしみじみと心にしみた。筆跡は将来が見えて、まだよく続け書きもおできにならない程である。「若君もお書きなさい」とおっしゃると、もう少し幼げに、長い時間をかけて書き出しなさった。「泣く泣くも羽を着せかけてくださる父君がいらっしゃらなかったら、私は孵らない卵になってしまったことでしょう」。御衣などもくたびれて、御前に他に人もなく、たいそう寂しく所在ない様子であるのに、それぞれたいそうかわいらしくしていらっしゃるのを、どうしていとおしく気の毒にお思いにならないことがあろうか。経を片手にお持ちになって、読みながら唱歌をなさる。姫君に琵琶、若君に箏の御琴を、まだ幼いけれどいつも合奏させながらお習わせになるので、聞き苦しくもなく、たいそう趣深く聞こえる。
宮は、父帝にも母女御にも早く先立たれなさって、しっかりした後見で特にお世話する人もいらっしゃらなかったので、学問なども深くはお習いになれなかった。まして世の中で生きていくお心構えなどは、どうしてご存じであろうか。高貴な人と申し上げる中でも、驚くほど上品でおっとりとした女性のようでいらっしゃるので、昔からの御宝物や祖父大臣の遺産など、何やかやと尽きないはずだったが、行方も知れずはかなく失われ果てて、御調度などだけが特に立派で多かった。参上してお仕えし、心を寄せ申し上げる人もいない。所在ないままに、雅楽寮の楽師などのような優れた者を召し寄せながら、ちょっとした音楽の遊びに心を入れて成長なさったので、その方面はたいそう趣深く優れていらっしゃった。
意訳
大君と中の君は、父の勧めで水鳥に寄せた歌を詠む。八の宮は経を読みながら唱歌をし、姉妹に琵琶と箏を合奏させる。
八の宮は早くに両親を失い、学問も世渡りの心構えも身につかず、財産も失った。ただ音楽にだけは優れている。
語釈・文法注
文法
- 「すだちける」(いかでかくすだちけるぞと)
- 巣立つ。親鳥の母を失って育つことを、水鳥の巣立ちにたとえる。
- 「すもり」(われぞすもりになるべかりける)
- 巣守り。孵らずに巣に残った卵。
- 「さうが」(かつ讀みつゝさうがをし給ふ)
- 唱歌。楽器の旋律を口で歌うこと。
- 「うたづかさ」(うたづかさの物の師ども)
- 雅楽寮。宮中の音楽を司る役所。
解説
姉妹の歌は、母を失った雛鳥としての自分たちを詠む。大君の歌には悲しみが、中の君の歌には父への感謝が込められている。二人の性格の違いが、歌にも表れている。
八の宮は世渡りに疎く、財産も失ったが、音楽には優れていた。この音楽の才が娘たちに伝えられ、やがて薫を宇治に引き寄せることになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、886–887頁(コマ154)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日