源氏物語 第45帖 橋姫(1)
八の宮の不遇
その頃、世間から人並みに扱われない古宮がいらっしゃった。母方なども高貴な家柄で、格別な地位に就くはずだという評判もあったが、時勢が移って世の中から冷遇されるようになった騒ぎに紛れて、かえってすっかり後見の人々も恨めしい思いを抱いて、それぞれに宮から離れていき、公私ともに頼る所もなく見捨てられたような有様である。北の方も昔の大臣の娘であった。しみじみ心細く、親たちが考えていた将来のことなどを思い出すと、比べようもないことが多いが、夫婦の深い契りが二つとないことだけを辛い世の慰めとして、互いにこの上なく頼り合っていた。長年子がなく心もとなかったので、宮は、寂しく所在ない慰めに、どうにかしてかわいい子がほしいと時々おっしゃっていたところ、珍しく、たいそうかわいらしい女君がお生まれになった。この姫君を限りなくいとしく大切にお育てになるうちに、また続いて懐妊なさって、今度は男の子でもと思っていたが、同じように女君で、お産は無事に済ませたものの、北の方はひどく患って亡くなってしまった。
- 1そのそのその頃頃ころ世世よにににかずまへかずまへかずまえられられられ給給たまははわぬぬぬふるふるふる宮宮みやおはしおはしおわしけりけりけり。。。母母はは方方かたなどなどなどもももやんごとなくやんごとなくやんごとなくものしものしものし給給たまひひいてててすぢすぢすじことことことなるなるなるべきべきべきおぼえおぼえおぼえなどなどなどおはしおはしおわしけるけるけるををを、、、時時とき移移うつりりりててて世世よののの中中なかにににはしたなめはしたなめはしたなめられられられ給給たまひひいけるけるけるまぎれまぎれまぎれににに、、、なかなかなかなかなかなかいといといと名名な殘殘ごりなくなくなく御御おん後後うしろ見見みなどなどなどももも物物ものうらめしきうらめしきうらめしき心心こころ々々ごころにてにてにて、、、かたがたかたがたかたがたにににつけつけつけててて世世よををを背背そむきききさりさりさりつゝつゝつつ、、、おほやけおほやけおおやけわたくしわたくしわたくしににによりよりより所所どころなくなくなくさしさしさしはなたはなたはなたれれれ給給たまへへえるるるやうやうようなりなりなり。。。北北きたののの方方かたももも昔昔むかしののの大大おとど臣臣どののの御御おんむすめむすめむすめなりなりなりけるけるける。。。哀哀あわれににに心心こころぼそくぼそくぼそく親親おやたちたちたちのののおぼしおぼしおぼしおきておきておきてたりたりたりしししさまさまさまなどなどなど思思おもひひい出出いででで給給たまふふうににに、、、たとしへたとしへたとしえなきなきなきことことこと多多おおかれかれかれどどど、、、深深ふかききき御御おん契契ちぎりのののふたつふたつふたつなきなきなきばかりばかりばかりをををうきうきうき世世よのののなぐさめなぐさめなぐさめにてにてにて、、、かたみかたみかたみにににまたまたまたなくなくなく賴賴たのみみみかはしかはしかわし給給たまへへえりりり。。。年年とし比比ごろ經經ふるるるににに御御み子子こもももものしものしものし給給たまははわででで心心こころもとなかりもとなかりもとなかりけれけれければばば、、、さうざうしくさうざうしくそうぞうしくつれづれつれづれつれずれなるなるなるなぐさめなぐさめなぐさめににに、、、いかでいかでいかでをかしからをかしからおかしからむむんちごちごちごもももがながながなととと、、、宮宮みやぞぞぞ時々時々ときどきおぼしおぼしおぼしのののたまひたまひたまいけるけるけるににに、、、珍珍めずらしくしくしく女女おんな君君ぎみのののいといといと美美うつくしげしげしげなるなるなる生生うまれれれ給給たまへへえりりり。。。これこれこれをををかぎりかぎりかぎりなくなくなく哀哀あわれととと思思おもひひいかしづきかしづきかしずき聞聞きこえええ給給たまふふうににに、、、又又またさしさしさしつゞきつゞきつづき氣色氣色けしきばみばみばみ給給たまひひいてててこのこのこのたびたびたびははは男男おとこにてにてにてもももなどなどなどおぼしおぼしおぼしたるたるたるににに同同おなじじじさまさまさまにてにてにてたひらかたひらかたいらかにににはははししし給給たまひひいながらながらながらいといといといたくいたくいたく煩煩わずらひひいてててうせうせうせ給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
その頃、世間から人並みに扱われなさらない古宮がいらっしゃった。母方なども高貴でいらっしゃって、格別な地位に就かれるはずだという評判などもおありになったのに、時勢が移って、世の中から冷遇されなさった騒ぎに紛れて、かえってすっかり、ご後見の人々なども恨めしい思いを抱いて、それぞれに世を背くように去っていきながら、公私ともに頼る所もなく見捨てられていらっしゃるような有様である。北の方も、昔の大臣の御娘であった。しみじみと心細く、親たちが考えておかれた将来のことなどを思い出しなさると、比べようもないことが多いけれど、深いご夫婦の契りが二つとないことだけを辛い世の慰めとして、互いにこの上なく頼り合っていらっしゃった。長年御子もいらっしゃらず、心もとなかったので、寂しく所在ない慰めに、どうにかしてかわいい幼子がほしいものだと、宮が時々思いおっしゃっていたところ、珍しく、たいそうかわいらしい女君がお生まれになった。この姫君を限りなくいとしく思い大切にお育て申し上げなさるうちに、また続いて懐妊のご様子があって、今度は男の子でもなどと思っていらっしゃったところ、同じように女君で、お産は無事になさりながら、北の方はひどく患ってお亡くなりになってしまった。
意訳
世間から忘れられた古宮がいた。後見の人々も去り、宮は北の方と支え合って暮らす。長女が生まれ、続いて次女が生まれるが、北の方は産後に亡くなる。
語釈・文法注
文法
- 「かずまへられ給はぬふる宮」(その頃世にかずまへられ給はぬふる宮おはしけり)
- 人並みに扱われない古い宮。八の宮。宇治十帖の始まりの一文。
- 「はしたなめられ」(世の中にはしたなめられ給ひけるまぎれに)
- 冷遇される、恥をかかされる。
- 「たひらかにはし給ひながら」(たひらかにはし給ひながら)
- お産は無事に済ませながら。
解説
宇治十帖は、世から忘れられた八の宮の紹介から始まる。光源氏の華やかな物語とは対照的に、不遇の皇子とその娘たちの物語である。冒頭の「その頃」は、匂宮の巻以降の時代を指す。
北の方の死は、八の宮を一人で二人の娘を育てる身にした。この境遇が、八の宮の出家への願いと娘たちへの執着の間で揺れる心を生み出していく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、883–883頁(コマ152)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日