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源氏物語 第44帖 竹河(34)

宰相中将の嘆き

登場人物:蔵人少将・玉鬘・藤侍従

左大臣(夕霧)の宰相中将(もとの蔵人少将)が、大饗の翌日、夕方になってここに参上した。御息所が里に下がっていると思うと、いっそう心が化粧して、「朝廷が人並みに扱ってくださる昇進の喜びなどは何とも思いません。私的に思うことがかなわない嘆きばかりが年月とともに増して、晴らしようもないのです」と涙を押しぬぐうのも、わざとらしく見える。二十七、八歳ほどのたいそう盛りで、匂いやかに華やかな容貌をしている。玉鬘は「見苦しい若君達が世の中を思いのままにおごって、官位を何とも思わず過ごしていらっしゃることよ。故殿(髭黒)が生きていらしたら、ここの息子たちも、こんな浮わついたことに心を乱していただろうに」と嘆く。自分の息子たちが右兵衛督や右大弁で、皆参議になれずにいるのを、玉鬘は嘆かわしく思っている。侍従と呼ばれていたのが(藤侍従)、この頃は頭中将と呼ばれる。年齢の割には不似合いではないが、人に後れを取っていると嘆いている。宰相(もとの少将)は、あれこれもっともらしく……。

  1. 1左ひだり左ひだりひだりののの大おほ大おほおお殿との殿とのとのののの宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょう大だい大だいだい饗きやう饗きやうきょうのののまたまたまたののの日ひ日ひひゆふゆふゆうつけつけつけてててこゝこゝここににに參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまへへえりりり。。。御み御みみ息やす息やすやす所どころ所どころどころ里さと里さとさとにににおはするおはするおわするととと思おも思おもおもふふうにににいとゞいとゞいとど心こころ心こころこころげさうげさうげそうそひそひそいててて「「「おほやけおほやけおおやけのののかずまへかずまへかずまえ給たま給たまたまふふうよろこびよろこびよろこびなどなどなどははは何なに何なになにととともももおぼえおぼえおぼえ侍はべ侍はべはべらららずずず。。。わたくしわたくしわたくしののの思おも思おもおもふふうことことことかなはかなはかなわぬぬぬなげきなげきなげきのみのみのみ年とし年としとし月つき月つきつきにににそへそへそえててて思おも思おもおもううう給たま給たまたまへへえはるけはるけはるけむむん方かた方かたかたなきなきなきことことこと」」」ととと淚なみだ淚なみだなみだ押お押おおしししのごふのごふのごうもももことさらことさらことさらめいめいめいたりたりたり。。。廿にじふ廿にじふにじゅう七しち七しちしち八はち八はちはちのののほどほどほどのののいといといと盛さか盛さかさかりりりににに匂にほ匂にほにおひひい花はな花はなはなやかやかやかなるなるなるかたちかたちかたちえええ給たま給たまたまへへえりりり。。。「「「見み見みみ苦ぐる苦ぐるぐるしししののの君きん君きんきん達だち達だちだちののの世よ世よよののの中なか中なかなかををを心こころ心こころこころのののまゝまゝままにににおごりおごりおごりてててつかさつかさつかさくらゐくらゐくらいをををばばば何なに何なになにととともももおもはおもはおもわずずず過す過すすぐしぐしぐしいますがらふいますがらふいますがらうややや、、、故こ故ここ殿との殿とのとのおはせおはせおわせましかましかましかばばばこゝこゝここなるなるなる人々ひとびと人々ひとびとひとびともももかゝるかゝるかかるすさびすさびすさびごとごとごとにににぞぞぞ心こころ心こころこころははは亂みだ亂みだみだちちちましましまし」」」とととうちうちうち歎なげ歎なげなげきききたまふたまふたまう。。。右う右うう兵ひやう兵ひやうひょう衛ゑの衛ゑのえの督かみ督かみかみ右う右うう大だい大だいだい辨べん辨べんべんにてにてにて皆みな皆みなみな非ひ非ひひ參さむ參さむさん議ぎ議ぎぎなるなるなるをををうれはしうれはしうれわしととと思おも思おもおもへへえりりり。。。侍じ侍じじ從じゆう從じゆうじゅうととときこゆきこゆきこゆめりめりめりしししぞぞぞこのこのこのごろごろごろ頭とうの頭とうのとうの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうととときこゆるきこゆるきこゆる。。。年とし年としとしよはひよはひよわいのののほどほどほどはははかたはかたはかたわならならならねねねどどど人ひと人ひとひとにににおくるおくるおくるとととなげきなげきなげき給たま給たまたまへへえりりり。。。宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうはははとかくとかくとかくつきづきしくつきづきしくつきずきしく。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

左大臣の宰相中将(もとの蔵人少将)が、大饗の翌日、夕方になってここに参上なさった。御息所が里にいらっしゃると思うと、いっそう心が化粧して、「朝廷が人並みにお数えくださる昇進の喜びなどは、何とも思われません。私的に思うことがかなわない嘆きばかりが、年月とともに増して、晴らしようもないことです」と涙を押しぬぐうのも、わざとらしく見えた。二十七、八歳ほどの、たいそう盛りで、匂いやかに華やかな容貌をしていらっしゃる。玉鬘は「見苦しい君達が、世の中を思いのままにおごって、官位を何とも思わず過ごしていらっしゃることよ。故殿が生きていらっしゃったら、ここにいる息子たちも、このような浮わついたことに心を乱していたでしょうに」とお嘆きになる。息子たちが右兵衛督や右大弁で、皆参議になれずにいるのを、嘆かわしいと思っていらっしゃった。侍従と申し上げたようだった方が、この頃は頭中将と申し上げる。年齢の程は不似合いではないけれど、人に後れを取っていると嘆いていらっしゃった。宰相は、あれこれともっともらしく……。

意訳

大饗の翌日、宰相中将となったもとの蔵人少将が玉鬘を訪れ、御息所への叶わぬ思いを涙ながらに訴える。玉鬘は、父のある若者たちの気楽さと、父を亡くして出世の遅れる息子たちとを比べて嘆く。巻は、宰相の様子を語りかけたまま唐突に終わる。

語釈・文法注

文法

「心げさう」(いとゞ心げさうそひて)
心の化粧、相手を意識して気取ること。
「いますがらふ」(何ともおもはず過ぐしいますがらふや)
いらっしゃる。尊敬語。
「非參議」(右兵衛督右大辨にて皆非參議なるを)
三位以上で参議になっていない者。玉鬘の息子たちが出世の遅れを嘆く。
「宰相はとかくつきづきしく」(宰相はとかくつきづきしく)
文が途中で切れたような終わり方。竹河の巻は、この一文で閉じられる。

解説

竹河の巻は、宰相中将の未練と、玉鬘の嘆きで閉じられる。父を失った玉鬘の家は、息子たちの出世も遅れ、娘たちの宮仕えも思うようにならなかった。髭黒家の老女房が語る、栄華の後の寂しい物語である。

巻末の「宰相はとかくつきづきしく」は、文が途中で終わったような印象を与える。語り手の老女房の話が、ここで途切れたかのようである。この余韻を残して、物語は橋姫の巻から始まる宇治十帖へと向かう。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、882–883頁(コマ152)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日