源氏物語 第44帖 竹河(33)
大臣家の大饗
尚侍(中の君)もこの頃退出していた。姉妹があちらこちらに住んでいる様子は趣深く、大方のどかで紛れることのない暮らしぶりで、御簾の内が気恥ずかしく思われるので、薫は自然と心づかいして、ますます落ち着いて見苦しくない様子なのを、大上(玉鬘)は、婿として近くで見たかったと思う。新しい右大臣(紅梅)の邸は、ちょうどこの邸の東隣であった。大臣就任の大饗に、相伴の君達などが大勢集まる。右大臣は、兵部卿宮(匂宮)が左大臣(夕霧)の賭弓の還饗や相撲の饗宴などにはおいでになったのを思って、今日の光栄にとお招きしたが、匂宮はおいでにならず、奥ゆかしく大切に扱われる。実は姫君たちを、格別にどうにかして匂宮にと思っているのだろうが、匂宮はどういうわけか心もとめないのだった。源中納言(薫)がいっそう申し分なく成長して、何事も劣ったところなくいらっしゃるのを、右大臣も北の方も目をとめていた。隣でこのように騒いで行き交う車の音や、前駆の声々も、昔のことが思い出されて、この邸では玉鬘がしみじみと物思いにふける。「故宮(蛍兵部卿宮)が亡くなって間もなく、この右大臣が北の方(真木柱)に通い始めたことを、世間はたいそう軽はずみなように非難したが、愛情も消えずにこうして連れ添っているのも、さすがにそれなりに見苦しくないことだった。定めのない世だこと。どちらがよいのだろう」などと言う。
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現代語訳
尚侍(中の君)もこの頃退出していらっしゃった。あちらこちらに住んでいらっしゃる気配が趣深く、大方のどかで、紛れることのないご様子の御簾の内が気恥ずかしく思われるので、薫は心づかいがされて、ますます落ち着いて見苦しくないのを、大上は、婿として近くで見たかったとお思いになった。大臣殿(新しい右大臣)は、ちょうどこの邸の東隣であった。大饗の相伴の君達などが大勢集まりなさる。右大臣は、兵部卿宮が、左大臣の賭弓の還饗や相撲の饗宴などにはおいでになったのを思って、今日の光栄にとお招き申し上げなさったけれど、匂宮はおいでにならず、奥ゆかしく大切に扱われていらっしゃる。実は姫君たちを、格別にどうにかして匂宮にとお思い申し上げていらっしゃるのだろうけれど、宮はどういうわけか、お心もおとめにならないのだった。源中納言がいっそう申し分なく成長して、何事も劣ったところなくいらっしゃるのを、大臣も北の方も目をとめていらっしゃった。隣でこのように騒いで行き交う車の音や、前駆の声々も、昔のことが思い出されて、この邸では、玉鬘がしみじみと物思いにふけっていらっしゃる。「故宮がお亡くなりになって間もなく、この大臣がお通いになったことを、たいそう軽はずみなように世の人は非難したけれど、愛情も消えずにこうして連れ添っていらっしゃるのも、さすがにそれなりに見苦しくないことだった。定めのない世だこと。どちらがよいのだろう」などとおっしゃる。
意訳
姉妹が里に下がり、薫は心づかいして振る舞う。玉鬘は薫を婿にしたかったと思う。東隣の新右大臣(紅梅)邸で大饗が催され、匂宮は招きに応じない。玉鬘は、真木柱が蛍宮の死後すぐ紅梅と結ばれて非難されたが、今は仲よく連れ添っていることを思い、定めない世を嘆く。
語釈・文法注
文法
- 「だい饗」(だい饗のえがの君達など)
- 大饗。大臣に任じられた時に催す祝宴。
- 「すまひのあるじ」(すまひのあるじなどには)
- 相撲の節会の後に催す饗宴。
- 「あはつけい」(いとあはつけいやうに)
- 軽はずみな。「あはつけき」のイ音便。
- 「いづれにかよるべき」(いづれにかよるべき)
- どちらがよいのだろう。世間の評判と実際の幸せのどちらによるべきかという嘆き。
解説
紅梅の巻の人々がここで再び登場する。紅梅右大臣は匂宮を招くが、匂宮は来ない。紅梅の巻で描かれた、娘を匂宮に嫁がせたいという紅梅の願いは、なお叶っていない。
玉鬘は、非難されながらも幸せに暮らす真木柱と、世間の評判を気にして選んだ道で苦しむ自分の娘とを比べ、「いづれにかよるべき」と嘆く。人の幸せは、世間の評判では測れないことを、玉鬘は思い知るのである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、880–883頁(コマ151–152)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日