源氏物語 第44帖 竹河(31)
薫の昇進と玉鬘の訴え
左大臣が亡くなって、右大臣(夕霧)は左大臣に、藤大納言で左大将を兼ねている人が右大臣になる。次々の人々も昇進して、この薫中将は中納言に、三位の君(もとの少将)は宰相になって、昇進を喜んだ人々は、この一族(源氏と頭中将の一族)より他にはいない頃であった。中納言(薫)は昇進のお礼に、前の尚侍(玉鬘)のもとに参上した。御前の庭で拝礼する。玉鬘は対面して、「このようにたいそう草深くなってゆく葎の門を素通りなさらないお心づかいにも、まず昔の院のことが思い出されまして」などと言う。声が上品で愛嬌があり、聞いていたいほど若々しい。薫は、いつまでも若くていらっしゃることだ、だから院は恨みなさるお心が絶えないのだ、今にきっと事件を起こしなさるだろうと思う。薫が「昇進などは心ではたいして思いませんが、まずお目にかけようと参りました。素通りしないなどとおっしゃるのは、私の怠慢の罪を裏返しておっしゃるのでしょうか」と申し上げると、玉鬘は「今日は盛りを過ぎた身の上などを申し上げる折でもないと遠慮しますが、わざわざお立ち寄りになることは難しいので、対面なしではやはりくどくどしいことになりますので。院にお仕えしている娘がたいそうひどく世の中を思い乱れて、宙に浮いたように漂っていますのを、女御を頼り申し上げ、また后の宮の御方にも、いくら何でもお許しくださるだろうと思って過ごしていたのに、どちらにも無礼な許せない者とお思いのようなので、たいそう気の毒で、宮たちはそのまま院にお仕えさせて、このたいそう交わりにくそうな本人だけは、こうして気楽に物思いでもして過ごしなさいと退出させたのですが、それにつけても聞き苦しい噂です。院の上にも不快にお思いになりおっしゃっているそうなので、ついでがあったらほのめかして奏上してください。あれこれと頼もしく思って宮仕えに出しました頃は、どちらをも気楽にうちとけて頼りにしておりましたが、今はこのような過ちで、幼稚で身の程知らずだった自分の心がもどかしいのです」と嘆く様子である。
- 1左左さ大大だい臣臣じんうせうせうせ給給たまひひいててて、、、右右うははは左左さににに藤藤とう大大だい納納な言言ごん左左さ大大だい將將しょうかけかけかけ給給たまへへえるるる右右う大大だい臣臣じんににになりなりなり給給たまふふう。。。次次つぎ々々つぎののの人々人々ひとびとなりなりなりあがりあがりあがりてててこのこのこの薰薰かおる中中ちゅう將將じょうははは中中ちゅう納納な言言ごんににに、、、三三さん位位みののの君君きみははは宰宰さい相相しょうににになりなりなりてててよろこびよろこびよろこびししし給給たまへへえるるる人々人々ひとびとこのこのこの御御おんざうざうぞうよりよりより外外ほかににに人人ひとなきなきなき比比ころほひほひおいににになむなむなんありありありけるけるける。。。中中ちゅう納納な言言ごんののの御御おんよろこびよろこびよろこびにににさきさきさきのののないしないしないしのののかんかんかんののの君君きみににに參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。御御お前前まえののの庭庭にわにてにてにて拜拜はいししし奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。かんかんかんののの君君きみ對對たい面面めんししし給給たまひひいててて「「「かくかくかくいといといと草草くさ深深ふかくくくなりなりなりゆくゆくゆく葎葎むぐらののの門門かどをををよぎよぎよぎ給給たまははわぬぬぬ御心御心みこころばへばへばへにににももも、、、まづまづまず昔昔むかしののの御御おんことことこと思思おもひひい出出いでででられられられてててなむなむなん」」」などなどなど聞聞きこえええ給給たまふふう。。。御御おん聲聲こえのののあてあてあてににに愛愛あい敬敬ぎょうづきづきずき聞聞きかかかまほしうまほしうまほしゅう今今いまめきめきめきたりたりたり。。。ふりふりふりがたくがたくがたくもももおはするおはするおわするかなかなかな、、、かゝれかゝれかかればばば院院いんののの上上うえははは恨恨うらみみみ給給たまふふう御心御心みこころ絕絕たえええぬぬぬぞぞぞかしかしかし、、、今今いま遂遂ついにににことことことひきひきひき出出いででで給給たまひひいてててむむんととと思思おもふふう。。。「「「よろこびよろこびよろこびなどなどなどははは心心こころにににはははいといといとしもしもしも思思おもううう給給たまへへえねねねどもどもども、、、まづまづまず御御ご覽覽らんぜぜぜられられられにににこそこそこそ參參まいりりり侍侍はべれれれ。。。よぎよぎよぎぬぬぬなどなどなどのたまはするのたまはするのたまわするはははおろかおろかおろかなるなるなる罪罪つみにににうちうちうちかへさかへさかえさせせせ給給たまふふうにににややや」」」ととと申申もうししし給給たまふふう。。。
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現代語訳
左大臣がお亡くなりになって、右大臣(夕霧)は左大臣に、藤大納言で左大将を兼ねていらっしゃった方が右大臣におなりになる。次々の人々も昇進して、この薫中将は中納言に、三位の君は宰相になって、昇進を喜びなさった人々は、このご一族より他に人がいない頃であった。中納言は昇進のお礼に、前の尚侍の君のもとに参上なさった。御前の庭で拝礼申し上げなさる。尚侍の君は対面なさって、「このようにたいそう草深くなってゆく葎の門を、素通りなさらないお心づかいにも、まず昔の院の御事が思い出されまして」などと申し上げなさる。お声が上品で愛嬌があり、聞いていたいほど若々しい。薫は、いつまでも若くていらっしゃることよ、だから院の上はお恨みになるお心が絶えないのだな、今にきっと事件を起こしなさるだろうと思う。「昇進などは、心ではたいして存じませんけれど、まずお目にかけようとして参りました。素通りしないなどとおっしゃるのは、私の怠慢の罪を裏返しておっしゃるのでしょうか」と申し上げなさる。
玉鬘は「今日は、盛りを過ぎてしまった身の上などを申し上げる折でもないと遠慮いたしますが、わざわざお立ち寄りになることは難しいので、対面なしでは、やはりくどくどしいことになりますので。院にお仕えしております娘が、たいそうひどく世の中を思い乱れて、宙に浮いたように漂っておりますのを、女御を頼り申し上げ、また后の宮の御方にも、いくら何でもお許しくださるだろうと存じて過ごしておりましたのに、どちらにも無礼で許せない者とお思いのようなので、たいそう気の毒で、宮たちはそのまま院にお仕えしていらっしゃいます。このたいそう交わりにくそうな本人は、こうして気楽にでも物思いをして過ごしなさいと退出させたのですが、それにつけても聞き苦しい噂でございます。院の上にも不快にお思いになりおっしゃっているそうなので、ついでがありましたら、ほのめかして奏上してください。あれこれと頼もしく存じまして宮仕えに出しました頃は、どちらをも気楽にうちとけて頼り申し上げておりましたが、今はこのような過ちで、幼稚で身の程知らずだった自分の心がもどかしいのです」と嘆いていらっしゃる様子である。
意訳
人事異動で夕霧は左大臣に、薫は中納言に、もとの少将は宰相になる。薫は昇進のお礼に玉鬘を訪れ、玉鬘はなお若々しい。
玉鬘は、御息所が院の御所で女御や后に疎まれ、里に下がっていることを嘆き、院にとりなしてほしいと薫に頼む。
語釈・文法注
文法
- 「御ざう」(この御ざうより外に人なき比ほひ)
- 御族。源氏と頭中将の一族。
- 「葎の門」(かくいと草深くなりゆく葎の門)
- 葎の生い茂った門。落ちぶれた家を謙遜していう。
- 「中空なるやうにたゞよふ」(中空なるやうにたゞよふを)
- 宙に浮いたように、どっちつかずで落ち着かないさま。
解説
薫が玉鬘を訪れ、玉鬘は娘の苦境を訴える。かつて冷泉院への院参りを決めた玉鬘は、今それを「あやまり」として悔やんでいる。母としての判断の誤りを、玉鬘は率直に認める。
薫は玉鬘の若々しさに、院がなお思いを絶たない理由を見る。冷泉院の玉鬘への執着は、御息所の院参りの真の動機でもあった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、880–881頁(コマ151)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日