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源氏物語 第44帖 竹河(29)

男御子の誕生と後宮の不和

登場人物:大君・冷泉院・弘徽殿女御・玉鬘

数年たって、御息所はまた男御子を産んだ。大勢仕えている御方々にこのようなことがなく何年もたっていたので、並々でないご宿世だと世の人は驚く。院はまして限りなく珍しいと、この今宮を思っている。退位していない世であったら、どんなにかいがあっただろう、今は何事も晴れがましさのない世を、たいそう残念に思っていた。院は女一の宮を限りなく大切に思っていたが、このようにさまざまにかわいらしく子の数が増えたので、珍しい方として格別にかわいがるのを、女御も、あまりこれほどまでとは不快だと心が動いた。何かにつけて穏やかでなく、ひねくれたことも起こるなどして、自然とお二人の仲も隔たっていくようだ。世の常として、身分の低い人々の間柄でも、もとから道理のある方に、関係のない世間一般の人も心を寄せるものなので、院の中の上下の人々は、たいそう高貴で長く仕えている方(弘徽殿女御)にばかり味方して、ちょっとしたことでも御息所方を悪く取りなしたりするのを、兄の君達も「だから言ったではないか、悪く申し上げたことがあったか」と、ますます母に申し上げる。玉鬘は心穏やかでなく聞き苦しいままに、こうでなくのどかに見苦しくなく世を過ごす人も多いようだ、限りない幸運がなくては、宮仕えの道は思い寄ってはならないことだったと嘆く。

  1. 1年とし年としとし比ごろ比ごろごろありありありててて又また又またまた男をとこ男をとこおとこ御み御みみ子こ子ここ產う產ううみみみ給たま給たまたまひひいつつつ。。。そこらそこらそこらさぶらひさぶらひさぶらい給たま給たまたまふふう御おん御おんおん方かた方かたかた々がた々がたがたにににかゝるかゝるかかることことことなくなくなくててて年とし年としとし比ごろ比ごろごろににになりなりなりにににけるけるけるをををおろかおろかおろかならならならざりざりざりけるけるける御おん御おんおんすくせすくせすくせなどなどなど世よ世よよののの人ひと人ひとひとおどろくおどろくおどろく。。。みかどみかどみかどましてましてまして限かぎ限かぎかぎりりりなうなうのうめづらしめづらしめずらしとととこのこのこの今いま今いまいま宮みや宮みやみやをををばばば思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえりりり。。。おりおりおりゐゐい給たま給たまたまははわぬぬぬ世よ世よよならならならましかましかましかばばばいかにいかにいかにかひかひかいあらあらあらましましまし、、、今いま今いまいまははは何なに何なになに事ごと事ごとごともももはえはえはえなきなきなき世よ世よよをををいといといと口くち口くちくちをしをしおしとととなむなむなんおぼしおぼしおぼしけるけるける。。。女をんな女をんなおんな一いちの一いちのいちの宮みや宮みやみやををを限かぎ限かぎかぎりりりなきなきなきものものものににに思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいしししををを、、、かくかくかくさまざまさまざまさまざまうつくしううつくしううつくしゅうててて數かず數かずかず添そ添そそひひい給たま給たまたまへへえれれればばば、、、珍めづ珍めづめずらからからかなるなるなる方かた方かたかたにてにてにていといといと殊こと殊ことことににに覺おぼ覺おぼおぼいいいたるたるたるをををなむなむなん、、、女にようご女にようごにょうご御おん御おんおんもももあまりあまりあまりかうかうこうまでまでまでははは物もの物ものものしからしからしからむむんととと御心みこころ御心みこころみこころ動うご動うごうごきききけるけるける。。。事こと事ことことににに觸ふ觸ふふれれれてててやすからやすからやすからずずずくねぐねしきくねぐねしきくねぐねしき事こと事ことこと出い出いいででで來く來くくなどなどなどしししててておのづからおのづからおのずから御おん御おんおん中なか中なかなかももも隔へだ隔へだへだたるたるたるべかべかべかめりめりめり。。。世よ世よよののの事こと事ことこととしとしとしててて數かず數かずかずならならならぬぬぬ人ひと人ひとひとのののなからひなからひなからいにににももも、、、もともともとよりよりよりことわりことわりことわりえええたるたるたる方かた方かたかたにににこそこそこそあいなきあいなきあいなきおほよそおほよそおおよそののの人ひと人ひとひとももも心こころ心こころこころをををよするよするよするわざわざわざなめれなめれなめればばば、、、院ゐん院ゐんいんののの內うち內うちうちののの上かみ上かみかみ下しも下しもしもののの人々ひとびと人々ひとびとひとびといといといとやんごとなくやんごとなくやんごとなくててて久ひさ久ひさひさしくしくしくなりなりなり給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおん方かた方かたかたにににのみのみのみことわりことわりことわりててて、、、はかなきはかなきはかなき事こと事ことことにににもももこのこのこの御おん御おんおん方かた方かたかたざまざまざまをををよからよからよからずずず取と取ととりりりなしなしなしなどなどなどするするするををを、、、御おん御おんおんせうとせうとしょうとののの君きん君きんきん達だち達だちだちももも「「「さればさればさればよよよ惡あ惡ああしうしうしゅうやややははは聞きこ聞きこきこえええおきおきおきけるけるける」」」ととといとゞいとゞいとど申まう申まうもうししし給たま給たまたまふふう。。。心こころ心こころこころやすからやすからやすからずずず聞き聞ききききき苦ぐる苦ぐるぐるしきしきしきまゝまゝままにににかゝらかゝらかからでででのどやかのどやかのどやかにににめやすくめやすくめやすくててて世よ世よよををを過す過すすぐすぐすぐす人ひと人ひとひとももも多おほ多おほおおかかかめりめりめりかしかしかし、、、限かぎ限かぎかぎりりりなきなきなきさいはひさいはひさいわいなくなくなくててて宮みや宮みやみやづかへづかへずかえのののすぢすぢすじははは思おも思おもおもひひいよるよるよるまじきまじきまじきわざわざわざなりなりなりけりけりけりととと、、、おほうへおほうへおおうえははは歎なげ歎なげなげききき給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

数年たって、御息所はまた男御子をお産みになった。大勢お仕えしていらっしゃる御方々に、このようなことがなくて何年にもなっていたので、並々でなかったご宿世だなどと世の人は驚く。院はまして、限りなく珍しいと、この今宮をお思い申し上げていらっしゃった。退位なさっていない世であったら、どんなにかいがあったろうか、今は何事も晴れがましさのない世を、たいそう残念だとお思いになっていた。院は女一の宮を限りなく大切にお思い申し上げていらっしゃったが、このようにさまざまにかわいらしく子の数が増えなさったので、珍しい方として格別にかわいがっていらっしゃるのを、女御も、あまりこれほどまでとは不快なことだろうと、お心が動いた。何かにつけて穏やかでなく、ひねくれたことが起こったりなどして、自然とお二人の御仲も隔たっていくようだ。世の常として、物の数でもない人々の間柄でも、もとから道理を得ている方にこそ、関係のない世間一般の人も心を寄せるものなので、院の中の上下の人々は、たいそう高貴で長く仕えていらっしゃる御方にばかり味方して、ちょっとしたことにも、この御方(御息所)の方を悪く取りなしたりなどするのを、御兄の君達も「だから言ったではありませんか。悪く申し上げておいたことがありましたか」と、ますます申し上げなさる。大上(玉鬘)は、心穏やかでなく聞き苦しいままに、こうではなく、のどかに見苦しくなく世を過ごす人も多いようだ、限りない幸運がなくては、宮仕えの道は思い寄ってはならないことだったのだと、お嘆きになる。

意訳

御息所は男御子を産み、院はさらに寵愛するが、女御との仲は隔たり、院の人々は女御に味方して御息所方を悪く言う。兄たちは母を責め、玉鬘は宮仕えをさせたことを後悔する。

語釈・文法注

文法

「今宮」(この今宮をば思ひ聞え給へり)
新しく生まれた皇子。
「おりゐ給はぬ世ならましかば」(おりゐ給はぬ世ならましかば)
退位していない世であったら。在位中なら皇子誕生はもっと重みを持った。
「おほうへ」(おほうへは歎き給ふ)
大上。玉鬘。御息所の母としての呼び名。

解説

男御子の誕生は本来なら喜ばしいことだが、退位した院の子では将来の見込みは限られる。院自身もそれを残念に思っている。

後宮の女性たちの対立は、本人たちよりも仕える人々によって激化する。新参者の御息所は、古参の女御方から疎まれる。玉鬘の「限りなきさいはひなくて宮づかへのすぢは思ひよるまじき」という嘆きは、後宮の厳しさを語っている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、878–879頁(コマ150)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日