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源氏物語 第44帖 竹河(26)

女宮の誕生

登場人物:大君・玉鬘・冷泉院・中の君

四月に女宮がお生まれになった。特にはっきりした晴れがましさもないようだが、院のご意向に従って、右大臣(夕霧)をはじめとして産養をする所が多い。尚侍(玉鬘)はじっと抱いてかわいがっていたが、早く参上するようにとばかり院から催促があるので、五十日の祝いの頃に御息所は院に戻った。院には女宮が一人(女一の宮)いらっしゃるが、たいそう珍しくかわいらしいので、ひどく大事に思っている。ますますこちらにばかりいらっしゃる。女御方の女房たちは「まったく、こうでなくてもよかった世の中だ」と穏やかでなく言い思っている。ご本人たちのお心は特に軽々しく背き合うわけではないが、仕える女房たちの中に意地の悪いことも出てきたりして、あの中将の君(長男)が、そうは言っても兄として言ったことがかなって、尚侍も、むやみにこう言い張ったあげく、どうなることか、人に笑われてきまり悪く扱われるのではないか、院のお心は浅くないが、長年お仕えしている方々が不快に思って見放したら苦しいことだろうと思うにつけ、帝は本当に不快に思って、たびたびご不満の様子だと人が告げるので、煩わしくて、公的な形で中の君を宮仕えさせようと考えて、尚侍の職を中の君に譲る。朝廷はたいそう許し難くなさることなので、長年そう考えていたが辞することができなかったのを、故大臣の気持ちを思って、昔の例などを引き出して、そのことがかなった。この君のご宿世で、長年申し出ていたのがかなわなかったのだと見えた。

  1. 1卯う卯うう月づき月づきずきににに女をんな女をんなおんな宮みや宮みやみや生うま生うまうまれれれ給たま給たまたまひひいぬぬぬことことことにににけざやかけざやかけざやかなるなるなる物もの物ものもののののはえはえはえもももなきなきなきやうやうようなれなれなれどどど、、、院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん氣色けしき氣色けしきけしきににに隨したが隨したがしたがひひいててて右みぎ右みぎみぎののの大おほ大おほおお殿との殿とのとのよりよりよりはじめはじめはじめててて御おん御おんおんうぶうぶうぶやしなひやしなひやしないししし給たま給たまたまふふう所ところ所ところところ々どころ々どころどころおほかりおほかりおおかり。。。かんかんかんののの君きみ君きみきみつとつとつと抱いだ抱いだいだきききもちもちもちてててうつくしみうつくしみうつくしみ給たま給たまたまふふうににに、、、疾と疾ととううう參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふうべきべきべきよしよしよしのみのみのみあれあれあればばばいかいかいかのののほどほどほどにににまゐりまゐりまいり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。女をんな女をんなおんな宮みや宮みやみや一ひと一ひとひと所ところ所ところところおはしますおはしますおわしますにににいといといと珍めづら珍めづらめずらしうしうしゅう美うつく美うつくうつくしうしうしゅうててておはすれおはすれおわすればばばいといといといみじういみじういみじゅう覺おぼ覺おぼおぼしししたりたりたり。。。いとゞいとゞいとど唯たゞ唯たゞただこなたこなたこなたにににのみのみのみおはしますおはしますおわします。。。女にようご女にようごにょうご御おん御おんおんがたがたがたののの人々ひとびと人々ひとびとひとびと「「「いといといとかゝらかゝらかからでででありありありぬぬぬべきべきべき世よ世よよかなかなかな」」」とととたゞたゞただならならならずずずいひいひいい思おも思おもおもへへえりりり。。。さうじみさうじみそうじみののの御心みこころ御心みこころみこころどもどもどもははは殊こと殊ことことにににかるがるしくかるがるしくかるがるしく背そむ背そむそむききき給たま給たまたまふふうにににはははあらあらあらねねねどどど、、、さぶらふさぶらふさぶらう人々ひとびと人々ひとびとひとびとののの中なか中なかなかにににくせぐせしきくせぐせしきくせぐせしきことことことももも出い出いいででで來く來くくなどなどなどしししつゝつゝつつ、、、かのかのかの中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうののの君きみ君きみきみのののさささいへいへいえどどど人ひと人ひとひとのののこのかみこのかみこのかみにてにてにてののの給のたま給のたまのたまひひいししし事こと事ことことかなひかなひかないててて、、、
  2. 2かんかんかんののの君きみ君きみきみもももむげむげむげにににかくかくかくいひいひいひいひいいいいてててのののはてはてはていかならいかならいかならむむん、、、人ひと人ひとひと笑わら笑わらわらへへえにににはしたなうはしたなうはしたのうもももやややもてもてもてなさなさなされれれむむん、、、上うへ上うへうえののの御心みこころ御心みこころみこころばへばへばへははは淺あさ淺あさあさからからからねねねどどど年とし年としとし經へ經へへてててさぶらひさぶらひさぶらい給たま給たまたまふふう御おん御おんおんかたがたかたがたかたがたよろしからよろしからよろしからずずず思おも思おもおもひひい放はな放はなはなちちち給たま給たまたまははわゞゞば苦くる苦くるくるしくしくしくもももあるあるあるべきべきべきかなかなかなとととおもほすおもほすおもおすににに、、、內うち內うちうちにににははは誠まこと誠まことまことにににものしものしものしとととおぼしおぼしおぼしつゝつゝつつ度たび度たびたび々たび々たびたび御おん御おんおんけしきけしきけしきありありありととと人ひと人ひとひとののの告つ告つつげげげきこゆれきこゆれきこゆればばば煩わづらは煩わづらはわずらわしくしくしくててて、、、おほやけおほやけおおやけざまざまざまにてにてにてまじらはせまじらはせまじらわせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんことことことをををおぼしおぼしおぼしてててないしないしないしのののかみかみかみををを讓ゆづ讓ゆづゆずりりり聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。おほやけおほやけおおやけいといといとかたうかたうかとうししし給たま給たまたまふふうことことことなりなりなりけれけれければばば、、、年とし年としとしごろごろごろかうかうこう覺おぼ覺おぼおぼしししおきおきおきしかしかしかどどど得え得ええ辭じ辭じじししし給たま給たまたまははわざりざりざりしししををを、、、故こ故ここおとゞおとゞおとどののの御心みこころ御心みこころみこころをををおぼしおぼしおぼしててて久ひさ久ひさひさしうしうしゅうなりなりなりにににけるけるける。。。昔むかし昔むかしむかしののの例れい例れいれいなどなどなど引ひ引ひひききき出い出いいでででゝゝてそのそのその事こと事ことことかなひかなひかないぬぬぬ。。。このこのこの君きみ君きみきみののの御おん御おんおんすくせすくせすくせにてにてにて年とし年としとし比ごろ比ごろごろ申まう申まうもうししし給たま給たまたまひひいしししはははかたきかたきかたきなりなりなりけりけりけりととと見み見みみえええたりたりたり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

四月に女宮がお生まれになった。特にはっきりとした晴れがましさもないようだけれど、院のご意向に従って、右大臣をはじめとして、御産養をなさる所々が多い。尚侍の君はじっと抱いてかわいがっていらっしゃったが、早く参上なさるようにとばかり院からあるので、五十日の祝いの頃に御息所は参上なさった。院には女宮がお一方いらっしゃるが、たいそう珍しくかわいらしくていらっしゃるので、たいそうひどく大事にお思いになった。ますますただこちらにばかりいらっしゃる。女御方の女房たちは「まったく、こうでなくてもよかったはずの世の中だわ」と穏やかでなく言い思っていた。ご本人たちのお心は、特に軽々しく背き合いなさるわけではないが、仕える女房たちの中に意地の悪いことも出てきたりしながら、あの中将の君が、そうは言っても兄としておっしゃったことがかなって、

尚侍の君も、むやみにこう言い張ったあげくの果てはどうなるのだろう、人に笑われてきまり悪く扱われるのではないか、院のお心は浅くないけれど、長年お仕えしていらっしゃる御方々が不快に思って見放しなさったら、苦しいことだろうなあとお思いになるにつけ、帝は本当に不快だとお思いになりながら、たびたびご不満の様子があると人が告げ申し上げるので、煩わしくて、公的な形で中の君を宮仕えさせ申し上げることをお考えになって、尚侍の職を中の君にお譲り申し上げなさる。朝廷はたいそう許し難くなさることだったので、長年そうお考えおきになっていたけれど、辞することがおできにならなかったのを、故大臣のお心をお思いになって、長くなってしまったのだった。昔の例などを引き出して、そのことがかなった。この君のご宿世で、長年申し出ていらっしゃったのがかなわなかったのだと見えた。

意訳

四月、御息所に女宮が生まれ、院はますます御息所を寵愛する。女御方の女房たちの反感が強まり、中将の心配が現実となる。玉鬘は帝の不興も気にかけて、尚侍の職を中の君に譲り、公的な立場で宮仕えさせることにする。

語釈・文法注

文法

「御うぶやしなひ」(御うぶやしなひし給ふ所々おほかり)
産養。出産後の三日・五日・七日・九日の夜に催す祝宴。
「いかのほど」(いかのほどにまゐり給ひぬ)
五十日の祝いの頃。
「人のこのかみ」(人のこのかみにての給ひし事)
兄として。長男の中将の忠告。
「ないしのかみ」(ないしのかみを讓り聞え給ふ)
尚侍。後宮の内侍司の長官。玉鬘はこの官職を中の君に譲った。

解説

女宮の誕生で院の寵愛は深まるが、それが女御方との不和を招く。中将が心配していたとおりの事態になった。玉鬘は、冷泉院への院参りという選択が正しかったのか、迷い始める。

尚侍の職を中の君に譲ることで、玉鬘は帝への申し訳を立てる。中の君は公的な女官として宮仕えすることになる。姉妹の運命は、ここで分かれる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、876–877頁(コマ149)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日