源氏物語 第44帖 竹河(24)
竹河の夜の思い出
一晩中あちこち回って、薫はたいそう気分が悪く苦しくて臥せっていたが、院から源侍従を召したので、「ああ苦しい。しばらく休みたいのに」とむずかりながら参上した。院は宮中の様子などをお尋ねになる。「歌頭は年配の人が先々務めることなのに、選ばれたとは奥ゆかしいことだ」と、かわいいとお思いのようだ。院は「万春楽」を口ずさみながら御息所の御方においでになるので、薫もお供をする。見物に来た里の女房が多く、いつもより華やかで今風な雰囲気である。薫は渡殿の戸口にしばらく座って、声を聞き知った女房に話しかける。「先夜の月の光はきまり悪かったね。蔵人の少将が月の光に輝いていた様子も、桂の影に恥じたのではなかったか。雲の上近くでは、それほどにも見えなかった」などと話すと、女房たちの中には哀れと聞く者もいる。「闇はあやなしと言いますが、月の光の下では、あなたの方がもう少し格別だと申し上げていました」などとおだてて、御簾の内から、竹河を謡ったあの夜のことは思い出しますか、偲ぶほどの節はないけれど、とはかないことだが、薫は涙ぐまれるのも、本当に浅くは思っていなかったことだったと自ら気づく。流れて頼みにさせたのもむなしい竹河に、世はつらいものと思い知りました、と返す。しみじみとした様子を女房たちは面白がる。もっとも薫は、身を入れて人のように嘆いていたわけではなかったが、人柄がさすがに気の毒に見えるのである。「口を出しすぎることもあってはいけない、恐れ多い」と言って立とうとすると、院が「こちらへ」と召し出すので、きまり悪い気がするが参上する。
- 1夜夜よ一一ひと夜夜よ所所ところ々々どころにににかきかきかきありきありきありきててていといといと惱惱なやましうしうしゅう苦苦くるしくしくしくててて臥臥ふしししたるたるたるににに、、、源源げん侍侍じ從從じゅうををを院院いんよりよりより召召めしししたれたれたればばば「「「あなあなあなくるしくるしくるし。。。しばししばししばし休休やすむむむべきべきべきににに」」」とととむつかりむつかりむつかりながらながらながら參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。御御お前前まえののの事事ことどもどもどもなどなどなど問問とはははせせせ給給たまふふう。。。「「「かかかとうとうとうはははうちうちうち過過すぐしぐしぐしたるたるたる人人ひとのののさきざきさきざきさきざきするするするわざわざわざををを、、、選選えらばばばれれれたるたるたるほどほどほど心心こころにくかりにくかりにくかりけりけりけり」」」とてとてとてうつくしうつくしうつくしとととおぼしおぼしおぼしたたためりめりめり。。。ばんずんらくばんずんらくばんずんらくををを御御おん口口くちずさびずさびずさびにににししし給給たまひひいつゝつゝつつ御御み息息やす所所どころののの御御おん方方かたににに渡渡わたらららせせせ給給たまへへえれれればばば御御おん供供ともににに參參まいりりり給給たまふふう。。。物物もの見見みににに參參まいりりりたるたるたる里里さと人人びと多多おおくくくててて例例れいよりよりよりももも花花はなやかやかやかにににけはひけはひけはい今今いまめかしめかしめかし。。。渡渡わた殿殿どのののの戶戶と口口ぐちににに暫暫しばししし居居いててて聲聲こえ聞聞きききき知知しりりりたるたるたる人人ひとににに物物ものなどなどなどのたまふのたまふのたまう。。。「「「一一ひと夜夜よののの月月つきかげかげかげははははしたなかりはしたなかりはしたなかりしししわざわざわざかなかなかな。。。藏藏くろう人人どののの少少しょう將將しょうののの月月つきののの光光ひかりににに輝輝かがやきききたりたりたりししし氣色氣色けしきももも桂桂かつらののの影影かげにににはづるはづるはずるにににはははあらあらあらずずずやややありありありけむけむけん。。。雲雲くもののの上上うえ近近ちかくくくてててはははさしもさしもさしも見見みえええざりざりざりききき」」」などなどなど語語かたりりり給給たまへへえばばば人々人々ひとびと哀哀あわれととと聞聞きくくくもももありありあり、、、
- 2「「「闇闇やみはははあやなきあやなきあやなきををを月月つきばえばえばえ今今いま少少すこししし心心こころことことことなりなりなりととと聞聞きこえええししし」」」などなどなどすかしすかしすかしてててうちうちうちよりよりより、、、「「「竹竹たけ河河かわのののそのそのその夜夜よのののことことことははは思思おもひひいいづいづいずやややしのぶしのぶしのぶばかりばかりばかりのののふしふしふしはははなけれなけれなけれどどど」」」とととはかなきはかなきはかなきことことことなれなれなれどどど、、、淚淚なみだぐまぐまぐまるゝるゝるるもももげにげにげにいといといと淺淺あさくくくははは覺覺おぼえええぬぬぬことことことなりなりなりけりけりけりとととみづからみづからみずから思思おもひひいしらしらしらるるる。。。「「「流流ながれれれてててのののたのめたのめたのめむなしきむなしきむなしき竹竹たけ河河かわににによよよはははうきうきうきものものものととと思思おもひひいしりしりしりにににききき」」」。。。物物もの哀哀あわれなるなるなる氣色氣色けしきををを人々人々ひとびとをかしがるをかしがるおかしがる。。。さるはさるはさるはおりおりおり立立たちちちててて人人ひとのののやうやうようにににももも侘侘わびびび給給たまははわざりざりざりしかしかしかどどど、、、人人ひとざまざまざまのののさすがさすがさすがににに心苦心苦こころぐるしうしうしゅう見見みゆるゆるゆるなりなりなり。。。「「「うちうちうち出出いででで過過すぐすぐすぐすことことこともももこそこそこそ侍侍はべれれれあなあなあなかしこかしこかしこ」」」とてとてとて立立たつつつ程程ほどにににこなたこなたこなたにににととと召召めししし出出いづれづれずればばばはしたなきはしたなきはしたなき心地心地ここちすれすれすれどどど參參まいりりり給給たまふふう。。。
現代語訳
一晩中あちこち回り歩いて、たいそう気分が悪く苦しくて臥せっていたところに、源侍従を院からお召しになったので、「ああ苦しい。しばらく休みたいのに」とむずかりながら参上なさった。院は宮中の御前のことなどをお尋ねになる。「歌頭は、年配の人が先々務めることなのに、選ばれたとは奥ゆかしいことだ」と言って、かわいいとお思いのようだ。院は「万春楽」を口ずさみなさりながら、御息所の御方にお渡りになるので、お供に参上なさる。見物に参った里の女房が多くて、いつもより華やかで、雰囲気も今風である。薫は渡殿の戸口にしばらく座って、声を聞き知っている女房に話しかけなどなさる。「先夜の月の光は、きまりの悪いものだったね。蔵人の少将が月の光に輝いていた様子も、桂の影に恥じたのではなかったか。雲の上近くでは、それほどにも見えなかったよ」などとお話しになると、女房たちの中には、哀れと聞く者もいる。
「闇はあやなしと申しますが、月の光の下では、あなたの方がもう少し格別だと申し上げていました」などとおだてて、御簾の内から、「竹河を謡ったあの夜のことは思い出しますか。偲ぶほどの節はないけれど」と、はかないことだけれど、涙ぐまれるのも、本当にたいそう浅くは思っていなかったことだったのだと、薫は自ら気づかれる。「流れて頼みにさせたのもむなしかった竹河に、世はつらいものと思い知りました」。しみじみとした様子を、女房たちは面白がる。もっとも、身を入れて人のように嘆いていらっしゃったわけではなかったが、人柄がさすがに気の毒に見えるのである。「口を出しすぎることもあってはいけません。恐れ多い」と言って立つうちに、院が「こちらへ」と召し出しなさるので、きまり悪い気持ちがするけれど参上なさる。
意訳
踏歌の翌日、薫は院に召されて参り、御息所の御方で女房たちと語らう。少将のことを話題にすると、女房が竹河の夜を思い出すかと歌を詠みかけ、薫は自分も浅くない思いを抱いていたと気づいて、世はつらいと返歌する。
語釈・文法注
文法
- 「かとう」(かとうはうち過ぐしたる人の)
- 歌頭。踏歌で歌を先導する役。
- 「ばんずんらく」(ばんずんらくを御口ずさびにし給ひつゝ)
- 万春楽。踏歌で謡われる漢詩句。
- 「桂の影」(桂の影にはづるにはあらずやありけむ)
- 月の中にあるという桂の木。月の光の意。
- 「流れてのたのめむなしき竹河に」(流れてのたのめむなしき竹河に)
- 竹河の夜に期待を寄せたことがむなしくなった、の意。「よ」に「世」と竹の「節(よ)」をかける。
解説
薫は女房の歌に涙ぐみ、自分の大君への思いが浅くなかったことに気づく。他人の恋を冷静に見ていた薫が、自分の心の深さを初めて知る瞬間である。
「竹河」は、薫と少将の二人にとって、大君への恋の記憶と結びついた歌である。同じ歌をめぐって、二人の恋の思い出が重ねられている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、874–877頁(コマ148–149)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日