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源氏物語 第44帖 竹河(23)

男踏歌

登場人物:薫・蔵人少将・冷泉院・大君

その年が改まって、男踏歌が催された。殿上の若い人々の中に、音楽の上手が多い頃である。その中でも優れた者を選ばせて、この四位の侍従(薫)が右の歌頭となった。あの蔵人の少将も楽人の数の中にいた。十四日の月が華やかに曇りなく照る中、宮中から出て冷泉院に参る。女御もこの御息所(大君)も院の御殿に局を設けて見物する。上達部や親王たちも引き連れて参上する。右大臣(夕霧)と致仕の大臣(頭中将)の一族を除いては、きらびやかで清らかな人はいない世だと見える。宮中の御前よりも、この院をたいそう気恥ずかしく格別に思って、誰もが心づかいを加える中でも、蔵人の少将は御息所がご覧になっているだろうと思いやって、まず心も落ち着かない。匂いもなく見苦しい綿の造花も、かざす人柄によって見分けられて、少将の様子も声もたいそう趣深かった。「竹河」を謡って御階のもとに踏み寄る時、過ぎた夜のはかなかった遊びも思い出されたので、間違いもしでかしそうで涙ぐんだ。后の宮(秋好中宮)の御方に参ると、院もそちらにいらしてご覧になる。月は夜が更けるにつれて昼よりもきまり悪いほど澄み昇って、御息所がどうご覧になっているだろうとばかり思われるので、踏む足もおぼつかなく漂い歩いて、杯も自分一人だけに差されて咎められるのは面目ない。

  1. 1そのそのその年とし年としとしかへりかへりかえりてててをとこをとこおとこだうかだうかどうかせせせられられられけりけりけり。。。殿てん殿てんてん上じやう上じやうじょうののの若わか若わかわか人うど人うどうどどもどもどもののの中なか中なかなかににに物もの物ものものののの上じやう上じやうじょう手ず手ずず多おほ多おほおおかるかるかる比ころ比ころころほひほひおいなりなりなり。。。そのそのその中なか中なかなかにににももも勝すぐ勝すぐすぐれれれたるたるたるをををえらえらえらせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、このこのこの四し四しし位ゐ位ゐいののの侍じ侍じじ從じゆう從じゆうじゅう右みぎ右みぎみぎののの歌か歌かか頭とう頭とうとうなりなりなり。。。かのかのかの藏くらう藏くらうくろう人ど人どどののの少せう少せうしょう將しやう將しやうしょう樂がく樂がくがく人にん人にんにんののの數かず數かずかずののの中なか中なかなかにににありありありけりけりけり。。。十じふ十じふじゅう四よ四よよ日か日かかののの月つき月つきつきののの花はな花はなはなやかやかやかににに曇くも曇くもくもりりりなきなきなきににに御お御おお前まへ前まへまえよりよりより出い出いいでででゝゝて冷れい冷れいれい泉ぜい泉ぜいぜい院ゐん院ゐんいんにににまゐるまゐるまいる。。。女にようご女にようごにょうご御おん御おんおんもももこのこのこの御み御みみ息やす息やすやす所どころ所どころどころももも上うへ上うへうえににに御おん御おんおんつぼねつぼねつぼねしししててて見み見みみ給たま給たまたまふふう。。。上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめ親み親みみ王こ王ここ達たち達たちたちひきひきひき連つ連つつれれれててて參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふう。。。右みぎ右みぎみぎののの大おほ大おほおお殿との殿とのとの致ち致ちち仕じ仕じじののの大おほ大おほおお殿との殿とのとののののぞうぞうぞうををを離はな離はなはなれれれてててきらきらしうきらきらしうきらきらしゅう淸きよ淸きよきよげげげなるなるなる人ひと人ひとひとはははなきなきなき世よ世よよなりなりなりととと見み見みみゆゆゆ。。。內うち內うちうちのののおおお前まへ前まへまえよりよりよりもももこのこのこの院ゐん院ゐんいんをををばばばいといといとはづかしうはづかしうはずかしゅうことことことににに思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええててて皆みな皆みなみな人ひと人ひとひと用よう用ようよう意い意いいををを加くは加くはくわふるふるうる中なか中なかなかにににももも、、、藏くらう藏くらうくろう人ど人どどののの少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうははは見み見みみ給たま給たまたまふふうらむらむらんかしかしかしととと思おも思おもおもひひいやりやりやりてててまづまづまず心こころ心こころこころなしなしなし。。。にほひにほひにおいもももなくなくなく見み見みみ苦ぐる苦ぐるぐるしきしきしき綿わた綿わたわた花ばな花ばなばなもももかざすかざすかざす人ひと人ひとひとがらがらがらににに見み見みみわかわかわかれれれてててさまさまさまももも聲こゑ聲こゑこえもももいといといとをかしくをかしくおかしくぞぞぞありありありけるけるける。。。竹たけ竹たけたけ河かは河かはかわ謠うた謠うたうたひひいてててみみみはしはしはしのののもともともとにににふみふみふみよるよるよる程ほど程ほどほど、、、過す過すすぎぎぎにににししし夜よ夜よよのののはかなかりはかなかりはかなかりししし遊あそび遊あそびあそびももも思おも思おもおもひひい出い出いいでででられられられけれけれければばば、、、ひがごとひがごとひがごともももしししつつつべくべくべくててて淚なみだ淚なみだなみだぐみぐみぐみけりけりけり。。。后きさい后きさいきさいののの宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん方かた方かたかたにににまゐれまゐれまいればばば上うへ上うへうえもももそなたそなたそなたににに渡わた渡わたわたらららせせせ給たま給たまたまひひいててて御ご御ごご覽らん覽らんらんずずず。。。月つき月つきつきははは夜よ夜よよふかうふかうふこうなるなるなるまゝまゝままににに晝ひる晝ひるひるよりよりよりもももはしたなうはしたなうはしたのう澄す澄すすみみみ昇のぼ昇のぼのぼりりりててて、、、いかにいかにいかに見み見みみ給たま給たまたまふふうらむらむらんとととのみのみのみ覺おぼ覺おぼおぼゆれゆれゆればばば、、、ふむふむふむ空そら空そらそらもももなうなうのう漂たゞよ漂たゞよただよひひいありきありきありきてててさかづきさかづきさかずきもももさしさしさしててて一ひと一ひとひと人り人りりをををのみのみのみ咎とが咎とがとがめめめらるゝらるゝらるるはははめいぼくめいぼくめいぼくなくなくなくなむなむなん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

その年が改まって、男踏歌が催された。殿上の若い人々の中に、音楽の上手が多い頃である。その中でも優れた者をお選ばせになって、この四位の侍従が右の歌頭である。あの蔵人の少将も楽人の数の中にいた。十四日の月が華やかに曇りなく照る中、宮中の御前から出て冷泉院に参る。女御もこの御息所も、院の御殿に局を設けてご覧になる。上達部や親王たちも引き連れて参上なさる。右大臣と致仕の大臣の一族を除いては、きらびやかで清らかな人はいない世だと見える。宮中の御前よりも、この院をたいそう気恥ずかしく格別にお思い申し上げて、誰もが心づかいを加える中でも、蔵人の少将は、御息所がご覧になっているだろうと思いやって、まず心も落ち着かない。匂いもなく見苦しい綿の造花も、かざす人柄によって見分けられて、様子も声もたいそう趣深かった。「竹河」を謡って御階のもとに踏み寄る時、過ぎた夜のはかなかった遊びも思い出されたので、間違いもしでかしそうで涙ぐんだ。后の宮の御方に参ると、院もそちらにお渡りになってご覧になる。月は夜が更けるにつれて、昼よりもきまり悪いほど澄み昇って、御息所がどうご覧になっているだろうとばかり思われるので、踏む足もおぼつかなく漂い歩いて、杯も自分一人だけに差されて咎められるのは、面目ないことだ。

意訳

翌年正月、男踏歌が催され、薫が歌頭となり、蔵人少将も楽人として冷泉院を訪れる。少将は御息所となった大君が見ていると思って落ち着かず、「竹河」を謡う時には、かつての夜を思い出して涙ぐむ。

語釈・文法注

文法

「をとこだうか」(その年かへりてをとこだうかせられけり)
男踏歌。正月十四日、男たちが催馬楽を謡いながら宮中や院を巡る行事。
「歌頭」(この四位の侍從右の歌頭なり)
踏歌で歌を先導する役。
「綿花」(見苦しき綿花も)
踏歌で冠にかざす綿で作った造花。
「めいぼくなくなむ」(一人をのみ咎めらるゝはめいぼくなくなむ)
面目ない。

解説

男踏歌で「竹河」が謡われる。少将にとって、竹河はかつて玉鬘邸で薫や藤侍従と遊んだ夜の思い出の歌である。同じ歌が、今は失恋の痛みを呼び起こす。巻名「竹河」は、この二つの場面を結んでいる。

月の光の下、少将は御息所の視線を意識して落ち着かない。月が「はしたなう」澄み昇るという表現は、少将の心の動揺を映している。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、874–875頁(コマ148)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日