源氏物語 第44帖 竹河(22)
帝の不満と御息所の懐妊
帝は、故大臣(髭黒)が大君を入内させると言い置いていたのに、このように引き違えて院に仕えさせたのは、どういうことかと思って、中将(玉鬘の長男)を召しておっしゃった。帝のご機嫌はよくない。中将は「だからこそ、世の人の心の中も非難が傾くだろうと前から申し上げていたのに、母上はお考えになるところが別で、こう決心なさったので、何とも申し上げにくくしていましたが、このような仰せがあるのは、私たちの身のためにもつまらないことです」とたいそう不快に思って、尚侍(玉鬘)に申し上げる。玉鬘は「さあ、今急にこう思い立ったわけではないのですが、院がしきりに気の毒なほどおっしゃったので、後見のない宮仕えは宮中では体裁が悪いようだが、今は気楽なご様子の院にお任せしようと思い立ったのです。誰も彼も、不都合なことならありのままに諫めてくださらないで、今になって引き返して、右大臣(夕霧)まで私がひねくれたことをしたように言うのが苦しい。これもそうなる運命なのでしょう」と穏やかに言って、心も乱さない。息子たちは「その昔のご宿世は目に見えないものなので、帝がこうおっしゃるのを、これは宿縁が違うのだと、どうして奏上し直せましょう。中宮に遠慮なさるといっても、院の女御をどうなさるおつもりですか。後見だ何だと前から言い交わしていても、そうはいかないでしょう。まあ見ていましょう。よく考えると、宮中は中宮がいらっしゃるからといって、他の人は交わらないでしょうか。帝にお仕えすることは、気楽なのが昔から趣のあることとしてきたのです。女御はちょっとした行き違いがあって不快にお思いになったら、ひがんだように世間の評判もなるでしょう」などと二人で申し上げるので、尚侍はたいそう苦しく思う。しかし、院の限りないご寵愛は月日とともに増さる。大君は七月から懐妊した。悩んでいる様子は、本当に人々がさまざまに言い寄って困らせたのももっともだ。どうしてこのような人をいい加減に見聞きして済ませられようと思われる。院は明け暮れ管絃の遊びをさせて、侍従(薫)も近くに召し入れるので、大君の琴の音などは聞く。あの「梅が枝」に合わせた中将のおもとの和琴も、いつも召し出して弾かせるので、聞き合わせるにつけても、薫は平静ではいられなかった。
- 1內內うちにににははは故故こおとゞおとゞおとどのののしししおきおきおき給給たまへへえるるるさまさまさまことことことなりなりなりしししをををかくかくかく引引ひききき違違たがへへえたるたるたる御御おん宮宮みや仕仕づかえををを、、、いかなるいかなるいかなるにににかかかとととおぼしおぼしおぼしててて中中ちゅう將將じょうをををめしめしめしてててなむなむなんのたまはせのたまはせのたまわせけるけるける。。。御御おん氣色氣色けしきよろしからよろしからよろしからずずず。。。「「「さればさればさればこそこそこそ世世よののの人人ひとののの心心こころのののうちうちうちももも傾傾かたぶきききぬぬぬべきべきべきことことことなりなりなりとととかねてかねてかねて申申もうしししゝゝしことことことをををおぼしおぼしおぼしとるとるとるかたかたかたことことことにてにてにて、、、かうかうこうおぼしおぼしおぼしたちたちたちにににしかしかしかばばばともかくもともかくもともかくも聞聞きこえええがたくがたくがたくててて侍侍はべるるるににに、、、かゝるかゝるかかる仰仰おおせ言言ごとののの侍侍はべるるるはははなにがしなにがしなにがしらららののの身身みのののためためためもももあぢきなくあぢきなくあじきなくなむなむなん侍侍はべるるる」」」ととといといといとものしものしものしととと思思おもひひいててて、、、かんかんかんののの君君きみををを申申もうししし給給たまふふう。。。「「「いざやいざやいざや只只ただ今今いまかうかうこう俄俄にわかにににしもしもしも思思おもひひいたゝたゝたたざりざりざりしししををを、、、あながちあながちあながちにににいとほしういとほしういとおしゅうのたまはせのたまはせのたまわせしかしかしかばばば、、、後後うしろ見見みなきなきなきまじらひまじらひまじらいののの內內うちわたりわたりわたりははははしたなげはしたなげはしたなげなめるなめるなめるををを、、、今今いまははは心心こころやすきやすきやすき御御おん有有あり樣樣さまなめるなめるなめるにににまかせまかせまかせ聞聞きこえええてててととと思思おもひひいよりよりよりしししなりなりなり。。。誰誰たれもももたれたれたれもももびんなからびんなからびんなからむむん事事ことはははありありありのののまゝまゝままにににもももいさめいさめいさめ給給たまははわででで、、、今今いまひきひきひきかへしかへしかえし右右みぎのののおとゞおとゞおとどもももひがひがしきひがひがしきひがひがしきやうやうようにににおもむけおもむけおもむけてててのたまふのたまふのたまうなれなれなればばば苦苦くるしうしうしゅうなむなむなん。。。これこれこれもももさるべきさるべきさるべきにににこそこそこそははは」」」とととなだらかなだらかなだらかにににのたまひのたまひのたまいててて心心こころもももさわがさわがさわがいいい給給たまははわずずず「「「そのそのその昔昔むかしののの御御おんすくせすくせすくせははは目目めににに見見みえええぬぬぬものものものなれなれなればばばかうかうこうおぼしおぼしおぼしのののたまはするたまはするたまわするををを、、、これこれこれははは契契ちぎりりり異異ことなるなるなるともともともいかゞいかゞいかがははは奏奏そうしししなほすなほすなおすべきべきべきことことことならならならむむん。。。中中ちゅう宮宮ぐうををを憚憚はばかりりり聞聞きこえええ給給たまふふうとてとてとて院院いんののの女女にょうご御御おんをををばばばいかゞいかゞいかがししし奉奉たてまつりりり給給たまははわむむんとととするするする。。。後後うしろ見見みややや何何なにやややとととかねてかねてかねておぼしおぼしおぼしかはすかはすかわすともともともさしもさしもさしもえええ侍侍はべらららじじじ。。。よしよしよし見見み聞聞きききき侍侍はべらららむむんようようよう思思おもへへえばばば、、、內內うちははは中中ちゅう宮宮ぐうおはしますおはしますおわしますとてとてとてことことことびとびとびとははは交交まじらひらひらい給給たまははわずずずややや、、、君君きみににに仕仕つこうううまつるまつるまつることことことはははそれそれそれががが心心こころやすきやすきやすきこそこそこそ昔昔むかしよりよりより興興きょうあるあるあることことことにににはははしししけれけれけれ女女にょうご御御おんはははいさゝかいさゝかいささかなるなるなることことことのののたがひたがひたがいめめめありありありてててよろしからよろしからよろしからずずず思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまははわむむんににに、、、ひがみひがみひがみたるたるたるやうやうようににになむなむなん世世よのののきゝきゝききみゝみゝみみももも侍侍はべらららむむん」」」などなどなど二二ふた所所ところしししててて申申もうししし給給たまへへえばばば、、、かんかんかんののの君君きみいといといと苦苦くるしししとととおぼしおぼしおぼしぬぬぬ。。。
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現代語訳
帝は、故大臣がお考えおきになっていたことと違って、このように引き違えた御宮仕えを、どういうことかとお思いになって、中将を召しておっしゃった。ご機嫌はよろしくない。中将は「だからこそ、世の人の心の中も非難に傾くにちがいないことだと、前から申し上げていたことを、お考えになるところが別で、このようにご決心なさったので、何とも申し上げにくくしておりましたが、このような仰せがありますのは、私どもの身のためにもつまらないことでございます」と、たいそう不快に思って、尚侍の君に申し上げなさる。玉鬘は「さあ、今急にこのように思い立ったわけではなかったのですが、院がしきりに気の毒なほどおっしゃったので、後見のない宮仕えは、宮中のあたりでは体裁が悪いようだが、今は気楽なご様子のようなので、お任せ申し上げてと思い寄ったのです。誰も彼も、不都合なことならありのままに諫めてくださらないで、今になって引き返して、右大臣までもひねくれたことのように仕向けておっしゃるそうなので、苦しいのです。これもそうなるべき運命なのでしょう」と穏やかにおっしゃって、心もお騒がせにならない。息子たちは「その昔のご宿世は目に見えないものなので、帝がこのようにお思いになりおっしゃるのを、これは宿縁が違うのだと、どうして奏上し直せることでしょうか。中宮をご遠慮申し上げなさるといっても、院の女御をどうなさろうというのですか。後見だ何だと前からお約束し合っていても、そうはまいりますまい。まあ見ていましょう。よく考えますと、宮中は中宮がいらっしゃるからといって、他の人は交わりなさらないでしょうか。帝にお仕えすることは、それが気楽なのを、昔から趣のあることとしてきたのです。女御は、ちょっとした行き違いがあって不快にお思い申し上げなさったら、ひがんだように世間の評判もございましょう」などと、お二人で申し上げなさるので、尚侍の君はたいそう苦しくお思いになった。
しかし、院の限りないご寵愛ばかりが月日とともに増さる。七月から懐妊なさった。悩んでいらっしゃる様子は、本当に人々がさまざまに言い寄って困らせたのももっともなことだよ。どうしてこのような人を、いい加減に見聞きして済ませられようかと思われる。院は明け暮れ管絃の遊びをおさせになりながら、侍従も近くに召し入れなさるので、大君の御琴の音などはお聞きになる。あの「梅が枝」に合わせた中将のおもとの和琴も、いつも召し出して弾かせなさるので、聞き合わせるにつけても、薫は平静ではいられなかった。
意訳
帝は大君が院に参ったことを不快に思い、中将を召して叱る。中将と弁は母を責め、院の女御と不和になることを心配するが、玉鬘はこれも運命と穏やかに答える。
院の寵愛は深まり、大君は懐妊する。薫は院の管絃の席で大君の琴の音を聞き、心穏やかでいられない。
語釈・文法注
文法
- 「心もさわがい給はず」(心もさわがい給はず)
- 心を乱しなさらない。「さわがし」のイ音便。
- 「二所して」(など二所して申し給へば)
- 二人で。長男の中将と次男の弁。
- 「なのめに」(なのめに見聞き過ぐしてはやまむ)
- いい加減に、並一通りに。
解説
帝の不興を買い、息子たちは母を責める。玉鬘は院の申し出を受けた理由を説明し、運命として受け入れる。母と息子たちの考えの違いは、一家の将来をめぐる意見の対立である。
大君の懐妊は、院の寵愛の深さを示す。しかしそれは同時に、院の女御たちとの軋轢を深めることにもなる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、872–875頁(コマ147–148)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日